スクリプカリウ落合安奈 Ana Scripcariu-Ochiai

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《わたしの旅のはじまりは、あなたの旅のはじまり 》(2021)ANB Tokyoでの個展より
  • ≪明滅する輪郭≫(2021) ©Ana Scripcariu-Ochiai Courtesy of Akio Nagasawa Gallery
  • 《わたしの旅のはじまりは、あなたの旅のはじまり 》(2021)ANB Tokyoでの個展より
  • 《骨を、うめる-one's final home》(2019-2021)「TERRADA ART AWARD2021 ファイナリスト展」より
    ©Ana Scripcariu-Ochiai Photo: Tatsuyuki Tayama
  • ≪明滅する輪郭≫(2021)
    ©Ana Scripcariu-Ochiai Courtesy of Akio Nagasawa Gallery

スクリプカリウ落合安奈は、日本とルーマニアをルーツに持つ。自らの「二つの母国に根を下ろす方法を摸索する」という切実な問題から発して、「土地と人の結びつき」をテーマに創作活動をしてきた。制作の基盤には、土着の祭りや民間信仰、土地の哲学などについての実地調査がある。2015年から続く「明滅する輪郭」シリーズは、二つの祖国で収集した名も知らぬ人々の写真を扱った。被写体の頭部には呼吸を暗示させるビニール袋を縫製し、実は人間は、場所や時間を超えて、空気を介してつながっていることを視覚的に示した。ベトナムでの滞在制作から生まれた《骨を、うめる- one's final home》は、人々の内に眠る帰属意識に焦点を当てた作品。江戸時代に現地に移住し、「鎖国政策」に翻弄(ほんろう)されながら没した日本人を取材する中で生まれた。これらの作品で提示される「隔たりを生むもの/それを超えていくもの」の姿は、分断や対立が深まる現代社会を生きるヒントになるかもしれない。

スクリプカリウ落合安奈
Ana Scripcariu-Ochiai

1992年埼玉県生まれ。埼玉県在住。2016年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業(首席・学部総代)。現在は同大学大学院彫刻専攻博士課程に在籍。主な展覧会に、21年「TERRADA ART AWARD2021 ファイナリスト展」(寺田倉庫)、「わたしの旅のはじまりは、あなたの旅のはじまり」(ANB Tokyo)、「journey」(AKIO NAGASAWA GALLERY)、20年「Blessing beyond the borders ―越境する祝福―」(埼玉県立近代美術館)。 Photo©️Kotetsu Nakazato
作家ウェブサイト Instagram Twitter

「分断や壁は想像力や思いで超えられる」

日本とルーマニアをルーツに持つスクリプカリウ落合安奈。「二つの母国に根を下ろす」という個人のバックグラウンドに関わる試みを発展させ、近年は「土地と人の結びつき」をテーマにした作品作りをしてきた。その多くは、人間の帰属意識やコミュニティの間の摩擦といった問題をあぶり出す。作品の根底にある彼女の考えを聞いた。

「伝わらなさ」は個人の問題じゃない

——アートの道に進もうと思ったきっかけを教えてください。

「幼少期から絵を描くことやものを作ることが好きだったこと、またそうしたものが人に褒められることが多かったことが、一つのきっかけです。私は日本とルーマニアのミックスルーツで、普段の生活で違和感を覚えることに多く出くわし、その違和感を誰かに説明しようとしてもうまく伝わらない経験が何度もありました。そのうえで、自分の考えを表現した絵やものが、人に喜んでもらえたり、肯定されたりすることがうれしくて、自然と、アートが自分の重要なコミュニケーションツールになっていったところがあります」

——ミックスルーツであることで覚えた違和感や「伝わらなさ」について、いくつか具体的にお聞きできますか?

「幼い頃に衝撃的だったのは、小学校のとき、他校の子どもからすれ違いざまに『外人』と言われたこと。そのとき『私が外国人だったら、外国人から見たあなたも外国人だよ』と言い返したのですが、相手にきょとんとされてしまい……。よそ者の相手から見たら、自分もよそ者になる、という『自分以外の視点』を相手が持っていないと、話がなかなか通じないんだなと思いました」

「最近も、国内線に搭乗する際、在留許可書や名前のスペルが確認できるものを求められました。私の名前が長いという理由もあると思いますが、私は日本国籍。在留許可書を持っていない。今でも母国で外国人のように見なされることも多くあります。ただ、それは個人の問題だけではなく、歴史や社会構造の中に染み付いてしまっているものかもしれない、とも思っています」

「世界との触れ合い」がテーマを拡張

——創作テーマに関して伺います。もともとは日本とルーマニアの「二つの母国に根を下ろす方法の模索」という個人のバックグラウンドに基づいていました。その後、「土地と人の結びつき」という普遍的と言えるテーマに拡張しています。何かきっかけがあったのでしょうか。

「一つはSNS。ツイッターなどで日本のミックスルーツのコミュニティや研究者とつながるようになったことです。それまでは、身近にミックスルーツの人は少なく、例えば『伝わらなさ』は私個人に起因した問題だと思っていた時期もありました。ただ、インターネットを通じて、他の人と同じような経験の共有をしたり、俯瞰(ふかん)して社会を見られるようになったりしたことで、実は社会のいろいろなところで起きている問題だと思うようになりました」

「2015年に2カ月間、トルコやドイツ、英国、ポーランドをリサーチして回ったことも契機になりました。当時トルコに難民として来ていたシリアや、クルドの方と偶然に親しくなったり。一方で、すごく親切にしてくれた方が次の瞬間、ある特定の国の人に差別的な発言をしている場面に出くわして、社会の複雑さや差別の連鎖みたいなものを目の当たりにしたり。また、主にドミトリーに宿泊していたので、さまざまな国の人々と一緒に眠りに就くような時間を共有したりする経験もありました。そういった『世界と触れ合った体験』が、『土地と人の結びつき』というテーマへの拡張に、自然とつながったのだと思います」

人と出会い価値観を鍛えたい

——フィールドワークに基づいた作品制作が落合さんの特徴だと思います。江戸時代にベトナムで没した日本人の墓を着想源にした作品《骨を、うめる》では、ベトナムだけでなく、その日本人の出身地である長崎も訪れていますね。そういうふうに、土地との関係を広げることも大切にしていますか?

「『土地に呼ばれる』という感覚も、大切にしていることの一つです。ベトナムに行ったのは、面白そうなアートティスト・イン・レジデンスに招待作家として呼んでいただいたのがきっかけ。《骨を、うめる》は、当初考えていたモチーフの下見を終えた後に、日本人のお墓があるという情報を聞いて行ってみたのが始まりでした。その後、その日本人の生まれた長崎にも行くことで、もっと広く大きな視点で対象を見ることができると思いました」

「前提として、できるだけ多くの国や地域で人に出会い、鉄をたたくように、自分の価値観を鍛えたいと思ってきました。多角的な視野を持ったうえで、制作をしていくことが私の理想です」

——霊長類学への関心から「mirrors」という絵画シリーズを作っています。これまでのフィールドワークの作品とは趣が異なるように思えますが、これはどういった作品でしょうか?

「文化人類学的なフィールドワークで私がしてきたのは『人間社会の中に人間を見る』行為です。その中で、例えば、『ルーマニアの祭りで使われているタイムの葉は、日本では榊(さかき)にあたる』と比較したり、逆に共通項を見いだしたりすることで、気づきを得ることがありました。『mirrors』シリーズに関しては、それまで人間の営みの中から見いだそうとしていたものを、様々なサルの中により鮮明に見つけたことをきっかけに、『サルの中にヒトをみて、ヒトの中にサルをみる』というリフレクション(反射)を描いています」

「実際の作品は、1枚につき一つの霊長類を描いていますが、面白いことに、それを見た方が、『自分がこれまで出会ってきた誰かに似ている』とおっしゃるんです。描かれた霊長類に、人間を投影しているわけです。こうした異なるものに類似性を見いだす人間の想像力に、ポジティブな可能性を感じていています」

壁を超えられる想像力や思いを

——隔たりのある空間や時間を扱っている落合さんの作品は、鑑賞者から、現代の「分断社会」の問題として読み解かれることもあると思います。ご自身は「分断」や「壁」をどのようなものと考えていますか?

「分断や壁は確かに存在します。ですが、それは、人間の想像力や思いによって超えていくことができるし、一方で、その壁はそもそも曖昧(あいまい)だったり、自分から作り出してしまったりしている場合もあるのではないかと思っています。その視点を少し変えるきっかけになるような作品を、私は生み出していきたい」

「具体的には、作品では複数のイメージを、完全に混ぜ合わせるのではなく、透けて重ね合わせたりする方法を取ってきました。というのも、私の個人的な経験と照らし合わせても、分断されたコミュニティや異なるものが混ざり合うときには、激しい摩擦が起こることが多い。つまり、そうではない出会い方の可能性もあるのではないかと」

「プロジェクターの原型である幻灯機を用いたインスタレーション《Intersect》は、まさに『出会いの可能性』を意識して作った作品です。時代の断面を今に伝える古いガラス絵を日本やヨーロッパで収集し、それを18台の幻灯機で、異なる速度で天体のように回転させながら投影させます。例えば、ヨーロッパの宗教のイメージや、日本の戦争や昔の日常生活のイメージなど、複数の画像が展示空間の中で重なっては離れていく。その重なりに人が何を見るのかを問おうとしました。それらのモチーフ自体やその見え方から、ある人はネガティブなもの、ある人はその先にあるポジティブなものを感じるかもしれません。まず人それぞれに感じ方が違うということを共有できる作品だと思っています」

——2022年は、どんな活動を予定していますか?

「パンデミックで先延ばしになっていたのですが、11月からルーマニアに行き、1年間フィールドワークをする予定です。これまでルーマニアの滞在は最長2カ月でした。四季を通じて生活するのは初の試みです。たいていの祭りや儀式は年周期で行われるので、土地の哲学を深く知るためには、1年間生活することが本当に大事だと思います。ルーマニアは自分のもう一つの祖国であり、大切な場所。この経験によって、これからの作品、また私自身の生き方も大きく変わる予感がしています」

<共通質問>
好きな食べ物は?
「おもちとルーマニアのサラミ『サラミ・デ・シビウ』。シビウという、サラミで有名な場所のサラミです。世界一のサラミだと私は思っています」

影響を受けた本は?
「北園克衛の『単調な空間 1949~1978』」 

行ってみたい国は?
「ルーマニア。楽しみのためというか使命感的なところもある。ただ一生の中でできるだけたくさんの国に行ってみたい」

 好きな色は?
「胡粉(ごふん)の色。日本画の胡粉。白の種類。白ですが、少し黄色や緑がかった、何とも言えない淡い色です。「mirrors」シリーズで目指している淡い世界観。その質感や色の領域を今後、作品のなかで展開していきたい」 

座右の銘は?
「『天才とは努力する凡才のことである』。これまでは『大器晩成』と答えていましたが、自分で言うものではないと友人に言われて。他の言葉で表現すると、アインシュタインの『天才とは努力する凡才のことである』なのかなと思います」

アート活動を続けていく上で一番大事にしていることは?
「ビジュアルランゲージとしての強度のある作品を作ること。ただ最近は、音像を使った作品も作っている。視覚に限定せず、国や言語、時代を超えて、伝わる表現を作り上げることを大事にしています」

(聞き手・文:松本雅延)

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