現代アートコレクターの行動規範集をシンクタンクが発表。求められる倫理性と透明性

アート産業の市場規模は年間約500億ドルに上る。オークション、フェア、ギャラリーなどで構成される国際的なビジネスではあるものの、非公開での取引、売買の閉鎖性といった商習慣があり、投機目的の購入や追跡不可能な転売も横行している。しかも、作品を生み出すアーティストの力がないと成立しない商売であるにもかかわらず、アーティストは往々にして最も立場が弱く、身入りが少ないプレーヤーだ。

アートフェアの様子。写真は2022年のフリーズ・ロサンゼルス Maximilíano Durón/ARTnews

美術界の不公平さにかつてないほど注目が集まっている今、アートマーケットは何らかの説明責任を果たすべきだという圧力が高まっている。そんな中、アートコレクターで職業倫理の専門家でもあるピエルジョルジオ・ペペは、状況改善に向けた最初の一歩として、本格的な倫理規定を設けようと考えた。ペペは、2018年にパリでコンサルタント会社のクアンタム・エシクス(Quantum Ethics)を設立。また、パリ政治学院でアートマーケットにおける倫理について教えている。

ペペはARTnewsの取材に対し、次のように語っている。「コンプライアンスや職業倫理に関する規則はほとんどの分野に存在しますが、なぜかアートの世界には同様の仕組みがありません。ある意味、これはそうした仕組みをアート業界に応用できるかどうか、制度批判を乗り越え、実質的な手段を用いて変革をもたらせるかどうかを試みる実験と言えるでしょう」

2020年、ペペは世界中から志を同じくするコレクターたちを集め、この問題に取り組むためのシンクタンクを立ち上げた。その仲間には、ペドロ・バルボーサ、ヨルダニス・ケレニディス、アンドレ・ジバナリ、サンドラ・テルジマン、ハロ・クンブシアン、ジェシカ&エブリム・オラルカンなどがいる。

同シンクタンクは、キュレーターとアーティストからなる15人のアドバイザリーチームと協力しながら、1年以上を費やして規範集をまとめた。ペペによれば、他の産業で力の不均衡から生まれる問題を回避するために使われている「プロの言葉」を用いているという。この草稿は継続的に更新されるものとされ、今後も新たな課題が明らかになるごとに、改訂や項目の追加が行われるという。

シンクタンクが起草し、アドバイザリーチームのチェックを受けた規範集は、2月23日〜27日に開催されたマドリードの現代アートフェア、ARCOで発表された。「現代アートコレクターのための行動規範(Code of Conduct for Contemporary Art Collectors)」と題された11ページのマニュアルには、さまざまなレベルのコレクターが倫理的に美術品を入手、展示、寄贈するために参考となる内容が盛り込まれた。

この規範集には、責任と透明性を持ってディーラーと付き合う方法、美術館に寄付をする場合や美術館の理事・評議員を務める際の指針、コレクションの構築と維持の仕方などが記載されている。各項目はいくつかのサブカテゴリーに分かれ、たとえばディーラーとの取り引きについての項目では、「ディーラーがアーティストに迅速に代金を支払うよう促すこと」や、値引き交渉で「適正価格以下で作品を売るよう要求しないこと」などの記述がある。

規範集の作成に関わったコレクターの一人、エブリム・オラルカンは、この取り組みについて次のように語っている。「これはパトロネージ(patronage:芸術家への支援)という言葉の定義を問い直すものです。この言葉は一人の人間が家族全員のことを決める家父長制(patriarchy)と同じルーツを持つので、コレクターと呼ばれることに抵抗を感じる人が多いのも分かります。今回の規範集は、芸術支援に対する見方を変えていくための重要な一歩となるでしょう」

規範集の中でも多くのページが割かれているのは、アーティストに対する誠実な態度や、彼らが作家活動を継続していけることを優先するよう求める項目だ。そこでは、作業時間やサービスに対してアーティストが要求する対価や、業界標準に基づく経費をコレクターが支払うよう奨励。また、寄付、無料作品、その他の便宜など、アーティストからの贈与を要求しないよう注意を促している。さらに、「コレクターは、自らの権力や影響力を用いて相手に付き合いを強制してはならない。セクシャルハラスメントは厳禁」とも書かれている。

この規範集は、アート業界に導入された初めての倫理的ガイドラインではないが、これまでで最も包括的なものだ。既存のガイドラインには、バーゼル・ガバナンス研究所(Basel Institute on Governance)が発表した「バーゼル・アート・トレード・ガイドライン(Basel Art Trade Guidelines)」や、アメリカ博物館同盟(American Alliance of Museums)の「博物館倫理規定(Code of Ethics for Museums)」などがあるが、いずれも施行にはばらつきがあり、対象範囲もかなり限定されている。

近年、クリスティーズやサザビーズなどのオークションハウスも、従業員がコレクターと接する際の指針となる正式な倫理ガイドラインを導入している。2019年のArt Newspaperの取材に対してクリスティーズの広報担当者は、「全ての従業員は契約上、包括的な行動規範を遵守する義務がある」と述べている。また同社は、無意識の偏見という課題への対策として、研修プログラムも実施している。2020年には、ジョージ・フロイド殺害事件の後に各地で起きた抗議行動を受け、世界中の美術館で連帯と公平性の目標に言及した声明が出されている。

ペペと彼のチームは、「現代アートコレクターのための行動規範」には強制力がないことを認めている。彼らにそれを遵守させる強制力はない。だが今のところ反響はポジティブで、規範集のウェブサイトに掲載された賛同者リストには、ギャラリーやキュレーターの名前が増え続けている。また、マリア・テレサ・アルベス、アフメット・オグート、ワリッド・ラードなど、多くのアーティストも名を連ねている。

このチームは、毎年規範集を更新し、新たな懸念事項が発生した場合や、ウェブサイト上で実施されるアンケートで集められた推奨事項を追加していく予定だ。それについてオラルカンは、次のようにコメントしている。「こうした“生きた”文書を維持し続けていくのは良い方法だと思います。更新に終わりがあってはなりませんから」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年3月1日に掲載されました。元記事はこちら

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