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  • 2022.06.06

世界のスーパーアートコレクター いくらで何を? それぞれの物語①

米国ARTnewsで1990年代から続く名物企画「トップ200コレクター」は、毎年、アートを収集する世界のスーパーコレクター200人を大特集。「スター・ウォーズ」の監督から、巨大ファッションブランドのオーナー、ロシアの新興財閥(オリガルヒ)とうわさされる人物、宇宙旅行を敢行したあの人まで。その最新版からARTnews JAPAN編集部が30組を選定し、それぞれのコレクションにまつわる物語を全6回に分けてご紹介します!

1. ロマン・アブラモビッチ(Roman Abramovich)

Courtesy Garage Museum
  • 拠点:ロンドン、モスクワ、ニューヨーク
  • 職業:投資家(ミルハウス・キャピタルのオーナー)
  • 主なコレクション:現代アート、印象派、モダンアート

ユダヤ系ロシア人のロマン・アブラモビッチは、最も資金力のあるアートコレクターの一人。フォーブス誌によれば、2021年の推定純資産額は約143億ドル。長年にわたりオークションで相当数の重要作品を入手してきたと言われる(コレクターがどの作品を購入しているか確証を得るのは少々困難な世界ではあるが)。

アブラモビッチは、ロンドンのサマセット・ハウスで開催されたロシア写真に関する2つの展覧会(グループ展「Quiet Resistance:Russian Pictorial Photography 1900s-1930s」〈2005年〉と、ソ連の写真家マックス・ペンソンの個展〈2006年〉)のスポンサーを務めたことをきっかけにアート界へ参入。2008年にはクリスティーズ・ニューヨークで、ルシアン・フロイドの《Benefits Supervisor Sleeping》(1995年)を3360万ドルで落札。続くサザビーズ・ニューヨークでは、1976年に制作されたフランシス・ベーコンの三連祭壇画を8630万ドルで落札し、当時、戦後美術の最高落札価格をたたき出した。

アブラモビッチは、1991年のソビエト連邦崩壊後に国内の多くの産業が民営化された際に富を築いたとされる。1995年には、ボリス・ベレゾフスキーとともに大手石油会社シブネフチの支配権を5000万ポンドで取得し、さらに資産を増やした。ロシアの新興財閥(オリガルヒ)である彼の資産は自身の投資会社ミルハウス・キャピタルが管理する。同社は2005年に、アブラモビッチが保有するシブネフチの株式の大半を130億ドルで売却。アブラモビッチは、2015年からはロンドンに拠点を置く大手鉄鋼企業エブラズの筆頭株主となっている。また、2003年にはプレミアリーグのチェルシーFCを1億4000万ポンドで買収した(現在、ウクライナ戦争により経済制裁を受けているため、チェルシーFCを売却に向けて英国政府と交渉中)。

2008年、アブラモビッチは当時の妻ダーシャ・ジューコワ(同じくこの「トップ200コレクター」に選出)とともに、モスクワのアートシーンの活性化を目的としてガレージ現代美術館をオープン。アート界における彼らの地位が急上昇するなか、夫妻は、ロシア美術に強い米国人コレクター、ジョン・L・スチュワートからイリヤ・カバコフの作品約40点(3000万〜6000万ドル相当)を一挙に購入したと言われる。

10年連れ添ったアブラモビッチとジューコワが2017年8月に別居を発表したとき、多くのアート関係者が、英国史上最も“高価な”離婚になるかもしれないとうわさした (夫妻は2011〜16年は、このトップ200コレクターのリストに連名で掲載されていた)。2018年、アブラモビッチは、ロシア経済で重要な役割を担う個人名をまとめた米財務省の「クレムリン・リポート」に、オリガルヒとして掲載された。

2. ヘレン&ベルナール・アルノー(Hélène and Bernard Arnault)

Photo: Swan Gallet/WWD/Shutterstock
  • 拠点:パリ
  • 職業:LVMH会長兼CEO(ベルナール・アルノー)
  • 主なコレクション:現代アート

LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、モエ・エ・シャンドンやルイ・ヴィトンをはじめ、ロエベ、フェンディ、セリーヌなど数々の高級ブランドを束ねる巨大コングロマリット(企業集団)。会長兼CEOのベルナール・アルノーと、妻のヘレンは、「トップ200コレクター」に選出された最も裕福な夫婦だ。アルノーの総資産は2022年4月時点で、イーロン・マスクとジェフ・ベゾスに次ぐ、世界3位(約1580億ドル)。

アルノーはブランドの新製品をデザインする際、例えば、ルイ・ヴィトンのバッグをリチャード・プリンスや村上隆に、ドン・ペリニヨンのパッケージをジェフ・クーンズに依頼するなど、度々アーティストとのコラボレーションを展開してきた。

2014年、アルノーは1億3500万ドルを投じて、フランク・ゲーリー設計のフォンダシオン ルイ・ヴィトン(ルイ・ヴィトン財団美術館)をパリのブローニュの森に開館。この地はかつて芸術・民俗博物館が存在していた場所で、同館は2005年に閉館していた。アルノーのコレクションは戦後〜現代アートを中心に、パブロ・ピカソ、アンディ・ウォーホル、ダミアン・ハーストといった一流作家の作品がそろう。ファンダシオン ルイ・ヴィトンのオープニングでは、アーティストのサラ・モリスが同館の建物をテーマに制作した映像が公開された。

ダミアン・ハースト《The Collector with Friend》(2016)ルイ・ヴィトン財団コレクションから

2018年、ルイ・ヴィトン財団はMoMA(ニューヨーク近代美術館)から、ポール・セザンヌ、マルセル・デュシャン、イヴォンヌ・レイナーを含む200点以上の作品を借り受け、75万人超を動員した大規模な展覧会を開催。加えて同年、同財団はジャン=ミシェル・バスキアとエゴン・シーレの回顧展を開催し、好評価を得た。また、フランス国内にとどまらず、ミュンヘンや北京、ヴェネチアなど、世界各地での展覧会の開催に力を入れている。

さて、ベルナール・アルノーのライバルと言えば、同じく高級ブランドのオーナーでトップ200コレクターにも選出されている、フランソワ・ピノーだろう。ファッション業界のコングロマリット、ケリングの会長兼CEOを務める人物だ。二人は長年にわたり、アートとビジネスの両分野で真っ向から対立してきた。2000年代初頭には、グッチの経営権の獲得を賭けた「ハンドバッグ戦争」と呼ばれる事件を巻き起こし、08年にはサザビーズ・オークションでフランス人アーティスト、イヴ・クラインの作品を両者で競り合った。18年には、ファッションデザイナーのステラ・マッカートニーが、ピノー率いるケリングとの決別を表明。翌年、マッカートニーはLVMHへ入社することを公表した。さらに、パリのノートルダム大聖堂で起きた大火を受けて、今年4月、ピノーと家族は再建と修復のために1億ユーロ(約1億1300万ドル)を拠出することを約束。そのわずか数時間後、アルノーとLVMHは2億ユーロ(約2億2600万ドル)を寄付することを発表している。二人のライバル争いは今も世間をにぎわせ続けている。

3. フランソワ・ピノー(François Pinault)

©2011 Matteo de Fina
  • 拠点:パリ
  • 職業:実業家
  • 主なコレクション:現代アート

今年85歳になるフランスの実業家フランソワ・ピノーは、実業家フランソワ・アンリ・ピノーの父で、女優サルマ・ハエックの義父でもある。1963年に、グッチ、バレンシアガ、アレキサンダー・マックイーンなどを擁する高級ブランドの持ち株会社ケリング社を設立し、フランスのファッション界を代表する一人となった。その甚大な影響力はアート界にも及び、1998年にはオークションハウス「クリスティーズ」の株式の過半数を12億ドルで取得した。

高校を中退したピノーは、家業の木材業からキャリアをスタートさせた。自力で億万長者となった彼の現在の純資産は290億ドルと推定されている。1970年代にコレクションを始め、所有数は1万点超。世界最大級と評価されるピノーの現代アートコレクションには、ダミアン・ハースト、村上隆、ウルス・フィッシャーなど、世界のビッグネームが勢ぞろい。絵画や彫刻のみならず、写真、インスタレーション、パフォーマンスと、ジャンルが幅広いのも魅力だ。

村上隆《My Lonesome Cowboy》(1998) ピノー・コレクションから

2005年にヴェネチアの宮殿「パラッツォ・グラッシ」を購入し、コレクションの一部を収蔵する美術館へと蘇らせた。その4年後の2009年には、ヴェネチアの旧税関施設を改装した美術館「プンタ・デラ・ドガーナ」をオープン。ちなみに、両施設とも建築家・安藤忠雄がリニューアルデザインを担当している。2019年に起きたパリのノートルダム大聖堂の火災を受けて、息子のフランソワ・アンリとともに再建に1億ユーロ(約1億1300万ドル)を寄付することを確約した。

ピノーには長年の夢がある。それは、ルーブル美術館(パリ)の近くにもう一つ美術館を開くこと。かつて穀物などの商品取引所だった歴史的建造物を利用し、「ブルス・ド・コメルス(Bourse de Commerce)」と名付けられた彼の新しい美術館は、当初2020年6月にルーブル美術館の近くにオープンする予定だった。だが、新型コロナの大流行で何度も延期に。2021年、ピノーのヴェネチアの2つの美術館を手がけた建築家、安藤忠雄の設計によって、1億7000万ドルを投じた美術館が晴れて開館した。7つの展示ギャラリーを有し、5人のアーティストによって復元されたドームの壁画が壮麗だ。

4. ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos

Photo: Frank Maechler/EPA/Shutterstock
  • 拠点:シアトル
  • 職業:amazon.com共同創設者・取締役会長
  • 主なコレクション:現代アート

これまで地球上に存在したどの人物よりも巨万の富をつかんだ人物といえば、ジェフ・ベゾス。2020年8月、フォーブス誌はベゾスの純資産が2000億ドルを超え、世界の長者番付1位となったことを報じた。これは、かつて誰も超えたことのない金額だ(注:2022年4月、フォーブス誌の「世界長者番付2022」が公開され、1位は米テスラCEOイーロン・マスクの2190億ドル。ベゾスは1710億ドルで2位に後退。ちなみに3位は、LVMH会長ベルナール・アルノーの1580億ドル)。

その財産の多くは、彼が1994年にワシントン州ベルビューで創業した、あらゆる商品を販売するデジタルマーケットプレイスの最大手、アマゾンからもたらされたもの。新型コロナ下において同社が労働者の補償を十分に行わなかったとして大きな批判を浴びるなかでも、ベゾス自身の資産は増大する一方だった。その資産が2000億ドルの大台に乗る1カ月前には、たった1日で彼が130億ドルを手にしたというニュースも報じられた。

また、彼の資産が世界1位となった同じ年、ベゾスは少なくとも2つの重要な作品を持つアートコレクターであることも明らかになった。2019年11月、クリスティーズのオークションで、「RADIO」という文字が工具で締め付けられている様を描いたエド・ルシェの《Hurting the Word Radio #2》(1964)が、匿名の電話入札者によって5250万ドルで落札され、作家の落札価格を更新。のちに買い手がベゾスであったことが判明した。さらに、サザビーズのオークションにてケリー・ジェームズ・マーシャルの絵画《ヴィネット19》(2014)を1850万ドルで落札したことも明らかに。この落札によって、同作家史上2番目に高額な作品として知られることになった。

エド・ルシェ《Hurting the Word Radio #2》(1964) Christie’sのウェブサイトから

ベゾスがいつ、どのようにアートを買い始めたのかはあまり知られていないが、恋人のローレン・サンチェスの影響が大きいともささやかれている。2021年2月、ベゾスはアマゾンのCEOを退任することを発表。現在は取締役会長に就任している。また21年末には、国立航空宇宙博物館(ワシントンD.C.)に2億ドルを寄付したことも話題になった。

5. パトリシア・フェルプス・デ・シスネロス&グスタボ・A・シスネロス(Patricia Phelps de Cisneros and Gustavo A. Cisneros)

  • 拠点:カラカス(ベネズエラ)、マドリード、ニューヨーク
  • 職業:メディア、エンターテイメント事業など
  • 主なコレクション:ラテンアメリカの近現代アート

国際的なコングロマリット(企業集団)のオーナーである、パトリシア・フェルプス・デ・シスネロスとグスタボ・A・シスネロスが、アートの収集を始めたのは1970年のこと。90年以降は「トップ200コレクター」に毎年連続で登場している、いわば常連の夫婦だ。二人は、ニューヨークとカラカス(ベネズエラ)を拠点とする財団を立ち上げ、ラテンアメリカにおける教育を熱心に支援してきた。

妻パトリシアの名前を冠した「パトリシア・フェルプス・デ・シスネロス・コレクション」という財団を掲げ、ラテンアメリカの近現代アートのコレクションに力を入れる二人。所有作品の中には、リジア・クラーク、マリオ・ガルシア・トレス、エリオ・オイチシカ、ヘスス・ラファエル・ソトら、この地域で最も重要とされるアーティストが含まれている。シスネロス夫妻の信念は、ラテンアメリカのアートが、ヨーロッパ同様に世界的な評価を確立すること。そのため、展覧会を精力的に開催するかたわら、書籍の出版も行っている。

エリオ・オイチシカ《Untitled(from the Spatial Reliefs series》(1959/1991) パトリシア・フェルプス・デ・シスネロス・コレクションより

二人のコレクションに初めて収蔵されたのは、スペイン人アーティスト、マヌエル・リベラの作品。《Tiritaña(ティリターニャ)》というタイトルの、金網を組み合わせて幾何学的な形を構成する抽象的な作品だ。この作品との出合いを機に、ラテンアメリカの抽象美術に深く傾倒していくことになったのだという。

2017年、夫妻はMoMA(ニューヨーク近代美術館)に102点の作品を寄贈し、脚光を浴びた。また同館内に、ラテンアメリカ美術の研究所を設立することにも尽力した。さらに、ブラントン美術館(テキサス州)、デンバー美術館(コロラド州)、ボストン美術館(マサチューセッツ州)、ヒスパニック・ソサエティ・オブ・アメリカ(ニューヨーク)、ペルーのリマ市立美術館に、ラテンアメリカ植民地期の美術作品119点を寄付した。これらの寄贈品をもとに大規模な巡回展も開催された。

2018年には、202点の作品を6つの美術館に寄贈することを発表し、うち88点は再びMoMAに贈られることに。同年10月、同館がリニューアルオープンした際には「Sur moderno: Journeys of Abstraction」展を開催。この展覧会は、1950年代〜60年代にかけて、ブラジル、ベネズエラ、アルゼンチン、ウルグアイで制作された芸術に焦点を当てた内容に。シスネロスが寄贈した作品群を中心に構成され、これまで見過ごされてきた芸術に光を当てた展覧会として、高く評価された。

※本記事は、米国ARTnewsの2021年度「トップ200コレクター」をもとに、ARTnews JAPAN編集部が編集・翻訳をしました。

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