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ARTnews JAPAN is a trademark of Art Media, LLC. © 2022 Art Media, LLC. All rights reserved. Published under license from Art Media, LLC, a subsidiary of Penske Media Corporation.

薬師如来(1319年頃) Photo: Metropolitan Museum of Art
CULTURE GALLERY 2026.08.06
メトロポリタン美術館で必見の名作100選──中世美術・宗教美術
TEXT BY ALEX GREENBERGER
世界最高峰の美術館の1つであるニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)には、5000年以上におよぶ人類の創造の歴史を物語る150万点余りの美術品が所蔵されている。本企画では、その膨大なコレクションの中から、US版ARTnewsが厳選した必見の100点を紹介する。ここでは、東洋西洋を越えた中世の美術品や宗教美術から23作品をピックアップした。Photos: Metropolitan Museum of Art
バハラーム5世とアーザーデの物語の狩猟の場面が描かれた狩猟文皿(5世紀頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

1. バハラーム5世とアーザーデの物語の狩猟の場面が描かれた狩猟文皿(5世紀頃)
来館者のほとんどが、2階のヨーロッパ絵画部門とアジア美術部門の間にある小品の展示を素通りしているのは非常にもったいない。ここに置かれた展示ケースには、この銀の皿のような逸品が数多く収められている。METの解説文によれば、ササン朝ペルシャの王であるバハラーム5世が、狩猟のお供をしていた女性の楽人、アーザーデに挑まれてガゼルを射ている場面が描かれている。アーザーデは2頭のガゼルの性別を反転させよという不可能な要望を出し、王は見事にこの難題に応えたという伝承だ。バハラームは無理難題に動じず、落ち着き払った表情で前を向く。そして、矢が飛び、馬の足元でガゼルが転がるダイナミックな図柄によって、王の離れ業が不朽のものとなっているのだ。展示場所:グレートホール

2. 巻物を持つ女性の胸像(4世紀末-5世紀初頭)
METが所蔵するビザンチン・中世美術のコレクションの大半は、両部門の展示物に特化した別館のクロイスターズにあるため、鑑賞するには地下鉄のAラインに乗ってマンハッタン北部まで行く必要がある。そこまで足を延ばす価値は十分にあるのだが、移動が面倒だという人は本館にもビザンチン美術作品がいくつか展示されているのでぜひ見てほしい。コンスタンティノープルで制作された巻物を持つこの女性像もその1つで、ていねいに彫られた瞳の奥から強い心の動きが感じ取れる。展示場所:後期ローマ・初期ビザンチン美術ギャラリー

3. クティシスを人格化した床モザイクの断片(500-550)
このモザイク画は、2つに割れていた断片を組み合わせたものだ。METは1990年代に、この絵に登場する2人の人物それぞれが描かれた断片を別々に取得し、割れる前にこのモザイクを所有していたディーラーの写真資料をもとにつなぎ合わせた。継ぎ目なく復元されたこの絵は、METの解説文によると「気前の良い寄付や基金の設立」を意味する「クティシス」の概念を人間の姿で表現しているという。作られたのはビザンチン時代で、以来、クティシスの首のしわや目もとの影を表現豊かに描き出すテッセラ(モザイク石)の巧みな配置で人々を魅了してきた。またこのモザイクは北アフリカで発見された可能性があるため、現在では古代地中海美術の発展にアフリカが果たした役割を研究する歴史家たちの貴重な資料となっている。展示場所:後期ローマ・初期ビザンチン美術ギャラリー

4. 仏頭(5世紀)
比較的ゆったり鑑賞できるアジア美術部門の静かな一角には、METの醍醐味が詰まっている。それは、複数の文化が混じり合ったハイブリッドな芸術様式が集められていることで、一例としてこの5世紀の仏頭がある。現在のアフガニスタンにあり、ヘレニズムの影響を受けた仏教彫刻が多く出土したハッダ遺跡のものと見られるこの仏頭は、アフガニスタンから遠く離れたインドで流行していた様式の特徴であるアーモンド形の目と細長い眉を持つ。この様式が遠くまで伝播していたことは、当時、国際交流が活発に行われていた証拠だと言えるだろう。展示場所:アジア美術ギャラリー ※現在は展示なし

5. ガネーシャ立像(7世紀)
あらゆる障害を取り除くとされるヒンドゥー教の神ガネーシャは、この彫像が制作される少し前までは理想化された体型で表現されることが多かった。しかし、プレ・アンコール期(カンボジアのアンコール王朝成立以前の時期)になると、より自然な体型のガネーシャ像が作られ始める。象の頭に人間の身体を持つこの立像は、今なお注目に値するものだが、その理由の1つはサンポットと呼ばれる衣服の下で大きく膨らんだ腹がリアルに表現されていることだ。これを作った無名の彫刻家は、神聖な存在であるはずのガネーシャもまた、私たちと同じく寄る年波には抗えないと訴えているのかもしれない。展示場所:アジア美術ギャラリー

悪を滅ぼす恐ろしい女神チャムンダ(10-11世紀)。Photo: Metropolitan Museum of Art

6. 悪を滅ぼす恐ろしい女神チャムンダ(10-11世紀)
METの中で最も恐ろしい展示品を選ぶとしたら、有力候補となるのがこの像だろう。これは、悪を滅ぼすヒンドゥー教の女神チャムンダをかたどった砂岩彫刻だ。鋭い歯を持ち、小さな頭蓋骨を並べた冠を着けたこの古代インドの彫刻は、今も恐ろしげな存在感を放っている。しかし、長い年月の中で体の一部が失われる前は、さらに迫力があったことだろう。METの説明によれば、もともとこのチャムンダ像には現存するものに加えて12本の腕があり、中には武器を握っていたものもあったという。展示場所:アジア美術ギャラリー

舞踏神シヴァ(11世紀) Photo: Metropolitan Museum of Art

7. 舞踏神シヴァ(11世紀)
南インドをチョーラ朝が支配していた9世紀から13世紀に、この地域のブロンズ彫刻は変革期を迎え、ヒンドゥー教の神々はそれ以前に比べてより自然な形で表現されるようになった。特に、髪をなびかせ踊るシヴァ神(ナタラージャ)を表した彫刻は、この時代に生まれた表現の中で最も人気のある形の1つとなっている。プラバマンダラと呼ばれる炎の輪に囲まれ、絶え間なく回転し続けるように見えるシヴァ神は、止まることのない時の循環を象徴している。展示場所:アジア美術ギャラリー

薬師如来(1319年頃) Photo: Metropolitan Museum of Art

8. 薬師如来(1319年頃)
高さ約7.3メートル、幅が約15メートルある元朝時代の傑作で、METの常設展示の中でも最大級のこの絵は、中国美術セクションの目玉として存在感を放っている。中央に衆生を癒す薬師如来、その左右に脇侍の日光菩薩と月光菩薩、周囲には十二神将が描かれたこの作品は、もとの設置場所である山西省・広勝寺の下寺では、さらに圧倒的な存在感を放っていたに違いない。この作品の作者は特定されていないが、大勢の菩薩が如来を取り囲む壮大な壁画で知られる朱好古の手によるものではないかと考えられている。展示場所:アジア美術ギャラリー

方従義《雲山図(部分)》(1360-70年頃) Photo: Metropolitan Museum of Art

9. 方従義《雲山図》(1360-70年頃)
中国・元朝末期のこの絵巻物の左端には、彼方にそびえる山の連なりがぼんやり見える以外は空白が広がっている。近代絵画が生まれる約6世紀も前の作品としては、驚くほど抽象的な表現だ。これを描いた道士の方従義は、「死すべき人間の運命」という容易には視覚化できない主題に関心を持っていた。彼はもちろん具象的な表現にも長けており、この絵でも墨をたっぷり含ませた筆で、寺院や樹木、岩肌を力強く描き出している。寺院が描かれた右端から左へと絵をたどり、視線を山々に向けると、方従義の筆致が次第に緩く不安定になっていくことに気づく。巻物の左端に到達する頃には見るべき対象はほとんどなくなっており、崇高な自然を前にした人間の無力さが痛いほど感じられる。展示場所:アジア美術ギャラリー ※現在は展示なし

ジャイナ教寺院の集会堂の東窓部分を構成する10の要素(1575-1600年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

10. ジャイナ教寺院の集会堂の東窓部分を構成する10の要素(1575-1600年頃)
16世紀に興ったムガル帝国の時代、インドのグジャラート地方は彫刻や寺院建築に広く用いられた精緻な木彫りの中心地となった。METが所蔵しているのは、この時代に作られた大規模な木彫作品で、パタンにあるジャイナ教の寺院から移設されたドームと、それに付随するバルコニーや支柱(チーク材の構造物のほぼ全面が神々や蓮の花などのレリーフで覆われている)などだ。これらは美術館の天井に設置されてライトアップされており、アジア美術部門の展望コーナーに登って鑑賞することができる。展示場所:アジア美術ギャラリー ※現在は展示なし

アスター中国庭園(17世紀の様式) Photo: Metropolitan Museum of Art

11. アスター中国庭園(17世紀の様式)
中華人民共和国の建国以来初の米中共同文化事業が1979年にMETで実施されることになり、この庭園の設置が企画された。実際に中国にあった庭園を移設したのではなく、明代の庭園を忠実に再現したいと考えた出資者のブルック・アスターの構想をもとに設計されたものだ。そこでは、本物の太湖石(蘇州の太湖付近で採れる複雑な形をした石灰岩で、観賞用として珍重された)や竹、円形の月洞門など、明代の庭園の特徴を随所に見ることができる。1981年の完成時には、米中国交正常化を受けた画期的な出来事として注目されたこの庭園は、今日でも素晴らしい造園技術を鑑賞できる場所、また混雑を逃れて一息つける場として、色あせない魅力を湛えている。展示場所:アジア美術ギャラリー

西方浄土の阿弥陀如来(1700年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

12. 西方浄土の阿弥陀如来(1700年頃)
大乗仏教で無限の命を持つとされる阿弥陀如来の教えを乞うため、無数の人々が集う様子を描いたこの絵には、高さ1.5メートルほどとは思えない圧倒的なスケール感がある。これは、チベット中央部で作られた「タンカ」と呼ばれる掛軸で、布地の上に青や赤などの鮮やかな顔料で緻密な絵が描かれている。あまりに細かいので、川に入った人々の側で泳いでいるアヒルなどのディテールは、注意しないと見逃してしまうだろう。展示場所:アジア美術ギャラリー

尾形光琳《波濤図屏風》(1704-09年頃) Photo: Metropolitan Museum of Art

13. 尾形光琳《波濤図屏風》(1704-09年頃)
尾形光琳は荒れ狂う海で砕ける波を、薄墨で波頭の輪郭を浮かび上がらせながら優雅に描き出している。その雅やかな趣は、絵の主題と矛盾しているように思えるかもしれない。なぜ容赦ない自然の荒々しさを、美しいものとして描くのか? この屏風を日本美術セクションのスターたらしめているのは、その華麗さと自然の脅威とのコントラストなのかもしれない。展示場所:アジア美術ギャラリー ※現在は展示なし

角頭巾形兜(16世紀) Photo: Metropolitan Museum of Art

14. 角頭巾形兜(16世紀)
16世紀、桃山時代の日本では豪華絢爛な意匠が好まれた。有力な大名たちは金箔を多用した豪華な屏風で居室を飾ったが、この兜にも金箔がふんだんに使われている。また、「たたき塗り」という技法によって金箔に凹凸が生まれ、布のような質感を感じさせる。燃え上がる炎と剣を持つ不動明王像の装飾があるこの兜は、身に着けた武将に力を与えたに違いない。眺めるだけでも気分が高揚する逸品だ。展示場所:武器・甲冑ギャラリー

青いクルアーンのページ(9世紀後半-10世紀中頃) Photo: Metropolitan Museum of Art

15. 青いクルアーンのページ(9世紀後半-10世紀中頃)
イスラム教の聖典、クルアーン(コーラン)の最も有名な写本の1つである「青いクルアーン」を構成していたページのうち、今も残る約100枚は世界各地に散らばっている。METに収蔵されているこのページは、同美術館のイスラム美術コレクションの礎石とも言うべき貴重な存在だ。チュニジアで制作されたこのクルアーンは、インディゴで染められた羊皮紙の色合いが印象的で、深い青色を背景に、第30章の東ローマ・サーサーン戦争に関する一節が金と銀を用いたクーフィ体で記されている。10世紀以上を経た今も、その輝きは失われていない。展示場所:イスラム美術部門 ※現在は展示なし

アラビア語の銘が記された鉢(10世紀)。Photo: Metropolitan Museum of Art

16. アラビア語の銘が記された鉢(10世紀)
中央アジアのサーマーン朝時代の陶器は、はっきりとした輪郭を持つ文様の美しさで高く評価されている。当時の陶芸家たちは、赤土の器の上に塗ったスリップ(液状に薄めた粘土)と顔料を組み合わせ、精緻に図柄を表現した。白いスリップが塗られたこの鉢には驚くほど現代的なミニマリズムが感じられ、縁に沿って記された文字が視覚的インパクトをさらに高めている。この鉢の文字は曲線や尖端の部分が極端なまでに抽象化され、ほとんど読めないほど様式化されているが、書かれているのは「仕事に取り掛かる前に計画を立てると後悔しない。繁栄と平和を」という訓戒だ。展示場所:イスラム美術部門 ※現在は展示なし

ミフラーブ(1354-55年) Photo: Metropolitan Museum of Art

17. ミフラーブ(1354-55年)
ミフラーブと呼ばれるこの美しい礼拝用の窪みは、かつてイランのイスファハンにあるイスラム学校(マドラサ)に設置されていた。抽象的な模様の中に溶け込むようにして、預言者ムハンマドの言葉が記されている。内側のアーチを縁取る白い帯にクーフィー体で記されたこの聖句を囲むように、花の文様が配され、さらにそれを囲む別の帯ではコーランの句が引用されている。その文字は、青や紺色のタイルで描き出された周囲の花模様と同様、渦を巻き、曲線を描いている。それは見る者を魅了すると同時に、瞑想へと引き込むような効果がある。ここからは、制作者が聖なる教えとそれが形作る世界との間に境界を設けていなかったことが見て取れる。展示場所:イスラム美術部門

スレイマン大帝のトゥグラ(公式の署名)(1555-1560年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

18. スレイマン大帝のトゥグラ(公式の署名)(1555-1560年頃)
イスラム美術セクションの展示物には、渦を巻く装飾的なアラビア文字のテキストが数多く見られる。しかし純粋な優雅さという点では、オスマン帝国全盛期のスルタン、スレイマン大帝のトゥグラ(公式の署名)を凌駕するものはないだろう。ディーワーニー体で書かれた文字は、ループ上に何度も折り返してから勢いよく横へ伸びている。この種の書体は読みにくく、模写はさらに困難だったため、スレイマン大帝の比類なき力を示すのにうってつけだった。下部には、その権力を裏付ける次のような銘文が小さな文字で記されている。「スルタン・セリム・ハーンの息子、スルタン・スレイマン・ハーン。その治世が永遠に続かんことを」展示場所:イスラム美術部門

バワニ・ダスに帰属する《インドオオコウモリ》(1777-82年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

19. バワニ・ダス作とされる《インドオオコウモリ》(1777-82年頃)
この作品の作者だと伝えられるバワニ・ダスは、ムガル絵画の技法を習得した後、イギリス出身のパトロン、イライジャ&メアリー・インピー夫妻の依頼で彼らの動物園の生き物を描いた絵画シリーズ「インピー・アルバム」を手がけている。この絵の作者がダスなのであれば、毛の一本一本までを丹念に描く細部への並外れたこだわりも納得できる。だが、ここで一番目を引くのはコウモリの目だ。ガラス玉のように光を反射するその目は、まるで人間の肖像画のように感情が表現されている印象を与える。展示場所:イスラム美術部門

玉座の聖母子像(1175-1200年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art


20. 玉座の聖母子像(1175-1200年頃)

聖母マリアの膝の上に幼子キリストが座る様子を表したこの作品は、「知恵の座」として知られるタイプの木像だ。子どもらしい身体に似合わない大人びたキリストの顔つきは、彼が幼い頃から示していた英知を表しているのかもしれない。波紋のように削り出された聖母の衣の襞など、中世にフランスで制作されたこの像はその独特な表現で高く評価されている。かつて著名な金融家ジョン・ピアポント・モルガンが所有していたこの作品は、現在METの中世美術セクションの目玉として、中央に設置された巨大な教会の内陣仕切りをも凌ぐ存在感を放っている。展示場所:中世美術ギャラリー

腕型の聖遺物箱(13世紀)。Photo: Metropolitan Museum of Art

21. 腕型の聖遺物箱(13世紀)
言い伝えによれば、この金属製の腕の彫刻の中には、聖人の腕に触れた物が収められているという。それらの遺物は、中世にフランスのどこかで制作されたと考えられるこの聖遺物箱に収められているため、今は見ることができない。とはいえ、これが作られた13世紀当時も、聖遺物箱は祭壇にうやうやしく安置されていたはずなので、その中身を見ることはできなかっただろう。それでも、この箱の見事な細工と表面に嵌め込まれたクリスタルの美しさを愛でることはできる。展示場所:中世美術ギャラリー

聖母マリアの祭壇(1300年頃)。Photo: Metropolitan Museum of Art

22. 聖母マリアの祭壇(1300年頃)
この祭壇は閉じた状態では地味な印象で、聖母マリアが幼子イエスに乳を与えているごく普通の聖母子像に見える。しかし扉を開けたとたん、魔法のように別世界が現れる。成人のキリストの座像を囲むように、彼の生涯のさまざまな場面を描いた絵が並んでいるのだ。このように珍しく美しい作品は、まさにMETのような立派な美術館に展示されるのがふさわしいと感じられるが、もともとは質素なラインラント地方の修道院にあったものだ。おそらくその頃は、修道女たちから日々の祈りを捧げられていたのだろう。展示場所:中世美術ギャラリー

助祭トロス《キリストの変容》(1311年) Photo : Metropolitan Museum of Art

23. 助祭トロス《キリストの変容》(1311)
METが収蔵するキリスト教の写本の多くは人物が白い肌で描かれているが、この写本のキリストとその弟子たちは青い肌をしている。それが13世紀末から14世紀初頭にかけてアルメニアの助祭トロスが作った写本の特徴だが、トロスはアルメニアよりさらに東方に住む民族が作った青い肌の神々の彫刻を参考にしたのかもしれない。仮にそうだとすると、この写本は当時のアジアにおける文化交流の証だと言える。中国やモンゴルで生まれた芸術様式を取り入れ、それまで何世紀も受け継がれてきたキリスト教の図像を再構築したことになるからだ。展示場所:中世美術ギャラリー

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