「多様性と矛盾が共存する場を」──アレキサンダー・ワンがNYに展示空間を新設、その意図を聞く
アレキサンダー・ワンが、ニューヨーク・チャイナタウンに非営利ギャラリー「ワン・コンテンポラリー」を新設する。アジア系アーティストの表現を軸に、ジャンルを横断する文化機関として始動するこのプロジェクトについて、設立の背景から今後の展望まで、アレキサンダー・ワンに聞いた。

自身の名を冠したファッションブランドを手掛けるアレキサンダー・ワンが、ニューヨーク・チャイナタウンの入り口に非営利のギャラリースペースを新設する。「ワン・コンテンポラリー(The Wang Contemporary)」と名付けられたこのギャラリーの拠点となるのは、1924年に銀行として建設され、2011年にニューヨーク市の歴史的建造物に登録されたバワリー通り58番地の建物だ。こけら落としは、資本主義やアートの価値をめぐる問いを投げかける作品で知られるブルックリン拠点のアート・コレクティブ、MSCHFが飾る。旧正月に合わせ、2月20〜22日にかけて、紙飛行機が吹き抜けから舞い落ちるインスタレーションが行われる予定だ。
アレキサンダーと母のイン・ワンによって立ち上げられたワン・コンテンポラリーは、アジア人およびアジア系アメリカ人の表現を軸に、アート、デザイン、音楽、パフォーマンスを横断する文化機関として構想されている。ニューヨークには約150万人のアジア系住民が暮らしているが、このスペースは、街の文化を形成してきたコミュニティのクリエイターたちの恒久的な拠点となることを目指す。ギャラリー設立の発表に際して、イン・ワンは声明で次のように述べた。
「東洋と西洋の架け橋となることを私はライフワークとして掲げてきました。チャイナタウンに文化機関を開くことは、非常に感慨深いです。歴史を受け継ぎ、この地域とともに歩み続け、アジア系アメリカ人たちが紡いできた物語に、恒久的な居場所ができるのですから」

100年以上の歴史をもつこの建物が立つバワリー通りは、ヴォードヴィルやミュージックホールから、パンクロック、グラフィティといった現代的な表現まで、新たな文化の発信地であり続けてきた。そしてそこは、移民と前衛的な表現とが交差する場としても知られている。
一方、この建物を中国系アメリカ人が所有するのは今回が初めてだという。ワンは、アジア系アメリカ人として育つなかで、自分たちの物語や創造力を反映する空間を持つことの重要性を感じ、ギャラリー設立を決意したという。設立の背景から今後の展望まで、ワンに話を聞いた。
──チャイナタウン、そして歴史的な建物にギャラリーを構えた理由を教えてください。チェルシーやローワー・イースト・サイドといったギャラリー地区ではなく、チャイナタウンの入り口に立ち上げたことにどういった意味があるのでしょうか。
ワン・コンテンポラリーを立ち上げる際に、生活や歴史、記憶が刻まれた場所に文化機関を構えようと考えていました。チャイナタウンは、アジア系アメリカ人が築き上げてきた歴史やコミュニティが息づいている数少ない場所のひとつです。バワリー58番地は1世紀以上にわたって存在していましたが、中国系アメリカ人が所有するのは今回が初めて。この場所を拠点とすることで、アジアの文化を単に展示や上演の対象としてではなく、土地に根差し、記憶を受け継ぎながら世代を超えて営まれてきたものとして捉えることができます。
──ニューヨークには多くの美術館やギャラリーがある一方で、アジア文化に継続的に焦点を当てる施設の数は限られています。そうした状況のなかで、ワン・コンテンポラリーをどのような存在として位置付けようと考えたのでしょうか。
ニューヨークには素晴らしい文化施設が揃っています。しかし、アジア人やアジア系アメリカ人が手がけた作品は、単発の企画展で取り上げられることはあっても、恒常的に取り扱う専門施設はありませんでした。この街に欠けていたのは、アジア文化を歴史的に語ったり、ニッチなものとして扱うのではなく、進化を続け、現代に生きるものとして扱う場所でした。
ただし、このギャラリーを単にアジア文化に焦点を当てる新たな場所として機能させるつもりはありません。私たちは、アジア人やアジア系アメリカ人アーティストをフィーチャーした実験的な展示を行い、リスクを取ると同時に、アーティストたちが鑑賞者とのびのび接することのできる持続可能な場を作り上げることを目的としています。こうした取り組みは、もっと早く行われるべきだったとさえ思っています。
──近年、文化機関や商業ギャラリーは、資金削減、運営コストの上昇、アート市場の減速など、困難な状況に直面しています。こうした状況下において、新たに非営利スペースを立ち上げることにはどういった意義があるのでしょうか。
このギャラリーが、既存のエコシステムに新たな要素を加える存在になれればと思い描いています。文化機関は現在、大きな重圧にさらされていて、リスクを取りづらくなっています。民間主導の非営利ギャラリーだからこそ、伝統的な枠組みに縛られることなく、機敏かつ実験的、そして柔軟に時代に対応できる。私たちは展示やイベントを常に行おうとは考えていませんし、規模を急いで拡大しようとも考えていません。野心と責任のバランスを取りながら、理念に沿ったプロジェクトを持続的に積み重ねていくつもりです。
このギャラリーの役割は、他の展示スペースでは実現できないであろうアイデアのために、物理的な空間と余白を創り出すことです。同時に、美術館や劇場、コンサートホール、アーティストたちと対話しながら活動することも欠かせません。ワン・コンテンポラリーが実験場となることで、クリエイティブ産業全体が活性化していく。それが私の理想です。
──このギャラリーは、アートと音楽、ファッション、デザインを結びつけるプラットフォームとして位置付けられていますが、学際的アプローチを強調することはなぜ重要だったのでしょうか。
歴史的にも人間の創造性は、ジャンルに固定されることなく、工芸やパフォーマンス、デザイン、儀式、さらには大衆文化のあいだを流動的に行き来してきました。
私たちにとって重要なのは、作品を既存の区分や美術史の枠組みに回収することではなく、文化を「現在形のもの」として提示すること。そして、学際的なアプローチを通じて、文化をどのように体験するかを示すことです。ワン・コンテンポラリーでは、現代のアジアに背景をもつアーティストやデザイナー、ミュージシャンが、都市生活、テクノロジー、移住や移民、アイデンティティ、権力といった同時代的な課題に対し、どんな型破りな方法で応答しているのかを提示していきたいと考えています。
そしてその応答は、音や動き、造形、アイデアが交差する場のなかで立ち上がるでしょう。画一的な視点を提示するのではなく、多様性と矛盾が共存しうる空間をつくること。それこそが、いま最も意味のある文化的対話を生み出す方法だと考えています。
──ファッションにおけるご自身のバックグラウンドは、アートセンターの運営やキュレーションの方向性にどんな影響を与えていますか。また、現在のファッションと現代美術の関係性をどのように見ていらっしゃいますか。
ファッションは、文化がどのように動くか、すなわち、コンセプトからアイデアが具現化され、メインストリームへ到達するまでのプロセスを、そしてそこに、象徴性やアイデンティティ、欲望がどう重なり合うかを教えてくれました。こうした経験が、企画や鑑賞者との関わり方に対する考え方を形づくっています。
ファッションと現代美術の境界は現代においてなくなりつつあります。いずれも、社会に対する応答であると同時にシンボルとしての役割をになっています。そしてそれらには、自己認識を形成する力があります。とはいえ私たちは、ファッションとアートを融合させるというよりも、両者が創造的な緊張関係のなかで共存することを可能にしたいと考えています。
──このプロジェクトを通じて、今後5年から10年の間に、ニューヨークの芸術や文化的にどういった変化が起きると期待しますか。
私は、アジア人やアジア系アメリカ人が創り上げたものが、周縁ではなく文化の根幹をなすものとして扱われることを願っています。過去から続く対話の延長線上にある空間として、ワン・コンテンポラリーの活動が、アジア系アーティストによる作品がごく自然に受け入れられるようになる一助となれば、私たちの役目は果たせたと言えるでしょう。私たちは交流を深め、お互いに影響し合う関係を築くと同時に、特定の文化を定義づけるのではなく、それが進化していく過程に耳を傾け続けたいと考えています。