詩人・菅原敏が詩で拡張する名画の世界──パウル・クレー 《数学的なヴィジョン》【Poetry & Painting Vol. 4】
詩人・菅原敏が毎回異なる絵画を一点選び、その作品のために一編の詩を詠む「Poetry & Painting」。第4回は、パウル・クレー 《数学的なヴィジョン》(アーティゾン美術館所蔵)。菅原自身による朗読と合わせてお届けする。

月のひかり(↓)を頭から浴び
千鳥足でバランスをとりながら
右からの夜風(←)を頬に受け
かすかな梅の香りに昔を思い出してもなお
いまも俺は幸せなのだと信じ込むために
誰かがそっと必要な言葉をかけてくれる可能性が
0 にならぬよう公園の街灯の下
プロペラ付きの音符(c)を風に泳がせては
切れてしまった弦を結び
過去にこそ旋律(b)を代入して
その輪郭を海(D)より深くすることで
船が座礁することのないように
今夜の行き先を割り出し
感情(A)に巻き付いたロープをほどいて
汽笛を鳴らすこと
というこの一連の/妙に長い設問に対して/結局また月夜に千鳥足で/梅の香りは/毎年くりかえし/終わらない冬の終わりと/始まらない春の始まり/その小さな隙間に滑り落ち/消えてしまった/ひとつの答えについて

パウル・クレー(1879–1940)は、音楽と詩の感性を独自の絵画言語に変換したスイス生まれの画家。音楽一家に生まれ、自らも幼い頃からバイオリンを習得。文学にも深い興味を抱いていたが最終的に絵画の道を選び、ミュンヘンの美術学校で学ぶ。1906年にピアニストのリリー・シュトゥンプフと結婚。音楽的なリズム感は彼の構図や線の運びに色濃く反映されている。1920年代、バウハウスで造形理論を教えながら、幾何学的な形や線の秩序を直感と詩情で揺らす独自のスタイルを完成させる。1923年に描かれた本作《数学的なヴィジョン》には規則性と自由が同居する世界が表れており、クレーの思考の軌跡を感じさせる。晩年には音楽、詩、絵画が有機的に結びつく境地に到達し、内面の思索を凝縮した作品を生み出した。1933年、ナチス政権により「退廃芸術」と見なされ、職を追われスイスに亡命。経済的困窮、さらに難病に苦しみながらも制作を続けた。1940年、自己免疫疾患の全身性強皮症による合併症で死去。クレーの作品は、秩序と自由、理論と直感が交差する独特の詩学を今に伝えている。
菅原敏(すがわら・びん)
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』 をリリース。執筆活動を軸に、毎夜一編の詩を街に注ぐラジオ番組「at home QUIET POETRY」(J-WAVE)、Superflyや合唱曲への歌詞提供、ボッテガ・ヴェネタやゲランなど国内外ブランドとのコラボレーション、欧米やロシアでの朗読公演など幅広く詩を表現。現代美術家との協業も多数。近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)、最新詩集『珈琲夜船』(雷鳥社)。東京藝術大学 非常勤講師
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