アート・バーゼル・カタール開幕レポート。「販売する場」より「育てる場」を選んだ新フェアの実験
アート・バーゼルが中東で初開催するアートフェア「アート・バーゼル・カタール(ABQ)」が、ドーハのM7で幕を開けた(2月7日まで)。従来の開催地とは異なり小規模・個展形式のみで始動したこの新フェアの手応えとは何か。US版ARTnewsが3日のVIPプレビューを現地取材し、その空気感と市場の反応を伝える。
アート・バーゼル・カタール(ABQ)は3日のプレビューで、バーゼル、パリ、香港、マイアミビーチといった既存フェアとは明らかに異なるリズムを示した。カタール版は参加ギャラリー数を87件と大幅に絞って個展形式とし、来場者がゆっくり移動できるレイアウトを採用している。離れて配置されたブース同士が対話するような関係を生み出しつつ、作品にも来場者にも深く呼吸できる余白が生まれていた。この変化は大きく、会場ではディーラーや来場者から広く称賛を集めていた。
だが、売買はやや慎重に進んでいた。多くのディーラーは、通常なら売買のラッシュとなる開幕直後の数時間について、取引を急ぐ場というよりも、立ち位置を探り、新しい作家や市場の可能性を見極めるための時間だったと語った。
実際、会場の雰囲気は、本格的に商業的成果を試す場というより「まずは紹介する場」に近いものだった。これは意図された方向性だ。開催前、バーゼルの幹部たちは、ABQは思索的な体験と商業的な取り組みの両方の側面を持つものだと繰り返し語っていた。
地域のコレクターを含む来場者に話を聞くと、多くが今回初めてのアートフェア体験だったと話した。規模を抑えた形式によって、ベテランにも初心者にも、全体を無理なく理解しやすいイベントになっているようだ。

中東のコレクターを主な顧客とするドバイおよびベルリン拠点のAAZ Art Advisoryのパートナー、アマール・A・ザールは、ABQについて、「よく考え抜かれた構成です。アートフェアは圧倒的になりがちですが、ここではじっくりと作品を見ることができます」と語った。ザールは初日を、ドーハの市場がどのように形づくられていくかを観察する機会と考えている。また、この地域のコレクターは、これまで意識していなかった中東や北アフリカの作家に出会える良い機会であるとも付け加えた。
王族メンバーによる「仮押さえ」も。売り上げは様子見ムード
だが、開幕初日に売り上げを報告したギャラリーは少なく、フェア全体には様子見ムードが広がっていた。しかし複数のディーラーによると、フェアのプレビューに先駆けた2月2日にカタール王族のメンバーがプライベート内覧会を行い、その際に相当数の作品が「仮押さえ」になったという。
出展ギャラリーの多くは、それらの仮押さえが実際の購入に進むかどうかは4日に分かる見込みだと話す。この状況が、セイディ・コールズ、ATHR、アルミン・レッシュ、グラッドストーン、ペース、リッソン、リーマン・モーピンといった有力ギャラリーが、強い関心は寄せられていると語りつつも、売上額の公表を控えていた理由の一つになっている。
アート・バーゼルの運営陣は、ドーハでの初開催を単に初動の売上数字だけで評価しないよう慎重な姿勢を取っている。フェアのチーフ・アーティスティック・オフィサーであるヴィンチェンツォ・デ・ベリスはUS版ARTnewsに対し、ABQは商業的側面が重要であることに変わりはないとしつつも、成功はそれだけでは測れないと語った。具体的には、新たに築かれた関係性、地域からの参加の広がり、そして長期的なコレクター育成といった複数の指標によって評価していく考えを示している。
デ・ベリスによれば、作家一人に焦点を当てる個展形式は、鑑賞のスピードをあえて落とし、より深く作品と向き合ってもらうための意図的な試みだという。また、このフェアのモデルは今後変化していく可能性があり、今回は単発の実験ではなく、当初から長期的な取り組みとして計画されていたとも説明している。

一方で、この個展形式は代替の余地がほとんどないというリスクも持つ。その現実を浮き彫りにしたのが、スティーブン・フリードマン・ギャラリーの予期せぬ変更だった。同ギャラリーは、故ユゲット・カランドによるブースを出展する予定で、会場マップにもフリードマンの名前が記載されていた。つい先週まで、同ギャラリーのインスタグラムでもカランド展は告知されていた。だが現在、カランド展を出展しているのはフリードマンではなく、ユゲット・カランド・エステートだ。
関係者によると、スティーブン・フリードマンが直前にフェア参加を取りやめた後、リッソン・ギャラリーがこの展示の費用を引き受けたという。アート・バーゼル側は、出展者の参加に関する通常方針を理由に、この変更の具体的な理由についてはコメントを控えている。
スティーブン・フリードマン・ギャラリーのイギリスでの登記資料を見ると、背景事情が見えてくる。公開記録によれば、同ギャラリーは2023年に約170万ポンド(現在の為替で約3億6000万円)の損失を出していた。また監査人は、日々の運営費を外部からの資金に頼っていると警告しており、短期的な支払い義務をどの程度果たせるのか、さらには事業を維持できるのかという点に疑問が生じている。US版ARTnewsは同ギャラリーに連絡を試みたが、返答は得られなかった。
デ・ベリスは「私たちは何よりもまず商業的な事業体です」と述べ、ギャラリーにとって販売が必要不可欠であることを認めている。その一方で、国際的なギャラリーと地域のコレクターとの出会い——その中にはアート購入が初めての人も含まれる——も、売上数字と同じくらい重要な初期の成果指標になるとの考えを示した。
出展者の間でも、すぐに大きな成果が出るという期待は控えめだった。フェアに先立って販売を済ませたと話すディーラーも一部いたが、多くは今回のフェアがどのような文脈にあり、どの規模で、どれほど本格的な取り組みなのかを見極めるため、あえて事前販売を控えて様子を見る姿勢をとっていた。
大規模フェア出品で生じる地元作家の価格問題
この地域を拠点とするコレクターにとって、ABQは中東や北アフリカ出身の作家を発見する場としての役割が大きかった。実際のところ、ブルーチップギャラリーが出品する国際的な有名作家に関心のある顧客は、すでにバーゼルやパリ、ロンドンでそれらの作品を購入できる層でもある。そのためドーハでは、地域の作家に目を向けたいと考えるコレクターも多い。
アート・バーゼル・カタールに地元の作家を連れてきた一部のギャラリーには、興味深い事情も見られた。カイロ拠点のギャラリー「ジプサム」のディレクター、アレヤ・ハムザは、エジプト人作家モハメド・モナイセールのテキスタイル作品をサロン形式で展示していたが、国際的なアートフェアでの価格設定は、地元市場への影響も考慮しなければならないため難しいと語る。彼女によれば、アート・バーゼルという文脈では控えめに見える価格であっても、活動の基盤がまだ母国にある作家にとっては大きな値上げになることがある。展示の成功を受けてディーラーが価格を引き上げようとする場合、その調整はより慎重さを要するという。

これについてハムザは、「このギャラリーのDNAは、若い作家と共に仕事をし、作品制作を支えながら、国際的な展示を通じて彼らのキャリアを育てていくことにあります。だからこそ非常に慎重でなければなりません」と語った。今回、モナイセールの作品は数百ユーロから約1万4500ユーロ(約267万円)までの幅で販売され、ほぼ完売に近い結果となった。購入者の多くはドバイ、サウジアラビア、アブダビのコレクターだった。
数年後に振り返ったとき、ABQは、確実な商機というよりも将来を見据えた初期投資だったと捉えられていても不思議ではない。ハウザー&ワースのイワン・ワースは、すぐに売り上げが立たなかったとしても、このフェアには「本物らしさ」があり、構成もしっかりしていると語った。また来場者の中には、アートフェアそのものや、そこで作品を買うという行為を初めて体験する人がいることも十分承知しているという。「それでもドーハは、この地域の重心となり得る可能性を持っています。それは非常に刺激的なことです」と彼は述べた。
ワースや他の関係者は、美術館や美術機関の職員の関心が見られたことを前向きな兆しとして挙げた。一方で、はっきりした結論を出すにはまだ早いとも認めている。「結局は『魔法の組み合わせ』です」とワースは語った。人、場所、そしてタイミングという予測できない要素が重なり合うことで、フェアは定着し、商業的にも成功するようになる、という意味だ。
最大のポイントは、地元に商業ギャラリーの厚い基盤がまだ整っていない段階で、大規模な国際アートフェアを先に導入することで、市場を「逆算的に」作り上げられるかどうかにある。この戦略が成功するかどうかは、フェアの売り上げよりも、来年もギャラリーが再び参加するか、そしてコレクターがより大きな信頼を持って戻ってくるかにかかっている。少なくとも現時点では、ABQは当初掲げていた目的を着実に果たしつつあるように見える。(翻訳:編集部)
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