訃報:ヴェネチア・ビエンナーレのドイツ館代表作家、ヘンリケ・ナウマンが41歳で死去
旧東ドイツの記憶や再統一後の社会の緊張を、家具や日用品を用いたインスタレーションで可視化したドイツのアーティスト、ヘンリケ・ナウマンが41歳で死去した。死因はがん。今年のヴェネチア・ビエンナーレでは、ドイツ館代表として参加する予定だった。
東ドイツの複雑な過去と結びついた家具やオブジェクトによるインスタレーションで、ドイツ現代美術界の注目を集めた彫刻家、ヘンリケ・ナウマン(Henrike Naumann)が2月14日に死去した。41歳だった。
ナウマンは今年5月から始まる第61回ヴェネチア・ビエンナーレに、自身と同じくベルリンを拠点に活動するベトナム系ドイツ人アーティストのスン・ティエウ(Sung Tieu)とともにドイツ館代表として参加する予定だった。ドイツ館の運営を担う国際文化交流機関(Institut für Auslandsbeziehungen=ifa)は声明で、死因を「短期間の重い病気」と発表し、こう彼女の死を悼んだ。
「私たちは、ドイツ現代美術の重要な存在であるだけでなく、温かく洞察力に富み、強い使命感を持った人物を失いました。ヘンリケ・ナウマンの遺産は、その作品の中に、彼女が主導した数多くの国際的コラボレーションの中に、そして彼女の思考と仕事に触発された多くの人々の中に生き続けます」
2月16日にナウマンの公式ウェブサイトに掲載されたスタジオの発表によると、死因はがん。パートナーのクレメンス・ヴィリンガーと、1歳の娘ニーナの名で発表された声明には、こう書かれてある。
「ヴェネチアでの展示は、彼女のキャリアの出発点と同様に『Gemeinschaftswerk(共同制作)』として実現されるベく、現在も進められています。ヘンリケの芸術的ビジョンに導かれた協働の取り組みです」
ファウンドオブジェクトを用いた「再統一の美学」
ときに不穏であり、ときに魅惑的なナウマンの作品は、深い感情をたたえている。そこには、1989年のベルリンの壁崩壊後もなお揺れ動くドイツ社会の姿が映し出されていた。彼女は主に既製品を収集・組み合わせてインスタレーションを制作し、一見するとありふれた、あるいは少し陳腐にも見える表現を意図的に用いた。彼女が「再統一の美学」と呼んだその手法は、どこか不気味なほどの既視感を喚起するものだった。
ナウマンは、作品に用いるオブジェクトの多くを地域密着型の個人売買掲示板である「eBay Kleinanzeigen」から調達していた。彼女は2022年にその理由を『Pin-Up』誌にこう語っている。
「制作の過程では多くの読書やリサーチを行いますが、インスタレーションという形でアイデアを表現するための言語は、人々がどのように生活し、どのように家具を出品しているかを観察することから生まれます。たいていは、スマートフォンで見ています」
同年の『Bomb』誌のインタビューでは、「存在するはずがないと思うものを探すのが好きなんです。そして多くの場合、それらは実在しています。それがわかると、どうしても手に入れたくなるんです」とも語っている。
日用品に宿る社会的・政治的記憶

この言葉に矛盾なく、彼女が収集したオブジェクトの中には、驚くほど豊かな歴史を背負ったものもあった。2018年にドイツ・メンヒェングラートバッハのミュージアム・アプタイベルクで行った展示では、東西統一後に東ドイツの資産管理を担った持株会社トロイハントの総裁を務めた保守政治家ビルギット・ブロイエル(Birgit Breuel)の肖像画を用いた。この作品は、ブロイエルが運営に関わったハノーファー万博(2000年)のアーカイブから見つけたものだった。批評家のキト・ネドは『Frieze』誌で、この肖像画がアラブ首長国連邦から当時のドイツ館に贈られたものであるとして、「この奇妙で示唆的な絵の中で、資本主義的なブロイエルは、空白のポスト社会主義的風景という“荒野”を切り開く力として描かれている」と記している。
同じ2018年のMMKフランクフルトでの展示では、花屋の内装一式を用いた代表作《14 Words》を発表した。一見すると無害な作品に見えるかもしれないが、その背景は暗い。タイトルはネオナチのスローガンを暗示しており、ナウマンはそれを、ドイツの極右テロ組織「国家社会主義地下組織(NSU)」と結びつけた。NSUは2000年、ニュルンベルクで花店を営んでいたトルコ系ドイツ人エンヴェル・シムシェクを殺害している。
もっとも、こうした明確な物語を持たない日用品も、ナウマンのインスタレーションには多く用いられた。2019年の《Ostalgie (Urgesellschaft)》は、カーペットやソファ、ダイヤル式電話など、旧東ドイツ(GDR)の住民にとって馴染み深い品々で構成されていた。ナウマンはこれらをギャラリーKOWの壁面に配置する一方、本来は壁に掛けられるはずの肖像画などを床に置くことで、展示の秩序を反転させた。アメリカの美術批評家であるエミリー・ワトリントンは『Art in America』誌で、この展示について、「ナチズムの系譜とレイヴ文化、石器時代とGDRを混在させる空間をつくり出し、再統一前後の東ドイツを単純に語ることを拒んだ」と評している。
「芸術や教育はすべての人に開かれるべき」
1984年、東ドイツのツヴィッカウに生まれたナウマンは、幼少期の多くを祖父母のもとで過ごした。祖父カール・ハインツ・ヤーコプは、GDRで働いていた。彼女は『Bomb』誌に、「私の初期の芸術教育は、芸術や教育は社会のすべての人に開かれるべきだという社会主義的な考え方の影響を受けていました」と語っている。
こうしてナウマンは、絵画や彫刻など一般的な美術教育を修める代わりに、ドレスデン美術大学で舞台衣装と舞台デザインを専攻した。その後、ポツダム・バーベルスベルク映画大学で映画・テレビの美術を学び、2012年に卒業。彼女は自身のアプローチについて、「あらゆる角度を、概念的にも物理的にも意味のあるものにしたい」と『Pin-Up』誌に語っている。
初期の重要作のひとつが、NSUを扱ったインスタレーション《Triangular Stories》(2012)だ。NSUのメンバーの一部が彼女の出身地ツヴィッカウに住んでいた事実が明らかになったのは、2011年だった。この作品では、1992年に撮影されたかのような家庭用ビデオが展示されたが、実際にはナウマン自身が新たに制作したものだ。
その後15年ほどの間に、ナウマンはドイツ美術界で急速に存在感を高めた。2022年には、ハイチ・ポルトープランスの貧困地区グラン・リュで開催されるオルタナティブな国際芸術プロジェクト「Ghetto Biennale」の一員として、ドクメンタ15に参加した。そして今年、彼女は、ヴェネチア・ビエンナーレのドイツ館代表を務める数少ない旧東ドイツ出身作家となる予定だった。
国際的にも評価は高まりつつあった。2022年にはニューヨークのSculptureCenterでアメリカ初個展を開催。同展で発表した《Horseshoe Theory》(2022)では、椅子やスツールをU字型に配置し、政治的な極右と極左が中心から遠ざかるほど似通っていくという「馬蹄形理論」を参照するとともに、椅子デザインに関するインターネット・ミームにも言及した。
GDRの歴史に詳しくない観客にとっては、彼女の参照が難解に感じられることもあった。しかしナウマンは、たとえ理論的に理解されなくても、感情的なレベルでは伝わると考えていた。彼女は『Pin-Up』誌にこう語っている。
「理論的な要素を読み解くこともできるでしょう。でも私にとって家具とは、公的で政治的な記憶に属するものなのです」
(翻訳:編集部)
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