
フランス革命により断頭台の露と消えた悲劇の王妃、マリー・アントワネット(1755-1793)。時代の「ファッション・アイコン」となったその装いやインテリアは、18世紀から現代に至るまで、ファッションやデザイン、映画など幅広い領域に影響を与えてきた。
そうしたアントワネットの革新性と、その人物像に迫る展覧会が、8月1日から横浜美術館で開催される。本展は、昨年イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)で開催された企画展の唯一の巡回展。ヴェルサイユ宮殿から貸し出される門外不出の品を含むドレスや宝飾、家具などを通して、王妃が打ち立てた新たな様式(スタイル)と、その源泉を読み解く。さらに、そのスタイルがいかに時代を超えて人々を魅了し、現代のクリエーターたちにも示唆を与え続けているのかを紹介する。開催に先駆け、本展の見どころをお伝えする。
第1章:マリー・アントワネット:スタイルの源泉 1770–1793
オーストリア皇女マリー・アントワネットは、1770年春、14歳の時に王太子妃としてフランスに嫁いだ。以来、宮廷に新たな視点をもちこみながら、ルイ16世下フランスにおける高級産業、とりわけファッションと織物産業の発展に多大な影響を与えた。アントワネットの生涯に焦点を当てながら、彼女が当時のフランスにもたらしたものを探る。

《コートドレスのマリー・アントワネット》フランソワ゠ユベール・ドルーエ(画) 1773年 油彩、カンヴァス 63.5 × 52.0 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
フランスに嫁いで3年後、正式な宮廷衣裳を身にまとう17歳頃のマリー・アントワネット。この肖像画は、注文主である当時の国王ルイ15世に対して、 王太子妃が将来王妃としてフランスを治めるのにふさわしい品格を備えていることを示すために制作された。描かれているダイヤモンドのチョーカーはおそらくマリー・アントワネットがウィーンから携えてきたものだ。

ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 © Victoria and Albert Museum, London

ローブ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風ドレス) フランス製 1760年代(1770年代に加工) 絹、光沢をつけた麻 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
ローブ・ア・ラ・フランセーズは、18世紀のもっともフォーマルなドレスの形式。白いストライプの走る絹地に、つるバラと花束の連続模様が施されたこのドレスは、マリー・アントワネットの好みだったシネ・シルクという手法の布で作られている。シネ・シルクは、あらかじめ模様を計算して糸を先染めして織り出されるという、非常に高度な技術の上で生み出されている。

ローブ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風ドレス)部分。 フランス製 1760年代(1770年代に加工) 絹、光沢をつけた麻 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London

《フラワー・ガーデン》マティアス・ダーリー(作) 1777年刊行 エングレーヴィング 35.2 × 24.7 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
結髪師レオナール・オーティエとモード商のローズ・ベルタンが生み出した、高く盛られた髪型や華美な頭飾りは、この時代の宮廷に特徴的な装いだ。奇抜な髪型が流行すると、風刺画家たちはその姿を誇張して描き出した。この作品のテーマは「花園」。熊手を持った庭師のいる庭園や、垂れ下がる花々で飾りたてられた「髪」は、女性の顔の数倍にも拡張されている。

マリー・アントワネットの肘かけ椅子(4点組の1点) ジャン゠バティスト゠クロード・スネ(作) 1788年 木(クルミ)に着彩、絹で刺繍した綿(近年の上張り) H. 97.5 × 63.5 × 63.0 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
30歳のマリー・アントワネットは、王からパリ郊外のサン゠クルー城を贈られる。王妃主導の改
修後、王家はそこで夏を過ごした。 この椅子は、もっとも私的な空間であった化粧室で王妃が使用したものだ。小花柄や、白や紫の軽やかな色合い、背もたれの上にあるバラとギンバイカで円形に縁取られたモノグラム「MA」など、そこには当時の彼女が好んだスタイルの特徴が盛り込まれている。

マリー・アントワネットの肘かけ椅子(4点組の1点)部分。 ジャン゠バティスト゠クロード・スネ(作) 1788年 木(クルミ)に着彩、絹で刺繍した綿(近年の上張り) H. 97.5 × 63.5 × 63.0 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London

通称「サザーランド・ダイヤモンド」 1780年代にネックレスに加工 金、銀、プラチナ、ダイヤモンド 長さ35.8 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
1785年に起こった「首飾り事件」はマリー・アントワネットの評判を失墜させた。元凶の首飾りは騒動のさなかに盗まれ、分解され、売却のためイギリスに渡った。その一部と伝わるダイヤモンドが今回出展される。インドのゴルコンダ産とされるダイヤモンドは、最大で約15カラット。歴代のサザーランド爵夫人が継承し、ヴィクトリア女王からジョージ6世の時代まで約100年にわたり、形を変えながら戴冠式の際に身につけられた。
第2章:マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800–1940
マリー・アントワネットは、死後も人びとの記憶のなかに生き続けた。特に19世紀は、ナポレオン3世の后ウジェニー(1826–1920)を筆頭に、王党派の支持者たちが彼女のスタイルを懐古した。本章は数々の出版物を通じてひとつの偶像として世界に広まったマリー・アントワネットの姿を追う。

《皇后ウジェニー 》ピエール゠ポール・アモン(画) 1850年代 油彩、カンヴァス 132.0 × 100.0 cm 東京富士美術館蔵 ©東京富士美術館 イメージアーカイブ/DNPartcom
ナポレオン3世の皇后ウジェニーはスペイン出身で、同じく外国人でフランス王妃となったマリー・アントワネットに心酔していた。仮装舞踏会を主催してアントワネットに扮するだけでなく、王妃の旧蔵品などを集めた展覧会を主催するなど、19世紀にアントワネットへの関心を高める立役者となった。

イヴニングドレス「ローブ・ド・スティル」 ジャンヌ・ランバン(作) 1922–23年頃 絹オーガンザ、絹の花かざり、パニエ ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London
1920年代から30年代に活躍したジャンヌ・ランバンは、繊細でロマンチックな懐古趣味のスタイル「ローブ・ド・スティル(歴史的な様式に連なるドレスの意)」を打ち出した。 上部はすっきりシンプルにまとめ、スカートはパニエでふんわりと仕上げたイヴニングドレスは、マリー・アントワネットの軽やかなシュミーズドレスと、18世紀の豪奢な宮廷服の混成体のようだ。

《目隠し鬼》(流行年鑑『襞かざりと縁かざり』より) ジョルジュ・バルビエ(画) 1924年(1925年刊行/メニアル、パリ) ポショワール(ステンシル)による手彩色の挿絵本 冊子:26.5 × 18.0 × 3.0 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 © Victoria and Albert Museum, London/George Barbier
アール・デコ期を代表する挿絵画家ジョルジュ・バルビエは、時代考証をふまえつつ、1920年代の洗練された感性を通して、18世紀の服飾やインテリアを細部まで表現した。彼の挿絵にはそれとわかるようにマリー・アントワネットやヴェルサイユにおける王妃ゆかりの地が取り入れられた。
第3章:永遠(とわ)に新しく — マリー・アントワネット・スタイル
華やかさと悲劇に象徴されるマリー・アントワネットのイメージは、いまなお人びとを魅了し続けている。この章では、王妃がつくりあげた「スタイル」にさまざまなかたちでインスピレーションを得た現代のクリエーターたちが手がけたファッション、デザイン、映画、音楽などを紹介する。

ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 © Victoria and Albert Museum, London
モスキーノは2020–21年秋冬コレクションで、 マリー・アントワネット・スタイルを大胆に生まれ変わらせた。超ミニのパニエドレスやロングブーツ、パステルカラーの巨大ウィッグを着けたモデルたちがランウェイを闊歩。デザイナーのジェレミー・スコットは王妃にまつわる言葉を引用し、「CAKE! CAKE! CAKE! LET THEM EAT MOSCHINO!(ケーキ!ケーキ!ケーキ!モスキーノを食らえ!)」と、写真右手の2点を含む「ケーキドレス」をインスタグラムに投稿した。

ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 © Victoria and Albert Museum, London
写真の左右は、トワル・ド・ジュイのプリント地による、アンドレア・グロッシのアンサンブル(2019年ポリモーダ卒業制作)とヴィヴィアン・ウエストウッドのパニエドレス(1996年春夏コレクション)。中央、フリルのトレーンとティアードスカートが印象的なイヴニングドレスは、アーデムのコレクション(2022年春夏)。横浜展ではデザインのディテールに迫る展示を予定している。

映画『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督、2006年)より Photo: Courtesy of I WANT CANDY LLC. and Zoetrope Corp
ソフィア・コッポラ脚本・監督、キルスティン・ダンスト主演の映画『マリー・アントワネット』(2007)は、ピンヒールのパンプスやポップミュージック、色とりどりのマカロンなど、18世紀の宮廷に「現代」を織り込んだ構成が話題になった。第79回アカデミー賞で衣裳デザイン賞を獲得したコスチュームも展示される。
マリー・アントワネット・スタイル
会期:8月1日(土)〜11月23日(月祝)
場所:横浜美術館(神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1)
時間:10:00〜18:00(入場は30分前まで)
休館日:木曜(8月13日、9月24日、11月19日を除く)

