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尾上右近「ザ☆スタジオ・トーク」
アートが生まれる現場を見てみたい、作家の頭の中を覗いてみたい……そんな思いに駆られることはありませんか? 「ザ☆スタジオ・トーク」は、若手実力派として活躍の場を広げる歌舞伎俳優・尾上右近さんが、海外からも高い評価を得ている人気アーティストのスタジオを訪問。アーティストとの対話を通して、その素顔に迫る連載企画です。

#6 横尾忠則さんのスタジオへ「飽きて描いた絵を見てみたい」(後編)

Oct 17, 2022
STORY
尾上右近

日本を代表する現代美術家・横尾忠則さんとの対談を、前後編に分けてお届けしている今回の「ザ☆スタジオ・トーク」。後編にも、時代を代表する俳優やクリエイターとのエピソードが満載です。“老い”との向き合い方など、もはや人生訓のような言葉の数々は、きっと右近さんのみならず、多くの皆さんの心に響くのでは?

(前編はこちら


ハンディがある状態を生かす

横尾:右近さんのお祖父ちゃんは、鶴田浩二さんでしょ? やっぱり面影がありますよ。それに、松竹から新東宝、大映、東宝、東映と渡り歩いて色々な作品に出演した鶴田さんは、ある意味、右近さんと同じようにマルチな方だったと思いますね。

右近:祖父と僕にそんな共通点があったとは!

横尾:鶴田さんは、怖いものなしだったんじゃないかな。本当にいい役者さんで、着物の着方にしても、東映育ちの高倉健さんはかっちりした感じだったけれども、鶴田さんは肩の力が抜けていて、ダラっとした着流し姿に非常に色気がありました。僕は一度お会いしたことがありますけど、面白い方でしたよ。

右近:横尾さんから祖父の話を聞けて、嬉しいです。僕は祖父に会えていないんです。生まれた時には亡くなっていたので。

横尾:えっ、そうなの!? ということは、亡くなってもう30年以上経つのか。僕にしてみれば、ついこの間お会いしたような感じがあるんだけれども(笑)。右近さんは(六代目 中村)歌右衛門さんには会えたのかな? 

右近:いえ。舞台も生で観ることはできなくて。

横尾:そうでしたか。僕は歌右衛門さんが好きでね。舞台に現れると空間が突然、造形化されるんですよ。

右近:空間が造形化!?

横尾:あの人が現れると、周りの空気まで形になって見えるんです。だから指一本動かしただけで、それを取り巻いている空間までうわっと動くように感じる。鬘なのに、髪の毛までお芝居しているみたいでしたよ。

右近:すごいっ!

横尾僕は、あの人の霊力が鬘の髪の毛一本一本にまで宿っているような感じがしてね。これはもう歌右衛門さんに会わなきゃいかんと思って、家が近かったのをいいことに、歌右衛門さんのお宅にお邪魔して、色々話を聞かせてもらったんです。その存在感の美しさに圧倒されましたね。晩年はあまり動けなくなってしまわれたけれども、特に何をするわけでもなく、そこにシュッといらっしゃるだけで、辺りの空気が変わっちゃうんです。あの人には、僕が今まで観た中でいちばん霊的な力を感じました。

右近:僕もそれを生で感じてみたかったです。

横尾:あとは、今の仁左衛門さんのお父さん(十三代目 片岡仁左衛門)。あの方も独特の空気を持っていらした。最晩年は、目が見えなくなった状態でお芝居をしていらっしゃったらしいんだけど、だからこそ、あのお芝居ができたのかなと。ハンディキャップを持つと、なんとか元に戻したいと思って、それを補おうとするじゃないですか。でも、そんなことはせずに、ハンディを自然体にしてお芝居しちゃえばいいんじゃないかと、仁左衛門さんを見て感じましたね。僕も今、そうしているんですよ。

右近:というと?

横尾:手が腱鞘炎になって、筆を持ったり、細かいことができなくなりましてね。真っすぐ線を引こうとしても、手が震えてうまくいかないんです。それをなんとか真っ直ぐ引こうとすると、苦痛になる。だから、このままで描こう、それがハンディキャップを持った今の僕の自然体なんだなと。そう思って描くと、ここにある絵のように全部ゆるゆるとした輪郭になってくる。それで逆に、絵が面白くなってきた気がしますね。

右近:色彩も明るくて、とてもきれいです。

横尾:そうですね。昔はどちらかというと、暗い色彩とか強い色彩の絵が多かったんだけれども、「寒山拾得(かんざんじっとく)」と出会ってからは、色彩も軽く鮮やかになってきました。だから、これからやっとスタートという感じですね。今やっと、画家の階段の下に立っている。今までのものはもうどうでもいい、みたいな(笑)。

右近:なんかもう……無限の世界ですね。「寒山拾得」にハマったのはなぜですか?

横尾:寒山と拾得は、唐時代の中国の禅寺の小僧さんというか、寺男みたいな人で、どっちかというとアホに見えるような人なんですよ。それはある意味、人は悟れば悟るほど賢くなるんじゃなくて、自由なアホになっていくことを表していて、その生き方にすごく共鳴したんです。それで、僕の中の寒山拾得を絵で引き出せないかなと思って。

右近:(アトリエを見回しながら)シリーズで描いていらっしゃるんですね。

横尾:目標として、100点描こうと決めています。寒山拾得の二人は、僕の中に唐時代の中国の格好で出てくる時もあれば、現代人の格好をしたり、駅伝やマラソンの選手になって出てくることもある。そうすると、今までとは全然違う色彩への興味も湧いてくるんですよ。最近は黄色が好きで、今まで黄色を使えなかったのに、どの絵にも必ず黄色が入っています。ちょうど今日、右近さんが着ているような黄色やグリーンは、今の僕の寒山拾得のカラーですよ。

右近:奇しくもそうなっていましたか! 嬉しいです!


新しい領域に入っていく

横尾:右近さんは若いから、ハンディキャップが多少あったとしても乗り越えちゃうでしょ。

右近:そうですね。無理やり修正する体力と集中力がまだあるから、そうなったことに身を委ねたいという願望はありつつも、軌道修正したくなると思います。

横尾:それを乗り越える力があるのなら、やったほうがいいですよ。ただ、人間も自然の一部だから、いつの間にか老化していく。それはうまく利用したらいいと思いますね。世阿弥が『花伝書』に、各年代にいいものがあると書いているでしょ?

右近:“時分の花”というやつですね。

横尾:あれは「30代だったら、30代の演技をしなさい」と言っているわけじゃなくて、「年をとれば、できないことが色々と出てくる。そのハンディを生かしなさい」と言っているんじゃないかと僕は思っているんです。できることが少なくなったら、少ないことで表現すればいい、と。

右近:なるほど。

横尾:僕は70代の頃、自分の考えと身体が乖離していく感覚があったんですね。思考はまだ50~60代くらいで若いのに、実際の身体は70代。そのうち80代になっていった。この乖離をなんとか縮めようとする人もいるけれど、それで病気になってしまう人もいるし、作品の質を落としていく人もいる。だから僕は、乖離したら乖離したで、もういいじゃないかと思っているんです。まあ、若い右近さんを相手に、するような話ではないけどね(笑)。

右近:いえ、僕なりに「自然の摂理に従う。それも芸ということなんだな」と捉えています。僕が好きな話に、落語家の志ん生さん親子の話があるんです。いつも高座の途中で噺を忘れてしまう志ん生さんを、情けなく思った息子さんの(三代目 古今亭)志ん朝さんが「昔はあれだけ稽古をしていたのに、なんでいつも酔っぱらって稽古をしないんですか?」と聞いたら、志ん生さんは「稽古したら覚えちゃうだろ」と言ったそうなんです。「覚えたら、言葉がスラスラ出てきて間が埋まってしまう。俺が忘れて、次の言葉を思い出すことで、お客が笑う間が生まれるんだ。だから稽古はしない」と。

横尾:若い頃は、そういった気持ちをなかなか持てないんですよね。

右近:コントロールしたくなるんですよね。

横尾:でも、それはそれでいいんです。コントロールできるなら、徹底的にやったらいい。ただ、やれなくなった時に焦る必要は全然ない。また新しい領域に自分が入ったんだなと理解すればいいわけです。右近さんはまだ若いから、ほかのジャンルのものでも手当たり次第にやったらいいですよ。絵も描かれるんでしょ?

右近:はい、好きです。

横尾:どんな絵を描かれるんですか?

右近:やっぱり芝居の絵が多いです。

横尾:(二代目 市川)猿翁さんも、肖像画をよく描かれていますよね。

右近:はい。身体を悪くされてから、ご自分の舞台姿を。

横尾:あれは手が描かせているのではなく、心が描かせているものだと思いますね。プロになると、心は横に置いて技術だけで描けてしまうんだけど、猿翁さんの絵を見ているとハートで描いているなと感じますよ。

右近:猿翁さんは、歌舞伎もそのイキでなさっていましたよね。心で傾(かぶ)いていたというか、心の爆発がすごい。そういう意味では、プロではないというか。

横尾:そうですね。ものすごく好奇心も強いし、子どもっぽかった。あの少年性が、スーパー歌舞伎を作らせたんでしょうね。本当は僕も、子どものような絵が描けたらいちばんいいんだけど、なかなか子どもになれないわけですよ。100歳くらいまでいけば、子どもになれるかもしれないけど、まだ中途半端な年齢だなと自分で思いますね。

右近:80代で中途半端!?……本当に無限の世界ですね。


観客がわからせてくれる

横尾:美術の世界には、観念的で難しければ難しいものほど喜ぶお客というのがいるんですよ。そのせいもあるのか、今の若い美術家には、コンセプチュアル・アートなんて言って、頭でものを考えて理屈で作る人が多い。コンセプトや観念でがんじがらめになって、それを形やテーマに置き換えるから面白くないし、1回観ればわかっちゃうから、2度観ようと思わない。たとえば、モナリザの絵は何度でも観たくなりますよね。それは、コンセプトや観念で描いていないからです。魂が描かせているんだと思います。

右近:お芝居の世界でも、西洋の影響を受けていわゆる新劇が生まれ育っていく中で、思想とか理念というものを作品に落とし込もうという考え方が強くなったと聞いています。それに対して、歌舞伎は非日常的なもの。ヒーローはどこまでもヒーローで、心の悩みを打ち明けたりしないし、もっとエンターテインメントなものだと思っています。

横尾:そうですね。この間、「私と演劇」というテーマで原稿を頼まれて、僕は「演劇は嫌いだ」と書いたんですよ。「僕が好きなのは芝居だ」と。

右近:なるほど!


横尾:芝居は大衆的なものだけど、演劇というと、今おっしゃったような思想とか理念とか、観念でやるものという印象がある。そういうものは、僕にとっては面白くもなんともないんです。

右近:少年性がなさそうです。

横尾:そうそう。それを排除してしまった結果ですよね。そう言いながら、僕も新劇のポスターを作ってますけど(笑)、やっぱり興味は持てませんでしたね。そんな時に頼まれたのが、寺山修司の天井桟敷の宣伝美術と舞台美術。あれは演劇ではないし、お芝居でもない。“見世物”ですね。どれにも該当しないのが面白かった。

右近:見世物! わかる気がします。

横尾:僕は天井桟敷をやりながら、唐(十郎)くんの状況劇場の美術もやっていたんだけど、寺山も唐くんも、話をすればするほど、わけがわからなくなっちゃうんですよ(笑)。何を目指しているのかもわかっていなくて、そこが面白かった。そのわからない状態で、芝居を作ったりしていたわけ。

右近:衝動的なものが強くあったんでしょうね。

横尾:そうですね。60年代当時は、まだ世の中が固まっていないドロドロとした時代で、まだアングラなんてものもなかったから、目指すものが何もなかった。だから逆に、やりたい放題でした。でも、作っている人間は、自分がやっていることがわからなくていいと思うんですよ。わからせてくれるのは、お客さん。アングラは、寺山や唐くんが作ったものじゃなく、お客さんが作ったものだと思いますね。

右近:僕も最近、お客さんとも仲間でありたいと思うようになりました。観てもらうものをコントロールするんじゃなくて、共有する。そして、お客さんの拍手に感動する役者でありたいなと。

横尾:そのためには、自分のやりたいことを、ただやるしかないんじゃないかな。お手本に準じてやるんじゃなくて、自分のやりたいことをやる。それに尽きると思いますね。

右近:はい。今日は本当にありがとうございました。たくさんの言葉が心の奥底に刺さりました。精進します。まだまだ青っちょろい若造ですが、今度ぜひまた僕の歌舞伎を観ていただけたら嬉しいです!


【尾上右近コメント〜対談を終えて】

「今回は、憧れの横尾忠則さんとお話しさせていただきました。毎分、毎秒が非常に尊い、楽しい、最高の時間でした。とにかく自然に生きるということ、それが表現の究極の形だということを改めて感じました。自然な流れに、自然の、ありのままの自分で、これからも僕も表現していきたいと思います。ありがとうございました!」

横尾忠則(よこお・ただのり)

美術家。1936年、兵庫県生まれ。72年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で個展。その後もカルティエ財団現代美術館(パリ)など世界各国の美術館で個展を開催し、国際的に高い評価を得ている。2021年には東京都現代美術館にて大規模な回顧展「GENKYO 横尾忠則:原郷から幻境へ、そして現況は」が開催され大きな話題となった。2012年神戸に横尾忠則現代美術館、13年香川県に豊島横尾館開館。高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰ほか受賞・受章多数。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、『GEKYO 横尾忠則 ⅡWorks』、小説『原郷の森』ほか多数。現在、横尾忠則現代美術館にて「横尾さんのパレット」展開催中(12月25日まで)。

二代目 尾上右近(にだいめ おのえ・うこん)

1992年東京都生まれ。清元宗家七代目 清元延寿太夫の次男。7歳で歌舞伎座にて本名の岡村研佑で初舞台。12歳で新橋演舞場にて二代目尾上右近を襲名。2018年には浄瑠璃方の名跡・七代目清元栄寿太夫を襲名する。歌舞伎以外の舞台や映像作品でも活躍し、映画「燃えよ剣」で第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。また自主公演「研の會(かい)」で研鑽を積む。2022年10月29日まで、日生劇場にてミュージカル「ジャージー・ボーイズ」に出演(11月に大阪、福岡、愛知、12月に秋田、神奈川公演あり)。また12月30日~2023年1月1日にはJ-CULTURE FEST presents井筒装束シリーズ 詩楽劇「八雲立つ」に出演予定。

Edit & Text: Kaori Okazaki Photo: Shin Inaba 
Styling: Kazuya Mishima(Tatanca) Hair & Make-up: 晋一朗(池田屋)

Index
1
Jan 17, 2022
#1 尾上右近が井田幸昌のスタジオを訪れる(前編)
#1 尾上右近が井田幸昌のスタジオを訪れる(前編)
2
Feb 04, 2022
#1 尾上右近が井田幸昌のスタジオを訪れる(後編)
3
Mar 04, 2022
#2 「田名網敬一さん、どうして絵を描くのですか?」(前編)
4
Mar 23, 2022
#2「田名網敬一さん、どうして絵を描くのですか?」(後編)
5
May 20, 2022
#3 エリイさん(Chim↑Pom from Smappa!Group)の制作現場へ
6
Jun 29, 2022
#4 佃弘樹さんの「コラージュ」が生まれるスタジオへ
7
Aug 15, 2022
#5 特別編:尾上右近ソロインタビュー「アーティストのエネルギーや考え方、生き方に触れたこれまでの対談を振り返って」
8
Oct 11, 2022
#6 横尾忠則さんのスタジオへ「飽きて描いた絵を見てみたい」(前編)
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Oct 17, 2022
#6 横尾忠則さんのスタジオへ「飽きて描いた絵を見てみたい」(後編)
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Jan 27, 2023
#7 舘鼻則孝さん「日本の伝統を現代の形で表現し、未来へ繋ぐ」
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Feb 27, 2023
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