「ドバイ・デザイン・ウィーク 2025」レポート──中東の地で日本の美学が存在感を放つ
11月4日から9日まで、ドバイ・デザイン・ディストリクト(Dubai Design District / d3)を舞台に「ドバイ・デザイン・ウィーク 2025」が開催された。中東で盛り上がるアート&デザインシーンにおいて存在感を高めている同イベントから、ドバイが新たに獲得しつつある文化的な「声」を考察する。

先月開催された「ドバイ・デザイン・ウィーク2025」は、中東の文化カレンダーのなかでもとりわけ多様でクロスカルチュラル、そして国際的な存在感を急速に高めているイベントとして、その存在を改めて印象づけた。とりわけ、グローバルサウスとの関係性のなかで同都市が現代アート、建築、デザインの拠点としての地位を強化し続けるなか、今年は東アジア──とりわけ日本のデザインとアート──の存在感が増し、国際的な認知度が一段と際立つ結果となった。
公共空間に設置された建築インスタレーションから、「ダウンタウン・デザイン」と「エディションズ・アート&デザイン」という2つのデザインフェアのキュレーションされたブースに至るまで、日本の影響は形式的にもテーマ的にも、多様な方法や会場で目立っていた。伝統的な素材思考やモジュラー構造、デジタル美学、精神的なミニマリズムといった要素を通じて、ドバイが紡ぐデザインの物語において日本の美学は重要な役割を担うようになっている。これは、UAEがサステナブルな建築やクラフツマンシップに強い関心を寄せる潮流とも響き合うものだ。
日本の建築思想とクラフトが息づくパビリオン「Chatai」

今年のドバイ・デザイン・ウィークで最も話題を呼んだインスタレーションの一つが、ドバイ・デザイン・ディストリクト「d3」に登場した「Chatai」。日本の大手設計事務所・日建設計のドバイ拠点が、日本(山梨県北杜市)の木工職人集団「素朴屋」と協働して構想したパビリオンだ。
Chataiは、日本建築を象徴する親密な空間としての「茶室」と、九州・福岡でよく知られる活気ある屋台文化から着想を得ており、来場者を集いと瞑想の場に誘う空間として設計されている。構造体はすべて素朴屋の大工による手仕事で木材から制作され、日本の自然素材への敬意と「おもてなし」の精神が具現化されている。
内部には、日建設計の歴史をマンガ形式で表現したコンテンツや、ドバイのアブジャド・スタジオと協働して制作された限定版の切り絵アートブックなどが配置されていた。日本の風景や伊勢神宮における式年遷宮の循環的再建を描いたこれらの物語が空間に重なっていた。
Chataiを「日本デザインが中東の地で強く共鳴している証だ」と語るドバイ・デザイン・ウィークのディレクター、ナターシャ・カレッラは、こう続ける。
「日本のデザインとアートは、文化的な深み、革新性、そして卓越したクラフトマンシップを兼ね備えており、ドバイやこの地域全体で大きな可能性を持っています」
彼女は表層的な魅力ではなく、「意味や歴史を内包するオブジェへの感受性」が双方に共通するといい、その対話がごく自然に成立すると説明する。
期間中、畳を敷いたChataiのサロンには多くの来場者が詰めかけ、日本的美学への関心の高さを浮き彫りにしていた。さらにChatai への熱い支持を受け、素朴屋はd3に拠点を構えることを決定。カレッラはこれを「市場への明確な信頼の表れ」と話した。
日本資本の家具ブランド「Stellar Works」の存在感

カレッラは「日本のクラフトマンシップは、伝統が現代の実践によって生き続けることを示している」とも語ったが、それは日本作品に限らず会場全体のデザインにも通底するものだった。
「ダウンタウン・デザイン」では、世界的ブランドが一堂に会し、来場者の視線を奪い合っていた。カルテルのチェアやヴィトラの照明が並ぶなかで、とりわけ目を引いたのが、東洋と西洋のデザイン言語を融合させる日本資本の家具ブランド、「Stellar Works」だ。
同ブランドは今回が中東初上陸となり、その出展は地域における新たなシナジーの兆しを示すものとなった。ブースはUAEの若手デザイナー、オマル・アル・グルグがデザイン。ニューヨークのブランド「Calico Wallpaper」との協働によって、Stellar Worksの洗練された家具を囲む「カバナ」ラウンジを構成した。これは、ローカルのデザイナーが日本的美学を持つ国際ブランドの文脈化を担い、都市が異なる文化をつなぐ場所として機能していることを示唆していた。
ダウンタウン・デザインのディレクター、メッテ・デン=クリステンセンは、「ドバイの観客は、オーセンティシティ、素材へのこだわり、静謐なラグジュアリーを求めるようになっています。これらは日本のデザイン伝統に深く根ざす美質です」と語る。
日本の静けさ・抑制・素材への敬意がUAEの価値観と美しく響き合うとも話す彼女は、両文化が「意図あるものづくり」と「静かな洗練」を共有していると強調した。
日本と地域をつなぐ新たな接点「Editions Art & Design」
2回目の開催ながら既に高い注目を集める「エディションズ・アート&デザイン」フェアでも、日本的美学は存在感を放っていた。50の出展者の中でもとりわけ人気を博していたのは「Galerie Geek Art」で、現代日本のアートとデザインを地域に紹介し、アジアの創造性をグローバルな物語へ接続する役割を果たした。

会場には、スロベニア発のデザイン会社、asobiによる日本的な要素を宿す照明彫刻「TOKIO」や、緻密でありながら簡素な佇まいを持つデザイン・オブジェも展示されていた。それらはUAEのアーティスト、イラ・コロンボのAI彫刻、イランやレバノン、フランスの作家らの作品と並置され、ドバイの多文化的なデザイン景観を象徴していた。
カレッラは今年の取り組みを振り返り、「私たちは、単発の交流ではなく、長期的な関係を築く『日本と地域をつなぐ橋』となることを目指しています」と語った。
アジアとアフリカの物語が交錯する「Abwab」

多文化的なプログラムとして今年も存在感を放ったが、「Abwab」だ。「In the Details(細部に宿るもの)」というテーマのもと選出されたのは、バーレーンの「Stories of the Isle and the Inlet」。また、女性デュオ、Maraj Designは、ナビフ・サレ島の生態系を刺繍で表現し、伝統衣装である「トーブ・アンナシル」を思わせる空間をつくりあげた。パーム繊維や天然染料などのローカル素材を用い、女性職人とつくりあげた本作は、環境が持つ物語を感覚的体験へと昇華していた。

続く「Traces of Musafir」は、トルコのアスリ・ナズ・アタソイによる瞑想的なインスタレーション。旅人の痕跡が砂に刻まれては消える構造体は、人間の存在の儚さを静かに語りかけるもので、UAEやレバノンの協働者とともに制作された。

ドバイとリヤドに拠点を置く建築&クリエイティブスタジオ、Designlab Experienceによる「Woven Forest」は、竹籠を未来的に再解釈した「森」のインスタレーション。日中は休息の場、夜は光の樹林となり、伝統工芸を都市的デザインと結びつける象徴的な作品となった。
伝統と現代の交差点としてのドバイ

UAEデザイナー展では、新進デザイナーが地元素材や地域の造形言語を探求していた。「Stellar Works」のブースを手掛けたオマル・アル・グルグは、自身の「Modu Method」シリーズを発表。柔らかな曲線と遊び心ある構造は、彼が受け継ぐ建築の素養と多文化的影響の融合を示していた。
ジュメイラの自宅兼スタジオでは、彼の作品が空間に心地よいリズムを与えており、彼はそれを「少し子どもっぽい遊び心」と説明。その姿勢は、折衷的でありながら成熟に向かうドバイという都市の姿と共鳴していた。
こうした要素から強く印象に残ったのは、50カ国以上から1000人以上が参加する大規模イベントへと発展したドバイ・デザイン・ウィークの明らかな進化であり、本展の真価はその「編集力」にあるということ。ドバイは新たな文化的な「声」を獲得しつつある──そこには、対話を重んじる新たな湾岸文化の潮流と、他都市の模倣ではなく伝統と現代性が相互に補完し合い文化が混じり合う新たなモデルが見てとれた。そして、世界は今、その声に以前よりも強く耳を傾けようとしているのだ。





