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MoMAがティルマンスの大回顧展を9月に開催。展示内容は直前まで分からない!?

今、最も影響力のある写真家の一人で、ベルリンとロンドンを拠点に活動するヴォルフガング・ティルマンスの本格的な回顧展が、2022年9月にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催される。

ヴォルフガング・ティルマンス《still life, New York(静物、ニューヨーク)》(2001) Courtesy the artist; David Zwirner, New York and Hong Kong; Galerie Buchholz, Berlin and Cologne; and Maureen Paley, London

ティルマンスにとって過去最大規模となるこの回顧展のタイトルは、「Wolfgang Tillmans: To look without fear(ヴォルフガング・ティルマンス:恐れずに見る)」。MoMAでの展示の後、オンタリオ美術館とサンフランシスコ近代美術館への巡回が予定されている。

ティルマンスの展覧会は、計算されたカオスともいうべきユニークな展示で知られる。大量の写真が非対称に配置され、ほとんどの写真は額装されていない。今秋の回顧展でも、出入り口や展示室の隅にまで作品を配置し、一部はテープで壁に貼るなど、型破りな展示が行われるという。展示作品数は350点あまりになる予定で、膨大な数の写真を撮影してきたティルマンスにふさわしい壮大なものとなりそうだ。

ケイトリン・ライアン、フィル・テイラーとともに企画を担当するMoMAの写真部門キュレーター、ロクサーナ・マルコーチは、2014年にロシアのサンクトペテルブルクで開催されたマニフェスタ(*1)にティルマンスが参加していたことが、今回の展覧会につながったとインタビューで説明している。このマニフェスタのオープニングで出会ったマルコーチとティルスマンは、その後8年間にわたって交流を続けた。その成果として、今年2月にMoMAから出版されたティルマンスに関する書籍に続き、回顧展を実現させることになる。

*1 欧州の都市で行われる現代美術のビエンナーレ。展示会場が毎回変わる。

 マルコーチは同書について次のように語っている。「写真だけでなく、音楽、政治、ナイトライフ、天文学、精神性、アクティビズムといったテーマについて、ティルスマンスが何を考えているかを網羅する一冊になったと思います。彼は豊かな視点を持つ思想家であり、観察者であり、何よりすばらしい人間なんです」

ヴォルフガング・ティルマンス《The Cock (kiss)(ザ・コック〈キス〉)》(2002) Courtesy the artist; David Zwirner, New York and Hong Kong; Galerie Buchholz, Berlin and Cologne; and Maureen Paley, London

マルコーチはこう続ける。「ティルマンスは、現代社会の様々な側面や政治的問題を増幅して見せてくれる存在。守備範囲が広く、ありとあらゆるジャンルをこなす類まれな才能に恵まれています。作品を制作する上では、人とのつながりを築き、一体感を形成する可能性を非常に重視する写真家だと言えるでしょう」

ティルマンスに何らかのスタイルがあるとすれば、スタイルが一つに限られないということだ。彼は、あらゆるジャンルの写真を、考えられる限りの手段を使って撮影してきた。1990年代に若者文化を捉えた印象的な写真をi-D(英国のファッションカルチャー誌)に発表して注目され、それ以降、静物、ドキュメンタリー、ヌード、抽象的なイメージなどを幅広く撮影している。ティルマンスのカメラの前を通り過ぎてきた被写体は、ドイツのナイトライフ、クィアコミュニティ、ミュージシャンのフランク・オーシャン、風景など様々だ。また、HIV感染者としての自身の生活も写真で記録している。

ティルマンスはMoMAでの回顧展に関する声明の中で、自らを駆り立てるものは「自分が生きたいと思う世界を創造すること」だと述べている。

ニューヨークでティルマンス作品の大規模な展示が行われるのは今回が初めてではない。2006年にMoMA PS1で、米国の美術館における初の個展が行われている。しかし、マルコーチによると、今回の展覧会はさらに野心的な企画で、今日までのティルマンスの膨大な作品を網羅するものになる。

また、一般的な回顧展とは異なり、展示作品リストは開催直前まで確定しないようだ。ティルマンスはマルコーチと何年もかけて回顧展の全体像を練り上げてきたが、展示可能な数よりも多くの作品をニューヨークに持ち込み、最後までどれを展示するか試行錯誤を続けるという。マルコーチはこう言う。「展覧会は動きのない固まったものではなく、生きているという考え方が気に入っています」(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月17日に掲載されました。元記事はこちら

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