「わからない」から始まる鑑賞体験──山田五郎と巡るリナ・バネルジー展【エスパス ルイ・ヴィトン東京トークイベントレポート】
エスパス ルイ・ヴィトン東京では、リナ・バネルジー展「“You made me leave home...」が9月13日まで開催されている。本展の開催に合わせ、5月20日に評論家・山田五郎をゲストに迎えたARTnews JAPAN読者向けトークイベントが実施された。その模様を紹介する。

エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中のリナ・バネルジー展「“You made me leave home...」に合わせ、ARTnews JAPAN読者に向けたトークイベントが、5月20日に開催された。ゲストに迎えたのは評論家の山田五郎、モデレーターを務めたのは、ARTnews JAPAN編集長の名古摩耶だ。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンの「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として9月13日まで開催されている本展覧会は、コレクションのなかから南アジア系ディアスポラのアーティスト、リナ・バネルジーに焦点を当てている。30年近くに及ぶ創作活動を通じてバネルジーは、植民地主義や移住、アイデンティティ、エキゾチシズム、装飾、伝統と近現代性の間に横たわる緊張関係といったテーマを探ってきた。さまざまな大きさやフォルム、色彩をもつ女性像もその実践の重要な軸であり、「男性の視線から女神を解き放ち、文化における想像力を支配する性的な(中略)表象から彼女を解放すること」に力を注いできた。

鑑賞者を安心させない「美しさ」
では、こうした作品群を評論家の山田五郎はどう見たのか。山田が注目した作品のひとつが大型のインスタレーション作品《Black Noodles》(2023)だ。人毛を中心に、カブトガニの殻やダチョウの卵、瓢箪といった自然由来の素材が複雑に組み合わされた浮遊感のあるこの作品について、山田は素材の多くが「空っぽ」である点に着目し、こう続けた。
「この作品には外側が硬いものが多く使われていますが、同時に脆く繊細な素材でもあります。移動という大きなテーマのもと作品を作っている作家が、なぜこうしたファウンドオブジェクトを使って作品を手がけたのかは気になりますよね。また、ジュール・ヴェルヌの小説『八十日間世界一周』にヒントを得たという《In an unnatural storm a world fertile...》(2008)も、作中に登場する地球を思わせるような大きな模様が見えたり、地球儀が配置されていたり。南アジアで生まれて、イギリスやアメリカで育ったというバネルジーの出自が反映されているのかな、など、楽しく想像を巡らせることができる作品ですよね」

二人の対話は、作品の重さと軽さをめぐっても展開した。前述の作品に対して名古が、「金属を含む重厚感のあるマテリアルを使いながらも軽やかな印象を与え、上から吊られた構造はバランスを保っているようでいて心もとない。移動というテーマに照らせば、目指した場所に本当にたどり着けるのかという不安も重なります」と話すと、山田は、見る者を安易に安心させないその造形にこそ美しさを感じると語り、こう続けた。
「視覚芸術として造形的に、この形でしか表現できないものがあります。インスタレーションの置き方ひとつにも、作家の周到な意図が働いているのでしょう」
また、今回の展示作品の中でも山田がとりわけ惹かれたというのが、《In Mute Witness...》(2015/2023)だった。角のように伸びるムラーノガラスや貝殻、植物の繊維、木製のテーブルの脚などによって構成された、女性像のようにも見える擬人的な立体作品を、山田は「戦士を思わせる作品」と表現する。多くのバネルジー作品と同じく人工物と自然素材が混ざり合うその姿は、どこか祝祭的でありながら、「自然の怒り」を感じると山田は語った。
インドに生まれ、幼児期にイギリスに移住、その後はアメリカで育ったバネルジーにとって、自身のルーツはどれほどの重みを持つのか。山田は、「南アジア出身」「女性」といった属性によって作品を語る枠組みそのものが、依然として西洋中心的な視点に基づいているのではないかと指摘する。そうしたカテゴリーが作家理解の手がかりとなる一方で、それだけでは捉えきれない作品の複雑さや、造形そのものが喚起する想像力にも目を向けるべきだというのが、山田の考えだ。

また、名古が「覚えられることすら拒むような」と表現する長大なタイトル(*1)について、山田は作品を説明するものというより「作品の延長上にあるもの」と捉える。タイトルを知らなくても作品は楽しめるし、知れば、その謎めいた言葉が作品に新たなレイヤーを加えてくれる。詩的なタイトルもまた作品の一部なのだというのが、山田の解釈だ。
*1 例えば《In an unnatural storm a world fertile, fragile and desirous, polluted with excess pollination, hungry to seize an untidy commerce also gave an unknowable size to some mongrel possessions, excreted a promiscuous heritage, sprayed her modern love, breathed deeper than any one place arching her back threw new empire, religion, bathed in unseasonable hope to alter what could not be warm》のように
現代アートの「わからなさ」との向き合い方
自身のYouTube番組「オトナの教養講座」において近代美術を語ることの多い山田は、現代アートがしばしば難解な言葉で説明される状況に触れ、それよりも、山田自身は視覚的に美しいと感じられるか、手元に置きたいと思えるかどうかを重視していると語った。
ただし山田は、すべての「わからなさ」を退けるわけではない。たとえば、バネルジーが「なぜ中が空になった素材を好んで使うのか」という問いに、明確な答えはないかもしれない。けれども、その答えのなさが見る者の好奇心を刺激することもある。山田は、「どうやったって興味を持てないもの、理解できないものは誰にでも存在します」と前置きした上で、人を引き寄せるわからなさの正体について、こう自論を展開した。
「作品に備わる具体性や全体性、そして人間の経験からにじみ出る手触りこそが、アートの核心だと思います。バネルジーの作品には、作者の元気が感じられますね」

最後に、アートがもつ力について問われると、山田はこう答えた。
「やっぱり、感動することですよね。どうしようもなく感動する。それは生きる勇気にもつながるわけで、災害や戦争のあとに、人々は生活必需品のほかに芸術を求めるわけです。芸術って生きていく上では不要なものと語られがちですが、個人的には人が生きていく上で、衣食住と同じくらい必要なものなんじゃないかと異を唱えたいですね。ただ鑑賞するだけでなく、自分で描いたり組み立てるなど創造することも、生活において欠かせないと思います」
Photos: Koki Takezawa