長崎原爆資料館の展示変更に海外でも批判広がる──「南京大虐殺」を「南京事件」に変更へ

長崎市の長崎原爆資料館で約30年ぶりとなる大規模な展示リニューアルが進むなか、市が「南京大虐殺」の表記を「南京事件」に変更する案を示したことが海外でも波紋を広げている。英紙タイムズは、この問題を日本の歴史認識をめぐる論争として報じている。

長崎原爆資料館の展示室の様子。2026年4月22日撮影。Photo: NurPhoto via Getty Images

長崎原爆資料館で、約30年ぶりとなる大規模な展示リニューアルが進められている。そのなかで、6月4日に行われた同館の運営審議会で、長崎市が展示パネルの「南京大虐殺」の記述を「南京事件」に変更する案を示したことに、国外からも批判や懸念の声が上がっている。英紙タイムズが報じた。

一般に南京大虐殺と呼ばれる出来事は、日中戦争中の1937年12月に日本軍が当時の中華民国の首都・南京を占領した後、民間人や捕虜を殺害し、性暴力や略奪、放火などを行った一連の加害行為を指す。犠牲者数については研究者の間でも見解が分かれているが、日本政府は、南京入城後に非戦闘員の殺害や略奪などがあったことは否定できないとの立場を示している。一方、犠牲者数については諸説あり、政府として認定することは困難としている。

現在、同館で原爆投下に至る歴史を紹介する年表には「南京占領、大虐殺事件おこる」と記されているが、新たな展示案では「多数の民間人や捕虜を殺害する南京事件」と表記される。また、日中戦争を解説するパネルには、関東軍が華北への「侵略」を進めたことで日中間の対立が激化したとの説明が盛り込まれる。

長崎原爆資料館。Photo: Wikimedia commons

タイムズによると、表記の変更に先立ち、「南京で日本軍による残虐行為はなかった」と主張する地元の保守系団体が展示内容の修正を求めていたという。長崎市平和推進課の原賀哲郎主幹は同紙の取材に対し、変更はこうした働きかけに屈した結果ではないと説明。「大虐殺」から「事件」への変更は、外務省の公式見解や、国の検定を通った教科書で使われている表現を参考にしたものだとしている。

これに対し、中国外務省の毛寧報道官は6月5日の記者会見で、「南京大虐殺は日本の軍国主義が犯した残虐な犯罪であり、確かな証拠が膨大にある」と反発した

また、6月30日には、長崎市の市民団体「世界に伝わる原爆展示を求める長崎市民の会」が、市に展示案の見直しを申し入れた。同団体は、「南京事件」では出来事の残虐性が十分に伝わらず、加害の歴史を曖昧にするおそれがあるとして、「南京大虐殺」の表記を維持するよう求めている。タイムズは今回の展示変更を、日本の政治における歴史修正主義的な動きの一例として報じている。

長崎市は7月28日、長崎原爆資料館の運営審議会を開き、展示パネルの最終案を委員らに提示した。南京に関する記述については、「大虐殺」を使わず、「多数の民間人や捕虜を殺害する南京事件」とする従来案を維持。また、関東軍による華北への「侵略」とする表現も維持した。市は8月末までに原稿を確定し、9月から段階的に展示更新工事を始める予定で、2027年3月の完成を見込んでいる。

from ARTnews

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