食から問い直す、人間と世界の関係──「NAFAS TOKYO 2026」【EDITOR’S NOTES】

食べることは、他者を身体に取り込むことでもある──文化、政治、生命、移動を「食」から問い直すニューヨーク発、食とアートの祭典「NAFAS TOKYO 2026」が提示する、生きることの喜びと複雑さ。

Taichi Hayashi, (2004), Japan, Bread Repair (30 x 30cm), pottery shards, flour,yeast,salt,water, 2026 - 50,000 JPY
林太一《Bread Repair》 Photo: Courtesy of the Artist

「食を通じた異文化理解」と言えば、聞こえはいい。しかし、食べるという行為は、それほど無邪気なものではない。

ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするアートセンター、The Invisible Dogで2022年に開催された食とアートのフェスティバル「NAFAS」が、現在、東京・北千住のBUoYで開催されている。「nafas」とは、アラビア語で「息」や「精神」を意味する言葉だが、料理について使われるとき、レシピや技術には還元できない、作り手の気配や精神が料理に宿ることを指すという。

NAFASの原点にあるのは、The Invisible Dogの創設者ルシアン・ザヤンが2018年に始めた、わずか12席の食卓「La Salle à Manger(SAM)」だ。自ら料理を作り、アーティストや友人、支援者、ときには見知らぬ人を招いて同じテーブルを囲む。「母の食卓を再現したかった」と語るザヤンの母の料理に欠かせなかったものは、食材でも技術でもなく、「generosity(寛容さ、惜しみなく与えること)」だった。

そこから発展したNAFASでは、食は作品の「テーマ」というより、人と人との関係をつくり、世界を捉え直すための「メディウム」と位置づけられている。東京版には約70人のアーティストやパフォーマー、作家、料理人らが参加しており、ヴィジュアルアート、シアター、音楽、ポエトリー、ワークショップなどを通して、主催者いわく、「観客をかつてないほど空腹にする」という。

BUoYでの「NAFAS TOKYO 2026」の展示風景。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026
BUoYでの「NAFAS TOKYO 2026」の展示風景。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026
BUoYでの「NAFAS TOKYO 2026」の展示風景。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026
「NAFAS TOKYO 2026」にて行われた、立川清志楼による映像パフォーマンス。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026
BUoYでの「NAFAS TOKYO 2026」の展示風景。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026
BUoYでの「NAFAS TOKYO 2026」の展示風景。Photo: Maki Indo for NADAS TOKYO 2026

その多くがオープンコールによって選ばれた参加者は、いわゆる現代美術家に限らない。キュレーターがつくった構造の中に作家を配置するのではなく、まず「食」という問いを広く差し出し、そこに返ってきた予想外の応答から場を立ち上げる。この開かれた選考方法そのものが、NAFASが掲げるホスピタリティや寛容さと無関係ではないように思える。ホスト自身が知らなかった他者を、まず食卓へ招き入れるための仕組みだからだ。

しかし、この試みの面白さは、「同じ食卓を囲めば人は理解し合える」という理想主義的なコミュニティ論に収束しない。

そもそも食べることは、極めて身体的で、不可逆的な行為だ。自分ではないものを口に入れ、咀嚼し、分解し、自らの身体の一部へと変え、不要なものは容赦なく排出する。そこには常に、程度の差こそあれリスクがあり、切実さがある。毒かもしれない。アレルギー反応を起こすかもしれない。宗教的、倫理的に身体へ入れることのできないものかもしれない。誰かが差し出した料理を口にすることは、相手を信じ、自らの身体を一時的に相手に委ねることでもある。食に向き合うということには、ホスピタリティや寛容さと同時に、「trust(信頼)」と「vulnerability(無防備さ)」が含まれるのだ。

NAFASを体験するということは、文化や政治、生命、移動といった問題を、傍観者として距離を置いた上で安全に「見る」こととはだいぶ違う。食べるものだけではない、食材の生産や流通、料理や食習慣、あるいは食を何らかのメタファーとして扱う作品をたどることで、人間や動植物がどこで生まれ、どのような政治や歴史を生き、誰の手を経て移動してきたのかを、身体に引き寄せて「経験」することになる。食を媒介にすることで、文化や政治、生命、移動をめぐる問いは鑑賞者の外側にある「テーマ」ではなく、自分の身体が巻き込まれる出来事になる。

NAFASのメインビジュアルにも用いられている林太一の《Bread Repair》では、割れた陶器の破片の隙間を、小麦粉、酵母、塩、水というパンの材料が埋めている。金継ぎならぬパン継ぎだ。「Repair」と名付けられてはいるものの、その修復は決して強固でも永続的でもない。乾燥し、ひび割れ、崩れうる物質によって、かつてひとつだったものが、かろうじて再びつなぎ合わされている。そこにあるのは、元通りになることでも、異なるものが美しくひとつに融合することでもない。つながってはいる。しかし、その状態は危うく、再びばらばらになる可能性を抱えたままだ。

大崎夏佳の《inner voice》を構成するのは、鉄や木、小麦粉、イラン産デーツから作られた酵母、そして人間の声。モエコの《Debris Stratum: Tokyo to Ibaraki, 2026》では、プラスチックや紙、段ボール、テープといった消費のあとに残る物質が作品を形づくる。

Taichi Hayashi《Bread Repair》(2026)
Natsuka Osaki《inner voice》(2026)
Moéko《Debris Stratum: Tokyo to Ibaraki》(2026)

さらに岡田夏旺による《SHIT》は、自らの排泄物を持参し、それを炭化、調理してパンに仕立て、再び食べるというワークショップ(9月13日開催)。その発想の背景には、岡田が幼い頃に聞いた、沖縄戦で食料が尽き、自らの排泄物まで食べて生き延びたという戦争体験者の証言があるという。身体から「不要なもの」として排出された物質を食物へと変換し、再び身体へ戻す行為は、食物と廃棄物、清潔と汚穢、内側と外側という境界が、決して自明なものではないことを突きつける。

こうした実践を見ていくと、NAFASで扱われているのは「食」というひとつの主題というより、物質が移動し、姿を変え、身体を通過し、捨てられ、ときに再び別の価値を与えられるプロセスそのものなのかもしれない。食材は土地から土地へ移動し、発酵し、料理され、身体に入り、その一部となり、やがて外へ出ていく。その経路には、文化や記憶だけでなく、交易、労働、政治、環境、廃棄といった、人間が世界と結んできた関係が否応なくまとわりついている。

一方、食が媒介するのは物質だけではない。手縫いのオブジェクトと写真を主たるメディウムにしてきた片山真理がNAFASに持ち込むのは、週末に娘とクッキーを焼くという、ごく私的な習慣だ。しかも自身が「唯一信頼する」という自宅のオーブンまでBUoYへ運び込む。母と娘、家庭、道具、反復されてきた時間からなる小さな生態系を、文脈の全く異なる場所へと移し、そこで焼いたものを見知らぬ人の身体へと手渡していく。

確かに、食/食卓は人をつなぐだろう。しかし、同じテーブルについたからといって人々が平等になるわけでもない。ある料理が誰かにとって故郷の記憶であるとき、それは別の誰かにとってエキゾチックな消費物かもしれない。誰かにとって安全な食べ物が、別の身体には危険かもしれない。そこには否応なく非対称性や権力が存在する。

その問いが東京で立ち上がる場所として、北千住駅から決して近くない場所にある元銭湯とボウリング場を改修した、古い構造や傷、湿度までが残された空間であるBUoYは興味深い。

BUoYの芸術監督である岸本佳子は今回のNAFASを、「トランス・ローカル(Trans-local)」──国家などの大きな枠組みを飛び越えて「地域と地域で直接つながる(相互に連結する)」──という言葉でも説明している。国を一つの単位としてその間を結ぶインターナショナリズムではなく、ブルックリンと北千住という異なるローカル同士を、それぞれの文脈を保ったまま接続しようとする試みだ。

しかし、その接続もまた、決して完成されたものではない。《Bread Repair》の危うい継ぎ目が物語るように、他者と関係を結ぶことは、異なるもの同士が完全に理解し合い、強固なひとつの共同体になることではないのかもしれない。そこには摩擦や拒絶があり、誤解があり、関係が途切れる可能性もある。つながってはいるが、その接続は脆く、いつまたばらばらになるかもしれない。

それでも、つなごうとする。

異文化を「理解する」ところから一歩踏み出て、未知のものに対して自ら身体の境界を開き、ときには拒絶し、リスクを引き受けながら、それでも他者との接続を試み続けること。NAFASが提示するのは、そんな信頼と無防備さを伴う、危うくも開かれた関係のあり方なのかもしれない。

NAFAS TOKYO 2026
会期:2026年9月4日(金)〜9月26日(土)
会場:BUoY
住所:東京都足立区千住仲町49-11

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