稀代のセットデザイナーがつくり出す内省の場──エス・デヴリン「Come Home Again」【EDITOR’S NOTES】

ビヨンセやU2をはじめ数多くの世界的ミュージシャンのセットデザインを手掛けてきたことで知られるアーティスト、エス・デヴリンの個展がFUTURA SEOULで開催されている。韓国初となるこの展覧会は、稀代のセットデザイナーとしての功績ではなく、ひとりのアーティストとしての内省に寄り添うものだった。

Photo Courtesy of FUTURA SEOUL

エス・デヴリンが韓国初の個展を開催

世界的なセットデザイナーとして知られるイギリスのアーティスト、エス・デヴリンの活動は近年さらなる広がりを見せている。ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台美術から出発し、U2やビヨンセのツアー、2012年ロンドン五輪の閉会式、2022年スーパーボウルのハーフタイムショーを手掛けてきた彼女は、2016年ごろから舞台で培った技術を美術館や公共空間へ持ち出していった。トラファルガー広場で来場者が投じた言葉を集合詩として投影した《Please Feed the Lions》(2018)、ロンドンの絶滅危惧種243種を鉛筆で描いてテート・モダンの前に据えた《Come Home Again》(2022)、ミラノのブレラ絵画館の中庭に回転する図書館を建てた《Library of Light》(2025)——その活動はもはや「セットデザイナー」という肩書には当てはまらないものになっている。

そんな彼女の個展が、韓国・ソウルの私設アートスペース、FUTURA SEOULで開幕した。本展は同スペースのシリーズプログラム「100 Poems」の第3弾に位置づけられるものであり、今年6月にロサンゼルスで開館したAIアート美術館「DATALAND」の共同創設者としても話題のレフィク・アナドル(第1弾)や、投影された光そのものを彫刻として体験させる《ソリッド・ライト》で知られるアンソニー・マッコール(第2弾)のように、さまざまなかたちで「光」を扱うアーティストによる展覧会が続いている。

個展のために再編成された6つの作品

デヴリンの作品といえば大規模な空間表現が想起されやすいが、今回の展覧会は比較的コンパクトなものだった。約1万冊の古書を背表紙を隠して積み、映像を投影する《Infinite Library》、壁も天井も鏡の《Mirror Maze》、庭に面した部屋で外光とライトを重ねる《Line of Light》、30年分のスケッチブックをスクリーンに組んで上映後に観客が1枚ずつ剥がして持ち帰る《Screenshare》、ロンドンとソウルの絶滅危惧種を鉛筆で描いた《Come Home Again》、見知らぬ他人と向かい合って顔を描く《Collective Portrait》。展示作のなかには過去に発表された作品を再構成したものも多く、30年以上にわたる彼女の実践を、FUTURA SEOULという空間に合わせて編みなおしたものだと言えるだろう。

それゆえ、いかにも「エス・デヴリン的」な空間体験を期待して本展を訪れると、些か物足りなさを覚えてしまうことも事実だ。高さ約11メートルを誇るFUTURA SEOUL最大の展示室を使った《Mirror Maze》はある種のスペクタクルをもたらしているが、彼女がこれまで手掛けてきた超大規模な空間表現と比較してしまうとこじんまりとして見え、もともと“SNS映え”を狙った展示が多い韓国で開催されていることもあってか、ある意味で馴染みのある没入型展示に感じられてしまう。

《Come Home Again》Photo Courtesy of FUTURA SEOUL

内省的な思索に寄り添う場

もっとも、だからといって見応えがない展示というわけではない。むしろ、これまでは圧倒的な空間体験の前で見えづらくなっていた彼女の思索を辿る機会をつくりだしていると言える。

もともとデヴリンは観客が作品をただ鑑賞するのではなく、その内部での経験を自ら形づくることに参加する環境を生み出してきたことで知られている。ステートメントのなかで「一時的な社会(Temporary Society)」という言葉が使われているように、鑑賞者同士だけでなく、現在と過去、自己の内にある他者、人間以外の生命など、さまざまな存在との出会いが生まれる空間を彼女はつくってきた。

今回の展覧会では《Mirror Maze》を制作する過程でつくられた大量の設計図やスケッチ、ドローイングも展示されており、インタビュー映像が流れるエリアでは彼女の作品コンセプトに関わる多くの書籍も並べられていた(会場では、多くの来場者が熱心に書籍を読みふける姿も見受けられた)。開幕に際して行われた現地メディアのインタビューで彼女が「ビヨンセのセットデザイナーだという紹介は、記憶から消してもらってかまいません」と語っていたとおり、この展覧会は彼女の内省的な思索に寄り添っていくものだ。

そして本展は今年10月にロンドンのデザイン・ミュージアムで開催される欧州初の大規模回顧展に連なる展覧会として位置づけられるものでもあり、10月に刊行される新著『A Concise Atlas of Es Devlin』が世界に先駆けて先行販売される場でもあった。デヴリンの活動はこれからもさらに世界中へ広がっていくはずだ。そんな旅のトランジットとしても位置づけられる本展は、これまで見えづらかった彼女の内面に新たな光を当てるものだったと言えるだろう。

エス・デブリン「Come Home Again」
会期:2026年8月20日(木)〜2027年1月17日(日)
場所:FUTURA SEOUL(61, Bukchon-ro, Jongno-gu, Seoul)
時間:10:00〜18:00(火〜金、日)、10:00〜19:00(土)
休館日:月曜

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