「ものとして作品を残したいという発想は昔からない」──川俣正が語る、場所と記憶、アートの力

ルイナールとの協業プロジェクトの一環として、東京・代官山T-SITE GARDEN GALLERYでインスタレーションを発表した現代美術家の川俣正。フランス・ランスのメゾンで得た着想から、作品を残すことへの考え、アートが人々にもたらすものまで話を聞いた。

「僕のインスタレーションは、たいてい仮設的なもので、最後は解体し、なくなっていきます。その意味では、グラスの中で泡が生まれては消えていくシャンパーニュと、どこか近しいものがあるのかもしれません。昔から重苦しい作品はつくりたくないと思っていましたし、むしろ最後は消えていくような作品が自分に合っていると思って、ずっと制作してきました」

1729年創業のシャンパーニュメゾン「ルイナール」は、長年にわたり現代アーティストとの協業を続けており、自然との対話をテーマとするプログラム「Conversations with Nature」には、これまでパスカル・マルティーヌ・タユー、ジュリアン・シャリエール、サム・フォールズらをフランス・ランスのメゾンに招いている。2026年には、このプログラムに日本人として初めて現代美術家の川俣正が招聘された。

前年にメゾンを訪れ、現地をリサーチした川俣は、2026年2月にパリの「パレ・ド・トーキョー」で、木材が渦を巻くように連なるインスタレーションを発表した。シャンパーニュの泡を思わせる作品だ。また、ランスのルイナールメゾンでも作品を公開し、ルイナールがオフィシャルパートナーとしてサポートするバーゼルでのアート・バーゼルやフリーズ・ロンドンなどでも、特別なインスタレーションを展開してきた。

冒頭の言葉は、一連のプロジェクトの一環として開催された東京・代官山での展覧会で川俣が語ったものだ。シャンパーニュの泡と自身の作品を重ねたこの言葉には、作品を恒久的な「もの」として残すことにこだわらず、時間とともに変化し、やがて消えていくことを受け入れてきた川俣の制作哲学が表れている。

川俣は1980年代から、独立した「もの」というより場所の歴史や人々との関係を取り込む「プロジェクト」型の作品を展開してきた。例えば、1987年、ドイツ・カッセルの国際美術展「ドクメンタ8」で発表した《デストロイド・チャーチ》は、第二次世界大戦で破壊され、手つかずになっていた教会に木材を張り巡らせたインスタレーション。再び招聘された1992年の同展では、《ピープル・ガーデン》と題し、市内を流れる川のほとりに木材や建築廃材を使った無数の小屋やテラス、通路を設置し、ある種のコミュニティ空間をつくり出した。こうした小屋は、スラム街や不法占拠地に見られる仮設の家やシェルターから着想を得たものだという。

こうした仮設的な構造物への関心は、やがて《Tree Hut》や《Nest》へと展開していく。川俣は過去のインタビューで、その原点の一つは、1980年代にニューヨークで目にした、路上生活者たちが廃材などでつくるシェルターだったと振り返っている。1999年にはドイツ・ボンの美術館前に立つ鉄製のポールに小屋を取り付け、2007年にはノルウェーのトロンハイムで樹木に11個の小屋を設置。以降、《Tree Hut》は世界各地で展開される代表的なシリーズとなり、鳥の巣を思わせる《Nest》へも発展していった。

樹木や建物に寄生するように取り付けられたこれらの構造物は、人を含む生物の「居場所」を想起させるが、実際にはそのための機能と堅牢さを持たない。また、今回の代官山での展示のように、短期間で撤去される作品には、周囲の環境に馴染み、時間をかけて変化していくための十分な猶予もない。そこにあるのは、居場所を思わせる形態でありながら、居場所として根づくことのない、不安定さと脆さを内包する存在だ。

会期が終われば解体・撤去されることも少なくない川俣作品は、美術館に収蔵され、恒久的に保存されることを前提とした作品とは、異なる時間軸の中にある。しかし本人は、作品が残らないことをことさらに主張するわけでもなく、「そもそも、ものを残すという発想がないんです。ものをつくることだけがアーティストの仕事だとも思いません」と語る。

今回の協業を入り口に、川俣の制作の軸にある場所と記憶へのまなざし、そしてアート観を聞いた。

アイデアを「発酵」させる

──この一連の作品は、ルイナールのメゾンで川俣さんが見たもの、感じたものが起点になっていると思います。制作までの経緯を教えてください。

一度現地を見てみようと、ランスのメゾンを訪れたのが去年の3月ごろです。朝早く着いたのですが、広大な畑に朝霧がかかっていて、とても綺麗でした。そのあと地下にある巨大な貯蔵庫を見せてもらいました。ランスの街の地下には、かつて石灰岩を採取した跡がアリの巣のように広がっていて、ものすごい数のシャンパーニュのボトルが並んでいたんです。地上とはまったく違う世界で、強い印象を受けました。それで、何か作品がつくれそうだなと思ったんです。

というのも、僕の場合、現場に行って、そのとき自分の中に残った印象が作品づくりの起点になることも多いんです。つまり、その印象を頭に入れて寝かせておく。しばらく時間を置いて、それでもまだ頭に残っていたら、実際に作品をつくってみます。逆に、印象がぼんやりと薄れていたら、別のアイデアに変えることもあります。そういう意味でも、シャンパーニュと同じように、アイデアを発酵させる時間が大事なんです。

──ランスでは、《Nest》《Tree Hut》《Observatory》の3つの作品を制作されました。《Nest》《Tree Hut》はこれまでさまざまな場所で展開されていますが、《Observatory》は新しい形だと思います。それぞれの作品とその関係性について、教えていただければ。

メゾンにはオフィスとして使われている古い建物があって、その向かいには藤本壮介さんが設計した新しいパビリオンがあります。その間の庭には、これまで招聘された作家の彫刻がいくつも置かれていたのですが、そこにさらに作品を置くのは窮屈だと感じたので、別の場所を考えました。

そこでまず、オフィスとして使われている古い建物に、大きな《Nest》を設置してみようと思いました。また、地下空間を見学した際、地上につながる空気孔のようなものがあって、その印象が強く頭に残っていたんです。その地上部分につくったのが《Observatory》です。シャンパーニュのボトルを逆さまにしたような7メートルほどのタワーで、地下から空気がのぼり、地上へと抜けていくイメージです。実際に来場者がらせん階段で塔の上まで登り、空を眺められるようにしました。

もう一つの《Tree Hut》は、メゾンに入ってくるときには見えず、帰る際に見える場所に設置しました。ここで《Nest》を見て、《Observatory》に登り、最後に《Tree Hut》を見つける。人がここをどう訪れ、どう感じるかを考えながら、3つの作品でストーリーをつくった感じです。

──プログラムのタイトルは「Conversations with Nature」。自然との対話という意味です。川俣さんは、いわゆる「エコロジー」を提唱するようなタイプの作家ではないと思いますが、このフレーズをどう解釈されましたか?

木材を使っていますし、例えば《Nest》は、《Tree Hut》などをつくったときの廃材を使って制作しています。災害で壊れた《Tree Hut》を《Nest》にしたこともありました。ただ、昔から「エコロジー」や「リサイクル」という発想で制作してきたわけではありません。

そもそも木材を使っているのも、絵の具以外で身近にあったのが、キャンバスにも使う木だったからです。石や鉄などは扱うのも大変で、技術も必要ですが、木なら比較的簡単に扱えます。さらに言えば、どこの国にも同じようなサイズの木材があるので、都合がよかったんです。

ただ、今回のルイナールの仕事では、「自然と人」がどう関わっているかについて、面白いと思うところがありました。例えば近年、熱中症で亡くなる人がたくさんいるほど気温が上昇していますよね。そうした気候変動は、シャンパーニュ造りや、原料となるブドウの栽培にも影響しているそうです。その中でルイナールの職人たちは、伝統的なシャンパーニュの味を大きく変えないように、土地やブドウの状態を見ながら、いろいろな工夫をしてシャンパーニュを造っています。それこそ自然との対話ですし、そのプロフェッショナルな姿勢に共鳴するところも多くありました。

ものではなく、記憶に残る方がいい

──川俣さんの作品はその特性上、会期が終わると壊され撤去されるものが多い。壊さずに、残したいという欲望は生まれないものですか?

作品がずっと変わらずにそこにあってほしいと思ったことはありません。変わっていって、自然に朽ちていってもいい。「もの」を残すという発想もありませんし、例えば美術館にコレクションされて、作品として保存されてほしいという発想もまったくありません。

むしろ、記憶や情報として残る方がいいですね。1997年に、サルペトリエール病院内のサン・ルイ礼拝堂のドームの下に、椅子を螺旋状に積み上げた《椅子の回廊》をつくりました。先日、それを見たという日本人の方に会ったんです。もう30年近く前の仕事ですが、それでも誰かの記憶に残っている。そのことの方が、僕にとっては意義があります。

──このT-SITE GARDEN GALLERYでのインスタレーションでは、本物の木の上に《Nest》が設置され、木のドローイングが描かれた壁に《Tree Hut》が飾られています。この場所からどんなイメージを膨らませて、このような展示になったのでしょうか。

この会場で何ができるだろうと考えたとき、スペースがガラス張りで、周りには大きな木がたくさん見えるので、室内にも木を取り込みたいと思いました。また、天井が高かったので、室内に木を立てられるとも思ったんです。それで木の上に《Nest》を設置し、《Tree Hut》も展示することにしました。ただ、展示してみて意外だったのは、外が暗くなると、ガラス面に外の木と室内の木が重なって映り込むことです。ダブルイメージになる。それは予想外で、面白い発見でした。

また今回は、代官山T-SITEの敷地など、街中のいくつかの木にも《Tree Hut》を設置しています。昔この周辺に住んでいたこともあって、代官山はなじみのある街です。1984年には代官山のヒルサイドテラスで、インスタレーション《工事中》をやっています。だから今回、街中に《Tree Hut》を設置して、どんな反応が来るか楽しみにしているところです。

僕にとってアートはスパイスのようなもの

──川俣さんにとってアートの力とは、どんなものだと思いますか。

経済効果で言えば、近年アートではものすごいお金が動いています。それもアートの力といえば、アートの力でしょう。生活の中にアートがあることで力をもらう人もいます。アートの力を信じている人には、やはりアートには力があるのかもしれません。

以前、僕の作品をコレクションしてくれている人の家に行ったのですが、僕の作品がその人のベッドの上に飾られていました。実は数時間でつくったものなのですが、その人はもう何十年も、毎朝僕の作品を見て起きているわけです。おそらく、これからも何年も。それがアートの力かどうかはわかりませんが、そうやって生まれるストーリーの方が、僕にとっては面白いことかもしれません。

──1996年から99年にかけて、川俣さんがオランダのアルクマールで行った「ワーク・イン・プログレス」では、薬物・アルコール依存症の患者が制作に参加していました。彼らと地域住民が一緒にクリニックの敷地内から周囲へつながる道をつくった。その共同制作が、参加した人たちに何かしらの変化をもたらした可能性もあると思います。そういったアートの力もあると思いますが。

そういうアプローチを彼らにしたことは間違いありません。でも、正確に言えば、それによってアルコール依存症が本当に治ったかどうかはわかりませんし、アートが薬物依存症やアルコール依存症を治したという話ではないと思います。もともとアルクマールでのプロジェクトは、依存症の患者さんがいるクリニックから、敷地内に作品をつくってほしいという依頼があったのが始まりです。ただ、僕が現地を訪れたとき、患者の方と一緒に何かした方が面白いと思って、プロジェクトにしたんです。

そうやって一緒に作業する中で、確かに彼ら自身や、彼らとの関係にも変化が起こったように見えました。でも、それは目的ではなく、一つの結果だと思います。ただ、アートにはそういういろいろなアプローチがあるということは、大事なことかもしれません。

僕は、アートはスパイスのようなものだと思うんです。例えば、胡椒がなくても肉や魚は食べられます。でも、胡椒を少し入れるだけで、おいしさが違うじゃないですか。なくてもいいけれど、あったらちょっと深みが出る。アートがあることで、ちょっとした感覚や、人との関係、ものの見方が変わることもあるかもしれません。僕にとって、アートはそういったものです。

Conversations with Nature 2026
Ruinart Champagne & Art Bar

会期:11月8日(日)まで
場所:代官山T-SITE GARDEN GALLERY(東京都渋谷区猿楽町17-5)
時間:11:00~20:00
休館日:なし
休館日:なし

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