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Katsumi Asano《この世界、魂を震わすモノ》(2023)Photo: Keizo Kioku, Courtesy AATM

現代アートの才能の原石を発掘せよ! アートアワードトーキョー丸の内2023受賞作品展がスタート

2023年で17回目を迎えたアートアワードトーキョー丸の内(AATM)。その最新回で各賞を受賞した若きアーティストたちの作品が、行幸地下ギャラリーで展示されている(3月17日まで)。グランプリに輝いた浅野克海と三菱地所賞受賞の汪汀、そして審査員の後藤繁雄や小山登美夫ほか関係者たちの言葉から、AATMの意義について改めて考える。

「完成度」ではなく「成長性」に力点

現在、東京・丸の内の行幸地下ギャラリーで、アートアワードトーキョー丸の内(AATM)2023の受賞作家による展示が行われている。長い地下通路の両側にある展示スペースに飾られているのは、グランプリに輝いた浅野克海(東京藝術大学大学院 *)、三菱地所賞を受賞した汪 汀(京都市立芸術大学大学院 *) に加え、4名のAATM出身アーティスト(奥村 彰一、橋本 晶子、衣 真一郎、宮林 妃奈子)の全6名の作品が展示されている。

* 20233月時点

「本気になって『才能の原石』を探し出そうとするアワードはほかにないと自負します」

2007年の初年度から審査員を務める後藤繁雄はAATMのユニークネスをこう語る。同じく初年度から審査に参加するギャラリストの小山登美夫が「手の込んだ」と表現するように、この「原石発掘」のプロセスには、多くの移動と労力、時間、そして情熱が投じられる。キュレーターやギャラリストからなる審査員たちは毎年、全国の美術大学の卒展・修了展を18〜19校ほど見てまわり、優れた作品に出会ったらその作家(学生)に応募を促し、それを受けて応募してきた150人ほどのアーティストのポートフォリオと展示プランを一次選考する。そうして絞り込まれた20〜30作家たちによる行幸地下ギャラリーでの実際の展示と審査員らへのプレゼンを経て、第二次審査が行われ、ついに各賞が選ばれる、といった具合だ。後藤も小山も、その評価軸は現在の「完成度」ではなく「成長性」に力点が置かれていると声をそろえる。

グローバルに活躍するAATM出身作家たち

AATM審査員の先見性の高さは、過去の受賞作家リストに象徴されている。初年度(2007年)のグランプリに輝いた荒神明香は、2009年のグランプリ受賞者である南川憲二と増井宏文(当時二人はWahとして活動)と、のちに「目[mé]」を結成する。その年の後藤繁雄賞には、Wahの二人と東京藝術大学の同級生であった松下徹(SIDECORE)がいる。2012年はとりわけ目を見張る。グランプリの片山真理を筆頭に、準グランプリに潘逸舟、小山登美夫賞に故・中園孔二、そして木幡和枝賞に金光男と、世界に通用する才能が揃っている。小山はこの年を振り返り、「どの大学で学んだとか誰に師事したということより、その学年にとてつもなく影響力のある学生がいることが周囲に多大な影響を与えていることを、中園孔二さんを審査した時に思いました」と話す。2018年も、檜皮一彦(グランプリ)と顧 剣亨(小山登美夫賞)という、今後が嘱望される作家たちが見出されている。

グランプリを受賞した浅野克海は1997年愛知県生まれ。名古屋芸術大学を経て、2023年、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画研究分野を修了。Photo: Yuki Tsunesumi

さて、今年のグランプリ受賞者である浅野克海は、3年前の学部時代にもAATMに入選したが受賞は逃した。しかし、審査員たちは「前回の作品から大きく変わったねと、当時のことも覚えてくださっていたのが印象的」だったといい、「今まで以上に、どんな作品も展示も気を抜かず大事にしていこうと思った」と、これからアーティストとして生きていくことの覚悟を改めて決めたと語る。

そんな浅野が今回の受賞展で発表したのは、人間も光も、この世界のあらゆるものは無数のエネルギーの集まりだという考えのもと、エネルギーの共鳴・変化・循環をテーマにした作品だ。自身が「エネルギーの技法」と呼ぶ非常に細かい波状筆致の集積からなる絵画を複数組み合わせたこのインスタレーションで、それぞれの絵画はビリビリに破かれ、破かれた部分がクルクルと渦巻いていたり隣の作品と絡まり合っていたりする。実はこれらの作品は、絵を描いてから破るのではなく、破られたキャンバスの状態からスタートするのだという。

《この世界、魂を震わすモノ》(2023)のディテール。Photo: Keizo Kioku, Courtesy AATM

浅野は、筆を持つ手と腕の力加減を微細にコントロールしながら、凄まじい集中力で、驚くほど細やかな筆致で不安定なキャンバスに色を盛っていくのだ。

「これまで筆致だけで表現していたエネルギーを、絵画の構造そのものにも組み込んだ新しい挑戦でした。通常は表から見えないキャンバスの裏側が剥き出しになっていたりするのは、エネルギーによって、見えない世界と見える世界は繋がっているということを表現したかったからです」

京都市立芸術大学大学院で学んだ汪 汀は、1997年、中国安徽省生まれ。「豊かな自然の中で育ったことが今の私を形成している」。Photo: Yuki Tsunesumi

浅野の作品の隣に並ぶのは、三菱地所賞を受賞した汪 汀の立体作品の数々だ。彼女はこの一連の立体作品を通じて、植物と工業化された人工物との結合を試みることにより、自然と人工物の微妙な関係に対する洞察を表現している。ホームセンターをぶらぶらするのが大好き、と語る汪は、今回の作品をこう説明する。

「私はこれまでも、植物、フェミニズム、エコロジーといったテーマを扱ってきました。今回もその延長にある作品ですが、特に、人間社会と自然との関係性を探求しています。例えば装飾用の美しい植物を見つけて触ろうとすると、それが無機質な人工物であることに気づき、失望することがあります。そのような植物は枯れず、腐らず、遠くから自然を偽装する役割を果たしています。これが、今回の着想源です」

Wang Ting《偽自然》(2023)Photo: Keizo Kioku, Courtesy AATM
Wang Ting《偽自然》(2023)Photo: Keizo Kioku, Courtesy AATM

この世の中には、確かに美しく壮大で楽しい芸術作品が存在するけれど、私にとってアートはあくまで実用的で、人々を喜ばせるものではない──徹底して社会の傍観者であることにこだわる汪は、その立場から見た「興味深く現実的な諸問題について語るために、アートを使いたい」と話す。

日本のアートアワードにおける特異点たり得るか

浅野や汪をはじめ、今回AATMの各賞を受賞した若い才能たちに対して、小山は、「美術大学を終わる=制作を止めるきっかけにならない何らかのモチベーションを与えられたら。少しでも自分の可能性に気づいていい作品を社会に残していってほしい」とエールを送る。その思いは、「展示経験を積む意味でも、今回のようなホワイトキューブではない環境での展示は大きな意味があった」と話す浅野や、「地下通路という観客を選ばないロケーションであることが、アーティストにより多様な展示の可能性を提供していると感じる」という汪に、確かに届いているようだ。また、AATMを担当する三菱地所の村瀬結衣子は、行幸地下ギャラリーという無数の人が行き交う特殊な場所での展示だからこそ、アーティストに与え得るインパクトがあり、丸の内で働く人々にとっても新鮮な体験を提供できているのでは、と分析する。「その先駆けになれているならば、とても誇らしく思います」

一方で、現在の気鋭アーティストにとって「深刻な課題」となり得ると後藤が懸念するのは、国際性や未来志向、あるいは批評性を持っている大人が少ないことだ。

「アーティストはエリート校からでもストリートからでも出てきます。それを世界や未来と接続できる大人がもっと増えなければ。その意味でもAATMは、ローカルな視点に偏りがちな日本のアートアワードにおいて柔軟性ある特異点であり続けたいと考えています」

Window Gallery in Marunouchi―from AATM
会期:2024112日(金)~317日(日)
時間:11:0020:00(最終日は18:00まで)
会場:行幸地下ギャラリー(東京都千代田区丸の内1-6-4 1F)
出品アーティスト:浅野克海、汪 汀、奥村彰一、衣 真一郎、橋本晶子、宮林妃奈子
主催:三菱地所

Text & Edit: Maya Nago