芸術家・探検家ザリア・フォーマンと体験するニセコ──ウオッチメゾン「ヴァシュロン・コンスタンタン」がツアーを開催
卓越した職人技と芸術性で世界の時計愛好家たちを魅了する「ヴァシュロン・コンスタンタン」。この世界最古の時計マニュファクチュールメゾンの中でもアイコニックなモデル「オーヴァーシーズ」コレクションの新たな体現者に抜擢された、アメリカ人アーティスト、ザリア・フォーマンが初来日した。国内外のメディア関係者を対象に北海道ニセコ町を舞台に行われた、ワークショップやトークセッションの様子をレポートする。
失うことになるものの美しさを表現したい
2023年に世界最古の時計マニュファクチュールメゾン、ヴァシュロン・コンスタンタンの哲学を体現する「One of Not Many(少数精鋭の一員)」キャンペーンの新しい顔に起用された芸術家のザリア・フォーマン。メゾンの世界へ開かれた精神を代表するモデル、「オーヴァーシーズ」コレクションの新たな体現者となった彼女が初来日の場として選んだのは、北海道ニセコ町だ。ここで彼女は、関係者を対象に2日間にわたってワークショップやトークセッションを行った。
フォーマンはこれまで15年以上にわたってカメラを片手に世界の様々な辺境を訪れ、そこで体験した自然の美しさや儚さ、あるいは畏怖を、自身の作品に描き出してきた。中でも、アイスランド・フェルスフェアラの黒い砂浜とそこに流れ着く氷山のかけらを描いた《Fellsfjara, Iceland no.3》(2023)は、ヴァシュロン・コンスタンタンのために制作された特別な作品だ。
「気候変動の影響を目で見て肌で感じる中で、私は畏敬の念を抱かずにはいられません。ただし、私は気候変動による破壊の跡ではなく、失うことになるものの美しさを作品で表現したいと考えているのです」
キャンペーンの顔に抜擢された際にそう語っていたフォーマンは、ニセコ町でのツアー初日に行われたエキシビションで、創作活動のインスピレーションや原動力を、こんなふうにシェアしてくれた。
「作品こそが自分自身の表現であり、私自身が見たもの、感じたことが作品にそのまま反映されるよう、いつも意識しています。鑑賞者にも、たとえ見たことのない景色であってもリアルに感じて欲しいと思って作品制作をしています。気候変動と聞くと、とても怖い警告のように感じる人もいるでしょう。けれども、そうした危機や脆さの中にも希望があり、美しさがあります。私はそれを作品に描きたいし、鑑賞者の皆さんにも、私の作品からそれを感じ取って欲しいのです」
ツアー2日目には、フォーマンと参加者がともに登別と洞爺湖の間に位置するオロフレ峠を歩き、樹氷ツアーで撮影した写真をモチーフに、フォーマンと同じ手法で作品制作をするというワークショップが行われた。
樹氷とは、気温が氷点下5度を下回ると水蒸気や過冷却の水滴が樹木などに吹き付けられ、凍結してできた白色不透明の氷のこと。オロフレ峠に到着すると、そこには見たことのない幻想的な白銀の世界が広がっていた。
その筆舌尽くしがたい美しい姿をカメラに収めたら、それを参考にしながら、フォーマンのアイコニックな技法──道具は使わず指先や手のひらだけで、チョークや顔料を直接キャンバスに滲ませたりのばしていく──を倣って、めいめいに描いていく。自然がつくりだした複雑な造形とその繊細さを、自らの手の感覚だけを頼りに表現していくには並々ならぬ集中力と時間が必要だ。
「制作の過程で、当初思い描いていたディテールが変化していくことがあります。自分が見た風景をレンズに収めたときにはわからなかった情報が、絵を描いているプロセス、時間の中で、見えてくることがあるからです。そんな時はそれを受け入れつつも、あくまで最初に見た景色を再現することに注力します。そんなふうに、制作には時間が必要ですし、作品のモチーフとなっている氷河がつくられ、またそれが崩れていく過程にも時間が関係しています。私の作品にとって、そんな時間の概念も重要な要素なのです」
さらにフォーマンは、結婚や出産といった自身のライフステージの変化とともに作品が変わってきたと告白する。彼女は今、長い時間をかけてつくられてきた自然の「未来」に、これまで以上に思いを馳せているようだ。
「結婚と出産を経て、私のアーティストとしてのあり方にも作風にも変化がありました。もちろん、私という人間が描いた作品であるという意味では同じですが、そこには、過去と未来、どちらの感覚も反映されています。気候変動などによる破壊の跡、すなわち過去から現在に至る姿だけではなく、今後、私たちが失ってしまうかもしれない美しさを、作品を通じて表現していくことの価値や重要性をこれまで以上に感じています」
Photos: Courtesy Vacheron Constantin Text: ARTnews JAPAN Edit: Maya Nago