北京・故宮博物院の教育機関とヴァシュロン・コンスタンタンが提携へ──多角的教育プログラムの先に見える知と技巧の伝承

ヴァシュロン・コンスタンタンは、北京故宮博物院内の教育機関「故宮学院」との文化的パートナーシップ締結を発表した。ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館とのパートナーシップに続き、ヴァシュロン・コンスタンタンは時代も国も問わず人類が築き上げてきた美と技巧の継承に取り組もうとしている。

中国の伝統文化を讃えるパートナーシップ

1775年創業の高級時計製造マニュファクチュール、ヴァシュロン・コンスタンタンは近年世界各国の美術館とパートナーシップを締結していることでも知られている。2019年にはルーヴル美術館、2023年にはメトロポリタン美術館とパートナーシップを締結した。2020年にはルーヴル美術館の活動を支えるチャリティオークション「Bid for the Louvre」に参加し、落札者がルーヴル美術館の所蔵品から選んだ作品をダイヤル上にエナメルで描いたユニークピースも発表、落札金額は全てルーヴル美術館のル・ストゥディオに寄付している。このユニークピースを作成する取り組みは、「Masterpiece on your Wrist(あなたの腕に傑作を)」として顧客向けに展開している。美術館の活動を支援するだけでなく美の技術や知識の継承へ積極的に取り組んできた。

今年7月、ヴァシュロン・コンスタンタンは新たに中国・北京の故宮博物院内にある教育機関「故宮学院」とのパートナーシップ締結を発表した。2014年に創設された故宮学院は故宮博物院の教育普及活動を担う中枢機関であり、中国の伝統文化を社会へ普及させる責任を担ってきたという。

今後故宮学院とヴァシュロン・コンスタンタンは緊密に連携しながら、さまざまな教育プログラムを展開していく予定だ。文化遺産保護の推進から文化交流、専門知識や職人技の継承を行うために、時計製造技術を伝える特別プログラムや、研究や交流を目的としたプログラム、展覧会およびイベントの共同開発など、すでに多くのプログラムが計画されている。

北京・故宮博物院普度寺の本堂

数世紀にわたる中国とスイスの蜜月

スイスの高級時計製造マニュファクチュールと中国の伝統的美術館、両者は一見無関係のようにも思えるが、1845年に中国に最初の販売拠点を構えて以降、絆を深めてきた。実際、ヴァシュロン・コンスタンタンはこれまでに何度も中国の伝統や文化から着想を得たタイムピースを製作しており、今年には2200年まで調整不要の世界初となる中国暦の永久カレンダーを搭載した懐中時計「レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション」が発表されたばかりだ。

「故宮博物院にとっても、16世紀に中国へ伝来した西洋の時計は重要な収蔵品のひとつです。往時の文化や歴史、美意識が凝縮された傑作は専門的な教育プログラムを通じてより多くの方々に知られるべきものです。時計製造と修復の専門技能を次世代に継承するための教育のシステムの実現は、そのための大きな一歩となるでしょう」

故宮学院の理事長、ヤン・ホンビン(閆宏斌)氏もそう語り、中国の文化にとっても西洋の時計が重要な存在であることを明かす。ヴァシュロン・コンスタンタンのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)を務めるアレクサンドラ・ヴォグラー氏も、同メゾンが創業以来重視してきた「知と技巧の伝承」と中国文化の共鳴について語った。

「この度の故宮学院とのパートナーシップ締結は、中国が築きあげてきた素晴らしい伝統文化を讃えるものです。熟練職人から見習いへの知識の伝承は、創業から変わらず、私たちのメゾンの中核を成すものですから」

古代文明の美と技術を再評価する

パートナーシップ締結を経て8月に発表された新作「メティエ・ダール 伝統的シンボルに敬意を表して」シリーズは、まさにヴァシュロン・コンスタンタンから中国伝統文化への敬愛を象徴するものだろう。

14世紀から中国の装飾美術のなかで用いられてきた文様「海水江崖」に着目したヴァシュロン・コンスタンタンは、かつて故宮博物院の副研究館員を務めていたソン・ハイヤン(宋海洋)氏からのアドバイスのもと、この文様を2通りに解釈し、4種の限定モデルを製作している。中国の伝統的な装飾を尊重し、色彩豊かな美しさを表現した「永遠の流れ」は、中国発祥のクロワゾネ・エナメル技法を用いたタイムピース。海水江崖の文様を描くエナメル装飾には220本の金線が使用されており、敷き詰めるだけでも約50時間が費やされている。同ブランドの技術と中国の伝統技法を掛け合わせた職人技工の結晶といえるタイムピースだ。

本シリーズの製作においては故宮博物院 元・副研究館員のソン・ハイヤン(宋海洋)氏が大きな役割を果たした。

「ヴァシュロン・コンスタンタンはこれまでも中国の春節を祝うシリーズを発表してきましたが、その意匠を補完するために今回は中国の伝統文様をテーマにしようと考えていました。中国の象徴主義の専門家である宋氏にジュネーブにある私たちのマニュファクチュールを何度も訪れていただき、メゾンのチームに貴重な知見を共有いただくなかで、海水江崖のアイデアへ至ったのです」

ヴァシュロン・コンスタンタンのスタイル&ヘリテージ ディレクターを務めるクリスチャン・セルモニ氏はそう語り、本シリーズは先人たちが生み出した高度で洗練された装飾技術を再評価するものでもあると続ける。

「月光」の文字盤には、エナメル層を高温で何度も焼成するグラン・フーエナメルによる海面を背景に、ダイヤモンドのセッティングで表現された月明かりに照らされる白浪、文字盤と同系色のシャンルヴェ・エナメルによるインレイと彫金を組み合わせ立体的に表現された山々が見事に融合している。

「先人たちが生み出した高度で洗練された装飾技術のなかには、近代の工業化やデジタル化の波により徐々に失われてしまったものもあります。『メティエ・ダール』コレクションを通じ、こういった分野における最も優れた作品から着想を得つつ、その技巧にも脚光を当てることは、芸術的な職人技術の次世代への継承に積極的に行ってきたヴァシュロン・コンスタンタンならではの取り組みといえるでしょう」

ジュネーブのヴァシュロン・コンスタンタンから、パリのルーブル美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館を経て、北京の故宮博物院へ──知と技巧の伝承をめぐる同メゾンの“旅”は、時代や国を問わず人類が築き上げてきた美の哲学と技術を再評価し、讃えていくものでもあるのだろう。

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