日本の巨匠建築家による美術館建築10選──丹下健三、磯崎新らの仕事をたどる

日本各地にあるさまざまな美術館の楽しみの第一は、言うまでもなくそこで出会えるアート作品だ。また、快適な環境で鑑賞ができ、造形自体も魅力的な美術館の建物、さらにはそれを取り巻く景観も豊かな時間を私たちにもたらしてくれる。そんな感動を味わえる美術館と、設計を手がけた建築家を紹介しよう。

原広司設計の越後妻有里山現代美術館 MonET。建物と一体となったレアンドロ・エルリッヒの作品《Palimpsest: 空の池》が、不思議な感覚を味わわせてくれる。Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供

明治期の国家形成のなかで西洋建築を積極的に取り入れてきた日本では、近代的な意味での「建築家」という職能もこの時代に形成されていった。第2次大戦後の復興期にはモダニズム建築が広がり、高度経済成長期にはメタボリズムといった先鋭的な運動が登場。さらにバブル期のポストモダンを経て、近年では環境や地域性への意識の高まりとともに、国際的に評価される建築家たちが多様な実践を展開している。

ここでは、戦後から21世紀に至る日本建築の発展を牽引した10人の巨匠建築家に焦点を当て、その代表的な美術館建築を紹介する。それぞれの設計思想や美意識が反映された各美術館は、特色ある所蔵品や企画展と響き合い、独自の鑑賞体験を生み出している。ぜひ現地に足を運び、その魅力を味わってほしい。

1. 村野藤吾(1891-1984) 八ヶ岳美術館/長野県諏訪郡原村

八ヶ岳美術館の航空写真。丸いドーム屋根が連なった特徴的なデザインであることが分かる。Photo: 八ヶ岳美術館提供
木々に囲まれた八ヶ岳美術館の外観。Photo: 八ヶ岳美術館提供
エントランスを入ると奥行きの深い空間が広がる。Photo: 八ヶ岳美術館提供
美術館のある原村ゆかりの彫刻家、清水多嘉示の作品が並ぶ館内の様子。Photo: 八ヶ岳美術館提供
絞り吊りされたレースカーテン越しの間接照明が柔らかな印象を与える。Photo: 八ヶ岳美術館提供
美術館の周囲には散策路が設けられている。Photo: 八ヶ岳美術館提供

1929年に自らの建築事務所を開いた村野藤吾は、古典からモダニズム建築、そして日本の伝統様式まで多様な手法を取り入れ、93歳で亡くなる直前まで現役を貫いた。その長いキャリアの中で、百貨店やホテル、劇場など、商業建築を中心とする数多くの建築作品を手がけている。優美な曲線、ディテールへのこだわり、モザイクタイルをはじめとする多彩な素材使いが特徴で、典型的なモダニズム建築とは一線を画した独自の作風で知られる。

村野が設計を手がけた八ヶ岳美術館が、長野県の原村に開館したのは1980年。八ヶ岳の山麓にある原村出身で文化功労者の彫刻家、清水多嘉示から作品の寄贈を受けたことをきっかけに、当時は全国的にも珍しい村立の美術館として創設された。外観は半円形の屋根が連なるユニークな形状で、エントランスを入ると奥行き40メートルほどの空間が広がり、いくつものドーム型の天井に包み込まれるような感覚になる。そうした印象を演出しているのは、丸い天井に絞り吊りされたレースカーテンと、その中に設置されたスポット状の間接照明だ。レースが生み出す柔らかい光と軽やかな空気感に満ちた空間は、それ自体が没入型インスタレーションのようでもある。

八ヶ岳美術館の常設展では、清水多嘉示の彫刻や絵画を中心に、原村出身の書家・津金隺仙の作品や地元の文化財である縄文土器などを展示。また、近代から現代まで幅広いアーティストを取り上げた企画展を、年間を通して開催している。さらに、美術館の周囲に広がるカラマツ林の中には散策路が設けられ、高原の自然を体感することもできる。

今に残る村野藤吾の代表作には、日生劇場、目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険本社)、旧・大阪新歌舞伎座、ウェスティン都ホテル京都・和風別館「佳水園」、ザ・プリンス京都宝ヶ池、広島市の世界平和記念聖堂などがあり、日本建築学会の作品賞(1953、1955、1964)や同学会の建築大賞(1972)のほか、1967年には文化勲章(文化功労者)を受賞している。しかし残念なことに、近年は建て替えのために取り壊されたり、解体が予定されたりしている建物も少なくない。その中で、旧横浜市庁舎行政棟を保全しつつ、星野リゾートのホテルとして再利用するという決定は嬉しいニュースだ(2026年春開業予定)。

2. 坂倉準三(1901-1969) 岡本太郎記念館(旧館)/東京都港区

岡本太郎記念館の正面外観。建物は壁にシンボルマークのある新館と、向かって右手の旧館で構成される。Photo: 岡本太郎記念館提供
旧館前の庭。自然のままに生い茂る植物の間に彫刻作品が置かれている。Photo: 岡本太郎記念館提供
生前のまま保存されている岡本太郎のアトリエ(展示は2025年11月7日~2026年3月8日に行われた「TAROの空間」時のもの)。Photo: 岡本太郎記念館提供
新館の第1展示室。(展示は2025年11月7日~2026年3月8日に行われた「TAROの空間」時のもの)。Photo: 岡本太郎記念館提供
新館の第2展示室。(展示は2025年11月7日~2026年3月8日に行われた「TAROの空間」時のもの)。Photo: 岡本太郎記念館提供

近代建築の三大巨匠(*1)の1人、ル・コルビュジエに師事した坂倉準三は、1937年のパリ万博における日本館の設計で建築部門のグランプリを受賞し、一躍世界的な評価を獲得。1940年に坂倉建築事務所を設立し、1969年に68歳で亡くなるまでに約300の実作を残した。その設計の特徴は、モダニズム建築の合理性に根差した直線的な機能美と、景観に心地よいリズムを生み出す有機的な曲線の組み合わせにある。

*1 他の2人はフランク・ロイド・ライトとミース・ファン・デル・ローエ。

岡本太郎記念館はもともと住居兼アトリエとして設計されたもので、太郎が42年にわたって住まい、作品を作り続けた場所だ。1998年に公益財団法人が運営する公的なミュージアムとして公開され、現在は1954年に坂倉が手がけた旧館と、書斎と彫刻アトリエがあった木造の建物を建て替えた新館(展示棟)で運営されている。旧館はコンクリートブロックを積み上げた壁に2階の床と屋根を木造で建造した構造で、凸レンズを横に並べたような独特の形状の屋根が、直線的でシンプルな外観のアクセントになっている。

旧館の1階にはサロンとアトリエがあり、応接・打ち合わせスペースだったサロンには太郎がデザインした家具や彫刻が並ぶ。また、大きな窓の向こうに見える庭にも、生い茂ったバショウやシダ類などの間に彫刻が設置されている。アトリエは生前そのままの状態で保存されており、机の上の道具や床に飛び散った絵の具には今も使われているような臨場感がある。新館には2つの展示室があり、岡本太郎の事績を振り返る企画展や、注目の現代作家との企画展が随時行われている。

このほか坂倉準三の代表作には、ダイナミックならせん状道路のスロープが特徴の新宿西口広場、呉市の市庁舎と2つの円錐が印象的な市民会館、東京・港区の国際文化会館本館(前川國男、吉村順三との共同設計)やアンスティチュ・フランセ東京などがある。しかし、呉市庁舎・市民会館は建て替えのために姿を消し(2012-13年に解体)、新宿西口広場とやはり坂倉設計の小田急百貨店も解体・撤去されて再開発が進んでいる。一方で、神奈川県立近代美術館・鎌倉館本館が改修のうえ鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムとして再開館し、三重県伊賀市の旧上野市庁舎には公共図書館と一体となったホテルが開業するなど、再生・転用された事例もある。

3. 前川國男(1905-1986) 東京都美術館/東京都台東区

上野の森の緑に囲まれた東京都美術館の外観。向かって右が企画棟、左が公募棟。Photo: ©東京都美術館
夕景の東京都美術館。中央のエスカレーター・階段が地下ロビー階につながっている。Photo: ©東京都美術館
公募棟の休憩スペースは棟ごとのカラフルな壁と椅子が特徴。Photo: ©東京都美術館
レンガのように見える外壁は、前川建築の代名詞とも言える打ち込みタイルで覆われている。Photo: ©東京都美術館
ロビー階各所に見られるかまぼこ型(ヴォールト)天井。Photo: ©東京都美術館
ロビー階から1階、2階へと続く三角のらせん階段。Photo: ©東京都美術館
ロビー階かららせん階段を見上げたところ。この「おむすび型」は前川によく見られる建築のモチーフの1つ。Photo: ©東京都美術館

東京帝国大学工学部建築学科を卒業すると同時に渡仏した前川國男は、日本人で初めて巨匠ル・コルビュジエに師事。帰国後は、フランク・ロイド・ライトの下で帝国ホテル建設に携わったアントニン・レーモンドが日本で開設した事務所に入所し、その後、1935年に独立した。こうして近代建築の粋を学んだ前川は、モダニズムの旗手として戦後日本の復興を牽引し、数々の公共建築を手がけるとともに、丹下健三など後進の育成にも尽力した。

東京都美術館は、1975年の新館建築時に企画展の開催、公募展の開催、教育普及事業の展開という3つの機能を備えることが求められ、風致地区である上野公園内に立地するために建築上の制限も少なくなかった。そうした諸条件を満たすため、前川は地上から一段下がったところに広場を設け、上記3つの機能を持つ建物をそれぞれ独立したブロックとして広場の周囲に配置した。外観は、前川が開発した打ち込みタイル(*2)のレンガ色が、周囲の木々の緑との心地よい調和を生み出している。もう1つの特徴は、「前川カラー」と言われるカラフルな色彩が各所に配されていることだ。たとえば、少しずつずらした4つの建物が連なる公募棟の休憩スペースには赤、緑、黄、青に塗られた壁があり、屋外からもガラスウォールを通してこのアクセントカラーを目にすることができる。なお、同館は2010-2012に改修工事を実施した。

*2 コンクリートを流し込む型枠にタイルを固定しておき、2つの素材を一体化させる工法。

国内外の巨匠や注目作家を取り上げた人気展の数々で知られる東京都美術館は、2026年が開館100周年。この節目の年を記念して、「アンドリュー・ワイエス展」、「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」、「オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」の開催を予定している。これらの特別展や企画展、そして多様な公募展とともに、かまぼこ型の天井、おむすび型のらせん階段、前川のデザインで天童木工が制作した色とりどりの椅子など、前川建築の親しみやすいディテールにもぜひ目を留めてみてほしい。

前川國男の代表作にはまた、上野の東京文化会館、京都会館(現ロームシアター京都)、神奈川県立音楽堂などのコンサートホール、坂倉準三および吉村順三との共作による港区の国際文化会館本館、岡山県庁舎、新宿の紀伊國屋書店ビルや木造モダニズムの傑作である前川國男自邸(小金井市の江戸東京たてもの園に移築、見学可)などがある。また、前川が50年以上のキャリアの中で最初に手がけた木村産業研究所(重要文化財)をはじめ、実母の故郷である弘前市には、前川の建築作品が多く残っている。

4. 丹下健三(1913-2005) 横浜美術館/神奈川県横浜市

横浜美術館の正面外観。左右対称の形状と柱廊が洗練された印象を与える。Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
「グランドギャラリー」に自然光を取り込むガラスの天井。高さは最も高い部分で約16メートルある。Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
展示フロアにつながる「グランドギャラリー」の階段状スペース。Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
「美術の広場」(グランモール公園内)に面した無料のギャラリー9の展示風景。Photo: 横浜美術館提供
大規模改修後、2025年に全館オープンした横浜美術館の「じゆうエリア」。Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
グランドギャラリー内に配された「まるまるラウンジ」。Photo: Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供

昭和から平成にかけて活躍した日本の建築家の中で特に知名度が高いのは、1964年の東京五輪や1970年の大阪万博といった国家的イベントで重要な役割を担った丹下健三だろう。「世界のタンゲ」と呼ばれるように海外の大型プロジェクトにも数多く携わり、日本人で初めてプリツカー賞を受賞するなど、日本の建築家が世界で活躍する先駆けとなった。

1989年に横浜博覧会のパビリオンとして開館した横浜美術館は、丹下が美術館として国内で初めて手がけた建築だ。広々としたグランモール公園に面し、左右対称に長く伸びる建物の外壁には、同館の特徴的モチーフである丸と四角を組み合わせた「フォルス・ウィンドウ」(にせ窓)と呼ばれる意匠が施されている。圧巻なのは御影石をふんだんに用いた大空間「グランドギャラリー」で、吹き抜けの天井は最頂部で約16mの高さがある。開閉式のルーバーが取り付けられたガラス張りの天井から自然光がたっぷり取り込まれ、左右約63メートルに広がる階段状の展示空間を満たすさまは開放感に満ち溢れている。

2021年から約3年にわたり行われた大規模改修工事では、エレベーターの更新やトイレの改修などのバリアフリー化が進み、グランドギャラリーを中心とした無料エリアが「じゆうエリア」としてより開かれた空間になった。建築家の乾久美子とグラフィックデザイナーの菊地敦己が手がけたテーブルや椅子、サインが建物と調和して和らいだ雰囲気を生み出し、美術館の楽しみ方が大幅に拡大されている。国際色豊かな港町・横浜開港以来の近現代アートを中心とした所蔵品展や各種企画展のほか、横浜トリエンナーレのメイン会場として世界最新の現代アートに触れることができる同館が、リニューアルでより親しみやすくなったと言えるだろう。

なお、丹下健三の代表的な建築物には、重要文化財に指定された広島平和記念資料館(本館)、国立代々木競技場、香川県庁舎(旧本館・東館)がある。そのほかにも、東京カテドラル聖マリア大聖堂、東京都庁、シンガポール中心部のUOBプラザ、パリ・イタリア広場のランドマークになっている複合商業施設グラン・テクラン、アルジェリアのオラン総合大学(病院、寮)など、建築史に残る作品は枚挙にいとまがない。また、都市計画も多く手がけた丹下の事務所は、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生など多くの優れた建築家を輩出し、文化勲章、レジオンドヌール勲章など数々の賞を受賞している。

5. 菊竹清訓(1928-2011) 島根県立美術館/島根県松江市

宍道湖に面した島根県立美術館の全景。「洲浜」をイメージした曲線が美しい。Photo: 島根県立美術館提供
湖面に沈む夕日に包まれた美術館外観。屋外の彫刻作品とともに壮麗な夕景を味わえる。Photo: 島根県立美術館提供
美術館1階ロビーからの夕景。夕日をゆっくり観賞できるよう、3月から9月は日没後30分まで開館している。Photo: 島根県立美術館提供
コレクション展示室がある2階のロビー。中央に設置されているのはオーギュスト・ロダンの《ヴィクトル・ユゴーのモニュメント》。Photo: ©Nao Takahashi、島根県立美術館提供
コレクション展示室2では、島根県立美術館が誇る北斎コレクションから錦絵・摺物・版本・肉筆画など約40点が常時展示されている。Photo: 島根県立美術館提供

建築家で工学博士でもある菊竹清訓は、竹中工務店、村野・森建築設計事務所を経て1953年に菊竹清訓建築設計事務所を設立。1960年に黒川紀章らと新しい建築運動「メタボリズム」を推進するグループを立ち上げた。新陳代謝を意味するメタボリズムは、建築や都市も人口増大、技術発展といった生活や時代の変化に応じて有機的に成長し、更新されるべきという考え方に基づき、モジュール化や増築性・可変性を重視していた。

宍道湖に面し、水との調和をテーマとした島根県立美術館は1999年に開館。水面と大地をつなぐ「洲浜」をイメージした美しい曲線を持ち、対岸から見たときに周囲の山並みの景観をさえぎらない高さに設計された建物は、その意図どおり見事に風景と一体化している。大屋根には菊竹建築の特徴の1つであるチタンが用いられ、日の光をやわらかく反射するさまは湖面のようにも感じられる。ロビー空間は天井が高く、波状のカーブを描くガラスウォール越しに美しい湖の景色が広がる。このロビーや屋根の丸い開口部に設けられた展望テラスから見える夕景は、「日本の夕陽百選」にも選ばれている絶景だ。

島根県立美術館の所蔵品の特徴は、水をテーマとした絵画や島根ゆかりの作品、そして約3000件もの浮世絵コレクション。世界的に評価の高い葛飾北斎歌川広重の代表作を網羅しており、特に約1600点にのぼる北斎関連の所蔵品には、有名作品から現存が世界で1点しか確認されていないものまで、極めて貴重な作品・資料が多数収められている。その版画や肉筆画など常時40点ほどが、約1カ月ごとに全点展示替えを行いながら公開されている「北斎展示室」は見逃せない。

菊竹清訓の代表作には、柔軟に増改築できるメタボリズムの思想を体現した自邸「スカイハウス」、4本の太い柱と2本の大梁が迫力満点の江戸東京博物館、出雲大社を思わせる屋根が特徴の皆生温泉の旅館・東光園、ダブルスキンガラスの壁面となだらかな曲線のブルーチタンの屋根が印象的な九州国立博物館のほか、放射状の鉄骨が異彩を放つ都城市民会館や五重塔を思わせる独特な外観のソフィテル東京(それぞれ2020年と2008年に解体終了)などがある。どれも独自性のあるダイナミックなデザインで、日本建築学会作品賞やUIA(国際建築家連合)オーギュスト・ペレー賞などを受賞したほか、2000年にはユーゴスラビア・ビエンナーレで「今世紀を創った世界建築家100人」に選出された。

6. 槇文彦(1928-2024) 鳥取県立美術館/鳥取県倉吉市

鳥取県立美術館南側の外観。手前に広がるのは国指定史跡の大御堂廃寺跡。Photo: 鳥取県立美術館提供
美術館の正面エントランス。Photo: 鳥取県立美術館提供
西側から展望テラスを見上げると、倉吉絣の織模様をモチーフとした特徴的な天井が目を引く。Photo: 鳥取県立美術館提供
南側のガラスウォールから光が降り注ぐアトリウム「ひろま」。写真は3階までの吹き抜けを2階から見たところ。Photo: 鳥取県立美術館
明るく、開放感がある正面エントランスの2階部分。Photo: 鳥取県立美術館
3階の展望テラスからは、国指定史跡の広大な大御堂廃寺跡を一望できる。天気が良ければ遠くに大山も。Photo: 鳥取県立美術館
柱のない3階の企画展示室は1000平方メートルの広さがある。Photo: 鳥取県立美術館

東京大学工学部建築学科で磯崎新、黒川紀章とともに丹下健三研究室の三羽ガラスと言われた槇文彦は、ハーバード大学大学院への留学、アメリカの設計事務所勤務や大学の准教授職を経て、1965年に槇総合計画事務所を設立。1960年代には、前項の菊竹清訓らとともにメタボリズム運動に参加し、大高正人と共同提案した《群造形へ(新宿副都心ターミナル再開発計画)》で注目を浴びた。また、東京大学の教授を務めたほか、日本の都市を特徴づける概念「奥の思想」を説く『見えがくれする都市』(共著)や、『アナザーユートピア「オープンスペース」から都市を考える』などの都市・公共空間論を著している。

槇が亡くなる約2カ月前の2024年3月末に竣工し、翌年3月に開館した鳥取県立美術館の建物は、「OPENNESS!」という同館のブランドワードを体現する明るく開かれたガラスのファサードが大きな特徴だ。自然光が差し込む3階まで吹き抜けの大空間は「ひろま」と呼ばれ、ガラス窓の外側にあるテラス「えんがわ」とともに親しみやすい開放感を演出している。また、3階には約1000平方メートルもの柱の無い企画展示室があり、展望テラスからは隣接する国指定史跡・大御堂廃寺跡が一望できる。地元の伝統工芸である倉吉絣の織模様をモチーフにした、展望テラスの杉材の天井も印象深い。

「未来を“つくる”美術館」をコンセプトに、社会に開かれ、新しい価値を生み出す美術館を目指する同館は、鳥取県立博物館から移管された地元ゆかりの作品に加え、江戸絵画から戦後・現代に至る国内外の優れた作品の収集や、現存作家への制作委託を行っている。開館した2025年の企画展では、水木しげるなどのマンガ文化やアンディ・ウォーホルをはじめとする現代アート作品、江戸時代に活躍した鳥取の絵師までを幅広く紹介。さらには、アートを通じた学びの場としての活動も視野に入れている。

長年にわたり活躍した槇文彦の代表作は、東京・代官山のヒルサイドテラスや青山のスパイラル、京都国立近代美術館、東京体育館、マサチューセッツ州のMITメディアラボ新館、そしてニューヨークのグラウンドゼロに建設された72階建ての4ワールド・トレード・センターなどで、ステンレスやガラスを活用した端正で気品ある建築を数多く手がけている。プリツカー賞(1993年)、高松宮殿下記念世界文化賞(1999年、建築部門)、AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル(2011年)など国内外のさまざまな賞を受賞し、2013年には文化功労者に選ばれた。

7. 磯崎新(1931-2022) 水戸芸術館/茨城県水戸市

水戸芸術館の全景。ひときわ目を引く塔(シンボルタワー)は、水戸市制100周年を記念して100mの高さで建設された。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
タワーの展望室は地上86mの高さにある。エレベーターはガラス張りで、内部構造を目にすることができる。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
広場から見た水戸芸術館の全景。正面が現代美術ギャラリー、向かって左の手前がACM劇場、奥がコンサートホールATM。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
現代美術ギャラリーの前にあるカスケード(噴水)では、シンボルタワーとともに夜間ライトアッププログラムが実施される。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
コンサートホール、劇場、現代美術ギャラリー共通のエントランスホール。天井高は11mあり、国産最大級のパイプオルガンが設置されている。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
現代美術ギャラリーの一室。ピラミッド型のガラス屋根を持つ部屋を中心に、自然光を効果的に取り込む複数の展示室が配置されている。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
優れた音響特性を有するコンサートホールATMの内部。3本の大理石の柱が特徴的。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
3層の客席が舞台を取り囲むACM劇場。どの席からも俳優の細かい表情や息づかいを間近に感じることができる。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供

ポストモダン建築の牽引者として独自の地位を築いた磯崎新は、前項の槇文彦と同じく東京大学工学部建築科、丹下健三研究室を経て1963年に磯崎新アトリエを設立。1960年代から70年代には出身地の大分県など国内を中心に数々の意欲作を手がけ、80年代以降は世界へと活躍の場を広げた。設計以外の活動も多く、1978年には日本の「間」の美意識に焦点を当てた「Ma: Space/Time in Japan(邦題『間-日本の時空間』)」展のキュレーターを務めたほか、著書や評論で建築界に大きな影響を与えた「知の巨人」でもある。

1990年に開館した複合文化施設の水戸芸術館にも、画一性を排した磯崎の特徴がよく表れている。特に、一辺9.6m、厚さ1.5mmの正三角形のチタンパネル57枚を三重らせん構造状に積み上げた高さ100メートルのシンボルタワーの存在感は強烈だ。主要施設であるコンサートホールATM、ACM劇場、現代美術ギャラリーの3つの専用空間は広々とした芝生の広場を取り囲むように配置され、それぞれ六角形、円柱と立方体、ピラミッドという異なる要素が取り入れられている。その外観は古典的にも未来的にも見える独創的なものだ。

上述のように、水戸芸術館には音楽、演劇、美術の3部門があり、それぞれ独立した施設で自主企画による多彩な事業を展開。現代アートを中心に、建築やデザインファッションなどにも幅広く目を向けた展示を行う現代美術ギャラリーは、大きさや光の状態が異なる9つの展示室とワークショップ室で構成されている。年3、4回の企画展は独自の視点や批評性に富んだテーマ設定が特徴で、最近では磯崎新の国内初となる大規模回顧展が開催された。また、多彩な空間を生かしたサイトスペシフィックな作品の展示も多い。

日本の代表的ポストモダン建築、つくばセンタービルをはじめとする磯崎新の作品には、さまざまな美術館・博物館がある。「丘の上の双眼鏡」の愛称を持つ北九州市立美術館、作品と建物が一体化した奈義町現代美術館、群馬県立近代美術館、ハラ ミュージアム アーク、山口情報芸術センター [YCAM]ロサンゼルス現代美術館や船の帆を思わせるスペインのア・コルーニャ人間科学館などは、それぞれがアヴァンギャルドで個性的だ。その業績は国際的にも高く評価され、1986年王立英国建築家協会(RIBA)ゴールドメダル、1996年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の金獅子賞を獲得。2019年にはプリツカー賞を受賞した。

8. 黒川紀章(1934-2007) 埼玉県立近代美術館/埼玉県さいたま市

埼玉県立近代美術館の正面外観。格子状の柱と三角形のエントランスポーチがシャープな印象を与える。Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供
ファサードには波打つような曲面ガラスが用いられ、直線的な柱との絶妙なコントラストを生み出している。Photo: 埼玉県立近代美術館提供
美術館から突き出たような田中米吉の作品《ドッキング》。Photo: 埼玉県立近代美術館提供
柔らかな自然光に包まれる館内中央部のアトリウム。Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供
近代以降の優れたデザインの椅子のコレクション。常時数種類が展示され、座ることもできる。Photo: 埼玉県立近代美術館提供
屋外に展示されている黒川紀章の名作「中銀カプセルタワービル」のモデルカプセル。Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供

丹下健三研究室出身の黒川紀章は、1960年に弱冠26歳で新しい都市像を追求するメタボリズム運動に参画し、若き天才建築家として高度成長期の日本を象徴する存在となった。「機械の時代から生命の時代へ」というビジョンを掲げた黒川は、東洋的な調和や「共生」を重視。1987年の『共生の思想:未来を生き抜くライフスタイル』をはじめ、多数の著書や講演を通じて建築界の内外に幅広く影響を与えている。また、2007年に共生新党を結党し、同年の都知事選、参院選に立候補して注目された。

1982年に開館した埼玉県立近代美術館は、黒川が初めて手がけた美術館だ。格子状の柱梁構造と、正面入り口手前の三角に突き出た構造体がシャープな印象を与えるが、建物のファサードは対照的に柔らかく波打つような曲面ガラスで覆われている。この曲面は、最晩年の作品である国立新美術館のガラスカーテンウォールのルーツと言えるかもしれない。建物中央のアトリウムは地階から3階までを貫き、天窓から自然光を採り入れるとともに、展示物を天井から吊るしたり、ミュージアム・コンサートに利用されたりしている。また、下から見上げた天窓は、息を呑むような幾何学的美しさを放っている。

緑豊かな北浦和公園内にある同館の周囲や公園内の彫刻広場には、さまざまな屋外彫刻が設置され、自然と建築や美術との「共生」を感じさせる。その中には黒川の代表作、中銀カプセルタワーのモデルカプセルも含まれている。また、「椅子の美術館」としても知られ、近代以降の優れたデザインの椅子を収集し、常時数種類を館内に展示している。独自の視点による企画展にも定評があり、モネや瑛九などの所蔵品のほか、5つの構造物を建物と合体させた迫力ある彫刻のコミッションワーク(田中米吉作)も必見だ。

黒川紀章の代表作には寒河江市役所庁舎、吹田市の国立民族学博物館、豊田スタジアム、東京・港区の国立新美術館、シンガポールのリパブリックプラザ、クアラルンプール国際空港、アムステルダムファン・ゴッホ美術館新館などがあり、広島市現代美術館で日本建築学会賞作品賞を、奈良市写真美術館で日本芸術院賞を受賞したほか、フランス建築アカデミーゴールドメダル(1986)、フランス芸術文化勲章(1989)などを授与された。黒川のメタボリズム建築の代名詞的存在だった中銀カプセルタワーは2022年に惜しまれつつ解体されたが、140のカプセルのうち23個が「カプセル新陳代謝プロジェクト」として保存・再生されている。

9. 原広司(1936-2025) 越後妻有里山現代美術館 MonET/新潟県十日町市

越後妻有里山現代美術館 MonETは、正方形の屋外空間を正方形の建物が囲む特徴的な構造。Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
中庭の池を利用したレアンドロ・エルリッヒの作品《Palimpsest: 空の池》。写真は2階から池を見下ろしたところ。Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
冬季に雪で覆われた中庭。越後妻有地域は世界有数の豪雪地帯として知られる。Photo: Nakamura Osamu、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
イリヤ&エミリア・カバコフ《16本のロープ》の展示風景。Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
ニコラ・ダロ《エアリエル》の展示風景。Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
越後妻有里山現代美術館では、季節ごとの企画展示が行われる。写真は2026年1月下旬から3月初旬に行われた企画展「ホンヤラドウーSnow Meeting」。 Photo: Nakamura Osamu、越後妻有里山現代美術館MonET提供
企画展「ホンヤラドウーSnow Meeting」に展示された山本愛子の《All Things are in Flux》。 Photo: Nakamura Osamu、越後妻有里山現代美術館 MonET提供

原広司は、東京大学大学院博士課程在籍中の1961年にRAS設計同人を設立し、70年にアトリエ・ファイ建築研究所との協働を開始。同大学院で長年教鞭を取り、その研究室からは山本理顕や隈研吾をはじめ数多くの優れた建築家が巣立っている。設計活動と並行して、有孔体、浮遊、様相、多層構造、離散性といった用語を用いた独自の建築論を展開し、日本の現代建築の発展を牽引した。中でも特筆すべきは世界60カ国近くを訪れた「集落調査」で、その成果は原の理論と実践双方に取り入れられている。

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の拠点施設である越後妻有里山現代美術館 MonETは、2003年に越後妻有交流館・キナーレとして誕生。建物の一部が2012年に越後妻有里山現代美術館[キナーレ]に生まれ変わったのち、2021年の改修と常設作品の大幅な入れ替えを経て現在の姿になった。原広司+アトリエ・ファイ建築研究所の設計による正方形の建物は、中庭の大きな池を列柱と回廊で取り囲む形状で、外界から切り離された別世界のように感じさせる。また、打放しのコンクリートとガラスを用いつつ、池という自然を取り込んだ空間は、静かなたたずまいで見る者の心を穏やかにしてくれる。

この池に映る像を利用しているのが、レアンドロ・エルリッヒの作品《Palimpsest: 空の池》だ。2階に上がると空や回廊の鏡像は複層化して見え、ある地点でそれが完全に一致する不思議な感覚が体験できる。そのほかにも、越後妻有の風土や文化に向き合う作品、空間や時間の変容などを体感させる常設作品や、季節ごとの展示・企画展が充実している。冬季には池のある場所が雪原となり、積もった雪を楽しむ屋外展示も行われる。

原広司の代表作として挙げられるのは、ギリシャ・サントリーニ島の集落を連想させるヤマトインターナショナル(アパレル企業、東京都大田区)の白い社屋、雲形屋根が目を引く軽井沢・田崎美術館(日本建築学会作品賞)、巨大な吹き抜けと空中通路や大階段が特徴の京都駅、天然芝のサッカーフィールドがドーム内外を移動するホヴァリングステージを世界で初めて採用した大和ハウス プレミストドーム(旧札幌ドーム)、地上40階・地下2階のツインタワーを最上部でつないだ世界初の連結型高層ビル・梅田スカイビルなど。また、著書『空間<機能から様相へ>』がサントリー学芸賞を受賞したほか、空間理論の体系化への長年の功績が称えられ、2013年に日本建築学会大賞が贈られた。

10. 谷口吉生(1937-2024) 豊田市美術館/愛知県豊田市

豊田市美術館の正面外観。Photo: 豊田市美術館提供
大池越しに見た豊田市美術館の外観。Photo: 豊田市美術館提供
豊田市美術館の彫刻テラス。ダニエル・ビュレン《色の浮遊|3つの破裂した小屋》 Photo: 豊田市美術館提供
1階と2階をつなぐ階段部分。左はジョセフ・コスース、正面はジェニー・ホルツァーの作品。Photo: 豊田市美術館提供
外の景色が眺められる通路。Photo: 豊田市美術館提供
柔らかな外光が入る展示室。Photo: 豊田市美術館提供
所蔵品の1つ。エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》 Photo: 豊田市美術館提供

東宮御所の設計にも携わった建築家の谷口吉郎を父に持つ谷口吉生は、ハーバード大学デザイン大学院で建築学修士を取得。丹下健三の研究室と都市・建築設計研究所を経て、1979年に谷口建築設計研究所所長に就任した。「美術館建築の名手」と呼ばれる谷口の設計は、巨大なスケールと精巧なディテールが特徴で、直線などの幾何学的要素が無駄のない美しさと静謐さを醸し出している。また、ガラスや人工池を巧みに用い、洗練された空間を創造するとともに、建物と周囲の自然との調和を実現している。

豊田市美術館は1995年、かつて挙母城(ころもじょう)のあった高台に開館した。美術館へと登る緑に囲まれたアプローチはあえて屈曲させてあり、ある地点で水平に伸びる巨大なグリッド状のファサードが目に飛び込んでくる。前庭に配置された大池に映り込む建物と、広々とした空は息を呑む美しさだ。巨大なファサードとは対照的に、正方形の壁に目隠しされた控えめなエントランスから中へ入ると、乳白色のすりガラスから取り込まれた柔らかな外光に包まれる。また、部屋ごとに空間の使い方や材質が異なる展示室や、ところどころで屋外の景色を楽しめる動線は、鑑賞体験に心地よいリズムを与えてくれる。

同館のコレクションは、クリムトシーレ、ココシュカなど19世紀末から20世紀初頭にウィーンで活躍した作家や、ダダシュルレアリスムの作品を核に、国内外の優れた近現代アーティストを網羅している。また、社会、ジェンダー、歴史などテーマ性の高い企画展でも定評がある。屋外の彫刻テラスに加え、世界的ランドスケープアーキテクト、ピーター・ウォーカーが手がけた2段式の庭園とあわせ、ゆっくり過ごしたい美術館だ。

数ある谷口吉生の美術館作品の中でも、世界的に大きな注目を集めたのが1997年の国際コンペティションで最優秀賞を勝ち取り、2004年に完成したニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築。そのほか、出世作の資生堂アートハウス、巨大なゴミ処理装置を見学できるガラス張りの通路が圧巻の広島市環境局中工場、人工池が印象的な東京国立博物館・法隆寺宝物館、日本芸術院賞を受賞した酒田市の土門拳記念館のほか、GINZA SIXや日産自動車グローバル本社(設計監修)などの代表作がある。また、日本建築学会作品賞を2度、2005年高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)を受賞し、2021年には文化功労者に選ばれた。

あわせて読みたい