妹島和世+西沢立衛 / SANAA設計の日本の美術館5選。自然・街・人々をアートとつなげる空間の力
日本のあちこちで芸術祭やアートホテルが人気を集め、それを目的に旅を楽しむアートファンが増えている。そんなアート旅の計画にぜひ組み込みたいのが、各地の特色ある美術館だ。その中から、明るく、クリーンな設計が持ち味の建築家ユニット、SANAAが手がけた5つの現代美術館を紹介する。どれも、アートと自然、アートと街、アートと人との結びつきが感じられる秀逸な空間だ。

ガラスやアルミを用いた軽やかで透明感のあるデザインで知られる、妹島和世と西沢立衛の建築家ユニット「SANAA」。1995年の設立後、日本建築学会賞作賞(1996年)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 金獅子賞(2004年)、プリツカー賞(2010年)、高松宮殿下記念世界文化賞(2022年)など数々の建築賞を受賞。つい最近では、妹島和世が2024年の文化功労者に選ばれ、SANAAとして2025年の王立英国建築家協会ロイヤル・ゴールド・メダルを受賞するなど、長年の功績が世界から高く評価されている。さらに、惜しまれつつ閉館したDIC川村記念美術館が所蔵するマーク・ロスコのシーグラム壁画が国際文化会館への移転後に展示される新しい「ロスコ・ルーム」の設計が、SANAAに託されたというニュースも記憶に新しい。
SANAA建築は自然光をふんだんに取り入れた開放的な空間が特徴で、ミニマルなデザインや色使いがエレガントだ。また、建物の立つ地形や周囲の環境との融合を図った建物は、それ自体が主張しすぎず、風景にとけこむような柔らかい存在感を放つ。代表作にはディオール表参道やスイスのロレックス・ラーニングセンター、荘銀タクト鶴岡(鶴岡鶴岡市文化会館)などのほか、ニューヨークのニューミュージアムやルーブル・ランスといった美術館も多い。中でも、2004年に開館した全面ガラス張りの円盤型という斬新な形状の金沢21世紀美術館は、古都金沢に国内外の現代アートファンを惹きつけるランドマークとして街に定着している。
美術館を取り囲む自然や街の息吹を感じられるSANAAの空間は、あくまでもさりげなくアート作品や鑑賞者を包み込みつつ、アート体験をより印象深いものにしてくれる。以下、アートデスティネーションとしての魅力にあふれる5館を紹介しよう。
1. 十和田市現代美術館/青森県十和田市
十和田市現代美術館は、国内外で活躍するアーティスト22人によるコミッションワークの常設展示を中心として、2008年に設立された(現在の常設展示作家は屋外作品を含め37組)。今では、企画展示や市民活動のためのスペース、カフェ、野外イベントスペースなど、「アートを通した新しい体験を提供する開かれた施設」として、十和田市の文化・観光の中核的存在となっている。そのコレクションは、ロン・ミュエクの巨大な人物像、ハンス・オプ・デ・べークの漆黒のダイナーから見える無人の高速道路、玉石、釣鐘、リンゴの木を用いたオノ・ヨーコのコンセプチュアルな作品、屋外の壁面に描かれた奈良美智の少女など、どの作品も、何度訪れても、新鮮な感動を与えてくれる。
それぞれスケールの異なるコミッションワークを恒久設置するため、設計を担当した西沢立衛は、個々の展示室を「アートのための家」として独立させ、敷地内に分散配置してガラスの通路で結んだ。それによって、美術館が立地する官庁街通りに並ぶ大小さまざまな建物の景観との連続性が生まれ、敷地の境界を感じさせないアート空間になっている。また、さまざまな方向に向いたガラスの開口部を持つ展示室はショーウィンドウのようで、まさに「街に開かれた」美術館だと感じさせる。美術館向かいのアート広場には「まちなか常設展示」と呼ばれる屋外作品が展示され、商店街の通り沿いにはストリートファニチャーが並ぶなど、現代アートは着実に街に根付いているようだ。
青森県には十和田市現代美術館のほか、青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森(*1)、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館など、現代作家による展示が楽しめる美術館が揃う。2020年に青森のアートの魅力を国内外に発信する5館の連携プロジェクト「AOMORI GOKAN」が発足し、2024年にはアートフェスを開催している。青森の自然の美しさを堪能しつつ、各美術館をめぐって現代アートにひたるのもおすすめだ。
*1 改修工事のため、展示棟は2025年4月21日から2026年3月31日まで休館。
2. 軽井沢千住博美術館/長野県北佐久郡軽井沢町
滝をモチーフとした「ウォーターフォール」シリーズや、「フォーリングカラー」シリーズで知られる日本画家の千住博は、1995年のヴェネチア・ビエンナーレに出展した《The Fall》で名誉賞に輝いたほか、イサム・ノグチ賞や日米特別功労賞、日本芸術院賞などを受賞した人気作家。本物の滝のように画面の上から下に岩絵の具を流し落とし、スプレーガンで飛沫を描く斬新な技法から生まれる作品は、日本的な精神性とミニマルで抽象的な美を感じさせる。
千住のキャリア初期から近年に至るまで、代表作の数々を収蔵・展示する軽井沢千住博美術が開館したのは2011年。設計を行った西沢立衛は、「明るく開放的な、今までなかったような美術館」を千住から依頼されたという。その建物は、敷地の地形に合わせてゆるやかに傾斜していく一室空間。暗く閉鎖的な展示スペースではなく、森の中を歩いていたらたまたま絵があったようにしたいという千住の意図を汲み、作品と軽井沢の自然が融合するオープンな空間を実現した。全面がガラス張りの吹き抜けを複数配置する設計にあたっては、軒の深さやシルバースクリーン、UVカットガラスで光を制御する配慮もなされている。なお、2013年には、大作《The Fall》を常設展示するため、地下宮殿をコンセプトとした特別展示室が開設された。
美術館のある軽井沢 は、言わずと知れた自然豊かな人気リゾート。万平ホテルを定宿にしていたジョン・レノン、この地にアトリエを構えて浅間山を描いた梅原龍三郎をはじめ、数々の作家・文化人に愛された自然の恵みは、美術館の建物を取り囲むリーフガーデンにもあふれている。敷地内には150種類以上もの色とりどりのカラーリーフプランツが植栽され、季節ごとの花や葉の色の移り変わりを楽しむための趣向が凝らされている。また、軽井沢で長年親しまれているブランジェ浅野屋のベーカリーカフェが併設されているので、アートと自然の美しさを存分に味わったあとに美味しい時間を過ごす楽しみもある。
3. 金沢21世紀美術館/石川県金沢市
「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」を目的として、2004年に誕生した金沢21世紀美術館。以来、同館の国際的な現代アートコレクションや企画展はアートファンに刺激を与え続け、市民の交流の場としてもすっかり街に根付いた存在となっている。人気の高いレアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》、オラファー・エリアソンの《カラー・アクティヴィティ・ハウス》、ジェームズ・タレルの《ブルー・プラネット・スカイ》などの恒久展示作品や幅広い所蔵品には、体験型の作品やインスタレーションも多く、現代アートのさまざまな側面を楽しめる。
SANAAの設計による美術館の建物は「UFOのよう 」とも形容される平たい円形で、人とアート、人と人の出会いや交流を促す開かれた場を象徴するようなデザインだ。ガラス張りの外壁からは内部がよく見え、美術館が言われがちな敷居の高さは感じられない。また、円い形は表も裏もない全方向に開かれた印象を与える。内部は有料の「展覧会ゾーン」と無料の「交流ゾーン」で構成され、さまざまな大きさの四角い空間を配置。外周部分が交流ゾーンになっているため、異なる方向からやってきた人がそこを行き交い、まさに街のような広がりが生み出されている。同館では、子どもから大人まで幅広い世代を対象としたラーニングプログラムを提供しているほか、アートライブラリー、託児室、カフェレストランも利用できる。
金沢21世紀美術館の近くには、日本で唯一、工芸とデザイン作品を専門に扱う国立工芸館、古九谷や加賀藩前田家伝来の文化財から現代作品までを展示する石川県立美術館などが集まっている。また、金沢城や兼六園も近いので、工芸の美や伝統文化・歴史に触れることができる。さらに、金沢市内に8つのスペースを持つ回遊型の私設現代アート美術館KAMU Kanazawa(カム カナザワ)には、レアンドロ・エルリッヒの《INFINITE STAIRCASE(無限の階段)》や森山大道の作品などが展示されている。マップを手に街を散策しながら、現代アートと都市の魅力を発見していくのは、それ自体が新しい体験型アートと言えるかもしれない。
4. 熊野古道なかへち美術館/和歌山県田辺市中辺路町
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録された熊野古道。熊野三山を結ぶ古道にはいくつかのルートがあるが、その1つで田辺から熊野本宮に向かう中辺路の近露(ちかつゆ)王子跡近くに熊野古道なかへち美術館はある。現在の中辺路町出身の日本画家、野長瀬晩花と、南画家の渡瀬凌雲を中心に、地元にゆかりのある作家の作品や資料を紹介するほか、現代作家による企画展も実施し、小さくても魅力のある美術館を目指している。
ここはSANAAが最初に手がけた美術館で、「美術作品を新しい空間で見せ、アートを通じた交流の場を生み出す」という構想で設計された。熊野の山々の景観を邪魔しない平屋の建物で、展示室のある四角い主要部はガラス張りの回廊で囲まれている(現在は淡いグリーンの透明なガラスだが、竣工時は半透明のフィルムが貼られていた)。内側の展示室と外部とのバッファになっている回廊は、日置川に面した西側部分で内壁がアーチを描いて奥に広がり、テーブルと椅子を置いた交流スペースとして利用されている。白一色の壁、床、天井とガラスウォールで囲まれたこの場所は、ブルー、エメラルドグリーン、黄色、紫の椅子の座面の色がアクセントとなり、さわやかで心地よい。
なお、同館は1998年に旧中辺路町立美術館として開館。その後、市町村合併により、2005年からは田辺市立美術館の分館として運営されている。紀州ゆかりの作家を中心に、文人画や近代絵画を所蔵する田辺市立美術館とともに、熊野古道・中辺路ルートの旅で立ち寄りたい場所だ。
5. 豊島美術館/香川県小豆郡土庄町
瀬戸内海の小豆島と直島の間に位置する豊島(てしま)。島の東側、唐櫃(からと)港に近い丘の上に建つ豊島美術館は、アーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛の協働で2010年に誕生した。休耕田となっていた棚田を地元住民とともに再生した敷地の一角にある水滴のような形の建物は、柱が1本もないコンクリート・シェル構造。短辺40メートル、長辺60メートル、最も高い部分で4.5メートルの白い皿を伏せたような外観で、自由曲線を駆使したなめらかな形状が周囲の地形と絶妙に調和している。
この建築物と一体となっているのが、自然の生気(アニマ)を探求する内藤礼の《母型》。この作品では地下からの湧水が作品の一部となっていて、床のいたるところから1日を通して湧き出る水により「泉」が出現する。天井にある2つの開口部から入ってくる周囲の音や光、風、雨も含め、四季を通じて自然とアート、建築の融合を体感できる空間だ。美術館へと向かう遊歩道には瀬戸内海を望める場所もあり、木々の中を通って内藤の作品に至るアプローチが、島の自然とアートを五感で味わう気分を高めてくれる。なお、豊島美術館の《母型》は、直島・本村地区の家プロジェクト「ぎんざ」の《このことを》(2001)に次ぎ、内藤にとってベネッセアートサイト直島での2つ目の恒久展示作品となった。
この2つの内藤礼作品をはじめ、直島と豊島(香川県)、そして犬島(岡山県)では、杉本博司、李禹煥、大竹伸朗、クリスチャン・ボルタンスキー、宮島達男、ジェームズ・タレルなど、数多くの魅力的な現代アート作品を見ることができる。2025年は3年に1度開催される現代アートの祭典、瀬戸内国際芸術祭(*2)の年。この機会に瀬戸内海の島々でアートを巡る旅を計画してみてはいかがだろうか。
*2 春会期:4月18日〜5月25日、夏会期:8月1日〜8月31日、秋会期:10月3日〜11月9日