#オノ・ヨーコ/Ono Yoko
前衛芸術家・音楽家・平和運動家として知られる。ビートルズのジョン・レノンの妻としても有名だが、1960年代からコンセプチュアル・アートの先駆者として国際的に活躍し、現在も「愛と平和」のメッセージを発信し続けている。
概要
オノ・ヨーコ(小野洋子、1933年2月18日生まれ)は、日本出身でニューヨークを拠点に活動する前衛芸術家・音楽家・平和運動家。1950年代に渡米し、ジョン・ケージやアラン・カプローらと出会って前衛芸術の道を歩み始め、ニューヨークでフルクサスの運動にも参加した。
1960年代前半には命令系の短い文章による「インストラクション・アート」を展開し、観客の想像力や参加を促す作品を数多く制作した。代表的な作品《カット・ピース》(1964年初演)では観客にステージ上のオノの衣服をハサミで切り取らせるという形態を取り、東洋人の若い女性という自身の立場をさらけ出しつつ、見る者に視覚芸術に内在する無意識の暴力性を突きつけたと評価されている。この過激なパフォーマンスは後のフェミニズム芸術の草分けとしても位置づけられている。
1966年にロンドンで開催した個展「未完の絵画とオブジェ」では、天井に吊るした小さなキャンバスに虫眼鏡で覗くと「YES」と書かれた作品を発表し、その肯定的なメッセージは当時観客の1人として訪れたジョン・レノンにも強い印象を与えた。同展で2人は出会い、1968年にはカップルに。1969年に結婚して以降は2人で創作と社会活動を行い、結婚式直後の新婚旅行を利用した《ベッド・イン》(1969年)などの反戦平和パフォーマンスによって世界的な注目を集めた。ジョンとヨーコは当時激化するベトナム戦争に反対して、「WAR IS OVER!(IF YOU WANT IT)」と書かれた巨大看板を世界各地に掲示し、さらに反戦歌「Happy Xmas (War Is Over)」(1971年)を発表するなど、芸術とメディアを駆使して愛と平和を訴え続けた。1980年にレノンが凶弾に倒れた後も、オノは創作と社会的メッセージ発信を止めなかった。
その後は前衛音楽や実験映画の制作、ロックバンド「プラスティック・オノ・バンド」での音楽活動など、多方面で活動を展開し、近年まで米国ダンスチャートでのヒットを飛ばすなど音楽家としても健在ぶりを示した。美術の分野では、1990年代から続けている、世界各地で参加者が願い事を書くプロジェクト《ウィッシュ・ツリー》や、2007年にアイスランドに設置した平和を願う光の塔《イマジン・ピース・タワー》など、観客参加型の大型プロジェクトを世界規模で実施している。オノの創作は一貫して「愛と平和」のメッセージに貫かれており、その前衛的かつ平和主義的な活動は評価も高い。2009年にはヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞(生涯功労賞)を受賞し、2011年には平和に貢献した芸術家に贈られる第8回ヒロシマ賞を受賞している。2017年にはジョンの代表曲「イマジン」の制作に対する貢献が正式に認められ、全米音楽出版社協会からセンテニアル・ソング賞が授与された。2020年代に入っても再評価は続き、2023年には米国の芸術家レジデンス機関マクダウェルより生涯功労賞のエドワード・マクダウェル・メダルを授与された。そして2024年から25年にかけてロンドンのテート・モダンで過去最大規模の回顧展「YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND」が開催され、60年以上にわたる創作の軌跡が総括的に紹介されている。90歳を超えた現在もなお、オノ・ヨーコは前衛芸術のパイオニアとして世界の芸術界に確固たる存在感を示している。
作風
オノ・ヨーコの作風は、伝統的な絵画や彫刻の枠に収まらない斬新な表現で知られる。コンセプチュアル・アートの先駆者として、アイデアや指示(インストラクション)を重視した作品を数多く手掛けている。例えば1964年刊行の著書『グレープフルーツ』は、「この本を読み終わったら燃やしなさい」という一文から始まる指示書の集積で、読者が頭の中で作品を完成させる参加型の芸術を提示したものだった。このように観客の能動的な参加によって成立する作品が多く、絵を踏ませる《踏まれるための絵画》や、参加者が望みを書いた短冊を木に結ぶ《ウィッシュ・ツリー》など、観る者自身の行為を作品化する仕掛けが随所に見られる。
アイデアが先行する彼女の作品では、日常的なオブジェクトやシンプルな言葉が用いられる一方で、その背景には平和や生命への深い問いかけが込められていることが多い。1959年から参加したフルクサス時代から多文化・ジェンダーの視点を取り入れており、東洋人女性という自身の出自も含めて社会的マイノリティの表現者として早くから活躍した点も特徴。作品にはしばしばユーモアや逆説的な要素が交えられ、見る者に驚きや気づきを与えると同時に、その背後にある社会批評的な姿勢も明確だ。オノ・ヨーコの芸術は、「参加」「平和」「想像力」というキーワードで貫かれており、見る者に能動的に考え行動することを促す前衛的でありながら人間味あふれる作風と言えるだろう。
代表作
《カット・ピース》(Cut Piece, 1964年) – 観客に自身の衣服を切らせた前衛的パフォーマンス作品。女性の身体と観客の関与を通じて暴力性と受動性を問い、フェミニズム的視点からも評価される。
『グレープフルーツ』(Grapefruit, 1964年) – インストラクション・アートの代表作である小冊子。日記帳ほどの大きさの本に「天井から吊るされた絵を見よ」など短い指示が並び、読者が想像力で作品を完成させる形式を提案した。
《ベッド・イン》(Bed-In for Peace, 1969年) – ジョン・レノンとの共同パフォーマンスで、新婚旅行のベッド上で一週間過ごす様子をマスメディアに公開した。反戦と平和を訴える象徴的出来事として世界的に報道され、芸術と社会運動の融合を示す代表例となった。
《ウィッシュ・ツリー》(Wish Tree, 1996年~) – 人々に願い事を書いた紙片を木の枝に結んでもらう参加型インスタレーション。1990年代から世界各地で継続されているシリーズで、参加者の祈りという無形の要素を作品化し、共同体の平和への願いを可視化する。
《イマジン・ピース・タワー》(Imagine Peace Tower, 2007年) – アイスランドに恒久設置された平和祈念の光の塔。オノとレノンの「イマジン・ピース」キャンペーンの一環として建設され、毎年レノンの命日などに光を放つ。世界各地で集めた《ウィッシュ・ツリー》の願いを地中に納め、その想いを光として天空に届けるコンセプチュアルな公共芸術作品である。
受賞歴
1981年/グラミー賞最優秀アルバム賞(Grammy Award for Album of the Year) – ジョン・レノンとの共同アルバム『ダブル・ファンタジー』で受賞。日本人として初のグラミー受賞者となる。
2001年/全米美術批評家協会賞(International Association of Art Critics Award) – 回顧展「YES YOKO ONO」に対し米国美術批評家協会より最優秀展覧会賞が授与。
2002年/スカウヒーガン・メダル(Skowhegan Medal for Multimedia) – 米国の美術賞スカウヒーガン賞にてマルチメディア部門のメダルを受賞。
2009年/ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞(Golden Lion for Lifetime Achievement) – 第53回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にて、生涯功労を称える金獅子賞を受賞。
2011年/ヒロシマ賞(Hiroshima Art Prize) – 平和に貢献した現代美術家に贈られる第8回ヒロシマ賞を受賞。広島市現代美術館で記念個展「希望の路」を開催。
2017年/センテニアル・ソング賞(Centennial Song Award) – 全米音楽出版社協会(NMPA)より、ジョン・レノンの「イマジン」が世紀を代表する曲と認定され共同作者のオノにも贈賞。
2023年/エドワード・マクダウェル・メダル(Edward MacDowell Medal) – 米国の著名な芸術家レジデンス施設マクダウェルより、芸術への卓越した生涯貢献に対して贈られるメダルを受賞。
日本での常設展示
十和田市現代美術館《念願の木/三途の川/平和の鐘》–美術館中庭に設置された3部作のインスタレーション。小川に見立てた玉石の《三途の川》を挟み、古寺の梵鐘を用いた《平和の鐘》と、人々の願い事を結ぶ《念願の木(ウィッシュ・ツリー)》が配置されている。観客が鐘を鳴らし、木に願いを吊るすことで、形のない人々の想いや行為自体を作品へと変える。
東京都現代美術館《クラウド・ピース》 – 美術館エントランス付近の地面に埋め込まれた恒久作品。覗き込むと空と自分の顔が映る鏡の仕掛けになっており、来館者が空を見上げ自らを見つめ直す体験をもたらす。
日本のおもな個展
2003~04年/水戸芸術館現代美術センターほか「YES オノ・ヨーコ」展 – 2000年にニューヨークで開催された大回顧展の日本巡回。水戸芸術館現代美術センターを皮切りに、広島市現代美術館、東京都現代美術館ほか全国5会場を巡回した。オノの初期から近年まで約130点を紹介する包括的な内容。
2008年/十和田市現代美術館「オノ・ヨーコ 入口」展 – 美術館の開館記念企画展として開催。オノが当館のために制作した恒久作品《空の梯子》《テレフォン・ピース》などを含む10点を展示した。
2011年/広島市現代美術館「オノ・ヨーコ展 希望の路 YOKO ONO 2011」– 第8回ヒロシマ賞の受賞記念個展。被爆地ヒロシマとナガサキ、そして東日本大震災への鎮魂と未来への希望をテーマに、新作インスタレーション《とびら》や過去作品を展示。愛と平和のメッセージを改めて世界に発信した。
2015~16年/東京都現代美術館「オノ・ヨーコ|私の窓から」展 – オノの活動を戦後日本や世界の美術史の文脈で再考する大規模個展。ニューヨーク、東京、ロンドンでの初期作品から最新インスタレーションまで網羅し、その創造の原点である「私の窓」=視座を探った。
2020~21年/ソニーミュージック六本木ミュージアム「ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ」展 – ジョン・レノン生誕80年・没後40年を記念しリバプール博物館から東京へ巡回した展覧会。ジョンとヨーコの人生と創作の軌跡を、音楽・映像・アート作品や愛用品約100点以上で辿る内容で、好評を博した。
海外のおもな個展
1966年/ロンドン・インディカ画廊「未完の絵画とオブジェ」 – 観客が梯子を登って覗く《天井の絵—イエス》などを展示し、同展でオノはジョン・レノンと出会った。
1971年/ニューヨーク近代美術館(MoMA)「Museum of Modern (F)art」 – オノがで行った非公式個展。新聞広告に「Yoko Ono – one woman show」と謳い、来館者に架空のハエの追跡を促すというコンセプチュアルな展覧会で、美術館への挑発的介入として知られる。
2000年/ニューヨーク・ジャパン・ソサエティ「YES YOKO ONO」 – 大規模回顧展。その後北米各地を巡回し、オノの半世紀に及ぶ芸術活動を再評価する契機となった。
2013~14年/ドイツ・シュリン・クンストハレ「Half-A-Wind Show」 – フランクフルトで開催された80歳記念回顧展。絵画やオブジェ、映像作品、音楽など約200点を通じ、初期フルクサスから最新作までオノの全貌を紹介した。以後デンマーク・ルイジアナ近代美術館やスペイン・グッゲンハイム・ビルバオへ巡回。
2015年/ニューヨーク近代美術館(MoMA)「Yoko Ono: One Woman Show, 1960–1971」 – 1971年の伝説的なMoMA非公式展を起点に、初期作品約125点を展示したオノ初の公式回顧展。観客参加型作品や初期資料も含まれ、彼女の1960年代の足跡を検証した。
2018年/英国「Double Fantasy – John & Yoko」 – リバプール博物館で開催。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの創造的パートナーシップを二人の言葉で辿る初の大型展覧会。音楽・アート・私生活にわたる貴重な資料を展示し、翌年までロングランを記録した。
2024年/ロンドン・テート・モダン「YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND」 – 過去最大規模の回顧展。オノの70年以上にわたる活動を網羅し、初期ロンドン時代の代表作から最新プロジェクトまで200点以上を展示。彼女の革新的な創作と現代美術への影響を改めて示すものとなった。