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伝説的写真家アニー・リーボヴィッツが撮ったアメリカの肖像──ジョンとヨーコの抱擁、イーロン・マスクと母、そしてNASAまで

アメリカ・アーカンソー州ベントンビルにあるクリスタル・ブリッジズ・アメリカン・アート美術館で、アニー・リーボヴィッツのキャリアを総覧する回顧展が開催されている(1月29日まで)。商業ポートレートに革命をもたらした写真から、NASAで撮影された最新の作品までを集めたこの展覧会のレビューをお届けする。

アニー・リーボヴィッツが撮影したアーティストのシモーヌ・リー。Photo: Annie Leibovitz. Courtesy Crystal Bridges Museum of American Art, Bentonville, Arkansas

「日々変化する」回顧展

トップクラスの有名人や大物政治家と間近に接する写真家は多いが、スターに囲まれているという点で別格なのがアニー・リーボヴィッツだ。ニクソン大統領がホワイトハウスを追われる様子や絶頂期のキース・ヘリング、ミュージシャンのデヴィッド・バーンなど、彼女の被写体になったセレブやアーティストは数知れない。

特によく知られているのは、1980年にジョン・レノンオノ・ヨーコを撮影した写真だ。ジョンはリーボヴィッツのカメラの前で裸になり、子どものように丸くなってオノ・ヨーコに寄り添った。彼の人生最後の日に撮影され、ローリングストーン誌の表紙を飾ったこの伝説的ショットは、雑誌写真に対する概念を根本から変えるものだった。そしてその11年後、彼女が撮影した妊娠中のデミ・ムーアのヌードがヴァニティ・フェア誌の表紙となり、商業ポートレートに再び革命を起こしている。

クリスタル・ブリッジズ・アメリカン・アート美術館の「Annie Leibovitz at Work」展では、この2つのセンセーショナルな写真を含む約300点の作品を見ることができる。しかし、他の美術館への巡回も予定されているこの展覧会は、よくあるタイプの回顧展ではない。

大抵の場合、回顧展では年代順に作品が展示され、会期中に展示内容が変更されることはほとんどない。しかし、2023年の秋に展覧会が開幕したとき、74歳のリーボヴィッツはまだ新しい写真を撮り続けていた。今日の展示は昨日までとは違っているかもしれないし、別の場所に巡回する際にはさらに変化しているかもしれないのだ。こうした自由度は、同美術館の現代アート部門キュレーターであるアレホ・ベネデッティがリーボヴィッツに寄せる信頼の証だと言える。彼女が生み出す写真なら、途中でどのような展示替えをしてもパワフルな展覧会になるはずだと信じているからこそできることだろう。

回顧展は、彼女がキャリアをスタートさせた20世紀中頃のアメリカを捉えた写真から始まり、有名写真家として名を成した激動のパンク時代を経て、クリスタル・ブリッジズ美術館の依頼で撮影された新作で幕を閉じる。しかしリーボヴィッツは、この写真展は単に自分の仕事の軌跡を振り返るだけのものではないと強調し、若い写真家たちにインスピレーションを与えるはずだと記者たちに語った。

54年の業績を代表する旧作を収めた最初の2つの展示室に関してリーボヴィッツは、「私に気づきを与えてくれた仕事を集めた」と説明している。そこで俯瞰することができる一連の仕事を通して、彼女はアーティストになる方法を学んだのだという。ちなみに、フォトジャーナリストと呼ばれることが多い彼女だが、本人は自分のことを「コンセプチュアルフォトグラファー」だと言う。

一方、美術館の依頼で新たに撮影された写真は、プリントではなく、デジタル画像のスライドショーとして展示されているが、その被写体の中には雑誌の表紙を飾るどんな大スターより輝かしく手が届かない存在もある。それは、NASAの技術者たちによってモニターに写し出された(主に)無彩色の砂嵐のような宇宙空間だ。2023年にヒューストンのNASAに招かれたリーボヴィッツは、宇宙空間が映るモニターに加え、オレンジ色の宇宙服に身を包んだアルテミスII(月面探査の有人宇宙船)の宇宙飛行士たちや、金属製のつややかな宇宙船を撮影した。

リーボヴィッツは被写体の人となりを引き出すことに長けた肖像写真家で、彼女が撮った有名な写真では、思いがけない状況で思いがけない表情を浮かべる有名人の意外な一面を垣間見ることができる。一方、私たちがそうやって読解できる顔や仕草を持たない宇宙は、簡単にはその秘密を明かさない。しかし、だからこそ宇宙の姿を捉えた写真に惹かれるのかもしれない。

数多くのインパクトの強い作品の中で、NASAで撮影された写真は、彼女の「Pilgrimage(巡礼)」シリーズと同じく自画像のようなものだと解釈できる。「Pilgrimage」も、2009年から2011年にかけてスミソニアン・アメリカ美術館の展覧会のために撮影されたコミッションワークで、間欠泉やごつごつした崖の斜面、静寂に包まれた森など、人のいない風景の写真が多い。それは有名人のポートレートよりはるかにミステリアスで、その後もさらに刺激的で大胆な方向に展開していくのではないかと期待させるものだった。

母と並んだイーロン・マスクやアーティストの才能を際立たせた最新ポートレート

今回の回顧展は、これまでリーボヴィッツが手がけてきたプロジェクトと同様、ある人物とのやり取りから始まった。その人物とは(世界最大の小売企業と言われる)ウォルマートの創業者の娘で、クリスタル・ブリッジズ美術館の創設者でもあるコレクターのアリス・L・ウォルトンだ。ウォルトンは、2021年に自身のポートレート撮影をリーボヴィッツに依頼し、ベントンビルに呼び寄せた。その後、彼女に同美術館で展覧会を開かないかと声をかけたところ、リーボヴィッツは新作を展示することを希望。ウォルトンはこれに同意し、クリスタル・ブリッジズは、常設コレクションのためにリーボヴィッツに作品制作を依頼した初の美術館となった。

合計540平方メートルになる5つの展示室を使って回顧展を開いたこの美術館とリーボヴィッツは、絶妙な組み合わせに思える。理事長のオリヴィア・ウォルトンは、2011年に開館した同美術館のミッションを「アメリカンスピリットを讃えるあらゆる人々を歓迎する」ことだし、こう述べている。

「私たちはクリスタル・ブリッジズ美術館を、多様な語り手やさまざまな視点のためのプラットフォームだと考えています。この回顧展もまさにそれを反映し、わが国において新しい思想を切り開いてきた人々の姿を捉え、彼らを讃えています。また、私たちは女性アーティストを重視しています。アメリカとアメリカ美術の歴史について、より包括的なストーリーを伝えたいと思っているからです」

リーボヴィッツの被写体の全てがアメリカ人というわけではないが、そうでない人物も、カリスマ性や個人主義、野心といった、欧米のメディアが(良い意味で)「アメリカ的」だとする属性を備えている。

また、いっそう自由に被写体を捉えるようになった最新のポートレートも実に多彩だ。たとえば、彼女が通うマンハッタンのセントラル・シナゴーグのラビ(ユダヤ教の祭司、宗教的指導者)、アンジェラ・ワーニック・ブッフダールは、曇り空の下、湖のほとりに佇んでいる。180年の歴史がある改革派ユダヤ教のシナゴーグで初の女性ラビとなった彼女は、風景によくマッチしたブルーのトップスとゆったりしたパンツに身を包んでいる。また、億万長者のイーロン・マスクが母親でモデルのメイとポーズをとっている写真もある。リーボヴィッツによると、イーロンは撮影に同意したものの、多忙を理由になかなか実現しなかった。困ったスタジオスタッフがメイに助けを求めると、その翌日に彼女はイーロンをリーボヴィッツのカメラの前に立たせたのだという。

2023年に撮影された中で特に刺激的なものには、ジュリー・メレツマイケル・ハイザーといった画家や彫刻家、ダンサーなど著名アーティストを捉えたポートレートがある。マイケル・ハイザーは、ネバダ州の砂漠に50年の歳月をかけて建設され、最近一般公開された彼の超大作《City》の中を歩いている。また、ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞した彫刻家のシモーヌ・リーは、彼女を象徴する陶器の女性像のように、上半身が巨大な椰子のスカートの上に乗った姿で写っている。ハイザーや、(私が気に入っている)リーの写真は、同じような理由で我われを驚嘆させる。偉大な芸術家は、凡人が手探りをしているうちに、複雑な欲望を目に見える形で表現できるということを気付かせてくれるのだ。

大スターを被写体としたリーボヴィッツ作品のインパクトは衰えない

これらの新作を含む近年の作品は、鑑賞者を取り囲むように設置された4つの巨大スクリーンに映し出されている。スライドショーが一巡するまで約25分かかるのだが、その間鑑賞者は写真を1つ1つ確認したり眺めたりするために何度も向き直らなければならないので、首が痛くなるかもしれない。デジタル映像の大きなメリットは、鮮明な色彩と編集のしやすさだが、じっくりと作品を鑑賞したいと思う人にとって、プロジェクションという展示方法は作品意図の明瞭さや文脈を損なうと感じられることもあるだろう(リーボヴィッツも取材時に、作品の見せ方に対する感想を聞きたがっていた)。

クリスタル・ブリッジズ・アメリカン・アート美術館に展示されたアニー・リーボヴィッツの旧作。

たとえば、作家のサルマン・ラシュディの1枚目のポートレートは、友人たちに囲まれてリラックスした様子を捉えている。そのしばらく後に出てくる2枚目の写真は、ラシュディが2022年にナイフを持った男に襲撃されて右目の視力を失った後に撮影されたもので、顔には厳しい表情が浮かんでいる。この2枚の写真の違いを見せることによって、1人の人間が年月を経て傷つき、変化する様子をありありと表せたかもしれない。しかし、画像が次々と切り替わってしまうため、そうした印象深いイメージを仔細に観察することは難しい。

リーボヴィッツがキャリアの中で何度も撮影した人物は、ラシュディのほかにも大勢いる。小説家のジョーン・ディディオンもその1人で、1970年代に撮影した後、最晩年にも再び撮影を行った。リーボヴィッツはあるインタビューの中で、「(晩年の)写真は撮ったものの、本当は公開したくなかった」と語っている。今回の展覧会ではどちらの写真も見ることができるが、同じ場所に並んでいたらもっと多くのことを感じ取れたのではないだろうか。

リーボヴィッツの旧作の展示、特に有名な写真に関しては、もう少し意外性のあるアレンジで、そして読み応えのある解説文を伴って見ることができたらよかったのにと思う。何十年もの間、批評家たちによって事細かに議論され、アメリカ人の心に刻まれているイメージであるのは間違いないが、新たな発見や語られるべきことはまだあるはずだ。

とはいえ、リーボヴィッツの写真のインパクトが弱まったというわけではない。2023年には、大衆に広く親しまれるセレブの数はかつてより少なくなったが、リーボヴィッツは真のスターが持つ力の信奉者であり続けている。それを証明するのが、ブルース・スプリングスティーンやシンディ・シャーマンなどを撮影した最近の作品だ。

また、著名人を撮影した彼女の古い写真の中で、あまり知られていない作品にも心を打たれた。その中には、彼女の長年のパートナーだった思想家・作家の故スーザン・ソンタグが写っているものがある。何枚かの写真では、年老いたソンタグが何人かの友人たちと熊の着ぐるみを着て、ホテルか高級マンションのロビーのような場所で楽しんでいる。それぞれワイングラスやカメラを手にした彼女たちの視線や仕草は、写真フレームの外にある未来に向けられているようだ。(翻訳:野澤朋代)

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