人間中心主義を問い直す、デザインとアートの想像力──ロンドン「More than Human」展を振り返る

人間中心主義を問い直し、動植物や生態系との共生を前提に世界を捉え直す「More-than-Human」をめぐる議論はいま、哲学や環境思想のみならず法学や政策の分野にも広がりつつある。そんな中、ロンドンのデザインミュージアムで昨年開催された「More than Human」展は、「人間以上の世界」の想像するための装置としてのデザインとアートの力を示す展覧会だった。本展の印象的な11作品を紹介しながら、この発展目覚ましい概念の可能性を探る。

More than Human at the Design Museum_Courtesy of the Design Museum_Photo by Luke Hayes
ロンドンのデザイン・ミュージアムで開催された展覧会「More than Human」展示風景。Photo: Luke Hayes, Courtesy of the Design Museum

タコが鑑賞するためのアート、海藻たちが円座を組んで話し合うインスタレーション──。ロンドンのデザインミュージアムで2025年7月11日から10月5日まで開催された「More than Human」展には、そんなユニークな展示物が並んでいた。

展覧会タイトルに掲げられた「More-than-Human」とは、直訳すると「人間以上」すなわち「人間を超えて」。それは、「人間を含むすべての生物種の繁栄は相互につながっている」という考えに基づき、西洋の思想や実践を支配してきた人間中心主義を問い直す概念だ。近代思想が長らく「他者(the Other)」との関係を問い続けてきたのに対し、ここで焦点となるのは、人間以外の生命や生態系、すなわち「他種(other species)」との関係だ。

気候変動や生物多様性の崩壊といった問題が示すように、人間の活動が地球環境を大きく変化させている人新世(Anthropocene)の議論が活発化する中、「More-than-Human」の概念はいま、哲学や人類学のみならず、デザイン、建築、さらには法学の領域にまで、学際的に広がっている。

2024年には、この概念を体系的に整理した初の学術書『More-than-Human』が、オックスフォード大学地理環境学部のジェイミー・ロリマー教授とティモシー・ホジェッツ講師によって出版された。そしてニューヨーク大学法学部では、人類とその他の生物や生態系すべての権利とウェルビーイングを研究する「MOTH(More-Than-Human Life)」プログラムが展開されるなど、人間以外の存在を社会制度の中でどのように位置づけ直すかという議論が進みつつある。ほかにも、都市計画における「多種共生の正義(Multispecies Justice)」、人間以外の生命との意思疎通の可能性を探る「人間以外の生命とのコミュニケーション(Nonhuman Communication)」をめぐる研究が急速に発展している。

その背景には、AIを用いた「非人間動物コミュニケーション技術(NACTs)」のような技術の進化があることも忘れてはならないだろう。科学組織やテック・スタートアップが非人間動物のコミュニケーション分野に参入する動きが活発化している。

こうした変化の中で、その前提となる世界観、つまり人間以外の生命との関係を想像し直す場として、研究者とデザイナーのネットワークが「a more-than-human design manifesto」を発表するなど、アートやデザインの役割も注目されている。

約140作品から描き出す、未来への希望

ロンドンのデザイン・ミュージアムで開催された展覧会「More than Human」の入口。Photo: Luke Hayes, Courtesy of the Design Museum

それを象徴していたのが、このムーブメントをテーマとした世界初の大規模展であるデザインミュージアムでの展覧会「More-than-Human」だった。本展のイントロダクションには、次のような希望のメッセージが掲げられていた。

「常に人間のニーズを最優先に置くことは、風景、他の生物種、そして気候に壊滅的な影響を与えてきた。(中略)『モア・ザン・ヒューマン』の出発点は、私たち人間と、生命を育む生態系とのつながりを認めることである。この大胆なアプローチはデザインの役割を再定義し、(中略)新しい世代のデザイナー、建築家、アーティストが実践を再方向付け、他の種の繁栄を目指す方法を模索する。クリエイターたちは、私たち人間が自然界と共生し、自然界に役立つ道を考えることで、地球の繁栄に貢献しようとしている」

本展のキュレーションを担当したのは、デザインミュージアムの持続可能なデザインに関する研究プログラム「フューチャー・オブザーバトリー」。このプログラムはイギリス政府の出資を受け、イギリス研究会議(UKRI)と芸術人文科学研究評議会(AHRC)との提携により、環境問題に関する新たなデザイン思考を推進することを目的として、展覧会の企画・運営、イベントのプログラム作成、新たな研究の資金調達と出版を行っている。

「More than Human」展は、委託制作の作品を含め、50人を超えるアーティスト、デザイナー、建築家、科学者らによる作品140点余りで構成され、人間を自然の風景や生態系の一要素と位置付ける作品や、他の生物種の視点を取り入れ、共生の道を模索するような作品が展示されていた。デザイナーや建築家が提示する「ソリューション」のみならず、先住民アーティストからデジタルアーティストまで、多様な生活体験と手法を活かしたアート作品は、近代以降の価値観を覆し、気候変動を根本的に解決するための道しるべを差し示しているかのようだった。

デザインミュージアムのシニア・キュレーターであるレベッカ・ルーインは、本展開催の意図をこう語っていた。

「オーディエンスには、この展覧会からインスピレーションと情報を得ると同時に、未来への希望を感じてもらいたいと思っています。気候危機が提起する問題は複雑に絡み合っていて、その深刻さには圧倒されそうになりますが、デザイン、アート、建築の各分野は、地球のニーズに対して、創造的な美しい解決策を見出しつつあります。このプロジェクトを実現するために、世界中の才能あるクリエイターたちと協力できたことは、とても心強いことでした」

人間中心主義からの脱却という大きなテーマのもと、環境と生物のニーズに焦点を当てたデザインとアートの新しい方向性を提示した本展。ここからは、とくに印象に残った11作品を通して、この展覧会が提示した「More-than-Human」の想像力を振り返る。

ヘリオ・メロ《Mapa da Estrada (Seringa)(道の地図[ゴムの木])》(1998)

ヘリオ・メロは、アーティストとしての活動の傍ら、ブラジルのアマゾン地域でゴムの木からラテックスを採取するゴム採取業にも従事していた。メロの絵画は、自身の生活様式を記録したものだ。複雑に伸びる木の枝はゴム採取者のルートを示す地図になっていて、人間と森との関係を象徴している。こうした有機的な関係性は、畜産業や鉱業といった産業によって、急速に破壊されてきた。

ソランジュ・ペソア《Untitled(無題)》(2020–2021)

Untitled, from Sonhíferas series [da série Sonhíferas], 2020-2021 by Solange Pessoa, Oil on canvas. Photo: Daniel Mansur, Courtesy of the artist, Mendes Wood DM, São Paulo, Brussels, Paris, New York, and the Design Museum 
Untitled, from Sonhíferas series [da série Sonhíferas], 2020-2021 by Solange Pessoa, Oil on canvas. Photo: Daniel Mansur, Courtesy of the artist, Mendes Wood DM, São Paulo, Brussels, Paris, New York, and the Design Museum 
Untitled, from Sonhíferas series [da série Sonhíferas], 2022 by Solange Pessoa, Oil on canvas. Photo: Daniel Mansur, Courtesy of the artist, Mendes Wood DM, São Paulo, Brussels, Paris, New York, and the Design Museum 

ブラジルのアーティスト、ソランジュ・ペソア(Solange Pessoa)の「Sonhíferas(夢見る人たち)」シリーズに連なる本作は、人間、動物、植物が融合したような形を描き出す。それらは変容の途中にあるような形であり、流動的な生命力を喚起する。ブラジル先住民のアニミズム信仰を想起させ、すべての生命形態に霊魂や意志が宿るという考え方を反映する。

マーカス・コーツ《Nature Calendar(自然のカレンダー)》(2022)

Nature Calendar by Marcus Coates
Photo credit: Angus Mill, Courtesy of the artist, Kate MacGarry, London and the Design Museum
Nature Calendar by Marcus Coates
Photo credit: Angus Mill, Courtesy of the artist, Kate MacGarry, London and the Design Museum

マーカス・コーツ(Marcus Coates)の作品では、1月1日から12月31日まで、1年を通して自然界で起きる出来事が1日ごとに記載されている。動物や植物はカレンダーの日付を知らないが、人間には感知できない気温や日光、磁気流の変化に反応する。コーツの作品は、カレンダーを持たなかった頃の人類が、他の生物種の観察を通じて季節の移り変わりを追っていたことを思い出させる。

MOTHプログラム《The More-Than-Human Rights Mural(ザ・モア・ザン・ヒューマン・ライツ壁画)》(2025)

Photo: Luke Hayes, Courtesy of the Design Museum

およそ8メートルの壁画は、前述のニューヨーク大学法学部による「MOTH(ザ・モア・ザン・ヒューマン・ライツ)プログラム」によって制作された作品。プログラムを率いる同学部のセサル・ロドリゲス・ガラビト教授は、気候正義(*)、および欧米諸国の活動に対する先住民族の権利を専門とし、自然にも権利があるとする「ザ・モア・ザン・ヒューマン・ライツ(人間を超える権利)」の概念を打ち出した。本作では、生物たちの棲家である自然の川を法的主体として表現し、コロンビア、エクアドル、ニュージーランド、インド、ペルーなどの法廷で、川に権利が認められた際の判決の抜粋が取り入れられている。

* 気候変動の原因を作り出しているのは先進国や富裕層であり、被害を最も多く受けるのはグローバルサウスや貧困層であることから、気候変動対策につながる社会正義を推進するべきだという考え方。

フェデリコ・ボレッラとミケラ・バルボーニ「Rumita(ルミータ)」シリーズ(2024)

Rumita, 2024 by Federico Borella and Michela Balboni © Federico Borella and Michela Balboni Courtesy of the artists and the Design Museum
Rumita, 2024 by Federico Borella and Michela Balboni © Federico Borella and Michela Balboni Courtesy of the artists and the Design Museum
Rumita, 2024 by Federico Borella and Michela Balboni © Federico Borella and Michela Balboni Courtesy of the artists and the Design Museum

イタリア南部、森林に覆われたバジリカータ地方のサトリアーノ村では、森と人間との深い関係性を感じさせるカーニバルの古代儀式が近年復興された。2月の週末、男性たちが森へ入り、頭も含む全身を木の枝で覆い、「ルミティ(木の男たち)」となって行列を作って練り歩く。そして家々を訪ねて金銭や食べ物を受け取りながら、人々に木の杖で祝福を授ける。イタリアのアーティスト、フェデリコ・ボレッラ(Federico Borella)とミケラ・バルボーニ(Michela Balboni)がこれを撮影して発表した。

ジョナサン・バルドック《Corn Dollymasks(麦わら人形仮面)》(2013-2023)

Corn Dolly masks, 2013-2023 by J
onathan Baldock. Photo: Todd-White Art Photography ©Jonathan Baldock,
Courtesy the artist, Stephen Friedman Gallery and the Design Museum
Corn Dolly masks, 2013-2023 by J
onathan Baldock. Photo: Todd-White Art Photography ©Jonathan Baldock,
Courtesy the artist, Stephen Friedman Gallery and the Design Museum
Corn Dolly masks, 2013-2023 by J
onathan Baldock. Photo: Todd-White Art Photography ©Jonathan Baldock,
Courtesy the artist, Stephen Friedman Gallery and the Design Museum

イギリス人アーティスト、ジョナサン・バルドック(Jonathan Baldock)の作品は、イングランドのケント州で農業を営んでいた家族のルーツに根ざしている。収穫期に最後の麦の束から作られる伝統的なコーン・ドール(麦わら人形)に着想を得て、バルドックは人間の顔の大きさの仮面を麦わらから制作し、その後ブロンズ鋳造を行った。博物館に展示される遺物を思わせ、農業の歴史をモチーフに自然と文明の対比を考えさせる。

アント・ファーム《Dolphin Embassy》(1974)

アーティスト集団「アントファーム」は、イルカと協力することで多種の生物が共存するユートピアを創造できると考えた。そこで、人間とイルカのコミュニケーションを研究するために、浮遊する研究ステーションの建設を構想した。その設計図によると、三角形の平面図に3つの翼が配置され、陸と海に面した「リビングルーム」、イルカが各階間を泳ぐことができるシュート、共有のナビゲーションポッドなどが設けられている。

トーマス・スウェイツ《A Holiday from Being Human (GoatMan)(人間をお休みしてヤギになってみた結果)》(2016)

Photo: Tim Bowditch, Courtesy Thomas Thwaites

グラフィックデザイナーのトーマス・スウェイツが「人間であることを一時的に離れ、別の動物になる」という願望から始めたプロジェクト。四肢、ヘルメット、人工の外消化システムからなるプロテーゼを作成し、スイスアルプスにあるヤギの牧場で着用し、好奇心旺盛なヤギたちの中で過ごした。肉体的に苦痛に満ちた経験は、別の種への共感と理解を育む結果となった。

島袋道浩《タコのための彫刻―タコは何色が好きか?》(2019)

Photo: Luke Hayes, Courtesy of the Design Museum

1990年代から、タコをモチーフにした作品を複数制作している島袋が、海中で石や貝殻を拾うマダコの習性を観察し、それに基づいてガラス球の彫刻のシリーズを作成した。1生物種としての人間から、別の生物種への贈り物として意図されている。もとは須磨海浜水族園で、マダコの入った水槽を使って展示されたインスタレーション作品。

ジュリア・ローマン《Kelp Council(海藻の評議会)》(2025)

ジュリア・ローマンによる《Kelp Council》(2025)展示風景。Photo: Luke Hayes
ジュリア・ローマンによる《Kelp Council》(2025)展示風景。Photo: Luke Hayes

デザイナーのジュリア・ローマン(Julia Lohmann)は、ヨーロッパと東アジアで収集した多種の海藻が集う「海藻の評議会」の場面を想像し、インスタレーションを作り上げた。潮の満ち引きのサウンドスケープが流れる中、海藻で作られた個性的な立体どうしが向かい合う様は、海藻の特性とデザイン素材としての可能性を明らかにする。すべての生き物が独自のニーズと自律性を持つという仮定に基づき、「海藻は私たち人間についてどんな話をするだろうか?」という問いを投げかける。

アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグ《Pollinator Pathmaker: Perceptual Field(受粉媒介者の道しるべ:知覚のフィールド)》

Pollinator Pathmaker in Human Vision, 2023. Credit: Alexandra Daisy Ginsberg Ltd ©Alexandra Daisy Ginsberg Ltd. Courtesy of the artist and the Design Museum

アーティストのアレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグは2021年、環境保護をテーマとした複合施設、コーンウォールのエデン・プロジェクトからの委託を受けてリサーチを行い、受粉媒介者(ポリネーター)が最適な栄養源と生息地を得られるように庭園を設計するアルゴリズムを構築した。この8メートルのタペストリーでは、人間と大きく異なる視覚によって植物の大きさや色を捉える昆虫の視覚を想像しながら、庭園を擬似体験できる。

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