ジョージア・オキーフは本当に「女性性の象徴」だったのか──新ドキュメンタリーが見落としたもの

20世紀を代表する女性画家、そしてアメリカン・モダニズムの先駆者として確固たる地位を築いたジョージア・オキーフ。その生涯と作品の変遷を辿り、1970年にはフェミニズムの象徴となった彼女の実像に迫る新作ドキュメンタリー映画をレビューする。

水彩画を描くジョージア・オキーフ(1918年撮影)。Photo: Alfred Stieglitz
水彩画を描くジョージア・オキーフ(1918年撮影)。Photo: Alfred Stieglitz

ポール・ワグナー監督によるジョージア・オキーフのドキュメンタリー映画が「母の日前後」に公開されるというプレスリリースを見たとき、思わず顔をしかめてしまった。一体、オキーフと母の日の間に何の関係があるというのだろう? その作品、『Georgia O’Keeffe: The Brightness of Light(ジョージア・オキーフ:光の輝き)』(2026)に登場する専門家たちもよく知っている通り、彼女はそもそも母になったことはない。

にもかかわらず、映画に登場するある人物は、彼女は母親になりたかったはずで、それを拒んだのは夫のアルフレッド・スティーグリッツだと語っている。スティーグリッツは、最初の妻との娘が産後うつを患い、その後の人生を施設で過ごさざるを得なくなったことに心を痛め、同じ苦痛をもう味わいたくなかったのだという。ただし、オキーフが子どもを望んでいたという主張の根拠とされているのは、彼女が当時30代前半で、多くの女性が子を欲しがる年頃だったという一点に過ぎない。

しかし、オキーフを「多くの女性」の1人として扱うのは見当違いだ。彼女は同級生に「私はあなたたちとは違う人生を送る。全てを捨てて芸術作品を作り続ける」と宣言していた。そして彼女は実際、その言葉通りの人生を歩んでいる。

では、なぜオキーフと母の日を重ねるのか。それ以外、女性を讃える適切なやり方が分からず困ったからだろうか? それとも、彼女が花を描いたからなのか?

ニューメキシコ州の自宅で過ごすジョージア・オキーフ。Photo: Courtesy Montreal Museum of Fine Arts
ニューメキシコ州の自宅で過ごすジョージア・オキーフ。Photo: Courtesy Montreal Museum of Fine Arts

スティーグリッツが作り上げた「女性性」の神話

成功を勝ち取ったパワフルな女性としてオキーフを描くドキュメンタリーは正直見飽きたが、幸いなことに、(アメリカで)6月1日からApple TVやプライムビデオで配信が始まったこの映画は深みのある内容になっている。彼女の人生や芸術をきめ細やかに描いたこの作品は、オキーフの熱狂的なファンであっても、彼女に興味を持ち始めたばかりであっても楽しめるはずだ。

しかし弱点もある。ある美術史家は「いまやオキーフの作品よりも、むしろ象徴としての彼女の方が重視されている」と語っているが、この映画はまさにそうした罠にはまるか、それを回避できるか、微妙なところで揺れ動いているのだ。

アーティストの良質なドキュメンタリーを作るのは難しいが、オキーフは題材として完璧だ。彼女の生涯と芸術はどちらも刺激的で、互いに切り離せない。ワグナー監督は、特に次の2点を的確に捉えている。オキーフとスティーグリッツの複雑な関係と、自身の絵画が「女性器的」だという解釈に対する彼女の反発だ。この2つには密接な関係がある。

スティーグリッツはオキーフのギャラリストであり、恋人であり、芸術についての相談相手であり、最終的には夫となる重要な存在だ。2人の関係が始まったばかりの頃、スティーグリッツは彼女のヌードを撮影している。息をのむほど美しく官能的な数十点の写真は、どこか近寄りがたい厳しさのある彼女の唯一無二の美しさを際立たせ、一大センセーションを巻き起こした。

スティーグリッツが彼女のヌード写真を撮り始めた1917年に、アメリカの女性はまだ選挙権を獲得していなかった。そんな時代に写真を公開して間もなく、彼は自身のギャラリー「291」でオキーフの個展を開催した。

そこではヌード写真が先に展示され、作品はその次という順番で、一方が他方の解釈に影響を与えた。さらに悪いことに、横向きの作品を誤って縦向きに展示してしまったため、ジョージ湖に反射するうねるような風景が、まるで女性器の陰唇のように見えた。少なくともスティーグリッツの友人の評論家はそう解釈したようで、彼はこの絵に描かれた丘や木々について「それらは偉大で、痛ましく、恐ろしい、女性のオルガスムだ」と記している。

幻滅したオキーフは二度とヌード写真を展示しないよう求め、それから間もなく解釈の余地が広すぎる抽象画を描くのもやめてしまった。具象画とはいえ様式化された作風を貫いたのは、かつて教えられた「目に見えたままに描写せよ」という助言をくだらないと感じていたからだ。

ジョージア・オキーフ《Lake George Reflection》(1921-22)
ジョージア・オキーフ《Lake George Reflection》(1921-22)

花は本当に「女性器」だったのか

それでも、曲線やひだが多く、雄しべや雌しべという生殖器官が目立つ花を描く彼女の作品は、今日に至るまで「女性器的」という解釈から逃れられずにいる。これは、自らのセクシュアリティを楽しむことを隠さない女性への呪いなのだろう──「1インチでも譲歩すれば1マイルを要求される」という言い回しがあるように。それとも男性のまなざしは、せいぜい1インチ程度の浅さなのだろうか?

やがてオキーフとスティーグリッツは、当時世界一の高さを誇った集合住宅の最上階でぜいたくな暮らしを送るようになる。お揃いの黒いマントをまとい、ニューヨークを魅了した2人はまさにアート界のスターカップルと呼ぶにふさわしい存在だった。

彼らが交わしたエロティックな手紙には、30ページにわたるものもある(映画ではその一部が朗読される)。それは、SNSや携帯電話による今の時代のセクスティング(性的なテキストメッセージや画像・動画の送付)など足元にも及ばないものだ。そしてスティーグリッツは、彼女の作品を扱う唯一のディーラーでもあり続けた。これは幸運な協力関係で、オキーフの個展の売上のおかげで2人は大恐慌を乗り越えられた。

時が流れ、60代になったスティーグリッツは、当時22歳だったドロシー・ノーマン(後に作家、編集者として活躍)と愛人関係になる。太古の昔から変わらない、男たちの若さへの執着を嘆くオキーフに対し、彼は「でもジョージア、君はもう僕なんて必要ないだろう」と文句を言った。確かに彼女はスティーグリッツを必要としておらず、それを証明するかのようにニューメキシコへと旅立つ。そこを彼が訪れることは一度もなかった。

映画が語らなかった「失明後のオキーフ」

舞台が南西部へと移ってからは、シュルレアリスム風の骨盤の絵や、スタイリッシュな日干しレンガ造りの家々など、私たちが親しんでいるオキーフのイメージが次々と映し出される。だが、ここでも引っかかりを覚える展開が待っていた。1972年に彼女が自力で描き上げた最後の油彩画《The Beyond(彼方)》について語られたところで彼女の作品の物語が終わってしまうのだ。

加齢黄斑変性が進行し、視力が失われつつある中で彼女が描いたこの絵は、不吉な感じのする地平線がこちらに迫ってくるような凄みのある作品だ。しかし、それ以降に彼女が人の助けを借りて制作したものは軽く流されてしまっている。まるで、盲目のアーティストに傑作は生み出せないとでも言うかのように。

ジョージア・オキーフ《Untitled (From a Day with Juan)》(1976/77) Photo: © Georgia O’Keeffe Museum/ Artists Rights Society (ARS), New York
ジョージア・オキーフ《Untitled (From a Day with Juan)》(1976/77) Photo: © Georgia O’Keeffe Museum/ Artists Rights Society (ARS), New York

今年のホイットニー・ビエンナーレでエミリー・ルイーズ・ゴシオーの作品を見た人なら、視力を失っても優れた作品が作れると分かるはずだ。実際、オキーフとゴシオーはそれぞれ試行錯誤する中で、似たような方法にたどり着いている。ボールペンを使って、指先で感じ取れる凹んだ線を描くやり方だ。オキーフが失明後に描いた絵で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵する《Untitled (From a Day with Juan II)(無題 [フアンとの1日 II] )》(1977)も、彼女の新しい表現方法のすばらしさを証明している。

映画は、オキーフが1970年代のフェミニズム運動の象徴的存在となったことに触れて幕を閉じる。そこで丹念に描かれているのは、彼女の世代のフェミニズムと70年代のフェミニズムの間に起きた摩擦だ。オキーフのフェミニズムは、彼女が苦闘の末に勝ち取った厳然たる個人主義に基づくものだった。しかし、高齢者となった晩年、そして失明後に他者への依存を余儀なくされた時期の彼女はどうだったのだろうか。

半世紀前、フェミニズム運動が彼女の生涯と作品に改めて光を当てたのなら、障がい者の権利への認識がかつてなく高まっている今こそ、私たちは彼女を再び見直すべきではないだろうか。

この映画の意図は評価できるが、オキーフを単なる象徴として単純化してしまう誘惑に抗いきれていないのは残念だ。(翻訳:野澤朋代)

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