落札額100万ドル(1億4000万円超)を突破した女性アーティスト13人──最高額は「花の画家」

オークションでの高額落札が話題に上るのは男性作家が圧倒的に多い。しかし、低調な市況の中でも評価が目に見えて高まっているのが女性アーティストの作品だ。ここでは、100万ドルを超える落札額を達成した女性アーティストを紹介しよう。

Photocollage: Daniela Hritcu
Photocollage: Daniela Hritcu

近年のオークションを見ると、ジェフ・クーンズの《Balloon Dog(バルーン・ドッグ)》が2013年に5840万ドル(最近の為替レートで約85億3000万円、以下同)、クロード・モネの《睡蓮》(1914-17)が2024年に6550万ドル(約95億6000万円)で落札されるなど、物故作家、存命作家を問わず男性のアーティストによる記録更新が目立つ。しかし10年ほど前からは、女性アーティストの評価が目に見えて高まってきた。その1人が今年生誕100周年を迎えるジョアン・ミッチェルで、2023年にはクリスティーズで1959年に制作された無題の作品が、女性作家による抽象画の史上最高落札額となる2910万ドル(約42億5000万円)を記録。2024年5月にもサザビーズのオークションに4点の絵画が出品され、そのうち《Noon(正午)》(1969年頃)が2260万ドル(約33億円)で落札されるなど、人気の高さを維持している。

以下、落札額が100万ドル(約1億4600万円)の壁を超えた13人の女性アーティストを紹介しよう。(アーティスト名:最高額)

リー・ボンテクー:910万ドル

彫刻家のリー・ボンテクー(1931-2022)が、壁掛け型彫刻の制作を開始したのは1959年。溶接されたスチールのフレーム、不要になったカンバス、コンベヤーベルト、郵便袋、ワイヤーなどを用いたコラージュのような立体作品は、彼女の人生と作家活動に大きな影響を与えた第2次世界大戦中の恐怖を想起させる。ボンテクーは2009年のインタビューで、「私は怒りを感じていました。(中略)歯を思わせる部分のある作品は全て、あの戦争がどんなものだったかを象徴しています」と、美術評論家のドレ・アシュトンに語っている。ボンテクーの作品がオークションに出品されるのは稀だが、2011年11月にクリスティーズで《Untitled(無題)》(1959-60)が910万ドル(約13億3000万円)で落札されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の言葉を借りれば「ステンドグラスの窓とパッチワークキルトの中間のような」作品だ。

セシリー・ブラウン:680万ドル

セシリー・ブラウン《Suddenly Last Summer》(1999) Photo: Digital image copyright © Sotheby’s. Artwork copyright © 2025 Cecily Brown

抽象画と具象画を巧みに融合させた大型作品で知られるイギリス人画家、セシリー・ブラウン(1969-)が頭角を現したのは、まだ20代だった1990年代。チャールズ・サーチラリー・ガゴシアングッゲンハイム美術館ホイットニー美術館メトロポリタン美術館ワシントン・ナショナル・ギャラリーといったアート界の有力プレイヤーから支持される彼女の絵画は、これまで何度も100万ドルを超える金額で落札されている。その最高額は、2018年にサザビーズで記録した《Suddenly Last Summer(去年の夏、突然に)》(1999)の680万ドル(約9億9000万円)。当時サザビーズ・ニューヨークで現代アートイブニングセールの責任者だったデイヴィッド・ガルペリンは、ブラウン作品に見られる色とテクスチャーの変化を「まさに衝撃的」だと称賛している。

レオノーラ・キャリントン:2024万ドル

レオノーラ・キャリントン《Les Distractions de Dagobert》(1945) Photo: Digital image copyright © Sotheby’s. Artwork copyright © 2025 Estate of Leonora Carrington/Artists Rights Society (ARS), New York

イギリスのシュルレアリスト、レオノーラ・キャリントン(1917-2011)が《Les Distractions de Dagobert(ダゴベールの気晴らし)》を描いた1945年は、彼女の画業の絶頂期だった。豊かな想像力を鮮やかな色彩で表現し、神聖なものと現世的なものが融合する別世界を思わせるこの絵は、キャリントンの傑作の1つとされている。作品のタイトルは、7世紀初頭にガリア地方を支配し、その性的逸脱と贅沢趣味で知られるメロヴィング朝の王、ダゴベールに由来する。予想落札価格1200万ドルから1800万ドル(約17億5000万〜26億3000万円)のところ、オークションでは10分間の競り合いの末、アルゼンチンの実業家でブエノスアイレス・ラテンアメリカ美術館の創設者でもあるエドゥアルド・コスタンティーニが2024万ドル(約29億6000万円)で落札し、キャリントン作品の最高額を記録した。

バーバラ・ヘップワース:1160万ドル

バーバラ・ヘップワース《The Family of Man: Ancestor II》 Photo: Digital image copyright © Christie’s Images Ltd. Artwork copyright © Bowness

イギリスの20世紀抽象彫刻を代表する作家、バーバラ・ヘップワース(1903-1975)は、1974年にモリス・シンガー鋳造所で《The Family of Man: Ancestor II(人間の家族:祖先II)》を4体鋳造。そのうちの1体が、2023年にニューヨークのクリスティーズで行われた20世紀アートのイブニングセールで、予想最高落札額600万ドル(約8億8000万円)のほぼ2倍となる1160万ドル(約16億9000万円)で落札され、彼女の最高記録を打ち立てた。この作品は、若者が結婚し、親になるまでの人生のさまざまな段階を表した9点の抽象彫刻シリーズ「The Family of Man(人間の家族)」の1点で、約2.4メートルの高さがある。それぞれ異なる方向を向いた立方体や直方体が積み重なっており、そのうちの1つには大きな筒状の穴が開いている。

エミリー・カーメ・ウングワレー:210万ドル

エミリー・カーメ・ウングワレー《Earth’s Creation 1》(1994) Photo: Digital image: Art Leven. Artwork copyright © Emily Kam Kngwarray/Copyright Agency. Licensed by Artists Rights Society (ARS), New York, 2025

70歳を過ぎてから絵を描き始めたエミリー・カーメ・ウングワレー(1910-1996)は、オーストラリア史上最も有名なアボリジニのアーティストの1人だ。2007年に《Earth’s Creation 1(地球の創造1)》(1994)が105万6000ドル(約1億5000万円)で落札され、10年後のシドニーのオークションでは、自身の記録を更新する210万ドル(約3億1000万円)でオーストラリアのアートディーラー、ティム・オルセンが落札。そのとき、サイバー攻撃によるものか、大量のログインが同時発生したためか、ライブイベントのホストサーバーがクラッシュするというアクシデントが起きている。なお、《Earth’s Creation 1》は、大阪の国立国際美術館、オーストラリア国立博物館、ビクトリア国立美術館で展示されたことがある。

リー・クラズナー:1160万ドル

リー・クラズナー《The Eye Is the First Circle》(1960)Photo: Digital image copyright ©Sotheby’s. Artwork copyright © 2025 The Pollock-Krasner Foundation/Artists Rights Society (ARS), New York

抽象表現主義の代表的画家リー・クラズナー(1908-1984)は、抽象表現主義興隆の立役者だった夫のジャクソン・ポロックを1956年に交通事故で亡くし、1959年には自身の母親が他界。その悲しみは、24点にのぼる「アンバーペインティングス(琥珀色の絵画)」シリーズを生み出すきっかけとなった。シリーズの1点で、クリーム色を主体に激しい筆遣いで描かれた幅5メートル近い大作《The Eye Is the First Circle(目は最初の円)》(1960)は、ラルフ・ワルド・エマーソンによる1841年のエッセイ「円(Circles)」の冒頭の一節から名付けられた。この油彩画は、1990年にディーラーのピーター・ボニエのもとから盗まれ、1年後に匿名の密告で発見された後、サラ・ウィッテンボーン・ミラーの所蔵品となった。2019年5月にはサザビーズでオークションに出品され、1160万ドル(約16億9000万円)で落札された。

アグネス・マーティン:1600万ドル

アグネス・マーティン《Grey Stone II》(1961) Photo: Digital image copyright Sotheby’s. Artwork copyright © Agnes Martin Foundation, New York/Artists Rights Society (ARS), New York

ミニマリズムの代表的なアーティスト、アグネス・マーティン(1912-2004)は、1950年代に制作を始めた繊細なグリッドペインティングで知られる。彼女は抽象表現主義に共鳴しつつ、それをもとにした新しい実践を目指していた。彼女の目的意識が明確に表れている《Grey Stone II(グレイ・ストーンII)》(1961)は、2023年にエミリー・フィッシャー・ランドー・コレクションのセールに出品され、競り合いの末、予想最高落札額800万ドル(約11億7000万円)の2倍の1600万ドル(約23億4000万円)で落札された。平坦で幾何学的かつザラザラとしたカンバスの質感を、幻覚のような体験へと変容させるマーティンについて、サザビーズのスペシャリスト、コートニー・クレマーズは、オークションに向けたプロモーションビデオでこう語っていた。「この作品は瞑想の一つの形と言えるでしょう。時間とプロセスを象徴し、それらが組み合わさった描写は、端的に言えば人生を反映しています」

ジュリー・メレツ:1038万ドル

ジュリー・メレツ《Walkers with the Dawn and Morning》(2008) Photo: Digital image copyright © Sotheby’s. Artwork copyright © Julie Mehretu, courtesy of the artist and Marian. Goodman Gallery

2023年にサザビーズ・ニューヨークで行われた「ザ・ナウ」イブニングセールで、2人の入札者がジュリー・メレツ(1970-)の2008年の作品《Walkers with the Dawn and Morning(夜明けと朝とともに歩く人々)》を競り合った。結果1038万ドル(約15億2000万円)で落札され、アフリカ出身アーティストによる作品の最高額を樹立している。重層的かつ幾何学的で、グレーを基調としたこのミニマルな作品は、カリグラフィ風の渦巻き模様で埋め尽くされた大きな建築図面のようにも見える。2005年、アメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの復興支援企画で展覧会に出展されたこの作品のタイトルは、大きな試練や逆境に直面した人々の立ち直る力や忍耐力、楽観主義を賛美するラングストン・ヒューズの詩の一節から引用されている。

ジョアン・ミッチェル:2910万ドル

ジョアン・ミッチェル《Untitled》(1959年頃) Photo: Digital image copyright © Christie's Images Ltd. 2025. Artwork copyright © Estate of Joan Mitchell

抽象表現主義のパイオニアであるジョアン・ミッチェル(1925-1992)の《Untitled(無題)》(1959)は、2023年にクリスティーズ・ニューヨークで開催された20世紀イブニングセールに目玉作品として出品された。予想落札価格は、女性アーティストの作品としては当時最高レベルの2500万ドルから3500万ドル(約36億5000万〜51億1000万円)で、最終的に2910万ドル(約42億5000万円)で落札されている。クリスティーズの戦後・現代アート部門のバイスチェアマン、サラ・フリードランダーはこの作品を、「ミッチェルの色彩に対する深い理解と大胆不敵な筆遣いがよく分かる最高傑作の1つ」と評価している。1950年代以降、ミッチェルの作品には、「鞭で打ったような」と言われることもある線型の要素が増え、それが万華鏡のような色彩の爆発を生み出した。

キャディ・ノーランド:979万ドル

アメリカのコンセプチュアル・アーティスト、キャディ・ノーランド(1956-)は、アメリカンドリームの矛盾を浮き彫りにし、それを悪夢として描写する作品で知られる。たとえば《Bluewald(ブルーワルド)》(1989)は、ジャック・ルビーに撃たれた直後のリー・ハーヴェイ・オズワルドを捉えた歴史的な写真をもとに制作された(*1)。オズワルドをアルミニウム板にスクリーンプリントしたライフル射撃の的を思わせる作品で、2015年にクリスティーズの「ルッキング・フォワード・トゥー・ザ・パスト(Looking Forward to the Past)」オークションで、979万ドル(約14億3000万円)の落札額を付けている。弾痕の数十倍はありそうな大きな穴は、ポップアート的な美学を表すと同時に、理不尽な暴力を想起させる。

*1 リー・ハーヴェイ・オズワルドはジョン・F・ケネディ大統領暗殺の実行犯とされる人物。オズワルドは大統領暗殺容疑で逮捕された2日後、ダラス警察署から移送される途中、ジャック・ルビーに射殺された。

ジョージア・オキーフ:4440万ドル

ジョージア・オキーフ《Jimson Weed/White Flower No. 1》(1932) Photo: Digital image copyright Sotheby’s. Artwork copyright © 2025 Georgia O'Keeffe Museum/Artists Rights Society (ARS), New York

花をクローズアップで描いた作品を数多く残したジョージア・オキーフ(1887-1986)の代表作の1つが、《Jimson Weed/White Flower No.1(チョウセンアサガオ/白い花 No.1)》(1932)だ。ニューメキシコ州サンタフェのジョージア・オキーフ美術館がこれをオークションに出品したのは、オキーフの別作品を新たに入手するためだった。ちなみに、オキーフの妹アニタが所有していたこの作品は、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代にはホワイトハウスのプライベートダイニングルームを飾っていたという。白い花の絵を手放した当時、館長だったロバート・クレットは「美術館の所蔵品に欠けているものを入手することが優先」と説明していた。1987年と1994年にオークションに出品されたとき、それぞれ99万ドル(約1億4500万円)と100万ドル(約1億4600万円)で落札されたこの作品は、2014年にサザビーズ・ニューヨークで、予想最高落札額1500万ドル(約21億9000万円)の3倍近い4440万ドル(約64億8000万円)という驚くべき落札額を記録している。

ジェニー・サヴィル:1240万ドル

ジェニー・サヴィル《Propped》(1992) Photo: Digital image copyright Sotheby’s. Artwork © 2025 Artists Rights Society (ARS), New York/DACS, London

ジェニー・サヴィル(1970-)の作品《Propped(つっかえ棒)》(1992)は、白い靴だけを着けた裸婦像で、豊かな曲線で描かれているのはサヴィル自身の姿だ。彼女は湯気で曇った鏡の前に座り、鏡にはフランスのフェミニスト、リュス・イリガライによる次のような文章が走り書きされている(文字が反転しているので読みづらいが)。「もし私たちが同じ言語、つまり何世紀にもわたって男性が使ってきた言語を使い続けるならば、私たちは互いに失望することになるだろう。再び、言葉が私たちの身体や頭の中を駆けめぐり、そして消え去り、私たちをも消し去るのだ」。この自画像は、2018年にサザビーズ・ロンドンで行われたオークションで8人の競り合いとなり、予想落札価格370万から490万ドル(約5億4000万〜7億2000万円)を大きく上回る1240万ドル(約18億1000万円)で落札された。元はチャールズ・サーチが所有していたもので、上述のオークションでは経営コンサルタントのデイヴィッド・タイガーのコレクションから出品された25点の1つだった。このセールの落札総額は、4700万ドル(約68億6000万円)に達している。

シンディ・シャーマン:670万ドル

シンディ・シャーマン、《Untitled Film Still #7》(1978) Photo: Artwork copyright © Cindy Sherman. Digital image courtesy of the artist and Hauser & Wirth

アメリカの写真家シンディ・シャーマン(1954-)は、1977年から1980年にかけ、ブロンドのセクシーな女性から孤独なヒッチハイカーまで、架空のキャラクターに扮した70枚のセルフポートレートを「Untitled Film Still(無題の映画の静止画)」シリーズとして撮影した。トロント出身のキュレーターでアーティスト、元ディーラーでもあるイデッサ・ヘンデレスが収集していたこのシリーズは、実業家のミッチェル・P・レイルズとその妻エミリーの手に渡り、2人がメリーランド州ポトマックに設立したグレンストーン美術館の所蔵品となった。2014年にクリスティーズ・ニューヨークの戦後美術・現代アートイブニングセールにシリーズのうち21点が出品され、予想落札価格600万ドルから900万ドル(約8億8000万〜13億1000万円)のところ、670万ドル(約9億8000万円)で落札されている。(翻訳:清水玲奈)

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