訃報:デイヴィッド・ホックニーが88歳で死去。「見ることの喜び」を示したアーティスト

デイヴィッド・ホックニーが6月11日、自宅で死去した。88歳だった。プール絵画や肖像画、iPadを用いた作品などで知られ、イギリス現代美術を代表する作家のひとりとして活躍した。

ウェストミンスター寺院のステンドグラス、《The Queen's Window》の前でポーズをとるデイヴィッド・ホックニー。Photo: Victoria Jones - WPA Pool/Getty Images
ウェストミンスター寺院のステンドグラス、《The Queen's Window》の前でポーズをとるデイヴィッド・ホックニー。Photo: Victoria Jones - WPA Pool/Getty Images

イギリス現代美術を代表する作家のひとり、デイヴィッド・ホックニーが6月11日、自宅で死去した。88歳だった。テートは今年3月、ホックニーの90歳を記念し、2027年10月からテート・ブリテンで大規模な回顧展を開催すると発表したばかりだった。同館の館長、アレックス・ファーカーソンは声明で、ホックニーを次のように追悼した。

「ホックニーはアーティストとしても、ひとりの人間としても、飾らず、常に自分自身であり続けました。彼は見ることの喜びを私たちに教え、他の人が見過ごしてしまうものに目を向けさせました。機知に富み、鋭い観察眼は、作品のなかでも本人の姿勢においても一貫していました。類いまれな才能、芸術と人生への愛、ホックニーにしかない視点によって、彼は多くの人々に影響を与えました。彼が手がけた作品は美術界を超えて、私たちの文化に影響を与え続けることでしょう」

1937年、イングランド北部ヨークシャーのブラッドフォードに生まれたホックニーは、ブラッドフォード・カレッジ・オブ・アートで学んだのち、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進んだ。1960年代初頭には、型破りな感性と明快な色彩感覚を備えた若い作家として注目を集め、イギリスのポップ・アートの文脈でも語られる存在となった。

デイヴィッド・ホックニー財団によれば、彼の作品が初めて売れたのは1957年のことだったという。リーズで開催された「ヨークシャー・アーティスト・エキシビション」で《Portrait of My Father》(1957)が10ポンド(現在の為替で約2000円)で売却された。ホックニーは後年、この作品を手放すにあたり、父ケネスに許可を求めたと回想している。というのも、その絵に使われたキャンバスを買ってくれたのは父だったからだ。父は「また別のを描けばいいさ」と答えたという。

学生時代から、ホックニーは自身のセクシュアリティや私生活に根ざした主題を作品に取り込んできた。イギリスで成人男性間の同性愛行為が合法化されたのは1967年だが、それ以前の1961年に制作された《We Two Boys Together Clinging》では、ウォルト・ホイットマンの詩集『草の葉』に収録された詩からタイトルを取っており。男性同士の親密さを示している。こうした主題を早くから率直に扱った点も、ホックニーの仕事を特徴づけた。

1960年代半ばにロサンゼルスへ移ったホックニーは、同地の光や住宅、プールをモチーフにした作品で広く知られるようになった。《A Bigger Splash》(1967)は、その象徴的な一作にあたる。青い水面と飛び込み台、水しぶきだけを配した画面は、ロサンゼルスの生活環境とホックニーの平明な構成感覚を結びつけた作品として知られる。

スイミングプールを主題にしたホックニーの作品は、市場でも高く評価されてきた。《Portrait of an Artist (Pool with Two Figures)》(1972)は、当時すでに関係を終えていた元恋人のピーター・シュレシンジャーを描いた作品として知られ、2018年にはクリスティーズで9030万ドル(当時の為替で約102億4400万円)で落札された。当時、存命アーティストの作品としてはオークション史上最高額を記録した。

この時期のホックニーは、プール作品だけでなく、ロサンゼルスのコレクターや友人たちを描いた肖像画も手がけた。《American Collectors (Fred and Marcia Weisman)》(1968)はその代表例のひとつで、ガラス張りの邸宅と彫刻庭園を背景に、コレクター夫妻を描いている。親密な人物像と住環境、所有物を同じ画面に収める構成は、ホックニーの肖像画に見られる特徴のひとつとなった。

ホックニーは、生涯を通じて新しい表現方法を取り入れ続けた。絵画、ドローイング、版画、写真、オペラの舞台美術、ステンドグラスまで、制作の領域は幅広い。晩年にはiPadを用いた制作にも取り組んだが、彼にとってそれは特別な技術というより、ドローイングの延長にある道具だった。

2011年には、イースト・ヨークシャーのウォルドゲートの風景を描いた「The Arrival of Spring(春の訪れ)」シリーズに着手した。当初はキャンバスでの制作を予定していたが、冬の寒さのなか長時間立ち続けて描くことに気が進まず、iPadへと切り替えたという。2025年10月には、このシリーズのiPadドローイング17点がサザビーズ・ロンドンに出品され、合計620万ポンド(当時の為替で約12億5500万円)で完売。予想最高価格の2倍を超え、ホックニーのプリント作品の最高落札記録が当日に3度更新された。

逝去の前年には、パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンで、ホックニーにとって過去最大規模の展覧会も開催された。400点以上を紹介した同展には、初期作品、長年親しく交流してきた人々を描いた肖像画、iPadによる近年の作品などが含まれた。

絵画、写真、舞台美術、デジタルドローイングへと表現の場を広げながら、ホックニーは多様な手法で制作を続けた。鮮やかな色彩と実験的な手法によって、20世紀後半以降の具象表現に大きな影響を与えた。日本でも2023年、東京都現代美術館で27年ぶりの大回顧展「デイヴィッド・ホックニー展」が開催され、幅広い関心を集めた。

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