デイヴィッド・ホックニーのスタジオを訪問! 「LAはプールの街。なんて居心地がいいんだ」
US版ARTnewsで2016年に行われた特集「L.A. Habitat」は、ロサンゼルスに拠点を置くアーティストの仕事場を訪ねる企画。ここでは、7月15日から東京都現代美術館で開催される「デイヴィッド・ホックニー展」にちなみ、デイヴィッド・ホックニーのスタジオ訪問記事をピックアップして紹介する。
ロサンゼルスに知り合いは1人もいなかった
「ここに移り住んだのは1964年だ」
(記者が取材に訪れた2015年)12月のある晴れた午後、デイヴィッド・ホックニーはハリウッド・ヒルズのスタジオでこう話し始めた。
「飛行機の直行便でここに降り立った時、知り合いは1人もいなかったし、運転免許も持っていなかった。だが、1週間も経たないうちに運転免許を取り、スタジオと小さなアパートを借り、こう思った。『ここはプールの街。なんて居心地がいいんだろう』」
ロサンゼルスに移住する少し前、ホックニーはロンドンで開いた初個展で、16点の銅版画シリーズ「A Rake's Progress」を売って5000ポンドを稼いだばかりだった。彼は、「その売り上げを元手に、1月にカリフォルニアにやって来た」と説明した。2年後に当時のパートナー、ピーター・シュレジンジャーを伴ってイギリスに帰国したが、1979年にはまたロサンゼルスに戻り、1982年からハリウッド・ヒルズにスタジオ兼住居を構えている。2005年から8、9年ほど、ヨークシャーで風景画を描いていた時期もあったが、またカリフォルニアに戻ってきた。太陽が恋しかったそうで「行ったり来たりしていたけれど、いつでもここに戻ってくることを考えていた」という。
説明するまでもないが、ホックニーは今の時代における最高のアーティストの1人だ。彼が手がける緑豊かな風景画、ロサンゼルスのクールな描写、洞察力に満ちた肖像画は、熱心なアートファンのみならず一般の人々からも愛されている。彼は半世紀以上にわたって、写真から舞台美術、そして近年はiPadのBrushesというアプリを使ったドローイングまで、さまざまなメディアで作品を制作し、ファンを獲得してきた。
私がスタジオを訪ねたとき、ホックニーは(2016年)7月にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開幕する展覧会のための制作に励んでいた。そこではこの2年半の間に彼が出会ったロサンゼルスのアート界の人々を描いた82点のポートレートを展示する予定だ。「最初はこんなにたくさん描くつもりじゃなかった。でも、15点ほど描いたところで、永遠にこれを続けられるかもしれないと思ったんだ」
モデルとなったのは友人、家族、仕事仲間、知人などだ。このシリーズの最初の作品は、彼のスタジオマネージャーのポートレートだった。それ以降も、著名ディーラーのラリー・ガゴシアン、アーティストのジョン・バルデッサリ、美術書専門出版社の設立者ベネディクト・タッシェンといったモデルたちが、同じブルーのカーテンをバックに同じ椅子に座ってポーズを取った。この背景の画一性が、かえってそれぞれの人物の個性を際立たせている。
「一番最近描いたのは、タシタ・ディーン(イギリス人アーティスト)の息子だ」とホックニーは言う。
「タシタが息子と一緒にスタジオに遊びにきたとき、僕は彼のことがすごく気に入った。感謝祭でしばらく学校が休みだというので、タシタの許可を得てモデルになってもらったんだ」
そう言ってから彼は私にタバコを勧め、自分でも1本くわえて火をつけた。
「耳が遠くなったことで空間がクリアに見える」
先日ニューヨークから戻って来たばかりだというホックニーは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で見たピカソの彫刻展について話してくれた。「彼は偉大な彫刻家で、偉大な画家だ。ピカソは何でもできた。彼の作品には喜劇もあれば悲劇もある」。彼が最近見た中で印象深かったもう1つの展覧会は、やはりMoMAで開催されたマティスの切り絵展で、マティスが黄色をいかに効果的に使っていたかを改めて認識したという。
最近はギャラリーのオープニングに出なくなったというホックニーだが、相変わらず熱心な読書家で、毎晩3、4時間は本を読んでから9時に床に着くという。この取材はメアリー・ビアードの『SPQR ローマ帝国史』を読み終えたばかりのときに行われ、古代ローマに夢中になっているようだった。
「先日、エリザベス・テイラーとリチャード・バートンが出ている『クレオパトラ』も観た。彼女はとても美しく、特に目が魅惑的だった」
ホックニーは幼少期から映画に興味を持っていたが(彼自身もいくつかの映像作品を制作している)、ハリウッドの近くに住んだことで、それにさらに拍車がかかったのは間違いない。彼はまたタバコに火をつけて、ジョージ・キューカー監督、トニー・リチャードソン監督、そして彼がハリウッドの偉大な芸術家と呼ぶビリー・ワイルダー監督との友情について語った。「思わせぶりな仕掛け満載の『お熱いのがお好き』は、完璧な映画だと思う」
「よくフランス人は、かつて絵画の世界にいた才能が今では映画の世界にいると言う。たしかにそうかもしれないが、映画は絵画のように確固として目の前に存在し続けないし、それを見るためには時間がかかる。だから過去の駄作は見たくない。時間がもったいないからね。時間の芸術は、空間の芸術よりもずっと多くの編集が必要だ」
当分の間はスタジオにこもって、ロンドンでの展覧会に向けて作品を仕上げるつもりだというホックニー。「ここを出ることは滅多にない。耳が遠くて外出できないから、静けさの中に住んでいる。でも、静かなのは好きだ」。そのおかげで、空間がよりクリアに見えると彼は言う。
「今はいろんなことができなくなった。でも、文句を言ってもしょうがない。ただ絵を描くだけだ」
(翻訳:野澤朋代)