40点超の現代アートが大集結。建築・アート・クラフツマンシップが交差するティファニー 銀座が誕生
銀座に誕生したティファニーのアジア最大級旗艦店は、ジュエリーの販売拠点を超え、建築・現代アート・クラフツマンシップの結節点としての「カルチャーハブ」と呼ぶにふさわしい。そこに投影されたブランドの思想と美意識を紐解いていく。

銀座の街に、新しい空が舞い降りた。
スターキテクトたちが手がけるラグジュアリーブランドの旗艦店が軒を連ねる銀座の建築ショーケースに新たに加わったティファニー 銀座は、まさにそう形容したくなるような、どこまでも透き通るような瑞々しく澄んだ空を想起させる佇まいだ。この同ブランド・アジア最大級の旗艦店を手掛けたのは、日本人建築家の青木淳。銀座において青木はほかにも、ルイ・ヴィトンの銀座松屋通り店(2013年)と銀座並木通り店(2004年)、ロロ・ピアーナ(2020年)を手がけており、今回のティファニー 銀座では、ルイ・ヴィトン銀座並木通り店の2021年の改修プロジェクトでインテリアを手がけたピーター・マリノと再びタッグを組んでいる。
ティファニー 銀座の「空の秘密」は、波打つようなディテールが特徴の、光を柔らかく反射・透過させる292枚のアルミ+ガラス製ハニカム構造パネルにある。それらが躯体を覆うデザインは、ティファニー創業者、チャールズ・ルイス・ティファニーの息子であり、アメリカのアール・ヌーヴォー運動の第一人者と評されるルイス・コンフォート・ティファニーが1904年頃に手がけた「ウィステリア テーブル ランプ」から着想を得たという。
絵画からキャリアをはじめ、後にガラス芸術、インテリア、ジュエリー、装飾美術へと活動の幅を広げたルイス・コンフォートは、装飾芸術におけるブランドの世界的地位確立に大きく寄与した人物だ。その代表作である昆虫や植物などの自然モチーフを多用したステンドグラスやランプは、自身が創設した「ティファニー スタジオ」に所属する多くの女性デザイナーたち(ティファニー・ガールズと呼ばれた)とともに制作したことで知られ、1900年のパリ万国博覧会では金賞を受賞。「芸術と工芸の融合」の成功例として世界的評価を得て、ブランドのその後の海外進出を後押しした。「ウィステリア テーブル ランプ」は、まさにブランドの芸術性と革新性を象徴する代表作に位置付けられ、藤の花の垂れ下がる様子が200枚以上の手作業でカットされた色ガラスによって再現されている。
美術館クラスの40作品超を常設展示
さて、青木が手がけたファサードに心奪われながら店内へと歩みを進めると、ピーター・マリノがティファニーの「芸術と工芸の融合」を徹底的に表現した美的空間が何層にもわたって広がっていく。
マリノは過去に、ティファニーを代表するジュエリー・デザイナーで、彫刻作品のような「ボーン カフ」の生みの親であるエルサ・ペレッティとも仕事をした経験があり、何より、あの「The Landmark」を手がけた人物だ。
US版VOGUEが「正気とは思えないほど美しく、途方もなく過剰(insanely beautiful, stupendously over-the-top)」と称え、Artnetが「アートをティファニーの代名詞とするブランドの歴史の中で、最も贅沢な模範」と評し、Forbesが「まるで美術館」と形容した「The Landmark」は、2023年にリニューアルオープンしたニューヨーク五番街にあるティファニー「本店」のこと。マリノはそこで、ときに「現代のバロック」とも呼ばれる自身の美意識を炸裂させ、ブランドとゆかりのあるアーティストたち──ダミアン・ハースト、ジュリアン・シュナーベル、アナ・ウェイヤント、ダニエル・アーシャムなど──をはじめとする40点を超える現代アート作品を10フロアにわたる空間の随所に常設することで、「美術館のようなアート体験型空間」を創出した。
そんなマリノが手がけるアジア旗艦店が「The Landmark」に勝るとも劣らない「アート体験型空間」になっているのは、ある意味ごく自然なことと言える。しかしやはり、「自然」と呼ぶにはあまりに豪華すぎる。
例えば、顧客を迎え入れる1階を彩るのはダミアン・ハーストやミケランジェロ・ピストレットを象徴する作品、地下1階にはルネ・レヴィやジェニー・ホルツァーの美しい抽象画、2階にはアメリカ現代美術が躍進した時代を率いたアンディ・ウォーホルやドナルド・ジャッドの作品に加え、ブルックリンを拠点に活動する日本人作家、ススム・カミジョウの絵画、前述のウィステリア テーブル ランプが展示されている3階には、古いキルトを再構築したサンフォード・ビガース作品、ホームコレクションが並ぶ4階にはジュリアン・シュナーベルの代表的シリーズなどが、ティファニーのジュエリーと共存している。現代アート界の巨人から気鋭まで、世界的アーティスト20人以上による40点を超える作品が一堂に会する場所が、美術館数では世界トップクラスの日本において、ほかにあるだろうか?
ラグジュアリーブランドが現代アーティストとコラボレーションしたり、ブランド体験や価値の向上のために旗艦店にアート作品を導入することは、もはやある種の「クリシェ」と化しているが、その中にあっても、規模感と内容、あらゆる面でティファニー 銀座は一線を画している。ここに行けば、ティファニーの壮麗なジュエリーや歴史的なアーカイブピースを眺めながら、現代美術を鑑賞し、その知識が身につけられるという意味で、アート思考についての書籍を読むよりもよほど有意義な教育的体験を得ることができるだろう。そして「教育」というキーワードは、前述のルイス・コンフォート・ティファニーが設立した「ティファニー スタジオ」の理念を象徴するものでもある。
ブランドが推進する「芸術と工芸の融合」を体現
ティファニーは2022年に、自然美をモチーフに革新的なガラス工芸を生み出し、多様な職人や芸術家が集う創造と学びの場としての「ティファニー スタジオ」の理念を現代に引き継ぐべく、アンダーレプレゼンテッドなアーティストやクリエイターを支援するプラットフォームとして、「創造性(Creativity)」「教育(Education)」「コミュニティ(Community)」という三つの柱から成り立つ「Tiffany Atrium」を始動した。その一環として、アートや創造分野を学ぶHBCU(歴史的黒人大学)の学生たちに総額200万ドルの奨学金を提供する「ABOUT LOVE Scholarship Program」も立ち上げた。多様性と包摂性を重んじ、次世代のアーティストやデザイナーを支援するTiffany Atriumの取り組みは、ティファニーが一貫して芸術の可能性を信じ、未来へと継承してきた証でもある。
The Landmarkやティファニー 銀座だけでなく、こうしたTiffany Atriumの活動からもわかるのは、ティファニーがルイス・コンフォート・ティファニーが推進してきた「芸術と工芸の融合」への志向を今、かつてないほどに強化しているということだ。これについてティファニーのCEOであるアンソニー・ルドリュ(Anthony Ledru)は、ARTnews JAPANの取材に対し、こう語る。
「ティファニーは1837年の創業以来、アートをDNAの一部としてきました。われわれはこれまで、アンディ・ウォーホル、ダニエル・アーシャム、ミケランジェロ・ピストレット、ジュリアン・シュナーベルといった新進気鋭から世界的な巨匠に至るまで、さまざまなアーティストとの協働を重ねてきました。こうした芸術表現への情熱は、今もなお私たちの活動の核心に息づいていますし、アーティスティックなコラボレーションやキャンペーンは、長きにわたり“創造性”、“驚き”、そして“機知”を体現する強力な表現手段となってきました。近年、私たちはプロダクトとコミュニケーションの両面において大きな進化を遂げており、より現代的なビジョンを通じて新たなティファニー像を提示しています。最近では、200年近い歴史にオマージュを捧げると同時に、創造性と芸術性、そして喜びの感覚を真摯に注ぎ込む『With Love, Since 1837』キャンペーンを立ち上げ、ティファニーの卓越したヘリテージとクラフツマンシップ、そしてアイコニックなジュエリーコレクションの真髄を改めて伝えています。アートは、ジュエリーやアクセサリーとのコラボレーション、そして世界各国の店舗における独自のアートキュレーションや建築的表現において、ブランドの創造的ヴィジョンと自然に結びついてきたのです」
そして、そうしたティファニーの思想を体現する最新作としての銀座店を、ルドリュは、ティファニーの世界観と驚きに満ちた文化体験へと誘う「カルチャーハブ」と呼ぶ。ブランドの現在地と、未来へのビジョンを雄弁に語るティファニー 銀座は、空間そのものがアートと建築、そして人間の感性を呼び起こす装置として機能しているのだ。
Photos: Courtesy Tiffany Text & Edit: Maya Nago