アートからデザインへの地殻変動? 「職人技」回帰で、主要3社のオークション売上が前年比62.3%増
低調なアート市場に対し、予想を上回る高額落札が続いているのがデザイン分野のオークションだ。6月に行われた3大オークションハウスのセール結果を振り返り、価格上昇の背景を探った。

アート市場の低迷が続き、トランプ関税への懸念がくすぶる一方で、デザイン部門は成長を続けている。アート業界関係者の多くがスイスのアート・バーゼルに集っていた6月上旬、大手オークションハウスではデザインアイテムのセールが予想を上回る売り上げを達成した。
ニューヨークで開催されたデザイン関連のオークション売上は、サザビーズが総額3750万ドル(最近の為替レートで約54億4000万円、以下同)、クリスティーズは総額2360万ドル(約34億2000万円)。フィリップスは今回デザインアイテムのセールは1回だけで、売上額は400万ドル(約5億8000万円)だった。2024年の同時期のオークション結果はサザビーズ1950万ドル(約28億3000万円)、クリスティーズ1550万ドル(約22億5000万円)、フィリップスは2回のセールで510万ドル(約7億4000万円)だったので、3社を合わせると前年比62.3%増にもなる。
デザインアイテムのコレクターに起きている変化
US版ARTnewsがこの分野の専門家に取材したところ、著名作家を中心に幅広い作品が人気を集めている背景には複数の要因があることが分かった。
そのうちの1人、ルイス・ウェクスラーは、クリスティーズの20世紀装飾美術部門の元アシスタント・バイス・プレジデントで、現在はニューヨークとフィラデルフィアでウェクスラー・ギャラリーを経営している。彼はUS版ARTnewsに、コレクターがファインアートを収集するのと同じ感覚でデザインを購入する「パラダイムシフト」が起きていると話す。
「照明やソファ、長椅子などへの需要は途切れることがありません。壁にかかっている絵画と同じようなクオリティと価値が、デザインにおいても手に入ることが理解されるようになったのではないかと思います」

デザイン分野の需要が高まっている背景には、インテリアデザインにかける消費者の予算が増加傾向にあること、ギャラリーによる注目展覧会の開催や美術館による新規収蔵、デザインアイテムへの投資価値に関するオークション・データの蓄積、そして2024年にニューヨークで大規模な展覧会が開かれたソニア・ドローネーやトシコ・タカエズといったアーティスト/デザイナーへの再評価などがある。
シカゴにあるボリューム・ギャラリーの共同設立者で、以前はライト・オークションハウスのデザイン・スペシャリストだったクレア・ワーナーは、急激に進む「テクノロジー革命」への反動で、多くのコレクターが「ハンドメイド」や「職人技」が特徴のデザインアイテムに傾倒するようになっていると語った。
「デザインアイテムに対する認識は以前より柔軟になり、視野も広がりつつあります」

デザインギャラリー、カーペンターズ・ワークショップのシニア・セールス・アソシエイト、ベッツィー・バイアラーは、コレクション対象となるデザインアイテムには「複数の市場に通用する流動性」があり、さまざまな分野の買い手を惹きつけていると説明する。
「アートコレクターや文化施設のほか、デザイン、建築、ファッション、工業デザインなど幅広い分野の関係者が興味を示しています」
デザイン分野のオークションでは新規の買い手が増加中
若い世代の買い手を中心に、デザインアイテムへの関心が世界的に高まっていることから、オークションでは数多くの出品が予想落札額の最高ラインを上回る結果を出している。
6月11日に行われたサザビーズのデザインセールでは、76%のロットが予想最高額を超えて落札された。クリスティーズとフィリップスも、ティファニースタジオの《Goddard Memorial Window(ゴダード・メモリアル・ウィンドウ)》(3枚パネルのステンドグラス、高さ約191cm)が、予想価格200万から300万ドル(約2億9000万~4億4000万円)に対し430万ドル(約6億2000万円)で落札されたのを始め(同スタジオの作品としてはオークション史上2番目に高い価格)、かなりのロットが予想落札額を上回ったと報告されている。第三者による保証が少なかったことを考えると、この結果は注目に値するだろう。

サザビーズとフィリップスの報告によると、6月に行われた主要なデザインセールの買い手の20%以上が新規顧客だという。サザビーズでは、2024年比で入札者は64%増、買い手は76%増となった。一方のフィリップスは、ミレニアル世代とZ世代のコレクターが入札者の2割を占めたことを明らかにしている。
ベン・ブラウン・ファイン・アーツを運営し、ロンドンのギャラリーで2007年以来ラランヌ夫妻の作品を扱っているベン・ブラウンは、「昨年(ラランヌ夫妻の)作品を買った人たちの少なくとも半分は、自分(56歳)よりも若い世代でした。これはとても希望が持てることです」と、US版ARTnewsに語った。ブラウンは、2024年に150点以上の作品を集めた「Planète Lalanne(プラネット・ラランヌ)」展をヴェネチアで開催したことに触れつつ、ラランヌ作品がデザインに分類されていることに不満を感じていると付け加えた。
オークションでのデザインアイテムの人気は、デザインに特化していないセールでも顕著で、分野を超越する魅力を印象付けている。たとえばこの5月、フランク・ロイド・ライトがスーザン・ローレンス・ダナ邸のためにデザインした《Double-Pedestal Lamp(ダブル・ペデスタル・ランプ)》が、サザビーズのモダンイブニングセールで、事前予想の300万から500万ドル(約4億4000万~7億3000万円)をはるかに上回る750万ドル(約11億円)で落札された。
しかし、デザインへの関心の高まりを最も明確に示しているのは、フランソワ=グザヴィエ・ラランヌとクロード・ラランヌ夫妻による作品の高騰ぶりだろう。ラランヌ作品のオークション落札額トップ10のうち、2024年以降のオークションで出た結果が実に4つあり、特にこの6月11日に行われたサザビーズのデザインセールでは、《Grand Rhinocéros II(大きなサイII)》が、ラランヌ作品として史上2番目の落札額となる1642万ドル(約23億8000万円)で決着している。事前予想は300〜500万ドル(約4億4000万〜7億3000万円)だったので、予想最高額からしても3倍以上の金額だ。

一方、ティファニースタジオのステンドグラスが、クリスティーズでのオークションで高い落札額を達成した背景には、メトロポリタン美術館とクリスタル・ブリッジズ美術館が最近、同スタジオの大型ステンドグラスウィンドウを購入したことがある。複数のディーラーの話によると、美術館の購買傾向として、著名なアーティストのみならず新進アーティストのデザイン作品取得も増えているという。たとえば、カーペンターズ・ワークショップのバイアラーは、2023年にスペインのアーティスト、ナチョ・カーボネルの《One-Seater Concrete Tree(一人掛けのコンクリートツリー)》(2022)をシンシナティ美術館の屋外彫刻庭園に、2024年にはマルシン・ルサックの《Van Florum 23 (Hybridae Florales)(ヴァン・フローラム23[花の交配種])をアトランタのハイ美術館に納めている。
また、ボリューム・ギャラリーのワーナーによると、近年、シカゴ美術館やロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)などの美術館と取引した際には、現代アート、デザイン、アメリカンアート、ファイバーアート、建築など複数の部門のキュレーターが、多様なテーマの展覧会で展示することを想定して、共同でデザイン作品を取得する動きが見られたという。

50万ドル以下のクラスも含め、今後も価格上昇が見込まれる
デザイン部門の強さは、50万ドル(約7300万円)以下の価格帯の作品にも見られる。今年のオークションでは、この価格帯の作品の多くが予想落札額を上回り、複数のアーティストが落札額の新記録を樹立した。
こうした価格上昇が見られる作家の1人が、アメリカのアーティストで家具デザイナーのジュディ・マッキーだ。6月10日にニューヨークで開催されたフィリップスのデザインセールでは《Fish Bench(フィッシュベンチ)》がトップロットとなり、15万から25万ドル(約2200万~3600万円)の予想に対し、手数料込み40万6400ドル(約5900万円)で落札され、マッキー作品のオークション最高額を記録した。
2023年にラゴ・オークションズに出品された同じブロンズ彫刻のエディション違いの作品は、予想最高落札額10万ドル(約1450万円)のところ、32万7600ドル(約4750万円)で落札されている。また、ニューヨーク州イーストハンプトンのロングハウス・リザーブ彫刻庭園、ボストンのイーストポート・パーク、カリフォルニア州ウォルナットクリークの公園にもこのベンチがある。
マッキーの作品は、ワシントンD.C.のスミソニアン・アメリカ美術館やボストン美術館などにも収蔵されているが、その割にはオークションでも個人売買でも、比較的手の届きやすい価格帯にとどまっている。自身のギャラリーでマッキーを長年扱ってきたウェクスラーはこう言った。
「関税がかかったとしても、ラランヌ夫妻ほどの金額にはなりません。実際、今週はモンキーチェア(マッキーの代表作でサルをモチーフにしたデザインの椅子)を11万ドル(約1600万円)で売ったばかりです」
なお、今年は他にもルイ・カーヌ、マリア・ペルゲイ、ジャン・ピュイフォルカがオークションで自己最高落札額を更新している。

デザインアイテムの価格は、今後も上昇が続くと予想するディーラーは少なくないようだ。その理由には、有名作家のアートが高騰しすぎて一般のコレクターには手が出せなくなっていること、デザイン家具や陶器、テキスタイルなどが工芸品からファインアートの世界へシフトする動きが続いていること、さらにはデザインの傑作に対する人々の期待値に変化が起きていることが挙げられる。
ウェクスラーは、ラランヌ効果もさることながら、数が限られているマッキーのブロンズは価格が上昇する可能性が高いとして、「それもコレクターの購入意欲を高めていると思います」とコメントしている。
ベン・ブラウン・ファイン・アーツのブラウンも、ラランヌ作品の予想落札価格は低く抑えられすぎだと考えている。特に、《Grand Rhinocéros II》などの限定品を、羊毛とコンクリートが素材の彫刻《Mouton(羊)》などの作品と比較した場合、予想額の設定に疑問を感じるという。

《Grand Rhinocéros II》は8点の限定版で、《Mouton》の製造数は250点であることを示しつつ、ブラウンはこう言った。
「中の上くらいとはいえ、申し分のない優れた作品に比べ、同じアーティストの傑作とされる作品に10倍の価値があるという状況はおかしいと思います。優れた作品と傑作の間に一桁の価格差があるとしたら、何かが間違っているとしか言えません」
ベン・ブラウン・ファイン・アーツがニューヨークのギャラリーで今秋開催する展覧会では、ラランヌ夫妻とルネ・マグリットなどシュルレアリスムの作品を合わせて展示する。これによってラランヌ夫妻の作品の魅力がより多くの人に理解されることを期待しているとブラウンは言う。
「マグリットの隣にラランヌ夫妻の作品が展示されれば、力強い存在感を放つでしょう。それに、そうした組み合わせで見せたとしても、マグリットが偉大なアーティストであることに疑問を持つ人はいないと思います」(翻訳:清水玲奈)
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