終わらぬヒルマ・アフ・クリント旋風──危機の時代、なぜ人は「スピリチュアルアート」を求めるのか

世界各地で回顧展が開かれ、大きなブームとなっているヒルマ・アフ・クリント。東京での展覧会では、瞑想空間のような展示に浸った読者もいるだろう。なぜ今、こうしたスピリチュアルな絵画世界が国境を超えて人気を博すのだろうか。19世紀の心霊主義や20世紀初頭のシュルレアリスムから現代までを視野に、「スピリチュアルへの転換」の背景と、それぞれの時代の特徴を考察し、注目される作家を紹介する。

ヒルマ・アフ・クリント《Birch》(1922) Photo: Courtesy Hilma af Klint Foundation, Stockholm
ヒルマ・アフ・クリント《Birch》(1922) Photo: Courtesy Hilma af Klint Foundation, Stockholm

ヒルマ・アフ・クリント現象をどう捉えるべきなのだろうか? 数十年にわたり彼女は世界では無名に近い存在で、その作品は甥の倉庫に眠っていた。しかし2018年から19年にかけてグッゲンハイム美術館で開かれた彼女の回顧展が同館の入場者記録を塗り替えると、書籍やポスター、Tシャツ、マグカップなどの関連商品が続々と販売され、各地で新たな展覧会やオペラまでが企画された。もはやアフ・クリント・ブームは一大産業を形成していると言ってもいいほどだ。

この1年を振り返っただけでも、東京国立近代美術館、ビルバオ・グッゲンハイム美術館、そしてロンドンテート・モダンで、かつて忘れ去られていたこのアーティストに焦点を当てた展覧会が開かれた。現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)で、アフ・クリントによる花のドローイングの展覧会「Hilma af Klint: What Stands Behind the Flowers(ヒルマ・アフ・クリント:花の背後にあるもの)」が開催されている(9月27日まで)。

作家で美術評論家のジェニファー・ヒギーは、女性アーティストと霊的世界をテーマにした2023年の著書『The Other Side: A Journey into Women, Art and the Spirit World(もう一つの世界:女性、芸術、そして霊界への旅)』で、現代人がなぜこれほどアフ・クリントに惹かれるのかを考察。それを理解するための手がかりとしてこう書いている。

「その絵の純粋な美しさはさておき、全く別の理由もある。アフ・クリント作品への熱烈な関心には、この地球上で生きていくための新たな方法を見つけたいと願う、多くの人々の渇望が表れていることが容易に分かる」

実際のところ、21世紀も4分の1が過ぎた現在、社会、政治、環境、テクノロジーの各方面で積み重なった危機的状況は、20世紀を通じて時折高まりを見せていた未来への楽観主義を消し去ってしまったように見える。そんな中、神秘的で、光りを放っているようなアフ・クリントの抽象画は、ささくれ立った私たちの神経をなだめてくれるのだ。さらに、ヒギーが指摘するように、これらの作品は今の時代に幅をきかせる拝金主義や剥き出しの闘争心、権力への執着に対抗するフェミニズムや環境主義、共同体、精神性といった価値観の代弁者にもなっている。

ヒルマ・アフ・クリント《Prunus padus (European Bird Cherry), Prunus avium (Sweet Cherry), Prunus cerasus (Sour Cherry), Prunus domestica (European Plum)》。「Nature Studies」のポートフォリオ(1919)より。Photo: Courtesy Museum of Modern Art, New York
ヒルマ・アフ・クリント《Prunus padus (European Bird Cherry), Prunus avium (Sweet Cherry), Prunus cerasus (Sour Cherry), Prunus domestica (European Plum)》。「Nature Studies」のポートフォリオ(1919)より。Photo: Courtesy Museum of Modern Art, New York

「スピリチュアルへの転換」の兆候

MoMAで開催中の展覧会では、アフ・クリント作品の神秘主義的な側面が強調されている。しかし彼女の人気は、今アート界で起きている「スピリチュアルへの転換」とも言うべき潮流の1つの事例に過ぎない。この潮流には、神秘主義的な儀式やオカルトへの関心から、先住民、非西洋、植民地時代以前のスピリチュアルな実践への関心まで、様々な側面がある。また、神聖な女性性の受容や、自然崇拝をベースに環境問題を捉えることもこれに含まれる。こうした多様な考え方を結びつけているのは、物質主義への抵抗と、自然から文化まで、地上のあらゆるものを無分別に何かの道具にしようとする態度への拒否感だ。

信仰心やスピリチュアルなものへの傾倒が少しでも感じられるアーティストに、懐疑の目が向けられる時代はとうに終わっている。その証拠に、前回と前々回のヴェネチア・ビエンナーレでは、精神性や霊性が前面に押し出されていた。2022年のビエンナーレでキュレーターを務めたチェチリア・アレマーニは、「The Milk of Dreams(夢のミルク)」と題したメイン展示で、レオノーラ・キャリントンシュルレアリスム作品を支点に据えながら、神話や魔法、霊的世界、そして女性的な視点から展開されることが多い「ポストヒューマン」のテーマを探求した。

また、アドリアーノ・ペドロサが企画した2024年のメイン展示「Foreigners Everywhere(外国人はどこにでもいる)」は、人間が自然界や霊的世界、宇宙と取り結ぶ関係に対し、オルタナティブな視点を提供する先住民や非西洋の伝統に焦点を当てていた。さらには、これまで周縁に置かれてきた宗教的伝統の影響を再考する動きもある。その一例として挙げられるのが、ボストン現代美術館(ICA)とドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムによるシェーカー(*1)に関する展覧会だ(前者は終了、後者は9月28日まで)。

*1 キリスト再臨信仰者協会の別名。18世紀にイギリスからアメリカに渡ったプロテスタントの一派で、質素な生活と労働を重んじる。また、装飾を廃した美しい家具の作り手としても知られている。

ゴードン・ホール《Leaning Back (1)》(2021) Photo: Courtesy the Institute of Contemporary Art, Boston
ゴードン・ホール《Leaning Back (1)》(2021) Photo: Courtesy the Institute of Contemporary Art, Boston

「スピリチュアルへの転換」のもう1つの兆候は、精神性を重んじるアーティストの作品が主要な美術館で大きく取り上げられるようになっていることだ。その多くは女性で、最近の例としては、サンテリア(*2)の儀式と神々を取り上げたマリア・マグダレーナ・カンポス=ポンスの回顧展を2023年に実施したブルックリン美術館、そして、昨年マンハッタンのエル・ムセオ・デル・バリオでカトリックの女性聖人やアステカ文明、古代ギリシャの女神たちを称える祭壇のようなインスタレーションを展示したアマリア・メサ=ベインズが挙げられる。

*2 西アフリカの民俗信仰とカトリックや心霊主義が混交したキューバの民間信仰。

また、現在トリノのガッレリア・ディタリアで開催中のキャリー・メイ・ウィームスの回顧展に出展されている新作インスタレーション《Preach(伝道)》(2025)では、アフリカアメリカ人にとって、宗教と精神性が世代を超えて果たしてきた役割が探求されている。この3つの展覧会の核心にあるのは、従来のコンテンポラリーアートの思考法を形成してきた世俗的な現代性とは対照的な、精神的伝統への回帰だ。

ここで強調しておきたいのは、この「スピリチュアルへの転換」の主体が必ずしもアーティストたちではないということだ。これまで長い間、アーティストたちはオルタナティブな現実や超越的な体験を重んじてきた。また、19世紀以前は西洋美術と宗教が深く結びついていたが、近代に入ってその結合が切れたわけではない。これについては、著述家のシャーリーン・スプレットナクが、2014年の著書『The Spiritual Dynamic in Modern Art(近代アートにおける精神的力学)』で、ウィリアム・ブレイクから現代に至るまでの近現代アートを貫く精神性の糸を解きほぐしている。むしろ、現在起きているのは美術館におけるスタンスの変化で、これまでとは異なる価値観を模索する展覧会が盛んに企画されるようになったのは、その結果だと言える。

精神性を求める潮流の社会的背景

なぜ今、こうした変化が起きているのだろう? 歴史上、混乱の時代には精神的なものへの転換が起きる傾向があり、現在もその例外ではない。私たちは性別役割分業やジェンダーアイデンティティを巡る激しい対立の只中にあり、ソーシャルメディアとAIの普及によって、自己とは何かについての再考を迫られている。その一方で、破滅的な結果をもたらすかもしれない気候変動に対しては、根本的な対処をできずにいる。

そんな中、ポピュリストに煽られた大衆の怒りは、これまで保たれてきた社会・政治規範を侵食し、賛否が真二つに分かれる指導者を再び権力の座に就かせた。2016年の選挙戦で見られたトランプに対する政治的抵抗が2024年の選挙ではすっかり勢いを失っていたのは、無力感の表れかもしれない。こうした混乱の時代には、多くの人がカオスを超越するための方法を模索する。数十年にわたってアメリカで衰退していた宗教団体が力を盛り返したのがトランプの台頭と時期を同じくしているのは、おそらく偶然ではないだろう。

エイヴァ・マンテル《The Woman with a Million Eyes》(20世紀初頭) Photo: Courtesy Peabody Essex Museum, Salem, Mass; Collection Tony Oursler
エイヴァ・マンテル《The Woman with a Million Eyes》(20世紀初頭) Photo: Courtesy Peabody Essex Museum, Salem, Mass; Collection Tony Oursler

私たちが直面している混乱と似た状況が19世紀にもあった。当時のアメリカも1861年の南北戦争へと発展した深い分断の中にあり、現代のアルゴリズム革命と同じように、電気や蒸気機関、電話、電報といった驚異的な新技術が人々の暮らしを大きく変えていた。宗教に根差す旧来の世界観をダーウィンの進化論が揺るがす中で、信仰と科学が激しく対立し、社会では労働争議や人種間の対立、女性の権利運動が生まれ、それに対する極端な政治的反動も起きていた。

19世紀が心霊主義(スピリチュアリズム)の黄金期だったのは偶然ではない。これをテーマにした展覧会「Conjuring the Spirit World: Art, Magic, and Mediums(霊魂を召喚する:アート、マジック、そして霊媒たち)」が最近、フロリダ州サラソタのリングリング美術館で開催された。マサチューセッツ州のピーボディ・エセックス博物館のジョージ・H・シュワルツがキュレーションしたこの巡回展は、死者との交信が可能だと人々に思い込ませるために、魔術師や霊媒師が使っていた道具や手法を紹介する興味深い展覧会だ。

ハワード・サーストンのマジックショーの広告(1929)。Photo: Courtesy Peabody Essex Museum, Salem, Mass; Muntell and Beattie
ハワード・サーストンのマジックショーの広告(1929)。Photo: Courtesy Peabody Essex Museum, Salem, Mass; Muntell and Beattie

心霊主義──死者と交信できるという信念とその実践──は、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて広く大衆の心を捉え、1880年頃にはアメリカとヨーロッパで約800万人もの心霊主義者がいたとされる。エンタテインメントの一形態として、また信仰の一種として受け入れられていた心霊主義の成り立ちと商品化について掘り下げたこの展覧会とその図録が強調しているのは、魔術師と霊媒師が互いのテクニックを模倣し合いながらも相手の信頼性を貶める、共生と対立の関係だ。

図録では、心霊主義の大ブームが巻き起こった背景についても論じられている。その主な要因とされているのは、南北戦争によるトラウマに苦しんでいた人々の慰めになっていたことや、科学との表面的な整合性、現代的な広告手法の登場と時期が重なったことなどだ。しかし、心霊主義から生まれた芸術的表現について触れたエッセイは1つしかない。自身も心霊主義に影響を受けた作品を制作しているアーティストで、関連アイテムのコレクターでもあるトニー・アウスラーが執筆したそのエッセイは、エセル・ル・ロシニョールという霊に導かれた画家を取り上げている。それによると、彼女は自分の万華鏡のような人物画は、J.P.F. という名の亡き友人との共同制作だと主張していたという。

2022年にミネアポリス美術館が主催した巡回展「Supernatural America: The Paranormal in American Art(超自然的アメリカ:アメリカ美術における超常現象)」の分厚い図録では、心霊主義の哲学的基盤、歴史的意義、芸術的影響についてさらに深く掘り下げられている。

キュレーターのロバート・コッツォリーノは、19 世紀の人々の精神的危機から生まれたこの潮流を辿りながら、それがアウスラーやハワルデナ・ピンデル、キャロリー・シュニーマン、ビル・ヴィオラなど、現在活躍するさまざまなアーティストに与えた影響を探っている。コッツォリーノは「記憶することとは、幽霊たちと向き合い、彼らの願いを聞き出し、償いをしながら、彼らと共存していく術を見つけること」だと述べ、「アーティストたちはこうした考えを打ち出しながら、前に進むためにしばしば自ら異世界と接触しようと試みる」と付け加えている。

ここまで、今の不安定な世界との相似点を19世紀の社会的状況に見てきたが、二度の世界大戦の間にもそれを見出すことができる。第1次世界大戦での大量殺戮、大恐慌が引き起こした社会的大変動、ファシズムの台頭など、戦間期の人々を立て続けに襲った衝撃に敏感に反応したのがシュルレアリストたちだ。かれらは、個人主義や資本主義、ナショナリズムの失敗へのアンチテーゼとしてファンタジーと夢の世界を描いた。

シュルレアリスム運動に参加した多くのアーティストは、革命を目的とした政治活動にも関わっていたが、彼らの真の使命は精神の革命だった。彼らは、理性の支配から解放されることで得られる意識の拡大によって、内面から変化が生まれると信じていたのだ。

レオノーラ・キャリントン《Nunscape at Manzanillo》(1956) Photo: ©Leonora Carrington/Artists Rights Society (ARS), New York
レオノーラ・キャリントン《Nunscape at Manzanillo》(1956) Photo: ©Leonora Carrington/Artists Rights Society (ARS), New York

注目されるキャリントンとコフーン

かつてアートの世界における辺境として位置付けられていたシュルレアリスムは、それが勃興した時代のように世の中が混沌としてきた今、また大きく支持されるようになっている。特に高まっているのが女性シュルレアリストへの関心だ。その中には、魔術的な存在や女神、魔女といったペルソナを採り入れているアーティストもいた。

2022年にヴェネチアのペギー・グッゲンハイム・コレクションで開催された「Surrealism and Magic: Enchanted Modernity(シュルレアリスムと魔法:魔法にかかった近代)」展では、レオノーラ・キャリントンやレオノール・フィニドロテア・タニング、マヤ・デレン、ケイ・セージ、レメディオス・バロらのオカルトへの傾倒が取り上げられていた。また、ベルギー王立美術館とパリのポンピドゥー・センターを経て6月からハンブルク市立美術館で開催されている「Imagine! 100 Years of International Surrealism(想像せよ! 世界に広がったシュルレアリスムの100年)」展は、シュルレアリスムに関する最新の大規模展で、この秋にはフィラデルフィア美術館へと巡回する。

個々のシュルレアリストを深掘りした展覧会も各地で開かれている。現在スペインのセントロ・ボティンで開催中のマルハ・マリョの回顧展のほか、アフ・クリントに匹敵するブームを巻き起こしているレオノーラ・キャリントンの展覧会も多い。

その1つ、マサチューセッツ州のブランダイス大学にあるローズ・アート・ミュージアムの「Leonora Carrington: Dream Weaver(レオンオーラ・キャリントン:夢を織る人)」展は、数多くの作品が生み出されたキャリア中期に焦点を当てた構成で、従来ほとんど知られていなかった彼女の奇妙な内的世界を反映する絵画が並んでいた。カバラや錬金術、ケルト神話、古代エジプトの絵文字、ドルイドの魔法などを参照し、変容とハイブリッド性を表すシンボルを組み合わせた独自の絵画言語を用いた彼女の作品には、奇妙な生物や幽霊のような人間たちがたくさん登場する。しかしそれらの内面の光は、まるで周囲の影に吸い込まれて消えてしまいそうな印象だ。

今年は、これまであまり知名度のなかったイセル・コフーンの展覧会も開かれている。彼女の作品は、チェチリア・アレマーニがキュレーションした2022年のヴェネチア・ビエンナーレのメイン展示に出品されたものの、同展で取り上げられたほかの女性アーティストほど注目されてこなかった。それは、彼女がシュルレアリストの仲間たちと決別し、イギリスのコーンウォール地方に移住したからかもしれない。コフーンが移り住んだのは、古代ケルトのストーンサークルやドルイドの儀式、アーサー王伝説の舞台として知られる辺鄙な土地だ。

そのコーンウォールにあるテート・セント・アイヴズが企画したコフーンの回顧展「Ithell Colquhoun: Between Worlds(イセル・コフーン:世界と世界の間)」が、6月からロンドンのテート・ブリテンで開催されている(10月19日まで)。歴史に埋もれていたその仕事は、これを機に広く知られるようになるはずだ。彼女は画家としてだけでなく、研究者や作家としても活動し、ユダヤ教のカバラ思想やキリスト教の神秘主義、エジプト神話、ヒンドゥー教のタントラなど、さまざまな領域を横断する著作を残している。

インドで生まれ、イギリス南西部で育ったコフーンは、幼少期から錬金術やオカルトに関心があった。1920年代後半には、ロンドンのスレード美術学校在学中にさまざまなオカルト団体と関わりながら、イギリスやフランスのシュルレアリストたちとも交流している。コーンウォールに移住した頃には、シュルレアリスムのオートマティスム(自動記述・自動描画)の手法を取り入れ、さまざまな神秘主義思想の知識を織り交ぜた作品を制作。その作品は、ダリを思わせる新古典主義的な人物や、錬金術に着想を得て図形を描いた初期の絵画から自然物をもとにした抽象作品、晩年に制作した抽象的なタロットカードまで多岐にわたる。

サヤ・ウールフォーク《Plucked from a Jangling Infinity (for Daphna Mitchell, My Mother-in-Law)》(2023) Photo: Courtesy Currier Museum of Art, Manchester, New Hampshire
サヤ・ウールフォーク《Plucked from a Jangling Infinity (for Daphna Mitchell, My Mother-in-Law)》(2023) Photo: Courtesy Currier Museum of Art, Manchester, New Hampshire

自然の中にスピリチュアリティを見出す

死者との交信に対する19世紀の人々の関心、そしてシュルレアリストたちの無意識の知識へのこだわりに続く現代のアーティストたちは、そのスピリチュアルな作品の多くで人と自然との関係を問い直している。それを特徴づけているのが、土地とのホリスティックなつながりを唱える先住民への関心の高まりや、作品中に少なからず見られるフェミニスト的な傾向だ。比喩的、そして歴史的に女性を自然と結びつける視点は、かつては本質主義的(*3)だと揶揄されていたが、今では工業化された世界に蔓延する搾取と収奪のパラダイムに対抗する力となっている。

*3 ある集団に本質的に備わっている性質があるとする考え方。

サヤ・ウールフォークも自然のスピリチュアルな側面を探求しているアーティストの1人で、彼女のこれまでの仕事を振り返る個展が、現在ニューヨークのミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザインで開かれている(9月7日まで)。同美術館の2フロアを使ったこの展覧会の軸となっているのは、彼女が「共感的宇宙」と呼ぶ異世界を創造する長期プロジェクトだ。光と色、そして音の洪水で観客を包み込む彼女の作品が示す異世界は、幻想的で神秘的な未来のユートピアのように感じられる。

そこに住む半分人間で半分植物の生物たちは、不思議なテクノロジーによって変容し、自然のリズムやプロセスと調和する共感的な意識を獲得している。アフ・クリントやキャリントン、コフーンと同様、作品を通じてアニミズムやハイブリッド性、そして人間の通常の知覚では感知できない霊やエネルギーとつながる可能性に満ちた別世界への扉を創造しているウールフォークは、「鑑賞者には、自らの身体と自然との関係を想像し直すことができる、宇宙的な空間として展示を体験してほしいと思っています」と語っている。

話をアフ・クリントに戻そう。2018年にグッゲンハイム美術館で開かれた彼女の回顧展を機に、各地の美術館はこのアーティストのスピリチュアルな作品を積極的に紹介するようになった。そうした展覧会の多くで強調されていたのは、自らを導く霊的存在の声を世界に届けるために彼女が果たしていた霊媒としての役割だ。だが、現在MoMAで開催中の展覧会「Hilma af Klint: What Stands Behind Flowers」は、彼女の別の側面に光を当てている。

この展覧会は、アフ・クリントが霊的な導き手から距離を置いた後の1919年から20年にかけて手がけた46点の植物のドローイングを収めたポートフォリオ「Nature Studies(自然の研究)」を中心とした構成になっている。彼女はそれ以前にも、神秘主義的な作品を制作するかたわら、収入源として百科事典に載せる動植物のイラストを描いていたが、これらの絵はある意味でそうした仕事への回帰だった。だが、「Nature Studies」において彼女は科学的関心と霊的関心を融合させ、目に見えないエネルギーや霊的空間の中に植物を位置付けるため、緻密に描写された草花の絵の横に幾何学的な図形を描き込んでいる。

自然を前面に出したこれらの作品は、アフ・クリントに対する新たな視点を提供してくれる。美術史家のダニエル・バーンバウムは、その作品を「神秘的経験主義」と名づけ、「彼女の抽象は、天上の幾何学の精密さより、溢れんばかりの自然の営みと相性がいい」と指摘する。彼が言うように、このポートフォリオは、アーティストたちを別次元へと引き寄せる霊的な力と、自然を活発なエネルギーとの相互関係の世界として捉えるヴィジョンとの間の強固なつながりを浮き彫りにしている。

スピリチュアリティを探求するアーティストたちは、全知全能の創造主や、彼方にある霊魂の次元ではなく、私たちを取り巻く身近な世界にそれを見出している。彼らにとっての「スピリチュアルへの転換」は、生命に満ち、それを持続させる潜在力を持ちながらも、ひどく脆弱なこの世界へと向き合うために行われるのだ。それは、私たちが生きている不安定な時代と特に合致する霊的な感覚と言えるだろう。(翻訳:野澤朋代)

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