米有力美術館が、オキーフら主要所蔵作品を売却へ。「公共の財産」を手放す決定にアート界で波紋
アメリカ・ワシントンD.C.の美術館、フィリップス・コレクションがジョージア・オキーフをはじめとする主要コレクションをサザビーズに出品すると発表した。売却益は存命作家の支援にあてられるというが、創設者の遺志を守るべきだと反発する声もあがっている。
アメリカ・ワシントンD.C.にある私立美術館、フィリップス・コレクションは、11月20日にサザビーズで開催されるオークションにジョージア・オキーフ、アーサー・ダヴ、ジョルジュ・スーラといった主要アーティストの作品を出品する。同館の動きに対して、かつて所属していたキュレーターやフィリップス家関係者、そして美術館の運営委員の一部は激しく抗議している。
ワシントン・ポスト紙によれば、今回のオークションは、ホイットニー美術館旧館であるブロイヤー・ビルディングに新設されたサザビーズ本社で開催される。出品作品のうち、オキーフの《Large Dark Red Leaves on White》(1925)は600万〜800万ドル(約9億3100万〜12億4100万円)、スーラがコンテで制作した素描は300万〜500万ドル(約4億6550万〜7億7600万円)、ダヴの《Rose and Locust Stump》(1943)は120万〜180万ドル(約1億8600万〜2億8000万円)の予想落札価格がつけられている。
売却をめぐる賛否と規則改定
フィリップス・コレクションの館長兼CEOのジョナサン・ビンストックは、売却益を存命アーティストに対する新作制作費用にあてると述べた。こうした取り組みは、数十年にわたるダヴへの経済的支援も含め、同館創設者であるダンカン・フィリップスがもっていた、現代アート作家への支援という信念のもと実施すると主張している。
だが批評家たちは、コレクションを売却することで、フィリップス夫妻が丹念に築き上げてきた主要アーティストの作品群が失われてしまうと警告。また、同館の名誉主席キュレーターであるエリザ・ラスボーンは、「深い悲しみと憤りを感じています」とコメントしている。創設者の孫娘で、運営委員会の議長を務めるライザ・フィリップスはさらに、これらの作品は「公共の財産」であり、おそらく「プライベートコレクターの手に渡ってしまう」だろうと述べた。
作品売却をめぐる議論は1年半にわたって行われてきたが、理事会と運営委員会の間で11月中旬に合意に達している。この合意により、オークションへの出品が正式に決定したが、収蔵品の売却をめぐる内部規則も見直されることになった。規則改定の一環として、これまで主要コレクションの基準として用いられてきた1999年刊行の『The Eye of Duncan Phillips』に代わり、1985年刊行の『The Phillips Collection: A Summary Catalogue』が新たな基準として採用される。後者に掲載されている作品は、「特別な例外を除いて」売却できないと定められ、主要コレクションの保護をより強化する方針が明確になった。
これ以外にも同館は、アニッシュ・カプーアやリーランド・ベル(Leland Bell)、ハワード・メーリング(Howard Mehring)の作品を11月19日に、11月21日にはアンリ・ファンタン=ラトゥールの静物画をサザビーズのイブニングセールに出品する。また、ピカソの彫刻とミルトン・エイヴリーの作品は後日出品される予定だという。
進化を取るか信頼を取るか
収蔵品の売却をめぐる議論は、美術館が財政難や収集方針の転換に直面しているなかで活発化している。美術館が所有している作品の売却は、著名な業界団体である「美術館館長協会(AAMD)」をはじめとする団体によって厳格に規制されてきた。しかし、ホイットニー美術館は2023年、現代アメリカ人作家のコレクションを充実させるために、エドワード・ホッパーとモーリス・プレンダーガストの作品を売却している。この動きは物議を呼んだものの、AAMDのガイドライン内にとどまっていた。また、ボルチモア美術館やサンフランシスコ近代美術館といった他の文化機関は、コレクションの多様化や資金拡充のために主要コレクションを売却しようとして、厳しい非難にさらされた。
作品売却の肯定派は、時代に即したコレクションを構築する上で、収蔵品の売却は有用な手段だと主張する。ホイットニー美術館のキュレーターであるジェーン・パネッタは、「コレクションを充実させたい」と昨年US版ARTnewsに語り、歴史のギャップを埋めるために作品を手放すことは必要不可欠だと説明した。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やブルックリン美術館も同様に、パンデミック下にAAMDの規則が変更された際に、新規作品の購入資金や、収蔵品の保存・管理費用を調達するためにコレクションの一部を売却している。
一方の否定派は、施設の基盤となる作品の売却は公共の信頼を裏切ると同時に、制裁のリスクがあると主張。フィリップス・コレクションの売却計画を批判する人々は、創設者が愛した傑作を手放そうとしていると述べ、名誉主席キュレーターのラスボーンは、創設者が亡くなって以来「ダンカン・フィリップスが取得した傑作の売却を提案した者は誰もいなかった」と指摘した。
こうした反対意見に対してCEOのビンストックは、フィリップス・コレクションが進化しなければならないと語る。同館を「思春期にある機関」と呼び、幅広い層の来場者を迎え入れるためには、多くの存命アーティストの比重を高めなければならないと主張した。ビンストックはまた、「ダンカン・フィリップスは美術館が琥珀の中に閉じ込められることを望んでいなかったはずだ」とも語っている。
それでも、売却方針を支持する立場のなかからも、売却以外の手段で資金を集めることはできなかったのかと疑問があがっている。所蔵品の売却に反対するライザ・フィリップスは「こんなことは想像もしなかった」と述べた。
オキーフやスーラ、ダヴが手がけた作品の売却は、フィリップス・コレクションにとって岐路となる。創設者が愛した傑作を手放し、未来志向のコレクション構築を目指すこの決断が、関係者たちの反発を乗り越えられるのか。その答えは、まもなく明らかになる。(翻訳:編集部)
from ARTnews