マグナス・レンフリューはなぜ日本を目指したのか。TOKYO GENDAIの実現が世界のアート市場に与える影響

7月6日の午後、国際的な観客の獲得を目指す世界で最も新しいアートフェア、東京現代がVIPオープニングで幕を開けた。主催者であるアート・アッセンブリーのマグナス・レンフリューが、日本にかける期待を語る。

東京現代の本拠地、横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)(中央)の眺め。Photo: COURTESY PACIFICO YOKOHAMA

2022年6月にアート・アッセンブリーが東京現代の立ち上げを発表すると、フリーズ・ソウル、シンガポールのアートSG、そして東京現代(いずれもアート・アッセンブリーが主催するアートフェア)が12カ月間という短期間に集中して開催されることから、アジアのアート市場に改めて注目が集まった。その後、長らくアジアのアート市場の中心になっている香港で、3年間続いた新型コロナウイルス関連の規制が緩和され、今年3月にアート・バーゼル香港が活況のうちに閉幕すると、さらにアジアへの期待は高まった。

一方、フリーズ・ソウルの成功に対してアートSGでは作品の売れ行きは期待に届かなかったとの報道が相次いだ。また、アート・バーゼル香港の力強い復活は、香港が依然としてアジアのアート市場の中心的存在であることを見せつけるものとなった。

東京現代の第1回開催と、日本のアート市場とアートシーンの可能性について、US版ARTnewsは6月上旬、アート・アッセンブリーの創設者、マグナス・レンフリューに話を聞いた。

──ちょうど1年前、東京現代の発表についてお話を伺ったとき、「アジア全体のアート市場は成熟しつつあり、アジアの各都市がアートフェアを開催するに値する新たな段階に到達しつつある」とおっしゃっていました。今もその考えに変わりはありませんか? その間に、何かよい変化、あるいは悪い変化はありましたか?

アジアに秘められた潜在的な可能性を、私たちはまだ表面的にすら引き出せていないと感じています。アジアには世界人口の半分にあたる人が住んでいて、世界で最も早いペースで経済成長している国が多くあります。アジアのコレクター基盤は拡大し続けていて、はかり知れないポテンシャルを秘めています。以前はアジアで最も強力な市場といえば台湾と韓国でしたが、今では中国本土の市場が急速に活気を増しています。東南アジアの人口は約7億人で、ヨーロッパとほぼ同じ規模です。だから、それだけの人口に対応できるような大規模なアートフェアがあってもいいはずだと考えるのが理にかなっているでしょう。

アート・アッセンブリーの創設者、マグナス・レンフリュー。Photo: YUSUKE ABE

日本にも、同じくらい大きなチャンスがあると思います。すばらしいギャラリーがありますし、非常に豊かな文化が生み出されていて、芸術と文化に本物の敬意が持たれていると感じます。最近の税制改正によって、海外のギャラリーも日本で積極的に活動できるように門戸が開かれました。アートに関心のある日本の方々とつながりを持ちたいと考えるギャラリーにとって、アートフェアに保税資格が与えられたことで、これまでの障壁がなくなったのは、私たちにとってとてもうれしいことです。今こそ、本当に大きなチャンスが到来しています。日本は世界第3位の経済大国であり、東京はニューヨークに次いで世界で2番目に裕福な都市です。ラグジュアリーな高級品の消費行動も非常に活発です。私たちは、アートフェアが、アートファンやアートコレクターの裾野を広げる起爆剤になりうると考えています。

──今お話しされた最近の税制改正とは、どのようなものですか? そして、少なくとも東京現代の短い開催期間に限って考えると、国際的なアート市場の日本での活動にどのような影響を与えるとお考えですか?

以前は、アートフェアへの出展のために日本国内に作品を持ち込む場合、10%の消費税を前払いする必要がありました。2020年12月、2021年2月の関税法基本通達一部改正により、アートフェアの運営者が保税資格の取得を申請できるようになり、ギャラリーは販売時にのみ税金を徴収すれば済むようになったのです。たとえば、もしもギャラリーが数百万ドル相当の作品を持ち込む場合、10%を前払いしなくてはならないので、キャッシュフローの面で大きな問題になっていました。その解決策として、私たちのような国際的なアートフェアを運営する組織が保税資格を申請することが可能になったのです。そして、東京現代は保税資格の取得に成功しました。これを受けて、国際的なアート市場において、日本がより大きな位置を占めるようになる可能性が出てきたと思います。

東京現代でヨシアキイノウエギャラリーが展示する中辻悦子の《記憶の残像-ひとのかたち K50-2》(2017)。Photo: COURTESY THE ARTIST AND YOSHIAKI INOUE GALLERY

──東京現代が日本のアートのエコシステムの中でどのように機能すると考えていますか? 日本でアートフェアを立ち上げる必要性を感じたのはなぜか、そこには、東京現代が埋めるべき空白があったということでしょうか。

日本のアートシーンには、国際的な認知度を高めたいという大きな野望があると思います。そのためにも、アートフェアが本当に必要とされるようになった。アートフェア全般に言えることですが、高度なセレクションが行われる質の高いアートフェアはなおのこと、アートに興味を持ってもらい、新しいコレクターを生み出す上で、大きな役割を果たします。

日本のギャラリーは、Art HK(香港で行われていたアートフェアで、レンフリューが共同設立したアート・バーゼル香港の前身となった)の初期の成功に貢献してくれました。この15年ほど、日本のギャラリーとはとても良い関係を築いていて、台北やシンガポールのフェアにも積極的に参加してもらっています。コレクター、キュレーター、ギャラリーに幅広く相談し、サポートとアドバイスを惜しみなく提供していただきました。雰囲気は非常に盛り上がっています。5月には、メインのスポンサーであるSMBCと東京でイベントを開催し、ウェルスマネージャーに日本のギャラリーを紹介することができました。また、SMBCのためのギャラリーのツアーを企画し、ギャラリーの活動内容を紹介しました。私たちは、共同作業で進めるべきプロセスとしてとらえています。今年、私たちは長いプロセスの第一歩を踏み出しただけにすぎないことは確かですが、ギャラリーは私たちが何を目指しているのかをよく理解してくれていると思いますし、私たちは目標に向けて力を合わせて前進していくつもりです。

東京現代でGallery 38が展示する植松永次の《月星日々》(2020)。Photo: COURTESY THE ARTIST AND GALLERY 38

──フリーズ・ソウルは準備期間から世界的な注目を集めました。国際的な欧米のギャラリーがソウルへの進出や、ソウルでの活動拡大を発表する事例が数週間ごとに相次ぎました。そして、それは1年後の今も続いています。それに比べて東京は、そのような動きが顕著ではないように見えます。

実際には、東京現代にも多くの関心が寄せられています。税制の改正がゲームチェンジャーになる可能性があります。ある意味で、ギャラリーはまだ、必要とされる業務をこなしている段階にあります。第1回目の東京現代に参加していないギャラリーでも、継続的な参加を視野に入れて参加するギャラリーがこれから増えるでしょう。今後、日本のアートシーンが発展し、東京現代が発展し、日本と世界の交流が高まるにつれて、そうした動きは加速していくと思います。

──この9カ月間、アメリカやヨーロッパを中心に、世界的な不況がアート市場にも暗い影を落としていました。5月にはニューヨークのオークションが減速しているという話もありました。それは東京現代にとって懸念材料ですか?

もちろん、アート市場は世界的な景気動向と無縁ではありません。リーマン・ブラザーズをメインのスポンサーに迎えた2008年のアート香港の立ち上げ期を振り返ってみましょう。当時の私たちが目にしたのは、ある意味、世界的な金融危機はすでに進行していたトレンドをただ加速させたという事実です。世界的な金融危機は、ある一面では経済力のバランスがアジアに傾くという傾向を加速させたのではないでしょうか。新型コロナウイルスが収束した今、今後数年間でこの傾向はさらに強まるでしょう。新たな市場を開拓し、アートコレクターの裾野を広げようとする動きはますます活発化するに違いありません。ヨーロッパやアメリカでは、アート市場はすでにある程度成熟していますが、アジアのアート市場には大きな発展の余地があります。それに、私が最初に香港でフェアをやろうとギャラリーを説得し始めたときにも、「なぜアジア?」とよく言われたものです。今は誰もそんなことは言いません。

──東京現代の開催時期についてですが、スイスのアート・バーゼルの約3週間後にあたる7月の第1週に決まったのはなぜですか?

カレンダーの上で完璧な日程というものは存在しません。世界のアートカレンダーがすでにほぼ埋まっているのは否定できない事実です。確かにスイスのアート・バーゼルからまもないですが、世界的に7月中旬から始まる夏休みシーズンの前なので、アート業界の誰もがまだ活発に動いています。この貴重な時期を、アジアで最大限に活用するチャンスなのです。日本の夏休みシーズンは伝統的には8月です。いずれにしても、この段階でVIP参加者の登録の勢いを見る限り、予想を少し上回っており、タイミングとしては問題ないと思います。

──VIP登録者数と全体の入場者数はどの程度を見込んでいますか?

VIPの数は公表していませんが、全体の入場者数としては、4日間で2万5000人ほどを迎えたいと思っています。どうなるかはふたを開けてみないとわかりません。シンガポールでは、入場者数が予想を上回り、驚かされました。東京現代も実際に始まってみないとなんとも言えませんが、初期の兆候を見る限りは、大いに期待できると思います。

2023年1月に開催されたアートSGの会場。Photo: COURTESY ART ASSEMBLY

──シンガポールのアートSGや台北當代(タイペイダンダイ)など、アートアセンブリーがアジアで開催する他のアートフェアと比較して、東京現代について、特に参加ギャラリーはどのような結果を期待していると思いますか? シンガポールでは、売れ行きがふるわず残念だったという声が多くのギャラリーから聞かれました。それについてはどう思われますか?

そのような評価を全面的に受け入れることはできません。どのアートフェアもそうですが、とりわけ初開催のフェアでは、ギャラリーによって成果はまちまちになるものです。アートSGでも売り上げは上々だったというギャラリーもたくさんありました。また、アートSGフェアが開催されてから数週間、数カ月間にわたって、多くの活動報告が届きました。近年、アートフェアは、コレクターとの関わりを深める最初のきっかけであり、フェア後の数週間、数カ月のビジネスにつなげるための顧客とのタッチポイントとしてとらえられる傾向が強まっています。ギャラリーからは、また参加したいという声が非常に多く寄せられています。また、新規のギャラリーからも申し込みが相次いでいます。過去の参加ギャラリーの多くが、前回よりも大きなブースを構えています。

少しずつ成功を積み上げていくことが必要なのは間違いありません。東南アジア市場の大きな可能性と、シンガポールがあらゆる面で重要性を増していることは、広く認識されています。国や地域によっては、シンガポールをアジアの中立的な都市とする見方が一般的です。英語が一般的に話されているし、中国語も一般的に話されています。シンガポールには巨額の富が流入していて、2016年の時点でファミリーオフィスの数は70だったと記憶していますが、今では1000を超えています。中国本土からかなりの人口が流入し、不動産価格は急速に上昇しています。シンガポールはますます重要な役割を果たすようになっていると実感しています。東南アジアも、シンガポールも、非常に強力な立場にあります。私たちは最初の1年で理想的な基礎を築き上げることができましたし、長期的な視点で取り組んでいるギャラリーは、潜在的な可能性があることを見極めているのです。たとえば、私たちが香港で活動を始めた当初も、ほとんどのミーティングで「香港は文化の砂漠です。いつまで経っても結果は出せないでしょう」と言われたものです。だから、今回が初めての体験というわけではないのです。

──少しずつ成功を積み上げていくことが必要とのことですが、そのアプローチについて、もう少し話していただけますか? 車、ワイン、時計、高級ブランドのファッションなど、他の種類の高額商品に費やされている資産を、現代アートの購入に向けさせるということですか?

それぞれのアートフェアごとに、どこから来場者が集まるかという地域的な範囲が自然と決まってくるものです。シンガポールの場合は、東南アジアを中心に、オーストラリアとインドからも少しだけ参加がありました。シンガポールにこれらのコミュニティを集め、そしてアジアの他の地域にも結びつけるにはどうすればよいかということです。私たちは、ジャカルタ、マニラ、バンコク、クアラルンプール、ソウルにVIP対応の駐在員を新たに配置してネットワークを強化しました。そして、上海、ニューデリー、台北、東京、シンガポール、シドニーでアートフェアを開催しています。

秋にはアートSGに先駆けて、シドニーのほか、ジャカルタ、バンコク、マニラ、シンガポール、クアラルンプールと、東南アジア各地でVIPイベントの巡回キャンペーンを行い、この段階からギャラリーにも参加してもらいます。このようなイベントを行うのは、もちろん多くのアートコレクターにアートSGに来場してもらいたいからですが、プロセスの早い段階からギャラリーに参加してもらうことを決めたのは、この時点で基盤を固めてギャラリーとコネクションを築いておけば、フェア本番で関係を確かなものにできると考えたからでもあります。また、これからコレクターになろうという人にとっての敷居を低くするために、初心者向けのアート購入セミナーも活発に行っています。幅広い人がアートや文化に気軽に触れられるようにすることが、私たちの活動の重要な目的です。アートの世界にはそうした努力が欠けているようです。アジアでアートを見る人を拡大するために、とても重要な点だと私たちは考えています。

東京現代でMISA SHIN GALLERYが展示する東松照明の《プロテスト1 東京・新宿1969》(1969)。Photo: COURTESY THE ARTIST AND MISA SHIN GALLERY

──東京現代とシンガポールのアートSGはそれぞれ2023年にデビューしました。アートフェアの成功をどのように判断しますか? 第2回を開催するかどうか、あるいは今後5年間の進展について、どのように決定するのでしょうか。

私たちはこれまで、膨大な量のリサーチや必要とされる業務に加え、ギャラリーや関係者、コレクター、地域コミュニティとの協議を重ねてきました。その結果、今日の成果を得ているのであり、いつも長期的なアプローチをとっています。軽い気持ちでできることではありません。私たちが主催するすべてのアートフェアは、数年の計画と見通しに基づいています。成功とはどのようなものかというと、ギャラリーがまた来たいと判断するかどうかが基準になります。そしてギャラリーの判断は、成功の指標に基づいています。それは具体的には、作品を販売する機会やアーティストの露出を増やすためのプラットフォームが得られたかどうか。また、既存のコレクターと関係を強化し、過去に出会えなかった新しいコレクターとも深く関わることができたかどうか。また、すぐに売り上げに結びつかなかったとしても、その後につながるような人脈が構築できたかどうかです。

──東京現代に来場する人は、会場で、また東京と近郊で、どんなアートに出会えるのでしょうか?

海外からの来場者にとっては、日本の優れたギャラリーや日本人アーティストの作品を幅広く知るだけでなく、日本を発見する機会にもなるでしょう。私たちは日本のマーケットを盛り上げる手助けをしたいと言い続けてきましたが、とりわけ興味深いと思うのが、日本が、おそらくアジアのどこの国よりも、幅広い人にとって心理的に親しみやすい国であるということです。ほとんどの人は、日本に興味があるから行ってみたいと思っています。また、アジア域内で日本を知っている人たちは、日本に対して強い愛情を持ち、日本に来るための口実となる理由を常に求めているのです。世界の人たちの間で、新型コロナウイルス流行が収束した今、日本と再び関わりを持ちたいという気持ちが確実に高まっています。今の状況はとてもエキサイティングです。

東京現代の開幕を前に、観光局の支援を受けて、日本各地へのツアーも行われました。小田原文化財団江之浦測候所、直島、京都などを訪れました。開幕前夜には六本木で「ユカタ・ナイト」が開かれます。六本木のギャラリーがオープニングを同時開催し、また7月7日金曜日にはTERRADA ART COMPLEXでギャラリーナイト・イベントがあります。大林さんには、安藤忠雄設計のゲストハウスをお借りして、プライベートコレクションを展示していただいていて、とても感謝しています。

──かなり充実していますね。

スタッフのチームが現場で本当に一生懸命に働いてくれています。このような充実したプログラムが組めたのは、スタッフたちの努力と地元の支援の賜物です。東京現代を成功させたいという強い意志を多くの人が共有しているのです。初の開催ですし、物事にはどうしても時間が必要な部分ももちろんありますが、今後の発展に向けてすばらしいポテンシャルが感じられます。私たちは発展のプロセスの一部でありたいと願っています。このようなイベントが創設されるときには、完全に軌道に乗るまでには時間がかかるものです。(翻訳:清水玲奈)

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