「食」は人といのちを繋ぐ──企画展「スープはいのち」【EDITOR’S NOTES】

人間にとって「食べる」とはどういう行為なのか。21_21 DESIGN SIGHTで開催中の企画展「スープはいのち」展は、スープを入り口に、様々なアプローチでその答えを提示するユニークな展覧会だった。

会場風景(ギャラリー1) 遠山夏未+岡 篤郎+NOTA&design(加藤駿介、加藤佳世子)「はじまりのスープ」撮影:木奥恵三

展覧会ディレクターを務めるのは、イッセイ ミヤケのデザイナーとして活動する傍ら、スープを軸に衣食住について探究を続ける遠山夏未だ。本展ではスープをキーワードに、人の心身を満たす根源的な営みである「食」について、自身のリサーチやクリエイターとの協業を通じて多角的に紹介している。

遠山と岡篤郎+NOTA&design(加藤駿介、加藤佳世子)によるインスタレーション《はじまりのスープ》では、広い空間の中央に置かれた大きな器が塩分濃度0.9パーセントの水で満たされ、その中に、蚕が吐き出す繭の最初の糸「緒糸(ちょし)」を束ねた糸が天井から垂れ下がっている。

遠山によれば、この作品はスープの原型ともいえる「羊水」をイメージしたものだという。羊水には、人間がおいしいと感じる塩分濃度やうま味成分が含まれているそうだ。空間の中央へ歩みを進めると、母体の鼓動のような音が全身を包み込み、まるで胎児に戻ったかのような感覚に誘われる。

展示室の壁に掲示されていたイワン・ツルゲーネフ『ツルゲーネフ散文詩』収録の「キャベツ汁」も印象に残った。物語は、20歳の働き者の息子を亡くした百姓の老女を描く。葬儀の日、村の地主の妻が老女の家を訪ねると、彼女は目を泣きはらしながらも塩味のキャベツ汁をすすっていた。地主の妻は「こんな時によく食べられるものです」と呆れて立ち去る。この短い物語は、どれほど深い悲しみの中にあっても生き続けなければならない人間の姿と、その命を支える「食」の本質を鮮やかに浮かび上がらせている。

会場風景(ギャラリー2)撮影:木奥恵三

メイン展示室では、和紙に土を混ぜ込んだ「土紙(つちがみ)」による大きな屋根が宙に吊られている。その下では、薪がはぜる音とともに土器で食材を煮る映像が映し出される。映像作家・岡本憲昭が、太古から連綿と続く「煮炊き」の原風景を記録した作品だ。

同じ屋根の下には、遠山夏未がパリの大衆食堂「ブイヨン・シャルティエ」で出会った少し薄味の「1ユーロのスープ」や、編集者の早川茉莉が山口カルメル修道会でシスターから振る舞われた滋味深い「カボチャのスープ」など、人々の記憶に残るスープのエピソードが写真や品々とともに展示されている。読み進めるうちに、さまざまな土地を旅しているような気分になる。

さらにこのフロアでは、「旅」とスープをめぐるリサーチも紹介されている。11世紀の中央アジアの遊牧民は、乾燥野菜やヨーグルトを発酵させた「タルハナ」と呼ばれる乾燥スープを保存食として携帯していた。その後、17世紀には固形スープ、19世紀には粉末スープが誕生し、19世紀後半以降の技術革新によって、現在よく知られるコンソメキューブや缶詰スープへと発展していったという。

編集者の佐藤政人がまとめた世界のスープリストも興味深い。掲載されていた317種類のうち、北米のチキンヌードルスープ、西ヨーロッパのポトフ、日本のけんちん汁などは知っていたものの、大半は初めて目にする名前だった。スープという身近な料理の奥行きにあらためて驚かされる。

会場風景(ギャラリー2)
岡本憲昭+野村友里+二階堂明弘「火が結ぶ、土の味」(部分)撮影:木奥恵三
会場風景(ギャラリー2)
和泉 侃「香りの記憶装置」撮影:木奥恵三
会場風景(ギャラリー2)
ISSEY MIYAKE+林 響太朗+長尾智子「色をまとい、色を味わう ―身体を染める色と味―」(部分)撮影:木奥恵三
会場風景(ギャラリー2)
山フーズ(小桧山聡子)+志鎌康平+UMA/design farm(原田祐馬、津田祐果)「台所で遊ぶ」撮影:木奥恵三
会場風景(ロビー)
田島征三「ポスターのための原画」撮影:木奥恵三
最小限の衣食住を象徴するスープ 撮影:遠山夏未

アーティスト・和泉侃による《香りの記憶装置》も忘れがたい体験だった。香料を練り固める「印香」の技法を応用し、海、土器、羊水など5種類の香りをコンソメキューブ状に封じ込めている。装置を通して香りを嗅ぐと、それぞれの記憶やイメージが呼び起こされる。羊水の香りは、成分構成が近いとされるスポーツドリンクを参考にしながら、ラクトンを加えて再現したものだという。赤ちゃんの肌着を思わせるような、どこか懐かしく甘い香りが漂っていた。個人的に最も心地よかったのは「スープ」の香りだった。昆布だしに三つ葉とゆずを加えた香りは、それぞれの素材が穏やかに溶け合い、替えたての畳を思わせるような清々しさがあった。

本展では、各展示に関連した16種類のスープレシピも配布されており、鑑賞後に自宅で展覧会を追体験できる。

その中から、ケータリングや食をテーマにした作品制作を手掛ける山フーズ主宰・小桧山聡子による「寒冷地の胃袋を感じるためのスープ」を作ってみた。このレシピは、冬のはじまりにラトビアの首都リガの中央市場を訪れた小桧山が出会った、寒冷地の暮らしを支える野菜スープをもとにしている。

具材はジャガイモ、キャベツ、ニンジンなど家庭によくあるものばかりだ。ただ、ディルだけは手元になく、地元のスーパーを探し回った末に地場産品の直売所でようやく見つけることができた。たっぷりのバターで野菜を炒め、ローリエとともに15分ほど煮込み、最後に刻んだディルを加える。野菜とバターのうま味が溶け出した熱々のスープは身体にじんわりと染みわたり、ディル特有の爽やかな香りが広がった。遠く離れたラトビアで、このスープが長いあいだ人々の身体を温めてきた時間に思いを巡らせる。

本展は、作品を鑑賞するだけの展覧会ではない。五感で体験し、さらに自ら調理して味わうことで、そのテーマが身体の感覚として刻まれていく。遠山はステートメントで「スープが人と人、場と時間、そしていのちを結んできた」と語っている。

一連の体験を経て感じたのは、スープが単なる料理ではないということだった。それは土地の記憶や人々の営み、誰かを思いやる気持ちを内包しながら受け継がれてきたものなのだろう。展示で出会ったレシピをもう一度手に取り、今度は別の誰かの記憶や風景にも触れてみたくなった。

企画展「スープはいのち」
会期:3月27日(金)〜8月9日(日)
場所:21_21 DESIGN SIGHT(東京都港区赤坂9-7-6)
時間:12:00〜19:00(入場は30分前まで)
休館日:火曜

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