生の観察から発生する批評性──潮田登久子写真展「マイハズバンド」【EDITOR'S NOTES】

撮影から40年後に再発見され、世界的評価を受けた「マイハズバンド」シリーズ30点を展示する潮田登久子写真展が、六本木のフジフィルム スクエア 写真歴史博物館で開催中だ。単なる家族写真とも私写真とも異なる強度の源は、どこにあるのか。

「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI

看過できない大きさになったカーテンの穴、ぐちゃぐちゃに積まれた布団と洗濯物の山、寝落ちした夫とその前に置かれたベビーチェアに収まる赤ちゃん、窓の向こうに見えるただの景色、外出前か帰宅後かわからないがおめかししてレンズを見つめる夫と娘、きれいに平らげられた皿が並ぶ食卓代わりの箱……。

そうした目の前にただ存在する世界──「家」の中で展開される──を記述した写真群には、意図もコンセプトもグランドジェスチャーもない。しかし、そこに映る閉じられた世界の奥行きは深く、慈しみに溢れている。

2年前のKYOTOGRAPHIEで見た展示「ICE BOX+My Husband」(「ICE BOX」は冷蔵庫の内外観を撮ったシリーズ、「My Husband」は夫と娘との生活を撮ったシリーズで、いずれも70年代後半から80年代初頭にかけて撮影された)が未だに頭から離れず、また再会できる喜びに駆り立てられて、現在、六本木のフジフィルム スクエア 写真歴史博物館で開催されている潮田登久子写真展を観た。本展では、撮影から40年後に再発見された「マイハズバンド」シリーズ(2022年に写真集としてまとめられ、パリ・フォト=アパチャー賞の審査員特別賞を受賞するなど、世界的評価を受けた)から30点が展示されている。KYOTOGRAPHIEの展示とは対照的に、古いカメラ機材が並ぶ空間の壁一面を用いた簡素で工夫のない展示だが、むしろ「マイハズバンド」シリーズの作品世界と妙に合致しているように見える。

「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI
「マイハズバンドより」 ©Tokuko Ushioda, courtesy of PGI

これら作品群が撮影されたのは、潮田が夫・島尾伸三と生れたばかりの子ども・マホと暮らした世田谷区豪徳寺にあった古びた洋館の、15畳ほどのワンルーム。潮田はKYOTOGRAPHIEの展示に寄せたステートメントの中で、当時をこんなふうに振り返っている。

南向きの窓からは、月と星と太陽が食事や昼寝やベッドの中の私たちをいつも照らしていました。夫はそんな貸乏を実に満足そうに楽しんでいました。思い出したようにカメラを取り出し(彼は写真家です)、娘や私の手足や、光を浴びてキラキラ光るテーブルの上のコップやお皿に向けてシャッターを切っていました。

貧しいけれど、実に平安なこの毎日が不思議に思えてなりませんでした。そして、思いもつかなかった今の自分の生活を記録に留めておこうと私は思いました。押入れに掛けたボロボロのカーテンや、階下の共同炊事場の冬の弱い光に鈍く光る水道の蛇口を撮ったりしました。

潮田はこのシリーズにおいて、撮影者であり当事者だ。被写体は自らの家族であり、自らが家族と暮らす自宅が撮影の舞台。疲労も単調さも、生活の重みも写っている。しかし、その言いようはまるで部外者のようにも聞こえる。また潮田は、写真集の出版に際して行われたインタビュー(毎日新聞アートの森)で、こうも言っている。

それまでは取材に行ったり、好きな写真を撮りに外に出たりしていたけれど、子どもが生まれたらそう簡単には動けなくなってくる。家の中のことをやって、ときどき仕事にも行って。そのなかで目的もなく身の回りのものを撮っていました。

この言葉は切実に響く──子育てで世界が「自分の家」に閉じていく感覚を知る者なら、なおさらだ。

しかし、油断してはいけない。そうした共感の回路こそが、このシリーズを誤読させる。潮田の作品を、近年のアートの文脈に倣って「性別役割」「家庭」「ケア」「他者との共生」「家父長制批判」といった大きなテーマへと接続したくなるが、それはどこか短絡的にも思える。なぜならこのシリーズには、批評のための批評がないのだ。諦念とも従属とも批判とも違う。彼女はまず、目の前にある生活を観察する。夫も子どもも、散らかった部屋も、自分自身も、その観察の対象だ。そうして彼女は、極めて個人的な生を記述する。それは「生きる」ことともはや同義だ。彼女は女性の経験を代表しようとしない。それは女性というカテゴリーに還元された生ではないからだ。

潮田は幸福も不幸も語らない。ただ、自らが生きている現実を「不思議なもの」として見つめる。ステートメントに書かれた「貧しいけれど、実に平安なこの毎日が不思議に思えてなりませんでした」という一文が象徴するのは、その距離感だ。それこそが、「マイハズバンド」シリーズを単なる家族写真や私写真からいい意味で遠ざけている。そして、家という小さな世界のなかで撮影されたこのシリーズには、その徹底した具体性ゆえに、結果として、時代や社会の姿までもが映し出されている。

潮田登久子写真展「マイハズバンド」
会期:2026年4月1日(水)〜6月30日(火)* 会期中無休
場所:フジフイルム スクエア 写真歴史博物館(東京都港区赤坂9-7-3 東京ミッドタウン ミッドタウン・ウェスト1F)
時間:10:00〜19:00(最終日は16:00まで、入館は終了10分前まで)

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