見覚えのある見知らぬ風景──佐藤雅晴「REAL≒UNREAL」【EDITOR’S NOTES】
佐藤雅晴の個展「REAL≒UNREAL」が8月23日まで開催中だ。作品に登場するのは、誰もが一度は目にしたようなありふれた光景だが、ロトスコープによって描き直された風景は、次第に自分自身の記憶と重なり始める。

電車の車窓から見える住宅街、コーヒーが染みていく角砂糖や雪原の上を歩く男、道端に落ちている袋に入った髪の毛、桜吹雪が散る中でカーブミラーに向かって手を振るジャージ姿の女性、おもちゃのピストル、洗面台で延々と歯を磨く少女、受話器がだらりとぶら下がっている公衆電話──。ロトスコープというアニメーションの技法を用いて制作されたループ映像や静止画は、実在する光景を描いている一方で、不気味な夢を見ているような感覚を抱かせる。
これらの作品群を手がけたのは、美術、映画、アニメーションの領域を横断して活動した佐藤雅晴(1973-2019)だ。現在、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーのart cruise gallery by Baycrew’sでは、佐藤の個展「REAL≒UNREAL」が開催されており、会場には、ドイツ在住時の初期作品から後年の作品まで、30点弱が並ぶ。
佐藤が制作に用いたロトスコープは、ビデオカメラで撮影した人物や物体の動きを、アニメーターが1コマずつトレースする手法だ。実写をもとに、リアリティのある動きをアニメーションで再現するために生み出された一方、描画を積み重ねる作業には膨大な時間がかかる。例えば、リチャード・リンクレイターが監督した長編アニメーション映画『ウェイキング・ライフ』(2001)には約30人のアニメーターが参加し、完成までに1年を要した。本作は101分に及ぶ映像作品だが、1分の映像を制作するだけでものべ250時間が費やされたという。こうした膨大な時間を要する手法を選ぶ理由について、生前のインタビューで佐藤はこう語っている。
「自分の身の回りにあるものが、本当に存在しているのかを確認するためにわざと手間をかけているのかなと思います。簡単に手に入るものは、簡単に手放すことができる。でも苦労して手に入れたものは自分の肉となり骨となる。ぼくにとって『トレース』とは、食べる行為と同じなのかもしれません」
佐藤にとってトレースは、目の前にあるものを自らの身体に取り込むための行為だった。そうして出力された光景は、不思議と見る者の記憶をも呼び覚ます。
それを強く感じられたのが、《車窓》(2011)だ。電車の窓から見える住宅や青空、街路樹といった、誰もが目にしたことのあるありふれた風景が、一定のリズムで画面の外へと流れていく。普段なら意識せず通り過ぎるはずのそれらが、1コマずつ描き直され、繰り返し再生されることで、特定の場所という印象を失い、奇妙な存在感を帯びてくる。見覚えはあるのに、どこで見たのか思い出せない。その曖昧さのなかで、画面の風景はいつしか自分自身の記憶の一部であるかのように感じられてくる。
《雪やコーヒー》(2012)では、音のない映像の中で、コーヒーに角砂糖を落とす場面と、雪原を歩く男の後ろ姿が隣り合わせに映し出される。繰り返し眺めているうちに、角砂糖にコーヒーがにじみわたるかすかな音や、靴が新雪を踏みしめる感触が、頭の中に浮かび上がってくる。もちろんそれは、映像にはない情報を鑑賞者が自らの経験で埋めているにすぎない。しかし、佐藤が描いた現実を鑑賞者自身の記憶が補完していくというその重なりこそが、両者の境界を少しずつ曖昧にしていく。
そうした感覚は、会場を出た後も続いた。目の前にある現実の風景が、すでに誰かの手でトレースされたもののように見えたのは不思議な感覚だった。
佐藤雅晴「REAL≒UNREAL」
会期:7月1日(水)〜8月23日(日)
場所:art cruise gallery by Baycrew’s(東京都港区虎ノ門2-6-3 虎ノ門ヒルズ ステーションタワー3F)
時間:11:00〜20:00(入場は30分前まで)
休館日:7月13・14日















