建築家大国とも言える日本には、世界で活躍する数多くのスター建築家がいる。その評価の高さは、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞の48年の歴史で、日本から9人の受賞者を輩出したことにも示されている。ここで挙げる10人の建築家も、独自のスタイルや哲学、社会的役割への意識に基づいた非凡なデザインを生み出してきた。中でも美術館作品は、各館の使命や所蔵品の特色、地域性などを踏まえ、記憶に残るアート体験を提供する空間として見どころが多い。
20世紀のモダニズム、メタボリズム、ポストモダンなどの潮流を経て、美術館・文化施設の建築は、周囲の景観や地域性との調和、そしてコミュニティに開かれた設計を追求するようになった。以下紹介する中でも、海や山、由緒ある庭園などとの融合を志向し、遺跡や地場産業、伝統的な素材を着想源とした事例を取り上げている。建築とアートの相乗効果を感じる空間、また、自然や歴史、人の営みの豊かさに改めて想いを馳せる場として、これらの美術館を楽しんでほしい。
1. 青森県立美術館/青森県青森市 建築家:青木淳
青森県立美術館の外観。白く塗られたいレンガが外壁に使われている。Photo: 青森県立美術館提供
空撮した美術館全景。屋根には巨大なロゴマークがあり(デザインは菊地敦己)、頂点が北を向いている。Photo: 青森県立美術館提供
ファサードのネオンサイン。「青い木が集まって森になる」成長の様子を表している。Photo: 青森県立美術館提供
美術館のシンボル作品の1つ 奈良美智≪あおもり犬≫ 2005年©Yoshitomo Nara。Photo: 青森県立美術館提供
天井高が19mあるアレコホール。Photo: 青森県立美術館提供
過去展覧会の展示風景。Photo: 青森県立美術館提供
青木淳は磯崎新アトリエで水戸芸術館などのプロジェクトを経験したのち、1991年に青木淳建築計画事務所を設立した(2020年にASに改組)。その後、1999年のルイ・ヴィトン名古屋栄店を皮切りに、同ブランドの国内外の店舗設計や外装デザインの数々を担当。商業・公共建築から個人住宅までを幅広く手がけ、現在は自らが再整備事業に設計から関わった京都市京セラ美術館の館長を務めている。その青木が特に注目されたのは、「動線体」や「原っぱ」という言葉で表される独自の思考だ。これは、あらかじめ決められた目的を達成するための場ではなく、「人々が行動することによって楽しさを発見する空間」を実現しようとするもので、著書の『原っぱと遊園地』や『フラジャイル・コンセプト』などで詳しく論じられている。
青森県立美術館の設計にも、さまざまな方向に展開する可能性がある「原っぱ」の概念が生かされている。着想源となったのは、隣接する三内丸山遺跡の発掘調査で用いられた「トレンチ」という溝を掘る手法。まず、地面をトレンチ状に掘削して凸凹を作り、そこに上の面は平らだが、下が凸凹した白い建物を被せる。そうしてできたのが、ホワイトキューブの部屋と壁や床に土が露出した空間が組み合わさった他に類を見ない展示スペースだ。広さも形状もさまざまな展示室のうち、最も大きなアレコホールは縦横それぞれ21m、高さ19mの大空間で、その四方にある通路から好きなように館内をめぐって楽しめる。ファサードの白い壁面には木とアルファベットのa(青森の頭文字)をモチーフとしたネオンサインが森のようにいくつも並び、日没後に青く光る様子が美しい。
上述のトレンチを生かした展示スペースの1つに、同館のシンボル作品の1つでもある奈良美智の巨大立体作品《あおもり犬》がある。この作品自体も三内丸山遺跡を意識して制作されているため、うつむいた犬の下半身は地中に埋まっている。また、奈良のもう1つの大型作品、八角堂に設置された《Miss Forest/森の子》も見逃せない。そのほかにも、今年で開館20周年を迎える同館の収蔵作品には20世紀を代表する版画作家の棟方志功、特撮テレビ番組「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」でウルトラマンをはじめとする宇宙人や怪獣のデザインを数多く手がけた彫刻家兼特撮美術監督の成田亨といった青森県出身のアーティストが名を連ねる。さらに、シャガールやカンディンスキー、マティスなどの海外作家もコレクションしており、中でもアレコホールに展示されている4点(*1)のシャガール作品(バレエ『アレコ』の背景画)は、それぞれ高さ約9m、幅が約15mという大画面で、シャガールならではの幻想的な世界に浸ることができる。
*1 全4幕のうち1点(第3幕)はフィラデルフィア美術館からの長期貸与作品。
2. 植田正治写真美術館/鳥取県西伯郡伯耆町 建築家:高松 伸
植田正治写真美術館の2階からは、建物の間に美しい姿を見せる大山と水盤に映った逆さ大山を眺められる。植田正治写真美術館提供
直線と曲線を組み合わせたスタイリッシュな外観。植田正治写真美術館提供
映像展示室には巨大レンズが設置され、レンズの反対側の壁に逆さ大山が投射される。植田正治写真美術館提供
植田正治《少女四態》1939年 植田正治写真美術館
京都大学大学院で工学博士号を取得した高松伸は、1980年に高松伸建築設計事務所を設立。国内外で数多くの設計を手がけるかたわら、京都大学や京都精華大学の教授を歴任し、2013年に京都大学名誉教授に就任した。ポストモダン建築の旗手と言われた1980年代はロボットや精密機械を思わせる彫刻的な作品で注目を浴び、90年代以降は建物が立地する地域の歴史や伝統的モチーフを取り入れ、風景との調和を志向する設計へと変化していった。代表作には国立劇場おきなわ、天津博物館、ジョージア元首相官邸、「仏教のテーマパーク」と言われるベトナムの聖地バデン山の施設などがあり、2025年の大阪万博では曲線構造材による複合的な三次元の形状と西陣織の外装膜が話題を呼んだ飯田グループホールディングスのパビリオンを手がけている。
1995年に開館した植田正治写真美術館を構成する4つのコンクリートブロックは、写真家・植田正治の代表作の1つ《少女四態》(1939)に登場する4人の少女の配置やポーズをモチーフにしており、被写体をオブジェのように配置する植田の「演出写真」へのオマージュになっている。また、左右に大きなカーブを描いて伸びる壁に中央の直線的な建物が包み込まれるようなデザインは、抽象的でありながら周囲の田園風景や山陰の名峰・大山の景観との不思議な一体感を醸し出している。打ち放しのコンクリートによる建物の内部に入ると、縦型の開口部から自然光が入る明るい空間が広がる。また、2階の東向きの窓からは、2つのコンクリートブロックの間に大山の姿が眺められ、ブロックに挟まれた水盤には逆さ大山が映る。窓ガラスに貼られているのは、植田を象徴する黒い山高帽のシールで、あたかも大山が帽子を被ったように見えるのが楽しい。さらに、総重量625kgもの巨大レンズを設置した映像展示室では、部屋全体が「カメラオブスキュラ」(*2)となり、壁一面に逆さになった大山の風景が投射される。
*2 カメラオブスキュラとはラテン語で暗い部屋の意。小さな穴やレンズを通した光が暗い部屋の内部で像を結び、外部の光景を壁などに写し出す写真技術の原点となる装置。
写真家・植田正治は上述のように、鳥取砂丘などを舞台に人物を配置するモノクロの「演出写真」を生み出した。《パパとママとコドモたち》や《小狐登場》など、自身の家族や近所の子どもたちをモデルにした作品には日常と非日常が混在し、幻想的な世界を現出させる。「植田調」と言われるこの独自のスタイルは、フランスをはじめ各国でもそのまま「Ueda-cho」として広まり、数多くのアーティストに影響を与えている。しかし世界的に評価される作家になっても、植田は生地の鳥取県境港市を離れず、生涯アマチュア精神を貫いた。その姿勢は、「撮りたいモノしか撮らない、撮れない。写真することがとても楽しい」(*3)という言葉に象徴されている。美術館ではコレクション紹介展示や企画展を通して、1930年代以降の植田の作品を紹介しており、遊び心と被写体の人々への優しい眼差しに満ちた植田の世界を存分に楽しめる。
*3 「写談筆談2 小さな声で 私の道はアマチュアの道」(『カメラ毎日』1977年2月号掲載)より
3. 金沢21世紀美術館/石川県金沢市 建築家:妹島和世+西沢立衛 / SANAA
金沢21世紀美術館 外観 撮影:石川幸史、提供:金沢21世紀美術館 ※2027年5月6日~2028年3月に大規模修繕のため休館予定
金沢21世紀美術館 内観 撮影:渡邉修、提供:金沢21世紀美術館
交流ゾーンにあるレクチャーホール 撮影:渡邉修、提供:金沢21世紀美術館
レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》(2004)金沢21世紀美術館蔵 撮影:渡邉修、提供:金沢21世紀美術館
ヤン・ファーブル《雲を測る男》(1998)© Angelos bvba 金沢21世紀美術館蔵 撮影:中道淳/ナカサアンドパートナーズ、提供:金沢21世紀美術館
トイレ内に恒久展示されている作品。ピピロッティ・リスト《あなたは自分を再生する》(2004)金沢21世紀美術館蔵 撮影:木奥惠三、提供:金沢21世紀美術館
1995年に設立された「妹島和世+西沢立衛 / SANAA」は、妹島和世と西沢立衛の建築家ユニット。明るく、クリーンな印象を与える設計の特色は、ガラスやアルミを用いた透明感と軽やかさ、そして美しい曲線にある。ミニマルなデザインや色使いがエレガントで、自然光をふんだんに取り入れた開放的な空間を持つその建物は、周囲の風景にとけこむような穏やかな存在感を放つ。代表作にはニューヨークのニューミュージアム、スイスのロレックスラーニングセンター、フランスのルーブル・ランス、荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)、あなぶきアリーナなどがあり、国内外で幅広い活躍を続けている。主な受賞歴には、2回の日本建築学会賞のほか(うち1回は金沢21世紀美術館が対象)、2004年のヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展金獅子賞、2010年のプリツカー賞などがある。
2004年に開館した金沢21世紀美術館も、上記の国際賞受賞にあたって作品性や周辺環境との調和などが高く評価されている。「まちに開かれた公園のような美術館」を建築コンセプトとした同館の最大の特徴は、正面や裏側などの区別がない正円形のデザインだ。直径113メートル、360度ガラス張りの建物は、三方を道路に囲まれた敷地に合わせ、どこからでも人々が訪れられるようにという考えのもとに設計された。4つある入り口から中に入ると、外周に沿った部分は誰もが気軽に立ち寄れる街の延長線のような無料の交流ゾーン。中央部はサイズや天井高の異なる14の展示室が並ぶ展覧会ゾーンで、多くの部屋には自然光を採り入れる天窓がある。ところどころに設けられた光庭にも感覚が活性化するような開放感があり、同館ではこのような「多方向性」「水平性」「透明性」が、さまざまな出会いや体験を生む触媒になっていることが感じられる。
「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」をミッションに掲げる金沢21世紀美術館では、1980年以降の現代アート、それらの作品と関係の深い1900年以降の美術史上の先行例、さらに工芸など金沢ゆかりの作家の仕事を柱としたコレクションを形成している。中でも、恒久展示されているレアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》、オラファー・エリアソンの《カラー・アクティヴィティ・ハウス》、ジェームズ・タレルの《ブルー・プラネット・スカイ》などの体験型作品は人気が高い。妹島和世+西沢立衛 / SANAAのアート作品《無重力性と透明性》もコレクションに加えられているほか、開館10周年を記念した球体のパビリオン「まる」が屋外に設置されている。意欲的な企画展でも知られる同館だが、大規模な設備更新・修繕のため、2027年5月6日から28年3月まで長期休館となる。その間は市の中心部を舞台とした「金沢まちなか芸術祭」が計画されているので、その展開にも期待したい。
4. 島根県立石見美術館/島根県益田市 建築家:内藤廣
島根県立石見美術館は島根県芸術文化センター「グラントワ」内にある。写真は同センターを象徴する中庭広場と水盤。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
中庭広場を囲む回廊から見た水盤。水平方向に連続する直線や水面への映り込みが印象的だ。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
正面エントランスへのアプローチ。芝生の緑と建物の赤い扉が鮮やかなコントラストを生み出している。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
アーチ型の天井が個性的な美術館ロビー。ミニコンサートやさまざまなイベントの場にもなる。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
4つある展示室はそれぞれ異なる趣を備えている。写真の展示室Aはカリン材の床がシックで美しい(過去の企画展の様子)。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
展示室D「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」展示風景 2026年 撮影:小川真輝、島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
内藤廣は、早稲田大学大学院で建築家、思想家、そして冒険家でもあった吉阪隆正に師事。マドリードのフェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓の建築設計事務所を経て、1981年に内藤廣建築設計事務所を設立した。2001年からは東京大学大学院で教鞭を取り、2011年に東京大学名誉教授、2023年には多摩美術大学学長に就任している。その特徴は、素材が持つ質感を最大限生かすと同時に、柱や屋根などの構造そのものが空間の美しさと力強さを生み出す設計にある。また、「人が居ることが許される空間」という言葉に示されるように、人間中心の考え方を重視し、時代を超えて残る価値を追求している。出世作となった海の博物館による日本建築学会賞(1993年)をはじめ数々の受賞歴があり、代表作には安曇野ちひろ美術館や富山県美術館など美術館も多い。また、JR旭川駅や東京メトロ銀座線の渋谷駅など、都市計画・再開発に関わる駅の設計も手がけている。
2005年にオープンした島根県立石見美術館は、島根県立いわみ芸術劇場とともに、島根県芸術文化センター「グラントワ」を構成している。この複合施設で目を引くのは、なんと言っても建物を覆う石見伝統の石州瓦だ。屋根に16万枚、壁にも12万枚が使われている赤瓦は耐久性が高いだけなく、ガラス質の表面が時間や天候、季節によって表情を変え、赤茶色、金色、淡いブルーなど、さまざまな光彩を放つ。また、壁の瓦は巨大な壁面が均質になり過ぎないよう、6種類の釉薬で風合いを出しているという。400年の歴史を持つ石州瓦は、素材の質感を大切にし、時代を超えて長く愛される建築を目指す内藤の思いを象徴しているようだ。建物中央には回廊をめぐらせた45m四方の中庭広場がゆったりと広がり、周囲にホールやスタジオ、素材や色合いの異なる4つの展示室が配置されている。広場には空や建物を映し出す25m四方の水盤があり、さざなみを眺めながら心地良い時間を過ごすことができる。
石見美術館では、石見地方・津和野出身の森鷗外ゆかりの美術家、吉賀町出身の森英恵をはじめとするファッション、そして石見の美術を中心に幅広い作品を収集している。ファッションを収蔵品や展示の柱の1つに据えている美術館は日本でもめずらしい。また、絵画、写真、工芸、アニメから建築まで、ジャンルにとらわれない企画展やコレクション展を精力的に開催している。さらに、いわみ芸術劇場とのコラボでミューシア(MUSEUM × THEATER)と呼ばれる総合的な芸術体験のプログラムを実施しているのも、美術と舞台芸術の施設が共存するグラントワならではの取り組みと言えるだろう。これまでに、加藤泉を含む5人のアーティストによるバンドのパフォーマンスや、葛飾北斎の作品と身体表現を融合させた大駱駝艦の舞踏公演などのユニークな企画が行われている。
5. 下瀬美術館/広島県大竹市 建築家:坂茂
瀬戸内海に面した下瀬美術館。カラフルなキューブ型の可動展示室が水盤に浮かんでいる。Photo: ⓒSIMOSE
ライトアップされた可動展示室が水面に反射する幻想的な光景。Photo: ⓒSIMOSE
エントランス棟の外観。ミラーガラスへの映り込みが建物を周囲の風景に溶け込ませている。Photo: ⓒSIMOSE
2つの柱から枝のように梁が広がる構造が特徴的なエントランスホール。Photo: ⓒSIMOSE
横に並んだ美術館の建物をつなぐ通路のガラスウォールからは水盤と可動展示室が見渡せる。Photo: ⓒSIMOSE
植物学者でもあったエミール・ガレの作品に登場する草花を中心に植栽された「エミール・ガレの庭」。Photo: ⓒSIMOSE
高校卒業後に渡米した坂茂は、ニューヨークのクーパー・ユニオン建築学部卒業後の1985年に坂茂建築設計を設立。代表作の1つ、紙のカテドラル(ニュージーランド)のように、建築構造材として軽量かつ丈夫な紙管(*4)を実用化するなど、「紙の建築」のパイオニアとして知られる。その活動は、被災者や難民のシェルター、仮設住宅にも広がり、簡便に設置できる紙の間仕切りシステムが世界の被災地などで活用されている。また、1995年に坂が設立したNPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)では、「令和6年能登半島地震 被災地支援プロジェクト」として、紙管以外に能登瓦や古材、さらには万博リングの木材を再利用した復興住宅計画を進めている。代表作にはほかにも、フランスのポンピドゥー・センター・メス、スイスのオメガ・スウォッチ本社、台南市美術館などがあり、プリツカー賞やアメリカ建築家協会のAIAゴールドメダル(2026)をはじめ国内外で多数の賞を受賞している。
*4 紙を何層にも巻いて硬化させた筒状の資材。巻き方や厚みによって強度を確保でき、軽量で加工性が良く、リサイクルも可能で安価なのが特徴。
瀬戸内海に面した下瀬美術館も、ユネスコ本部が創設した建築賞「ベルサイユ賞」の美術館・博物館部門で、2024年に最優秀賞「世界で最も美しい美術館」の栄誉に輝いた。その評価の通り、色とりどりのカラーガラスで覆われた8つのキューブ型展示室が水盤に浮かぶさまは、穏やかな海の青、明るい空の青と相まってこの上ない建築美を見せてくれる。また、陽が落ちてライトアップされたキューブがランタンのように水面に映るさまも幻想的だ。8つあるこのキューブ型の展示室は可動式で、展覧会の企画に応じて組み替えることができる。これは坂が瀬戸内海に浮かぶ島々に着想を得たもので、水の浮力で動かす仕組みには広島の造船技術が活かされている。さらに、ミラーガラスに覆われたエントランス棟には遠くの山並みや空に浮かぶ雲などが映り込み、景色の中に溶け込んで見えるのも印象的だ。
下瀬美術館は、建築資材の製造や建築物の構造設計を行う地元広島の企業、丸井産業の創業者である下瀬家のコレクションを保存・展示する施設として2023年に開館した。所蔵品は、京人形・雛人形を中心とする工芸作品、エミール・ガレを中心とする西洋工芸、マティスやピサロを中心とする西洋美術、東山魁夷、加山又造、小磯良平を中心とする日本近代美術が柱となっており、現代アーティストの作品も新たに加えられている。2025年には、自然や環境との共創で知られるサム・フォールズの横幅45mを超える大作や、ニューヨークを拠点に活躍する松山智一、神獣、幽霊、霊魂などのモチーフで知られる小松美羽の作品が新しい収蔵品として公開された。同館にはまた、坂茂の設計によるオーベルジュのヴィラ10棟があり、それぞれ異なるデザインで建築作品に滞在する贅沢な時間を味わわせてくれる。
6. せんだいメディアテーク/宮城県仙台市 建築家:伊東豊雄
仙台市の複合文化施設 せんだいメディアテークは、「杜の都」を象徴する定禅寺通のケヤキ並木に面している。資料提供:せんだいメディアテーク
1階プラザのオープンスクエアは、講演会や展示会などを実施する多目的ホールとして使われる。資料提供:せんだいメディアテーク
2階ライブラリーの南側に置かれたフラワーチェア。2階では、映像・音響資料や仙台市民図書館の一部蔵書が閲覧できる。資料提供:せんだいメディアテーク
チューブの中から上部を見上げたところ。資料提供:せんだいメディアテーク
3・4階には広々と明るい市民図書館がある。資料提供:せんだいメディアテーク
6階のギャラリー南側。6階は天井高4.2メートルのギャラリースペースで、可動パネルで仕切ることができる。5階は固定壁面で区切られた展示空間になっている。資料提供:せんだいメディアテーク
せんだいメディアテークで行われる、市民グループによる「てつがくカフェ」の様子。資料提供:せんだいメディアテーク
伊東豊雄は、1960年代にメタボリズムを提唱した菊竹清訓の設計事務所を経て、1971年にアーバンロボットを設立(79年に伊東豊雄建築設計事務所に改称)。都市の「新陳代謝」を指向したメタボリズムの潮流を経験したのち、次第に自然や人間との関係性や環境との融合を重視した建築へと自らのスタイルを発展させていった。その特徴は曲線や不定形な形態を取り入れた流動性を感じさせるデザイン、透明感のある素材を用いて環境と一体化する開放性と軽やかさなどで、特に三次元曲面の連続体で有機的な空間を生み出す「エマージング・グリッド(生成するグリッド)」という概念の追求で知られる。代表作にはアーチ型の大きな窓が印象的な多摩美術大学図書館や、三次元曲面の洞窟のような構造の台中国家歌劇院(台湾)などがあり、2013年にプリツカー賞を受賞した。
2001年にオープンした複合文化施設のせんだいメディアテークは、モダニズム的な均質性から脱した有機的な空間への指向が見られる作品の1つ。一番の特徴は、各階を貫く13本の鉄骨独立シャフトの柱がガラスで覆われたチューブ状になっていることだ。この「チューブ」は、6枚の鉄骨フラットスラブとともに建物を支える構造体であると同時に、階段やエレベーター、配管などが組み込まれ、人やエネルギーが上下する通り道にもなっている。しかも、透明なチューブはうねるような形状で、その多くが斜めにフロアを貫いている。そのため、二重ガラスで覆われた南側のファサードから見える定禅寺通のケヤキ並木や、壁のないワンルームの平面構成と相まって、まるで森の中を散策しているような感覚にもなる。それは、「均質であることを合理的だとするシステムに対して、むしろ不均質なものこそが自然界をつくり出している」という伊東の思考の表れと言えるだろう。
展示ギャラリーや図書館、シアターやスタジオなどを統合したせんだいメディアテークは、美術や映像文化の表現や活動の拠点として、また、人々がさまざまな情報を蓄積・交換・発信する場となる複合的な公共空間として誕生した。市民の能動的な参加を後押しする同施設のユニークな試みとして特に知られているのが、2010年から続く「てつがくカフェ」で、東日本大震災後は世代や性別を越えた対話を重ね、個々人の考えをたくましくする場を設けてきた。現代アートを中心とした企画展や市民参加型の展覧会、映像作品の上映会、さらに図書館では市民の企画する読書会などが開催されるせんだいメディアテークでは、地域の人々が文化創造の主役になっている。ガラス張りの外観が、明るく開かれたイメージを演出する伊東の建築も、自由で従来の境界にとらわれない同施設の活動のあり方を体現していると言えるだろう。
7. 多治見市モザイクタイルミュージアム/岐阜県多治見市 建築家:藤森照信
多治見市モザイクタイルミュージアムの外観。採土場をモチーフとした土壁と小山のような形が特徴。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム提供
ミュージアムには珍しい小ぶりな木の扉から内部に入る。土壁に埋め込まれたタイルや茶椀がアクセント。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム提供
4階は半屋外の展示室で、光や風の入る屋根の開口部からモザイクタイルの破片をあしらった「タイル・カーテン」が吊るされている。Photo: @HAYASHI Masashi、多治見市モザイクタイルミュージアム提供
さまざまな模様のモザイクタイルを並べた貼板は3階に常設展示されている。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム提供
体験工房でのタイル工作の様子。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム提供
所蔵品の1つ、ブルーを基調にしたデザインが魅力的なモザイクタイルの洗い場。Photo: 多治見市モザイクタイルミュージアム提供
日本近代建築史研究の第一人者である藤森照信は、1974年に研究者仲間と「東京建築探偵団」を結成。歴史ある建物や古い街並み、風変わりな建物などを発掘・記録する活動の主唱者として『建築探偵の冒険・東京編』を執筆した。また、前衛美術家の赤瀬川原平やイラストレーター南伸坊との共著『路上観察学入門』や、画家の山口晃と名建築を探訪する『藤森照信×山口晃 日本建築集中講義』など、誰もが楽しめる建築本から専門的な建築史・調査記録まで多数の著書がある。建築家としては1991年に45歳でデビュー。屋根にニラを並べて植えた赤瀬川原平邸・ニラハウス(1997年日本芸術大賞受賞)や木の上に建てられた茶室の高過庵、芝で覆われた草屋根を持つ和洋菓子製造会社の店舗・ラ コリーナ近江八幡、焼杉の黒と漆喰の白のストライプに三角屋根が特徴のラムネ温泉館など、代表作はどれも個性的だ。
木材や草、石、土などの自然素材で現代建築の骨組みを包み込み、建築緑化にも積極的に取り組む藤森建築は、どこかジブリ風と評されることがある。今年10周年を迎えた多治見市モザイクタイルミュージアムの丸みを帯びた小山のような外観にも、アニメや絵本から飛び出してきたような、ほのぼのとした温かさが感じられる。構造は鉄筋コンクリートだが、採土場をモチーフとした黄土色の土壁に割れた磁器のタイルや食器がはめ込まれた外壁、高さ50cmほどの松の木が屋根の縁に並ぶ様子は、古代の建造物のようにも見える。小ぶりな木の扉を入るとうねるような土壁に囲まれた階段があり、4階まで上ると、藤森の発案で作られた「タイル・カーテン」が設置されている。これは、たくさんのタイルの破片をワイヤーに取り付け、屋根の開口部から吊るした筒型のネット状のもので、青空を背景に眺める色とりどりのタイルの連なりはとても美しい。
美濃焼で知られる多治見市の中で、全国一のモザイクタイル生産量を誇るのがミュージアムのある笠原町。モザイクタイルとは表面積が50mm²以下の装飾用タイルで、洗面台や浴槽、キッチンなどの水回りからリビングのインテリア装飾、手作りクラフトまで、素材や色、形状を組み合わせてさまざまなデザインを生み出せる。施釉磁器モザイクタイル発祥の地である笠原町でミュージアム設立につながったのは、タイルの魅力と文化を後世に伝えようと考えた有志の活動だった。解体される建物からタイルを譲り受け、閉鎖される工場からサンプルを引き取るなどして集められたコレクションは1万点以上に上り、中には銭湯や旅館に使われていた貴重な絵付きタイルやモザイクタイルも含まれる。こうした所蔵品の常設展示に加え、年2回程度の特別企画展、地場産業に密着したイベントも行われ、インテリアへの活用法の展示では生活の中で楽しめるタイルの多様性を感じることができる。タイルの歴史や製造工程を学んだり、体験工房でオリジナルの小物を作ったり、ゆっくり過ごしたいミュージアムだ。
8. 直島新美術館/香川県香川郡直島町 建築家:安藤忠雄
直島新美術館の外観。1階の北側にあるカフェのテラスからは海を望むことができる。写真:GION
上空から見た美術館の全景。高台の緑に囲まれている。写真:GION
地上から地下まで直線状に続く階段室「ステップアトリウム」。写真:GION
N・S・ハルシャ《幸せな結婚生活》2025 写真:来田猛
プロボクサーを経て独学で建築を学び、世界最高峰の建築賞であるプリツカー賞を1995年に受賞した異色の経歴を持つ安藤忠雄。1968年に安藤忠雄建築研究所を設立し、個人住宅で頭角を表した安藤の特徴として広く知られるのは、何と言っても打ち放しのコンクリートだろう。そこに光、風、水といった自然の要素を組み合わせることで、シンプルかつドラマチックな空間が出現する。国内外でさまざまなプロジェクトを手がけてきた安藤の仕事には、パリのブルス・ドゥ・コメルスやテキサス州のフォートワース美術館をはじめとする美術館建築も多い。中でも人気が高いのが、瀬戸内海に浮かぶ直島をアートの聖地にしたベネッセハウス ミュージアム、地中美術館、李禹煥美術館、古い民家を改修したANDO MUSEUMで、国内外のアートファンで島が賑わうようになった。
その直島で2025年5月末に開館したのが直島新美術館だ。本村地区近くの高台に位置する地上1階、地下2階の建物は豊かな緑に囲まれ、丘を登っていくと小石を美しく並べた石積みの塀や美術館が姿を現す。また、コンクリートの外壁には島の家々に見られる焼杉をイメージした黒漆喰が組み合わされるなど、地域の歴史や暮らしを意識したデザインになっている。内部には地下2階まで続く細長い階段室があり、そこに天窓から入る自然光が幾何学的な陰影を作り出しているのが印象的だ。階段の両側に4つのギャラリーが配置されているが、この階段自体も没入型作品のように感じられる。もう1つ見逃せないのが1階にあるカフェからの絶景で、大きな開口部とテラスからは行き交う船や隣の豊島など瀬戸内海の島が望め、自然の光や風を味わいながら過ごすことができる。
直島には恒久展示作品が多いが、直島新美術館ではギャラリーごとに異なる緩やかなペースで展示替えが行われる。2025年のオープン時には、村上隆、蔡國強、ヘリ・ドノ、パナパン・ヨドマニー、ソ・ドホ、N・S・ハルシャなど、アジア地域出身のアーティスト12組による代表作や、この美術館に合わせて構想された新作が展示された。巨大壁画や立体作品はどれも見応えがあるが、圧巻なのは99匹のオオカミが透明な壁(ベルリンの壁と同じ高さ)に向かって飛びかかり、衝突する蔡國強のインスタレーション《ヘッド・オン》だ。安藤が設計した蔡作品の展示室は壁や天井がやや斜めになっており、その異例な形状が空中に浮かぶアーチ型のオオカミの群れを一層迫力のあるものに見せている。2026年度は「循環・回帰・再生」をテーマに、夏と冬に一部展示替えを予定。夏の展示替えでは、サニタス・プラディッタスニー(屋外作品)と岡﨑乾二郎の作品を公開し、下道基行による瀬戸内「緑川洋一」資料館のサテライト展示も行われている。
9. 根津美術館/東京都港区 建築家:隈研吾
正門からのアプローチ Photo: 根津美術館提供
内観 NEZUCAFE Photo: 根津美術館提供
1964年の東京五輪で目にした丹下健三設計の国立代々木競技場に強烈な印象を受け、建築家を目指したという隈研吾。大手設計事務所勤務などを経験したのち、1990年に隈研吾建築都市設計事務所を設立し、以来、木材や竹、紙、石、土といった自然素材からガラス、アルミなどの工業製品まで、さまざまなマテリアルと向き合い、その活かし方を追求し続けている。自然素材の場合は建物が立地する地域固有のものを使うことも多く、『負ける建築』という著書が象徴するように、周囲の環境や文化との融合を重視するのが特徴だ。代表作は新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅といった大規模な公共建築をはじめ、出世作となった登米市伝統芸能伝承館「森舞台」(1997年に日本建築学会賞を受賞)、ダラスのロレックスタワー、スコットランドのデザインミュージアムV&Aダンディーなど多彩で、世界各地で膨大なプロジェクトを手がけている。
根津美術館は、実業家で茶人でもあった初代根津嘉一郎が蒐集した日本や東洋の古美術品を保存・展示する美術館として、1941年にその長男の二代目嘉一郎によって設立された。しかし、根津家の私邸があった現在の場所に建てられた建物は戦災でほとんど焼失。その後の再建と増改築を経て、2009年に隈が設計した新本館とNEZUCAFÉが竣工した。東京の中心にありながら、明治の面影を残す庭園の緑が目を和ませる同館の設計にあたり、隈は「庭と一体化した、環境と融合したミュージアムをつくろうと試みた」と述べている。その特徴は和風家屋を思わせる瓦葺きの切妻屋根で、軒先に薄い鋼板を用いることで圧迫感のない印象に仕上げられている。特に、深く張り出した軒先を、竹の植え込みに沿ってエントランスへと進むアプローチは、都市の喧騒から離れた美術館への期待感を高めてくれる。
エントランスホールの天井には切妻屋根の形状を反映した傾斜があり、その高さと軒先から見える庭園が、心地よい開放感や内と外の一体感を醸し出す。また、天井の仕上げに使われている薄く加工した竹、床と壁に用いられた砂岩などの自然素材が、空間に落ち着きを与えている。館内には6つの趣の異なる展示室があり、書蹟・絵画・彫刻・陶磁・漆工・金工・染織、そして茶道具など、日本および東洋古美術の幅広いジャンルから選りすぐられた名品による企画展が開催される。同館の所蔵品は、国宝7件、重要文化財93件、重要美術品95件を含む7630件を数え(2025年3月末時点)、中でも毎年春に公開される尾形光琳の《燕子花図屏風》(国宝)は人気が高い。新本館のオープン時には当時世界で初めて美術館としてLED照明が全面採用され、各作品に合わせた調光を実現している。さらに、展示ケースのガラスは透明性が高く、貴重な美術品が目の前にあるかのように鑑賞できるのも嬉しい。四季折々の表情を見せる庭園の散策も合わせ、何度も訪れたくなる美術館だ。
10. 横須賀美術館/神奈川県横須賀市 建築家:山本理顕(※改修のため休館中・2026年9月5日再オープン)
横須賀美術館の外観。「山の広場」側からの俯瞰。Photo: 横須賀美術館提供
ガラスと白い鉄板のダブルスキン構造がクリーンな印象を与える。Photo: 横須賀美術館提供
海側から見た美術館の外観。「海の広場」の芝生が広がる。Photo: 横須賀美術館提供
屋上広場の夕景。正面に見えるペントハウスから館内に入ることができる。Photo: 横須賀美術館提供
ダブルスキンの内側(鉄板部分)の天井や壁に開けられた丸い穴から自然光を取り込む。Photo: 横須賀美術館提供
エントランスの丸い穴の向こうに海の景色を見ることができる。Photo: 横須賀美術館提供
東京大学生産技術研究所で原広司に学んだ山本理顕は、1973年に山本理顕設計工場を設立。数多くの公共建築や集合住宅などを手がけ、2024年にプリツカー賞を受賞した。また、複数の大学・大学院で教授や学長を務め、現在は横浜国立大学と日本大学の名誉教授となっている。その設計思想の中心は、縁側や客間など、外から人を招き入れる「閾(しきい)」と呼ばれる空間に着目し、公と私をつなぐことを重視する点にある。さらに、住宅においても、公共建築においても、周囲の環境やコミュニティとどう関係を結べるかを考慮した建築を実践。その姿勢は、代表作の埼玉県立大学や名古屋造形大学、広島市西消防署、中国・天津市の天津図書館、スイスのザ・サークル・チューリッヒ国際空港など、透明感のある外観で外部へと「開かれた」建築に表れている。
東京湾に突き出た観音崎にある横須賀美術館も、作品展示に必要な閉じた空間を確保しつつ、エントランスホールや吹き抜けのギャラリーが開放感を演出する設計になっている。その第一の特徴は、ガラスと鉄板によるダブルスキン構造だ。外側を覆うのは劣化に強いガラスで、その透明感と内側を包む白い鉄板の組み合わせが爽やかでクリーンな印象を与える。館内には柱を極力なくした空間が広がり、天井や壁のところどころに開けられた丸い穴から覗く風景が心地よいリズムを生み出す。また、「地形を利用して景観と建物とを一体化させる」というコンセプトに基づき、建物全体の高さを抑えることで周囲の自然との調和が図られている。海に面した側にはワークショップやレストランが入る別棟が設けられ、芝生広場(海の広場)のなだらかな斜面が海岸へとつながる。一方、山側からは山の広場・屋上広場を経由してペントハウスから館内に入るアプローチで、二方向から出入りができ、通り抜けもできる自由度の高い作りになっている。
横須賀の市制100周年を記念し、2007年に開館した横須賀美術館は、「バラの画家」として知られる洋画家・朝井閑右衛門の作品や、観音崎公園の近くにアトリエを構えていた谷内六郎の作品(いずれも寄贈品)を含め、絵画、彫刻を中心に2026年現在で約6000点の日本の近現代美術作品を所蔵。長年「週刊新潮」の表紙を飾った谷内六郎の表紙原画約1300点をはじめとする作品と関連資料は、別棟の谷内六郎館で年4回のテーマ展示を通じて紹介されている。本館では、1階で海外作家や日本の近現代アートの企画展が開かれ、地階では所蔵品をさまざまな角度で展示。さらに2階には、美術に関する図書や雑誌、展覧会カタログを閲覧できる図書室が備えられている。観音崎の緑と青い海、山本理顕の建築やアートが一体となったこの場所で過ごす時間は、きっと心身をリフレッシュさせてくれるだろう。
日本の巨匠建築家による美術館建築10選──丹下健三、磯崎新らの仕事をたどる
日本各地にあるさまざまな美術館の楽しみの第一は、言うまでもなくそこで出会えるアート作品だ。また、快適な環境で鑑賞ができ、造形自体も魅力的な美術館の建物、さらにはそれを取り巻く景観も豊かな時間を私たちにもたらしてくれる。そんな感動を味わえる美術館と、設計を手がけた建築家を紹介しよう。
1. 村野藤吾(1891-1984) 八ヶ岳美術館/長野県諏訪郡原村
1929年に自らの建築事務所を開いた村野藤吾は、古典からモダニズム建築、そして日本の伝統様式まで多様な手法を取り入れ、93歳で亡くなる直前まで現役を貫いた。その長いキャリアの中で、百貨店やホテル、劇場など、商業建築を中心とする数多くの建築作品を手がけている。優美な曲線、ディテールへのこだわり、モザイクタイルをはじめとする多彩な素材使いが特徴で、典型的なモダニズム建築とは一線を画した独自の作風で知られる。
Photo: 八ヶ岳美術館提供
木々に囲まれた八ヶ岳美術館の外観。Photo: 八ヶ岳美術館提供
村野が設計を手がけた八ヶ岳美術館が、長野県の原村に開館したのは1980年。八ヶ岳の山麓にある原村出身で文化功労者の彫刻家、清水多嘉示から作品の寄贈を受けたことをきっかけに、当時は全国的にも珍しい村立の美術館として創設された。外観は半円形の屋根が連なるユニークな形状で、エントランスを入ると奥行き40メートルほどの空間が広がり、いくつものドーム型の天井に包み込まれるような感覚になる。そうした印象を演出しているのは、丸い天井に絞り吊りされたレースカーテンと、その中に設置されたスポット状の間接照明だ。レースが生み出す柔らかい光と軽やかな空気感に満ちた空間は、それ自体が没入型インスタレーションのようでもある。
Photo: 八ヶ岳美術館提供
八ヶ岳美術館の常設展では、清水多嘉示の彫刻や絵画を中心に、原村出身の書家・津金隺仙の作品や地元の文化財である縄文土器などを展示。また、近代から現代まで幅広いアーティストを取り上げた企画展を、年間を通して開催している。さらに、美術館の周囲に広がるカラマツ林の中には散策路が設けられ、高原の自然を体感することもできる。
今に残る村野藤吾の代表作には、日生劇場、目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険本社)、旧・大阪新歌舞伎座、ウェスティン都ホテル京都・和風別館「佳水園」、ザ・プリンス京都宝ヶ池、広島市の世界平和記念聖堂などがあり、日本建築学会の作品賞(1953、1955、1964)や同学会の建築大賞(1972)のほか、1967年には文化勲章(文化功労者)を受賞している。しかし残念なことに、近年は建て替えのために取り壊されたり、解体が予定されたりしている建物も少なくない。その中で、旧横浜市庁舎行政棟を保全しつつ、星野リゾートのホテルとして再利用するという決定は嬉しいニュースだ(2026年春開業予定)。
Photo: 八ヶ岳美術館提供
美術館の周囲には散策路が設けられている。Photo: 八ヶ岳美術館提供
2. 坂倉準三(1901-1969) 岡本太郎記念館(旧館)/東京都港区
近代建築の三大巨匠(*1)の1人、ル・コルビュジエに師事した坂倉準三は、1937年のパリ万博における日本館の設計で建築部門のグランプリを受賞し、一躍世界的な評価を獲得。1940年に坂倉建築事務所を設立し、1969年に68歳で亡くなるまでに約300の実作を残した。その設計の特徴は、モダニズム建築の合理性に根差した直線的な機能美と、景観に心地よいリズムを生み出す有機的な曲線の組み合わせにある。
*1 他の2人はフランク・ロイド・ライトとミース・ファン・デル・ローエ。
Photo: 岡本太郎記念館提供
岡本太郎記念館はもともと住居兼アトリエとして設計されたもので、太郎が42年にわたって住まい、作品を作り続けた場所だ。1998年に公益財団法人が運営する公的なミュージアムとして公開され、現在は1954年に坂倉が手がけた旧館と、書斎と彫刻アトリエがあった木造の建物を建て替えた新館(展示棟)で運営されている。旧館はコンクリートブロックを積み上げた壁に2階の床と屋根を木造で建造した構造で、凸レンズを横に並べたような独特の形状の屋根が、直線的でシンプルな外観のアクセントになっている。
Photo: 岡本太郎記念館提供
旧館の1階にはサロンとアトリエがあり、応接・打ち合わせスペースだったサロンには太郎がデザインした家具や彫刻が並ぶ。また、大きな窓の向こうに見える庭にも、生い茂ったバショウやシダ類などの間に彫刻が設置されている。アトリエは生前そのままの状態で保存されており、机の上の道具や床に飛び散った絵の具には今も使われているような臨場感がある。新館には2つの展示室があり、岡本太郎の事績を振り返る企画展や、注目の現代作家との企画展が随時行われている。
Photo: 岡本太郎記念館提供
このほか坂倉準三の代表作には、ダイナミックならせん状道路のスロープが特徴の新宿西口広場、呉市の市庁舎と2つの円錐が印象的な市民会館、東京・港区の国際文化会館本館(前川國男、吉村順三との共同設計)やアンスティチュ・フランセ東京などがある。しかし、呉市庁舎・市民会館は建て替えのために姿を消し(2012-13年に解体)、新宿西口広場とやはり坂倉設計の小田急百貨店も解体・撤去されて再開発が進んでいる。一方で、神奈川県立近代美術館・鎌倉館本館が改修のうえ鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムとして再開館し、三重県伊賀市の旧上野市庁舎には公共図書館と一体となったホテルが開業するなど、再生・転用された事例もある。
Photo: 岡本太郎記念館提供
新館の第1展示室。(展示は2025年11月7日~2026年3月8日に行われた「TAROの空間」時のもの)。Photo: 岡本太郎記念館提供
新館の第2展示室。(展示は2025年11月7日~2026年3月8日に行われた「TAROの空間」時のもの)。Photo: 岡本太郎記念館提供
3. 前川國男(1905-1986) 東京都美術館/東京都台東区
東京帝国大学工学部建築学科を卒業すると同時に渡仏した前川國男は、日本人で初めて巨匠ル・コルビュジエに師事。帰国後は、フランク・ロイド・ライトの下で帝国ホテル建設に携わったアントニン・レーモンドが日本で開設した事務所に入所し、その後、1935年に独立した。こうして近代建築の粋を学んだ前川は、モダニズムの旗手として戦後日本の復興を牽引し、数々の公共建築を手がけるとともに、丹下健三など後進の育成にも尽力した。
Photo: ©東京都美術館
東京都美術館は、1975年の新館建築時に企画展の開催、公募展の開催、教育普及事業の展開という3つの機能を備えることが求められ、風致地区である上野公園内に立地するために建築上の制限も少なくなかった。そうした諸条件を満たすため、前川は地上から一段下がったところに広場を設け、上記3つの機能を持つ建物をそれぞれ独立したブロックとして広場の周囲に配置した。外観は、前川が開発した打ち込みタイル(*2)のレンガ色が、周囲の木々の緑との心地よい調和を生み出している。もう1つの特徴は、「前川カラー」と言われるカラフルな色彩が各所に配されていることだ。たとえば、少しずつずらした4つの建物が連なる公募棟の休憩スペースには赤、緑、黄、青に塗られた壁があり、屋外からもガラスウォールを通してこのアクセントカラーを目にすることができる。なお、同館は2010-2012に改修工事を実施した。
*2 コンクリートを流し込む型枠にタイルを固定しておき、2つの素材を一体化させる工法。
Photo: ©東京都美術館
国内外の巨匠や注目作家を取り上げた人気展の数々で知られる東京都美術館は、2026年が開館100周年。この節目の年を記念して、「アンドリュー・ワイエス展」、「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」、「オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」の開催を予定している。これらの特別展や企画展、そして多様な公募展とともに、かまぼこ型の天井、おむすび型のらせん階段、前川のデザインで天童木工が制作した色とりどりの椅子など、前川建築の親しみやすいディテールにもぜひ目を留めてみてほしい。
Photo: ©東京都美術館
ロビー階かららせん階段を見上げたところ。この「おむすび型」は前川によく見られる建築のモチーフの1つ。Photo: ©東京都美術館
前川國男の代表作にはまた、上野の東京文化会館、京都会館(現ロームシアター京都)、神奈川県立音楽堂などのコンサートホール、坂倉準三および吉村順三との共作による港区の国際文化会館本館、岡山県庁舎、新宿の紀伊國屋書店ビルや木造モダニズムの傑作である前川國男自邸(小金井市の江戸東京たてもの園に移築、見学可)などがある。また、前川が50年以上のキャリアの中で最初に手がけた木村産業研究所(重要文化財)をはじめ、実母の故郷である弘前市には、前川の建築作品が多く残っている。
Photo: ©東京都美術館
夕景の東京都美術館。中央のエスカレーター・階段が地下ロビー階につながっている。Photo: ©東京都美術館
4. 丹下健三(1913-2005) 横浜美術館/神奈川県横浜市
昭和から平成にかけて活躍した日本の建築家の中で特に知名度が高いのは、1964年の東京五輪や1970年の大阪万博といった国家的イベントで重要な役割を担った丹下健三だろう。「世界のタンゲ」と呼ばれるように海外の大型プロジェクトにも数多く携わり、日本人で初めてプリツカー賞を受賞するなど、日本の建築家が世界で活躍する先駆けとなった。
Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
1989年に横浜博覧会のパビリオンとして開館した横浜美術館は、丹下が美術館として国内で初めて手がけた建築だ。広々としたグランモール公園に面し、左右対称に長く伸びる建物の外壁には、同館の特徴的モチーフである丸と四角を組み合わせた「フォルス・ウィンドウ」(にせ窓)と呼ばれる意匠が施されている。圧巻なのは御影石をふんだんに用いた大空間「グランドギャラリー」で、吹き抜けの天井は最頂部で約16mの高さがある。開閉式のルーバーが取り付けられたガラス張りの天井から自然光がたっぷり取り込まれ、左右約63メートルに広がる階段状の展示空間を満たすさまは開放感に満ち溢れている。
2021年から約3年にわたり行われた大規模改修工事では、エレベーターの更新やトイレの改修などのバリアフリー化が進み、グランドギャラリーを中心とした無料エリアが「じゆうエリア」としてより開かれた空間になった。建築家の乾久美子とグラフィックデザイナーの菊地敦己が手がけたテーブルや椅子、サインが建物と調和して和らいだ雰囲気を生み出し、美術館の楽しみ方が大幅に拡大されている。国際色豊かな港町・横浜開港以来の近現代アートを中心とした所蔵品展や各種企画展のほか、横浜トリエンナーレのメイン会場として世界最新の現代アートに触れることができる同館が、リニューアルでより親しみやすくなったと言えるだろう。
Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
なお、丹下健三の代表的な建築物には、重要文化財に指定された広島平和記念資料館(本館)、国立代々木競技場、香川県庁舎(旧本館・東館)がある。そのほかにも、東京カテドラル聖マリア大聖堂、東京都庁、シンガポール中心部のUOBプラザ、パリ・イタリア広場のランドマークになっている複合商業施設グラン・テクラン、アルジェリアのオラン総合大学(病院、寮)など、建築史に残る作品は枚挙にいとまがない。また、都市計画も多く手がけた丹下の事務所は、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生など多くの優れた建築家を輩出し、文化勲章、レジオンドヌール勲章など数々の賞を受賞している。
Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
グランドギャラリー内に配された「まるまるラウンジ」。Photo: Photo: 新津保建秀、横浜美術館提供
「美術の広場」(グランモール公園内)に面した無料のギャラリー9の展示風景。Photo: 横浜美術館提供
5. 菊竹清訓(1928-2011) 島根県立美術館/島根県松江市
建築家で工学博士でもある菊竹清訓は、竹中工務店、村野・森建築設計事務所を経て1953年に菊竹清訓建築設計事務所を設立。1960年に黒川紀章らと新しい建築運動「メタボリズム」を推進するグループを立ち上げた。新陳代謝を意味するメタボリズムは、建築や都市も人口増大、技術発展といった生活や時代の変化に応じて有機的に成長し、更新されるべきという考え方に基づき、モジュール化や増築性・可変性を重視していた。
Photo: 島根県立美術館提供
宍道湖に面し、水との調和をテーマとした島根県立美術館は1999年に開館。水面と大地をつなぐ「洲浜」をイメージした美しい曲線を持ち、対岸から見たときに周囲の山並みの景観をさえぎらない高さに設計された建物は、その意図どおり見事に風景と一体化している。大屋根には菊竹建築の特徴の1つであるチタンが用いられ、日の光をやわらかく反射するさまは湖面のようにも感じられる。ロビー空間は天井が高く、波状のカーブを描くガラスウォール越しに美しい湖の景色が広がる。このロビーや屋根の丸い開口部に設けられた展望テラスから見える夕景は、「日本の夕陽百選」にも選ばれている絶景だ。
Photo: 島根県立美術館提供
島根県立美術館の所蔵品の特徴は、水をテーマとした絵画や島根ゆかりの作品、そして約3000件もの浮世絵コレクション。世界的に評価の高い葛飾北斎と歌川広重の代表作を網羅しており、特に約1600点にのぼる北斎関連の所蔵品には、有名作品から現存が世界で1点しか確認されていないものまで、極めて貴重な作品・資料が多数収められている。その版画や肉筆画など常時40点ほどが、約1カ月ごとに全点展示替えを行いながら公開されている「北斎展示室」は見逃せない。
Photo: 島根県立美術館提供
菊竹清訓の代表作には、柔軟に増改築できるメタボリズムの思想を体現した自邸「スカイハウス」、4本の太い柱と2本の大梁が迫力満点の江戸東京博物館、出雲大社を思わせる屋根が特徴の皆生温泉の旅館・東光園、ダブルスキンガラスの壁面となだらかな曲線のブルーチタンの屋根が印象的な九州国立博物館のほか、放射状の鉄骨が異彩を放つ都城市民会館や五重塔を思わせる独特な外観のソフィテル東京(それぞれ2020年と2008年に解体終了)などがある。どれも独自性のあるダイナミックなデザインで、日本建築学会作品賞やUIA(国際建築家連合)オーギュスト・ペレー賞などを受賞したほか、2000年にはユーゴスラビア・ビエンナーレで「今世紀を創った世界建築家100人」に選出された。
Photo: 島根県立美術館提供
美術館1階ロビーからの夕景。夕日をゆっくり観賞できるよう、3月から9月は日没後30分まで開館している。Photo: 島根県立美術館提供
6. 槇文彦(1928-2024) 鳥取県立美術館/鳥取県倉吉市
東京大学工学部建築学科で磯崎新、黒川紀章とともに丹下健三研究室の三羽ガラスと言われた槇文彦は、ハーバード大学大学院への留学、アメリカの設計事務所勤務や大学の准教授職を経て、1965年に槇総合計画事務所を設立。1960年代には、前項の菊竹清訓らとともにメタボリズム運動に参加し、大高正人と共同提案した《群造形へ(新宿副都心ターミナル再開発計画)》で注目を浴びた。また、東京大学の教授を務めたほか、日本の都市を特徴づける概念「奥の思想」を説く『見えがくれする都市』(共著)や、『アナザーユートピア「オープンスペース」から都市を考える』などの都市・公共空間論を著している。
Photo: 鳥取県立美術館提供
槇が亡くなる約2カ月前の2024年3月末に竣工し、翌年3月に開館した鳥取県立美術館の建物は、「OPENNESS!」という同館のブランドワードを体現する明るく開かれたガラスのファサードが大きな特徴だ。自然光が差し込む3階まで吹き抜けの大空間は「ひろま」と呼ばれ、ガラス窓の外側にあるテラス「えんがわ」とともに親しみやすい開放感を演出している。また、3階には約1000平方メートルもの柱の無い企画展示室があり、展望テラスからは隣接する国指定史跡・大御堂廃寺跡が一望できる。地元の伝統工芸である倉吉絣の織模様をモチーフにした、展望テラスの杉材の天井も印象深い。
Photo: 鳥取県立美術館提供
「未来を“つくる”美術館」をコンセプトに、社会に開かれ、新しい価値を生み出す美術館を目指する同館は、鳥取県立博物館から移管された地元ゆかりの作品に加え、江戸絵画から戦後・現代に至る国内外の優れた作品の収集や、現存作家への制作委託を行っている。開館した2025年の企画展では、水木しげるなどのマンガ文化やアンディ・ウォーホルをはじめとする現代アート作品、江戸時代に活躍した鳥取の絵師までを幅広く紹介。さらには、アートを通じた学びの場としての活動も視野に入れている。
Photo: 鳥取県立美術館提供
長年にわたり活躍した槇文彦の代表作は、東京・代官山のヒルサイドテラスや青山のスパイラル、京都国立近代美術館、東京体育館、マサチューセッツ州のMITメディアラボ新館、そしてニューヨークのグラウンドゼロに建設された72階建ての4ワールド・トレード・センターなどで、ステンレスやガラスを活用した端正で気品ある建築を数多く手がけている。プリツカー賞(1993年)、高松宮殿下記念世界文化賞(1999年、建築部門)、AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル(2011年)など国内外のさまざまな賞を受賞し、2013年には文化功労者に選ばれた。
Photo: 鳥取県立美術館提供
3階の展望テラスからは、国指定史跡の広大な大御堂廃寺跡を一望できる。天気が良ければ遠くに大山も。Photo: 鳥取県立美術館
7. 磯崎新(1931-2022) 水戸芸術館/茨城県水戸市
ポストモダン建築の牽引者として独自の地位を築いた磯崎新は、前項の槇文彦と同じく東京大学工学部建築科、丹下健三研究室を経て1963年に磯崎新アトリエを設立。1960年代から70年代には出身地の大分県など国内を中心に数々の意欲作を手がけ、80年代以降は世界へと活躍の場を広げた。設計以外の活動も多く、1978年には日本の「間」の美意識に焦点を当てた「Ma: Space/Time in Japan(邦題『間-日本の時空間』)」展のキュレーターを務めたほか、著書や評論で建築界に大きな影響を与えた「知の巨人」でもある。
Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
1990年に開館した複合文化施設の水戸芸術館にも、画一性を排した磯崎の特徴がよく表れている。特に、一辺9.6m、厚さ1.5mmの正三角形のチタンパネル57枚を三重らせん構造状に積み上げた高さ100メートルのシンボルタワーの存在感は強烈だ。主要施設であるコンサートホールATM、ACM劇場、現代美術ギャラリーの3つの専用空間は広々とした芝生の広場を取り囲むように配置され、それぞれ六角形、円柱と立方体、ピラミッドという異なる要素が取り入れられている。その外観は古典的にも未来的にも見える独創的なものだ。
Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
上述のように、水戸芸術館には音楽、演劇、美術の3部門があり、それぞれ独立した施設で自主企画による多彩な事業を展開。現代アートを中心に、建築やデザイン、ファッションなどにも幅広く目を向けた展示を行う現代美術ギャラリーは、大きさや光の状態が異なる9つの展示室とワークショップ室で構成されている。年3、4回の企画展は独自の視点や批評性に富んだテーマ設定が特徴で、最近では磯崎新の国内初となる大規模回顧展が開催された。また、多彩な空間を生かしたサイトスペシフィックな作品の展示も多い。
Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
日本の代表的ポストモダン建築、つくばセンタービルをはじめとする磯崎新の作品には、さまざまな美術館・博物館がある。「丘の上の双眼鏡」の愛称を持つ北九州市立美術館、作品と建物が一体化した奈義町現代美術館、群馬県立近代美術館、ハラ ミュージアム アーク、山口情報芸術センター [YCAM]、ロサンゼルス現代美術館や船の帆を思わせるスペインのア・コルーニャ人間科学館などは、それぞれがアヴァンギャルドで個性的だ。その業績は国際的にも高く評価され、1986年王立英国建築家協会(RIBA)ゴールドメダル、1996年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の金獅子賞を獲得。2019年にはプリツカー賞を受賞した。
Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
コンサートホール、劇場、現代美術ギャラリー共通のエントランスホール。天井高は11mあり、国産最大級のパイプオルガンが設置されている。Photo: 田澤 純、水戸芸術館提供
8. 黒川紀章(1934-2007) 埼玉県立近代美術館/埼玉県さいたま市
丹下健三研究室出身の黒川紀章は、1960年に弱冠26歳で新しい都市像を追求するメタボリズム運動に参画し、若き天才建築家として高度成長期の日本を象徴する存在となった。「機械の時代から生命の時代へ」というビジョンを掲げた黒川は、東洋的な調和や「共生」を重視。1987年の『共生の思想:未来を生き抜くライフスタイル』をはじめ、多数の著書や講演を通じて建築界の内外に幅広く影響を与えている。また、2007年に共生新党を結党し、同年の都知事選、参院選に立候補して注目された。
Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供
1982年に開館した埼玉県立近代美術館は、黒川が初めて手がけた美術館だ。格子状の柱梁構造と、正面入り口手前の三角に突き出た構造体がシャープな印象を与えるが、建物のファサードは対照的に柔らかく波打つような曲面ガラスで覆われている。この曲面は、最晩年の作品である国立新美術館のガラスカーテンウォールのルーツと言えるかもしれない。建物中央のアトリウムは地階から3階までを貫き、天窓から自然光を採り入れるとともに、展示物を天井から吊るしたり、ミュージアム・コンサートに利用されたりしている。また、下から見上げた天窓は、息を呑むような幾何学的美しさを放っている。
Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供
緑豊かな北浦和公園内にある同館の周囲や公園内の彫刻広場には、さまざまな屋外彫刻が設置され、自然と建築や美術との「共生」を感じさせる。その中には黒川の代表作、中銀カプセルタワーのモデルカプセルも含まれている。また、「椅子の美術館」としても知られ、近代以降の優れたデザインの椅子を収集し、常時数種類を館内に展示している。独自の視点による企画展にも定評があり、モネや瑛九などの所蔵品のほか、5つの構造物を建物と合体させた迫力ある彫刻のコミッションワーク(田中米吉作)も必見だ。
Photo: 埼玉県立近代美術館提供
美術館から突き出たような田中米吉の作品《ドッキング》。Photo: 埼玉県立近代美術館提供
黒川紀章の代表作には寒河江市役所庁舎、吹田市の国立民族学博物館、豊田スタジアム、東京・港区の国立新美術館、シンガポールのリパブリックプラザ、クアラルンプール国際空港、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館新館などがあり、広島市現代美術館で日本建築学会賞作品賞を、奈良市写真美術館で日本芸術院賞を受賞したほか、フランス建築アカデミーゴールドメダル(1986)、フランス芸術文化勲章(1989)などを授与された。黒川のメタボリズム建築の代名詞的存在だった中銀カプセルタワーは2022年に惜しまれつつ解体されたが、140のカプセルのうち23個が「カプセル新陳代謝プロジェクト」として保存・再生されている。
屋外に展示されている黒川紀章の名作「中銀カプセルタワービル」のモデルカプセル。
Photo: 松本和幸撮影、埼玉県立近代美術館提供
9. 原広司(1936-2025) 越後妻有里山現代美術館 MonET/新潟県十日町市
原広司は、東京大学大学院博士課程在籍中の1961年にRAS設計同人を設立し、70年にアトリエ・ファイ建築研究所との協働を開始。同大学院で長年教鞭を取り、その研究室からは山本理顕や隈研吾をはじめ数多くの優れた建築家が巣立っている。設計活動と並行して、有孔体、浮遊、様相、多層構造、離散性といった用語を用いた独自の建築論を展開し、日本の現代建築の発展を牽引した。中でも特筆すべきは世界60カ国近くを訪れた「集落調査」で、その成果は原の理論と実践双方に取り入れられている。
Photo: Kioku Keizo、越後妻有里山現代美術館 MonET提供
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の拠点施設である越後妻有里山現代美術館 MonETは、2003年に越後妻有交流館・キナーレとして誕生。建物の一部が2012年に越後妻有里山現代美術館[キナーレ]に生まれ変わったのち、2021年の改修と常設作品の大幅な入れ替えを経て現在の姿になった。原広司+アトリエ・ファイ建築研究所の設計による正方形の建物は、中庭の大きな池を列柱と回廊で取り囲む形状で、外界から切り離された別世界のように感じさせる。また、打放しのコンクリートとガラスを用いつつ、池という自然を取り込んだ空間は、静かなたたずまいで見る者の心を穏やかにしてくれる。
この池に映る像を利用しているのが、レアンドロ・エルリッヒの作品《Palimpsest: 空の池》だ。2階に上がると空や回廊の鏡像は複層化して見え、ある地点でそれが完全に一致する不思議な感覚が体験できる。
そのほかにも、越後妻有の風土や文化に向き合う作品、空間や時間の変容などを体感させる常設作品や、季節ごとの展示・企画展が充実している。冬季には池のある場所が雪原となり、積もった雪を楽しむ屋外展示も行われる。
原広司の代表作として挙げられるのは、ギリシャ・サントリーニ島の集落を連想させるヤマトインターナショナル(アパレル企業、東京都大田区)の白い社屋、雲形屋根が目を引く軽井沢・田崎美術館(日本建築学会作品賞)、巨大な吹き抜けと空中通路や大階段が特徴の京都駅、天然芝のサッカーフィールドがドーム内外を移動するホヴァリングステージを世界で初めて採用した大和ハウス プレミストドーム(旧札幌ドーム)、地上40階・地下2階のツインタワーを最上部でつないだ世界初の連結型高層ビル・梅田スカイビルなど。また、著書『空間<機能から様相へ>』がサントリー学芸賞を受賞したほか、空間理論の体系化への長年の功績が称えられ、2013年に日本建築学会大賞が贈られた。
越後妻有里山現代美術館では、季節ごとの企画展示が行われる。写真は2026年1月下旬から3月初旬に行われた企画展「ホンヤラドウーSnow Meeting」。 Photo: Nakamura Osamu、越後妻有里山現代美術館MonET提供
10. 谷口吉生(1937-2024) 豊田市美術館/愛知県豊田市
東宮御所の設計にも携わった建築家の谷口吉郎を父に持つ谷口吉生は、ハーバード大学デザイン大学院で建築学修士を取得。丹下健三の研究室と都市・建築設計研究所を経て、1979年に谷口建築設計研究所所長に就任した。「美術館建築の名手」と呼ばれる谷口の設計は、巨大なスケールと精巧なディテールが特徴で、直線などの幾何学的要素が無駄のない美しさと静謐さを醸し出している。また、ガラスや人工池を巧みに用い、洗練された空間を創造するとともに、建物と周囲の自然との調和を実現している。
Photo: 豊田市美術館提供
豊田市美術館は1995年、かつて挙母城(ころもじょう)のあった高台に開館した。美術館へと登る緑に囲まれたアプローチはあえて屈曲させてあり、ある地点で水平に伸びる巨大なグリッド状のファサードが目に飛び込んでくる。前庭に配置された大池に映り込む建物と、広々とした空は息を呑む美しさだ。巨大なファサードとは対照的に、正方形の壁に目隠しされた控えめなエントランスから中へ入ると、乳白色のすりガラスから取り込まれた柔らかな外光に包まれる。また、部屋ごとに空間の使い方や材質が異なる展示室や、ところどころで屋外の景色を楽しめる動線は、鑑賞体験に心地よいリズムを与えてくれる。
Photo: 豊田市美術館提供
同館のコレクションは、クリムト、シーレ、ココシュカなど19世紀末から20世紀初頭にウィーンで活躍した作家や、ダダ、シュルレアリスムの作品を核に、国内外の優れた近現代アーティストを網羅している。また、社会、ジェンダー、歴史などテーマ性の高い企画展でも定評がある。屋外の彫刻テラスに加え、世界的ランドスケープアーキテクト、ピーター・ウォーカーが手がけた2段式の庭園とあわせ、ゆっくり過ごしたい美術館だ。
数ある谷口吉生の美術館作品の中でも、世界的に大きな注目を集めたのが1997年の国際コンペティションで最優秀賞を勝ち取り、2004年に完成したニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築。そのほか、出世作の資生堂アートハウス、巨大なゴミ処理装置を見学できるガラス張りの通路が圧巻の広島市環境局中工場、人工池が印象的な東京国立博物館・法隆寺宝物館、日本芸術院賞を受賞した酒田市の土門拳記念館のほか、GINZA SIXや日産自動車グローバル本社(設計監修)などの代表作がある。また、日本建築学会作品賞を2度、2005年高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)を受賞し、2021年には文化功労者に選ばれた。
Photo: 豊田市美術館提供
豊田市美術館の彫刻テラス。ダニエル・ビュレン《色の浮遊|3つの破裂した小屋》 Photo: 豊田市美術館提供
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