ベルリンで3つのオノ・ヨーコ展が開催中。大規模展のキュレーターに「なぜいま?」を聞く

オノ・ヨーコのアートが再び注目を集めている。現在、ベルリンでは3カ所で展覧会が開催中。いまなぜドイツで彼女の作品が必要とされているのか、大規模個展のキュレーターに聞いた。

Photo © Clay Perry / artwork © Yoko Ono

ドイツ、ベルリンでは現在、3つのオノ・ヨーコ展が開催されている。グロピウス・バウでの大規模個展「ミュージック・オブ・ザ・マインド」、新ナショナルギャラリーの「ドリーム・トゥギャザー」、そしてベルリンの美術団体ノイエ・ベルリナー・クンストフェライン(nbk)による公共空間での展示「Touch」だ。街を代表する現代アート美術館での大規模な個展に加え、街中には彼女の巨大なビルボード作品が立つ。それにしても、なぜいま、オノ・ヨーコが注目されるのか。

色褪せない問題提起

「ミュージック・オブ・ザ・マインド」を企画したキュレーター、パトリツィア・ダンダーは1978年生まれ。彼女が初めてオノ・ヨーコをアーティストとして認識したのは、nbkによる2003年の展示でのことだったという。そこでは、オノ・ヨーコの映像作品が上映されていた。

「もちろん名前は知っていましたが、ヴィジュアルアーティストとしての活動はよく知りませんでした。しかし彼女の映像作品を見て、詩的で、とてもシンプルながら深遠なところに感銘を受けたのです」

「ミュージック・オブ・ザ・マインド」はロンドンテート・モダンと、ベルリンのグロピウス・バウで共同企画された大規模個展だ。2025年はオノ・ヨーコのアーティスト活動70周年。グロピウス・バウではインスタレーションから観客参加型パフォーマンス、映像やドローイングなど多岐にわたる200点以上の作品を通して、1955年から現在までに至る芸術活動を包括的に見せる。

「ミュージック・オブ・ザ・マインド」の展示風景。Photo © Luca Girardini (Gropius Bau) / artwork © Yoko Ono

この展示の見どころのひとつが、テート・モダンでは展示されなかった《Rape》だ。《Rape》は1968年に撮影された13点の短編映像作品のひとつとして撮られたものである。被写体であるモデルのエファ・マイラートは撮影されることについては了承していたものの、何が行なわれるか具体的には知らされていなかった。朝から晩まで回されるカメラは自宅にも入り込み、執拗に彼女を追っていく。最初は笑っていたマイラートが追い詰められていく様子が揺れる画面に映る。

観客はこの映像を観ることで「撮る/撮られる」という暴力的な力関係の目撃者となり、容赦なく状況に巻き込まれてしまうのだ。60年近くも前の作品が、今日の社会に通じる問題を提起していることに驚かされる。

変わりゆく女性の身体、老いにも目を向ける

「オノ・ヨーコの作品のテーマは、これほどの時を経ても古くならず今日にも通じるところがあります。それが魅力的なんですよ!」とダンダーは強調する。

例えば《Cut Piece》だ。初演は1964年の京都。女性として舞台に立ってその身体を晒し、観客は彼女が着ている衣服にハサミを入れ、その一部を自由に切り取って持ち帰る。

「当時の日本で、このパフォーマンスは相当に過激で挑発的なものだったでしょう。しかし作品の根底にある問いは、過去の話ではない。『舞台上で観察の対象となり、それゆえにオブジェとなる身体をどう扱うか?』という、今日もあるパフォーマンス・アートの問題も描き出されています。『女性の身体に対する暴力』もそうでしょう。『MeToo』運動が最近の話であることを踏まえると、彼女の作品の先進性がわかります」

グロピウス・バウの展示では、オノ・ヨーコが対峙してきたさまざまなテーマが掘り下げられる。男女平等、身体の解放、母性──。例えば、観客参加型の作品《My Mommy Is Beautiful》では、部屋いっぱいに来場者が母親に対する個人的な思いを書き込んでいく。

そして、老い。大きなひとつの部屋をいっぱいに広がる巨大なスクリーンで、2003年にパリでオノ・ヨーコが自ら演じた《Cut Piece》の映像が紹介されている。

「半裸で平和を訴える──ジョン・レノンの未亡人が、パリで見知らぬ人々に着衣を切らせた。パフォーマンスの最後には、70歳のオノ・ヨーコがほぼ全裸で現れた──平和のために」当時の様子を伝える独『Spiegel』誌の記事の見出しを読んだだけでも、彼女が対峙した性差別やエイジズム(年齢差別)が想像できる。

《Cut Piece》の展示風景。Photo © Luca Girardini (Gropius Bau) / artwork © Yoko Ono

時代がいま、オノ・ヨーコに追いついた

いま、なぜドイツでオノ・ヨーコの作品を見せるのか。それは、彼女の作品が時代の流れに合っているからだとダンダーは話す。

「彼女の作品は現代アートに通じる点がたくさんあります。例えばオノ・ヨーコが早くから行なっていたメディアミックス。ビジュアルアートと音楽を交差、融合させるこの手法は、現在多くの若手アーティストも用いています」

また、第二次世界大戦から80年を経て、再びヨーロッパにとって戦争が現実的な脅威としてそこにあるいまだからこそ、彼女の作品に共通する「平和へのコミットメント」も注目を集めているとダンダーは言い、こう続ける。

「オノ・ヨーコは1960年代から一貫して平和活動を続けてきました。さらに彼女が扱うテーマはフェミニズム環境アクティビズムにも広がっています。そういう意味においても、彼女は若いアーティストにインスピレーションを与える存在。いまこそ彼女の作品に向き合う時なのではないでしょうか」

オノ・ヨーコは12歳の時に東京大空襲を体験し、当時の戦争のトラウマが平和への思いに繋がったと言われている。ダンダーは、「戦争や紛争に集まるエネルギーを平和に向ければ、まったく異なる世界をつくり、平和のためにより多くの連帯を築くことができるのではないか──それが彼女の論理だと思います」と語った。

ベルリンの街をあげて、オノ・ヨーコの芸術活動を見る

オノ・ヨーコは、東西が分断していた時代にもベルリンを訪れ、《WAR IS OVER! (If You Want It) 》のポスターを西ベルリンの市内に貼った。

80歳の誕生日もベルリンで祝うなど、ベルリンは彼女にとって特別な場所。「ベルリンが大好きで何度も訪れている。ベルリンは私の体の一部」との言葉も残している。ダンダーは、「そういう意味でもグロピウス・バウだけでなく、ベルリンをあげて彼女の制作活動70年を祝い、さまざまな角度から作品を見る、見せることができるのが嬉しい」と語る。

新ナショナルギャラリーの「ドリーム・トゥギャザー」では、オノ・ヨーコの長年のテーマ、共に在ることをテーマにした展示で、観客は作品の世界に積極的に関わることになる。例えば《Play it By Trust》は、真っ白な巨大なチェス盤で、白い駒だけを使って対局を行うという作品だ。最大20名までが同時に対局でき「自分の駒がどこにあるかわかっている限り、ゲームを続けるように」と促される。

また、会場の前には1本の《Wish Tree》が立つ。グロピウス・バウの展示にもつながる「願いをかける木」だ。

さらにグロピウス・バウの中央にあるアトリウムには、何本もの《Wish Tree》が置かれている。展覧会の来場者だけでなく、すべての人に開かれた場所にあるので、誰もが願いを書き、この木に吊るすことができるのだ。日々、願いを書いた短冊が増え、いまやまるで真っ白な短冊の木のようだ。木の上には《PEACE is POWER》の簡潔で力強いメッセージが掲げられている。

1971年に、オノ・ヨーコはこう語っている。

「アーティストの仕事は破壊することではなく、物事の価値を変えること。そうすることで、アーティストは世界を変えることができる」

観客一人ひとりの小さな行動が、何かを変えるかもしれない。いまこそ、その意味を噛み締めたい。

Photo © Luca Girardini (Gropius Bau) / artwork © Yoko Ono

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