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  • 2022.08.05

古代ギリシャ彫刻はカラフルだった! メトロポリタン美術館の展覧会で覆される「白さの神話」

古い時代の仏像を復元すると、現在の姿とはほど遠い極彩色なのに驚くことがある。それと同じように、古代のギリシャ・ローマの彫刻も、今は当たり前のように考えられている白い姿ではなく、豊かな色に彩られていたという。そうしたかつての色彩を再現した彫像が、いまニューヨークのメトロポリタン美術館で開催中の企画展で展示されている。

ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われている「Chroma: Ancient Sculpture in Color(クロマ:古代彫刻の色彩)」展(2022年7月5日〜23年3月26日)の展示風景 Photo by Anna-Marie Kellen. Courtesy of The Met

ギリシャの三大悲劇詩人の1人、エウリピデスの『トロイアの女』で、絶世の美女へレネはこう語る。「美しさを捨て、醜い姿になりさえすれば。彫像の色を拭い去るように!」。へレネはトロイア戦争の悲劇の原因となった自らを責め、自分がトロイアの王子、パリスに寵愛される対象でさえなければ、と考えたのだ。

この有名な戯曲のセリフは広く知られている。だが、古代ギリシャやローマを思い起こす時、色彩が浮かんでこないのはなぜだろうか?

この2つの文明の彫刻は白いものだという一種の神話は、人種と西洋的美学に関する思い込みからくるものだ。地中海から北アフリカに広がる地域に生きたギリシャ人やローマ人は、肌の色の違いを認識してはいたが、現代の西欧社会のように肌の色で世界を分類することはなかった。色彩は、むしろ健康や知性、誠実さや品位という詩的な連想をもたらすもので、たとえば古代ギリシャの長編叙事詩『オデュッセイア』では、女神アテナがオデュッセウスをこう称える。「彼の肌は再び黒く、あご髭は青くなった」。色彩は美しさを表し、ルネサンス期に好まれた古代の筋骨たくましい彫刻は、肌や髪、衣装に鮮やかな色が施されているのが一般的だった。

これは特に新しい発見ではない。大理石やブロンズ、テラコッタでできた古代の彫像には、ポリクロミー(polychromy)と呼ばれる多色装飾の証拠が数多く残っている(ギリシャ語で、ポリは「多い」クロマは「色」の意)。ローマ時代の学者、大プリニウスは、多色装飾のことを『博物誌』に記録しているが、それは同時代の陶器や絵画によっても裏付けられている。美術館のキュレーターや修復士たちは、純粋な形を尊重するあまり、彫刻から色彩の痕跡を取り除いてきたのだ。

しかし、技術の進歩で、数千年前の多色装飾を識別して再現することが可能になっている。完璧ではないにしろ、実物を見てみると、その再現性のレベルに驚かざるをえない。

今、ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われている企画展、「Chroma: Ancient Sculpture in Color(クロマ:古代彫刻の色彩)」(以下、「クロマ」展)では、古代の彩色が再現された17点の彫刻を、古代ギリシャ・ローマ美術を紹介する展示室で見ることができる(会期は2023年3月26日まで)。その中から5点を選んで紹介しよう。


いにしえの時代を再体験する


カラム・クラテール(古代ギリシャで水とワインを混ぜるために使われた壺)。彫刻に彩色を施す様子が描写されている Photo: Photo Paul Lachenauer. Courtesy the Met

「クロマ」展は、メトロポリタン美術館の研究部門と、リービッヒハウス彫刻コレクション(フランクフルト)の古代ギリシャ・ローマ部門責任者ヴィンツェンツ・ブリンクマン、多色装飾研究の第一人者ウルリケ・コッホ=ブリンクマンによる共同作業で実現した。

年代順に展開される展示は、青銅器時代から始まり、メトロポリタン美術館の所蔵品で19世紀アメリカの珍しい多色彫刻が最後を飾っている。ブリンクマンによる複元品数点もオリジナルと並置されているが、その中には、キクラデス諸島で作られた先史時代の彫像のように、鮮やかな朱色の唇とそばかす、アズライトの青い瞳を持つものもある。

展覧会のハイライトは、墳墓を護衛するスフィンクスの再現だ。これは、古代ギリシャ美術がエジプトから影響を受けた時代があることを示している。また、アフェア神殿で見つかった彫像にヒントを得た、孔雀のように華やかな姿のトロイアの射手(紀元前490〜480年頃)もある。一部の学者は、この彫像を、矢でアキレウスを殺したトロイアの王子パリスだと見ている。

射手が着ているギザギザ模様の服は、現代の評論家には悪趣味に見えるかもしれないが、遠くにいる敵に彼の接近を警告するものだった。ホメロス時代の英雄にとって、色は忠誠心を表す。だから、その色を消し去ってしまったら、そこには物語のない男が残るだけなのだ。

「もし古代人がこの美術館に足を踏み入れたなら、彼らはきっと亡霊に囲まれたように感じたでしょう」。メトロポリタン美術館でギリシャ・ローマ美術の主任キュレーターを務めるショーン・ヘミングウェイはこう話す。「ギリシャ神話では、冥界は色が失われた世界だとされているのです」


古代多色装飾の研究


スフィンクスをかたどった大理石装飾の復元(部分)(2022) Photo: Courtesy the Met

ブリンクマンとコッホ=ブリンクマンは、1990年代から古代の彩色を再現する実験を開始した。斜めからの光線に照らされた彫刻表面の微妙な変化が、色彩の痕跡を示すことを発見したのだ。検証は、紫外線光を用いて顔料や紋様などを特定することから始められた。

それ以前は、肉眼で見る以外の検証方法は化学分析しかなかった。しかし、化学分析には顔料に損傷を与えるリスクがあった。一方、光とレーザーによる測定ならその危険を避けられる。また、光による解析ができない場合には、同時代の壁画や彫刻から配色の手がかりを得た。メトロポリタン美術館の第一級の所蔵品で、ファイユームの肖像画と呼ばれるローマ時代のエジプトの絵画も、配色を知るための参考に使われている。

元の彫刻に近い色を再現するため、複元には古代で使用されていたものと同じ材料と技法が採用された。顔料の製法や彫刻への適用法が解説されている大プリニウスの『博物誌』も、こうしたプロセスに重要な役割を果たしている。

ブリンクマンとコッホ=ブリンクマンの初期の取り組みは、2003年にハーバード大学のアーサー・M・サックラー美術館で開催された展覧会「Gods in Color: Painted Sculpture of Classical Antiquity(色とりどりの神々:古代の彩色彫刻)」で発表された。28都市を巡回したこの展覧会は、何百万人もの観客を集めたが、評論家の間には賛否両論があった。中でもニューヨーク・タイムズ紙は、複元された彫刻について「けばけばしく、安っぽい色使いや修飾は、下品で幼稚」と酷評している。また、トロイアの射手は「英雄に見えない」と言われ、嘲笑の対象にすらなった。だが今回、メトロポリタン美術館で展示されている射手は格段に改良され、以前の不気味な光沢は一掃されている。

しかし、2003年の展覧会への痛烈な批判は、研究者が的外れの再現をしているからというより、色を付けた古代ギリシャ人に向けられるきらいもあった。ギリシャ彫刻は白いものという既に確立された認識に反するような真実は、受け入れ難いものだったのだ。


白い大理石という幻想


カリグラという名で知られるローマ皇帝ガイウスの大理石胸像(西暦37-41年)。展覧会では彩色された復元品が展示されている Photo: Courtesy the Metropolitan Museum of Art

実際のところ、白い大理石彫像の神話は、時間のもたらした偶然の産物だ。彫刻や建築は千年以上にわたって風雨にさらされ、色彩や装飾は剥落する。土中などに埋もれていた場合は色の痕跡は保たれるが、汚れを取り除くための洗浄や、光や空気にさらされることによって失われてしまう。

1489年、ベルヴェデーレのアポロン像(ギリシャのブロンズ像をローマの大理石で再現したレプリカ)がバチカン宮殿の中庭に展示されると、一大センセーションが巻き起こった。ルネサンス期の芸術家たちは、彫刻の躍動感や光と陰の絶妙なコントラストを大いに気に入り、その美を建築と彫刻に取り入れていった。

18世紀から19世紀に行われた一連の発掘調査では顔料が残る彫刻が発見され、アテネのアクロポリスでも彩色されたレリーフと彫刻が発掘されている。それでも、白い大理石の幻想は払拭されなかった。19世紀の建築家、ゴットフリート・ゼンパーは、ローマのトラヤヌス帝時代の円柱に彩色の痕跡があると報告していたが、色彩のない彫刻への愛着は、もはや後戻りできないほど深まっていた。

多色装飾を論じる学者は退けられ、絵画と彫刻を色彩によって結びつけようとした芸術家は冷笑された。イギリス新古典主義の作家、ジョン・ギブソンが《Tinted Venus(彩色されたヴィーナス)》を発表した時、淡い黄色の髪をしたこの白い女神は、ある評論家から「裸の生意気なイギリス女」と揶揄された。この姿勢はモダニズムに引き継がれ、抽象化された白い造形がもてはやされるようになっていった。

ドイツの学者、ヨハン・ヴィンケルマンは、1764年に出版され美術史研究の基礎となった『古代美術の歴史(Geschichte der Kunst des Alterthums)』で、「身体は白ければ白いほど美しい」と述べている。今回のメトロポリタン美術館の展示でもヴィンケルマンの著作が引用されているが、これには異論もある。2018年、アイオワ大学のサラ・ボンド教授は、ヴィンケルマンの著作に関する鋭い論考を、オンラインアートメディアHyperallergic(ハイパーアレジック)で発表した。その内容は、ヴィンケルマンの見解を、20世紀のヨーロッパにおけるファシズムや白人男性至上主義のイデオロギーと関連付けて考察するものだ。一方、ブリンクマンは、もしヴィンケルマンが1768年にトリエステのホテルで旅行者仲間に殺され、50歳で亡くなっていなければ、多色装飾を支持していただろうと言う。


多色装飾と先入観の再考


「Chroma: Ancient Sculpture in Color」展より「小さなヘルクラネウムの女性」の展示風景 Photo by Anna-Marie Kellen. Courtesy of The Met

メトロポリタン美術館の来場者には複元作品を好まない人もいるのを、ブリンクマンとヘミングウェイは重々承知している。

「丹念に大理石を刻み、皮膚の下にある筋肉を緻密に再現するほど自然主義的な美意識に駆り立てられていた」古代の彫刻家たちが、「色を塗りたくってその努力を消し去る」絵師たちを、なぜ許容したのか。マーガレット・タルボットが2018年にニューヨーカー誌で多色装飾の新しい潮流に関する記事を寄稿した時、ある評論家はこう批評した。

「クロマ」展では、古代の彫刻家と絵師がチームであったことが示されている。絵師たちは、巧みに色を塗ることで、いかに大理石の本質的な輝きを高めることができるかを理解していた。古代ローマの彫像は、街中など公共の場所に設置されることが多かったので、熟練した職人が彩色したものは、薄暗い場所では彫刻なのか生きている人間(や動物)なのか見分けがつかなかっただろう。

現代のアーティストには、古代の絵師とまったく同じように描くことはできない。同じように描くには、何世紀にもわたる美術史の積み重ねを捨て去らなければならないからだ。展示の中には、「小さなヘルクラネウムの女性」と呼ばれる後期古典の大理石像の再現もある。これは、ギリシャ神話の神、アルテミスとアポロの生誕地とされるギリシャのデロス島で発見された像を基に復元したものだ。像の調査には、紫外線や赤外線、レーキライトのほか、物質の成分元素や構成比率を分析できる蛍光X線や電磁波測定も用いられた。この彫像では透明な衣のドレープが見事に再現され、マラカイトグリーンのマントの下に、肌着のあざやかなピンク色が見える箇所もある。

彩色された彫像から見えてくる新しい解釈


「Chroma: Ancient Sculpture in Color」展より、「支配者」と「休息する拳闘家」の展示風景 Photo: Photo by Anna-Marie Kellen. Courtesy of The Met

この展覧会で最も物語性を感じさせるものに、復元された1組のブロンズ像がある。その肉感的な彫刻では、異なる金属を組み合わせ、黒い髪と日焼けした肌、金の武器が表現されている。

主展示室にガックリとうなだれて座っているのは、筋骨隆々とした拳闘家だ。滴り落ちる血は銅の象眼細工で表現され、鉛と青銅の合金でできた黒アザがある。その顔は、隣の逞しい戦士を見上げている。元の彫像は、1885年にローマのクイリナーレの丘の近くで発見されたもので、ヘレニズム時代の「支配者」と「休息する拳闘家」と呼ばれている。古代ギリシャを代表する2体の彫刻は、学術的にはそれぞれ別個の作品として扱われることが多い。

しかし、ブリンクマンはこの解釈は正しくないと考えている。彼とヘミングウェイは、1940年代の米国の学者の見解に従い、ゼウスの息子ポリュデウケースが、アナトリア北部に住んでいたベブリュケスの王アミュコスを打ち負かしたというアルゴナウタイ神話の物語を表すものという説を取っている。アミュコスは、自分の支配地を訪れる旅人に拳闘の試合を強要して殺すのが常だったが、拳闘の名手ポリュデウケースには歯が立たなかった。

「そもそも2人の間に視線を合わせるような必然性があったかどうか、これまで誰も検証していないのはおかしい。簡単なことなのに」とブリンクマンは問いかける。「これは勝利のシーンだとする意見もあるが、では、なぜ敗北の姿勢なのか? なぜ血が出ているのか? 呆然とした表情で見上げている相手は、いったい誰なのか?」

現在、ブリンクマンらは、古代の多色装飾を特定するための正式な科学的手法を確立している。また、それが今後の発掘において標準的なものになることを望んでいるが、すでにその手順の有用性は証明されている。その一例は、チュクルバー考古学プロジェクトだ。同プロジェクトの研究者は、トルコの古代都市、ニコメディアで近年発見されたローマ時代の大理石のレリーフが「紫色に染まっている」のを発見した喜びを報告している。(翻訳:山越紀子)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年7月25日に掲載されました。元記事はこちら

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