パティ・スミスは「楽しむことや笑うことを恐れないで」と言った──「コレスポンデンス」展レビュー

東京都現代美術館において、パティ・スミスと現代音響芸術集団サウンドウォーク・コレクティヴによる「コレスポンデンス」展が開催されている。10年以上にわたる両者の共同制作から生まれた作品が展示されている本展覧会をレビューする。

「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年。Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.

編註:こちらの記事は毎週金曜日に配信されているニュースレターに加筆修正を加えたものです。

開館30周年を迎える東京都現代美術館が新たに立ち上げた実験的プロジェクト「MOT Plus」の第一弾として、詩人パティ・スミスと現代音響芸術集団サウンドウォーク・コレクティヴによる「コレスポンデンス」展が4月26日から開催されている。本展は、両者の10年以上にわたる共同制作から生まれた8つの映像作品を中心に構成され、人間と自然の関係や芸術家の役割について問いかける意欲的なプロジェクトだ。オープンの前日には、スミスとサウンドウォーク・コレクティヴの創設者であるステファン・クラスニアンスキーが展示を巡りながら解説するプレビューと、プレスカンファレンスも行われた。

1970年代にミュージシャンとしてデビューしてから現在に至るまで、実に半世紀にもわたって「パンクの女王」として崇められてきたパティ・スミスだが、75年に『Horses』でデビューするずっと以前から、彼女は常に詩人だった。ウィリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグらビート・ジェネレーションの作家・詩人の作品に傾倒していた彼女は、67年にNYに上京すると、オートマット(自動販売式食堂)で偶然出会ったギンズバーグの知遇を得て(ギンズバーグは最初スミスを「とても美しい男の子」だと勘違いして声をかけたといわれている)詩人としての活動を本格化している。「パンクの女王」と呼ばれミュージシャンとして成功してからも詩的感性はいつも彼女の創作活動の核心にあり続け、ギンズバーグが実験的に行っていた「詩と音楽の融合」を商業的な意味においても成功させた。そしてその根幹にあり続けているのは、「ヒューマニティへの問い」だ。初期のより個人的な探求から社会的・政治的な主張へ、そして近年では気候変動といった環境問題や戦争といった地球規模の問題まで範囲を拡張しながら、パフォーマンスや展覧会を通じて彼女は粘り強く言葉を紡ぎ続けるのだ。

「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年。Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.

本展のタイトルとなっている「コレスポンデンス」には、ここでの正しい和訳にあたる「往復書簡」以外にも「一致・調和」という意味がある。AとBが対応している、一致している、というようなときに用いられる言葉だ。そんな言葉を冠した本展は、パティ・スミスとクラスニアンスキーが10年以上前に飛行機で隣り合わせになったことから意気投合し、以来、様々な形態での対話を重ね、アイデアを交換しながら、ライブパフォーマンス、展覧会、上映、詩の朗読会、ワークショップなど、多岐にわたる形式で継続してきたコラボレーションの最新形であり、これまで、トビリシ写真マルチメディア美術館(2023年、ジョージア)、メデジン近代美術館(2024-2025年、コロンビア)、オナシス文化センター(2024年、ギリシャ)、メンデス・ウッドDM(2025年、ブラジル)、クリマンズット(2025年、アメリカ)を巡り、さらに日本での展覧会がスタートする一週間前には韓国のpiknicでも幕を開けた。しかも巡回展であるとはいえ、発表する場所に合わせてサイトスペシフィックな作品が追加されたり、その間に起こったスミスとサウンドウォーク・コレクティブとの「コレスポンデンス」によって常に進化し続けるため、二つとして同じものがないのも特徴だ。

二人によれば、彼らの制作プロセスはつねに音と詩の対話からはじまる──クラスニアンスキーが詩的な霊感や歴史的重要性をもつ世界各地の土地を訪れ、フィールドレコーディングによって「音の記憶」を採集し、その録音に触発されたパティ・スミスが詩を書き下ろし、さらにその詩とサウンドトラックに合わせてビジュアルが編集され、作品として完成される。プレスカンファレンスでは、ときに疲れ果てて気分が乗らない78歳のスミスを鼓舞し、制作へと向かわせるのは、「美味しいコーヒー」とクラスニアンスキーの忍耐強さであることも明かされ、会場の空気を和ませた。

音と映像、大小様々なペインティングやドローイング、ファウンドオブジェクトや対話の記録などで構成される今回の「コレスポンデンス」展においても、(おそらく)映像作品以外はほぼ全て東京での展示のために制作された新作であり、クラスニアンスキーは展示スタートの約1カ月前から、スミスは5日前から日本に入り、制作にあたったという(スミスのインスタグラムでは、展示会場の床に座り、美しい花を描いた大型作品に色鉛筆で手を入れる彼女の姿が確認できる)。

ほの暗い会場に入るとまず目に入るのは、まるで風雨にさらされた墓標のような石の群れだ。このインスタレーションで用いられているのは、香川県以外ではほとんど採掘されることのない希少な鉱物、サヌカイトと呼ばれるもので、棒状にくり抜かれた形跡が認められるものもある。1970年代に古代に石器の一大生産地だった香川県坂出市でかつて生産されていた石の楽器を復活させようと、試行錯誤を重ねて様々な石琴を開発した故・前田仁が開いた「金山けいの里」をクラスニアンスキーが訪れ、譲り受けたものだという。石器を制作するためにくり抜かれた、つまり「音を失った」石の残骸からなる本作は、かつてあるインタビューで「領土や場所、歴史を読み解く方法はあまり多くない。 私は音を通して、私たちの歴史に人間性のようなものを取り戻そうとしている」と語ったクラスニアンスキーが表現する通り、まさに「音のゴースト」だ。

ほかにも、今回の旅でスミスが敬愛する太宰治の墓を訪れ、花を手向けた経験が投影された、どこか慎み深さをたたえるドローイングや、プレスカンファレンスで「美しくも、放射能により汚染された」とスミスが説明した花を描いた作品(そこには、スミスによる詩や散文が震えるような筆致で書き足されている)などが展示されているが、それらがどんな「コレスポンデンス」によって導かれたものなのか直接的にはわからないものも多い。しかし、この展覧会が全体として、二人の敬愛に満ちた「交感」の軌跡(往復書簡や対話よりも、こう表現するのが最適であるように思える)であることは伝わってくる。

本展は、今回の展示作品の中でもっとも「コレスポンデンス」としての強度が高いと感じられた8つの映像作品からなる大作──すべて鑑賞するには2時間を要する──で完結する。本作は、チェルノブイリ原発事故や森林火災、動物の大量絶滅といったテーマを探求したものであり、また、アンドレイ・タルコフスキー、ジャン=リュック・ゴダール、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ピョートル・クロポトキンといった芸術家や革命家を参照しながら、人間と自然の関係やアーティストの役割、人間の本質について問いかける。会場を赤く照らす森林火災の映像には、スミスのこれまでの人生の間に起きた主要な山火事の名前とそれによって消失したエーカー数を伝える悲痛な声が重ねられ、人間がコントロールする世界の現実を、美しくも重く鋭く突きつける。

「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年。Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.
「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年。Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.

「コレスポンデンス」展で発表された作品群は、スミスがいつもそうであったように、どれも社会的・政治的なテーマを扱っている。プレスカンファレンスであるジャーナリストに「社会課題に対するアーティストの役割」について聞かれたスミスは、同様の質問はよく受ける、といくばくかの苛立ちを孕んだ様子で、「アーティストは高尚な存在であり、世界を変える力を持っていると考える人もいるが、そうじゃない。アーティストの第一の責任とは作品そのものであり、できる限り良い作品になるよう努力すること」と回答。そして、「アーティストは言葉を持たない人の言葉を代弁したり、歌を持たない人のために歌うことはできるかもしれないが、社会責任とは職業や居住地などに関わらず全ての個人が持つべきものであり、人々なしに変化は起きえない。人々こそが力であり、協働することで変化を起こすことができる」と続けた。また、別のジャーナリストから「本展を制作する中でのチャレンジ」について質問されると、「困難こそエキサイティングであり、困難から生まれた風景に私はいつも驚かされ、感動する」と表情を緩めた。

こうした言葉には、最終的には「人間と未来への希望を捨てない」スミスの、豊富な人生経験に支えられたオプティミスティックな態度が反映されている。そして彼女は、プレスカンファレンスをこんな言葉で締めくくった。

「いい仕事をすること、政治的にアクティブであること、そして政治的な意識を持つことは大切。でも、楽しむことも忘れないで。この困難な時代に、楽しむことや笑うことを恐れないで。笑ったり幸せを感じたりする力を持ち続け、明るい空気を世界中の子どもたちに届けましょう」

MOT Plus サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス
会期:開催中〜6月29日(日)
場所:東京都現代美術館 企画展示室 B2F(東京都江東区三好4-1-1)
時間:10:00〜18:00
休館日:月曜日
料金:一般 ¥1800 ※小学生以下無料(要保護者同伴)
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/MOTPlus-correspondences

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