なぜ? ニューヨークのパブリックアートに保守派から非難の声が続出。その背景と作品の意味を考察

ニューヨークのタイムズスクエアに期間限定で展示されている黒人女性の彫像が、SNSで大きな反発を呼んでいる。「文明の終焉の予兆」という非難から人種差別的な改変画像まで、この作品への批判は何を意味するのか。パブリックアートが投げかける政治的問いをUS版ARTnewsのシニア・エディターが考察する。

トーマス・J・プライス《Grounded in the Stars》(2023) Photo: Timothy A. Clary/AFP via Getty Images
トーマス・J・プライス《Grounded in the Stars》(2023) Photo: Timothy A. Clary/AFP via Getty Images

トーマス・J・プライスが手がけた彫刻《Grounded in the Stars》(2023)をめぐり、X上で「非常に病んだ社会を描写している」「文明の終焉の予兆」などといった非難が相次いでいる。

ニューヨークのタイムズスクエアに展示されている《Grounded in the Stars》は、高さおよそ3.6メートルの黒人女性を描いた像だ。しかし、インターネット上の暴言を鵜呑みにするのではなく、自分自身の目で確かめるため、金券ショップの近くに設置されたこの彫像を見た観光客の反応を実際に観察することにした。すると、現地で見た人々の反応もインターネットと同様に、失望し困惑せざるをえないものばかりで、この作品に対するネット上の批判は、現実世界にも現れていることが証明されただけだった。

例えば、写真を撮るために作品の前に立った黒人女性は、像をまねて腰に手を当て、反抗的なポーズを取っていた。またある白人男性は、彫刻の後ろに回り込み、像の臀部を手のひらで触りながら満面の笑みを浮かべ、同行者に写真を撮らせていた。その間、前述の女性は像の反対側で記念撮影を続けていた。

この2組が《Grounded in the Stars》の前で取ったポーズは、世間がこの作品をどう見ているかを象徴しているように思える。一部の人々はプライスの作品を肯定的に捉え、力強さを感じている一方で、FOXニュースの論説が記しているように、《Grounded in the Stars》は「ウォーク(社会問題への意識が高い)な人々が、左派思想に絡みつく結び目を物理的に表現した作品」と捉えている人もいるようだ。

SNSで飛び交う差別的な投稿

こうした解釈に連動するように、作品を非難する投稿だけでなく人種差別的なSNS投稿も目立つ。Xには、プライスの像をメープルシロップブランドのアンティ・ジェミマや、アカデミー賞受賞女優ダヴァイン・ジョイ・ランドルフに改変された画像が散見される。また、ケンタッキーフライドチキンのバーレルとスイカ(*1)が雑にコラージュされた像の画像も発見された。さらにInstagramでは、白人インフルエンサーが彫刻に圧倒されて涙を流すふりをした嘲笑的な動画も投稿されている。この動画のキャプションには、「彼女はようやく正当な評価を得ることができた。何せ彼女はこの国のために多くのことを成し遂げたのだから」と皮肉めいた一文が添えられている。

*1 フライドチキンとスイカは黒人の好物であるという人種差別的なステレオタイプが、アメリカ社会には根深く残っている。

これらの投稿を見ると、《Grounded in Stars》という作品が、記念碑的な作品を快く思わない一部の人々の反感を呼び起こしていることがうかがえる。このような記念碑を拒絶する姿勢に対して驚きを覚えると同時に、多様性の尊重といった人として大切な考えが欠落しているように感じる。こうした反応こそが、私たちが社会の価値観を考える上で注視すべき現象なのだ。

トーマス・J・プライス《Grounded in the Stars》(2023) Photo: Timothy A. Clary/AFP via Getty Images
トーマス・J・プライス《Grounded in the Stars》(2023) Photo: Timothy A. Clary/AFP via Getty Images

とはいえ、《Grounded in the Stars》という作品そのものに目を向けると、そのシンプルさ故に作品に込められたメッセージを見落としがちだ。プライスは約10年間にわたって、黒人の人々の日常生活を切り取ったブロンズ彫刻を制作してきた。現在、ダウンタウンで開催中のハウザー&ワースの展覧会では、スマートフォンを操作したり、道ばたに立っている人物の像が展示されている。彼らはスウェットシャツやジーンズ、T シャツ、スラックスを着用しており、あたかも実際に街を歩く人々の一部のように見える。

プライスが手がける作品はどれも壮大なスケールながら、慎ましさを感じさせることが多い。その一因は、プライスが出会った人々を複合的に表現した彫刻の感情を排した視線にあり、『Interview』誌に掲載されたインタビューで彼はこう語っている

「私が作った像は、観客と関わろうとしたり、承認を求めているわけではありません。観客に見られているか否かは関係なく、像はただその場所に存在しているだけなのです」

彼は自分の作品を古代エジプトの彫像と関連付け、それらが持つ冷たくも威厳のある外観を模倣しようとしたという。

プライスが手がける「アンチ記念碑的」彫像

こうしたプライスの作風は、日常を美術館に引き込む試みとして1960年代に始まったフォトリアリズムの伝統的手法とも結びついている。フォトリアリズムの文脈で活動するアーティストのほとんどが画家であった一方で、デュアン・ハンソンは、買い物客やくつろぐ人々、清掃員などの労働者を極めて写実的な彫刻として表現した。彼が題材とした人物たちは、当時のアート界のエリートたちからは注目に値しないと見なされていたかもしれないが、ハンソンは一般の人々に共感のまなざしを向けていた。こうしたハンソンの視点は、プライスが彫刻する男性や女性と対峙する姿勢と通ずるものがある。

また、プライスの作品は、ハンソンの作品と同じように、細部への鋭い観察眼が光っている。例えば《Grounded in the Stars》をじっと見つめてみると、シャツが体にぴったりとフィットしておらず、裾が少し短めである点や、スニーカーにかすかな使用感が見られる点など、描かれているリアルな人物像に感嘆することだろう。しかし、プライスはハンソンの後を追っているわけではない。というのも、プライスの装飾のないブロンズ彫刻は、特にハンソンのレジンにハンドペイントを施した手間のかかる作品と比べると、大量生産品のように見えるからだ。また、《Grounded in the Stars》で描かれたポーズは、あまりに直接的で、象徴としての奥行きがやや損なわれている印象も受ける。しかし、概念的には、プライスの作品はハンソンの作品に既に存在するテーマを洗練された形で継承している。

《Moments Contained》(2022)とともに写るトーマス・J・プライス。Photo: John Phillips/Getty Images for The V&A
《Moments Contained》(2022)とともに写るトーマス・J・プライス。Photo: John Phillips/Getty Images for The V&A

ハンソンの彫刻とは異なり、プライスの作品には明確な政治性があると見なされてきた。南北戦争の南軍兵士やヨーロッパの植民地主義者の像が抗議者によって倒されるなどした2020年以降、プライスの芸術は記念碑を巡る継続的な議論への反応として扱われるようになった。この点についてイギリス人アーティストであるプライス自身も認めており、「一般的な記念碑がどのようなものであるかは理解していますが、私の作品はそれとは違うのです」とアート・ニュースペーパーに語っている

これがまさに《Grounded in the Stars》がこれほど多くの人々(特に保守派)の反感を買っている理由だろう。プライスが手がける作品は「アンチ記念碑」とも捉えることができ、世界の至る所に依然として設置されている植民地主義や奴隷制、構造的人種主義に関連する彫像に対する反論なのだ。

一部の人々はそうした歴史的な像が今後も存在し続けることを望んでいる。代表的な例として、今年ドナルド・トランプ大統領は、「アメリカの英雄たちの国立庭園(National Garden of American Heroes)」構想を復活させた。これは彼が2021年に発令した大統領令を2025年初めに再び有効化したものだ。トランプ大統領はこの構想について、「アメリカの過去の偉人たちが記憶されるだろう」と述べ、特に「建国の父と偉人たちの記念碑が悲劇的に倒された」事態への対応だと明言している。この計画では、「アメリカの過去の偉大な人物」250人を「写実的に」表現する彫像を設置予定で、実現に向けて全米人文科学基金と全米芸術基金から約3400万ドル(約50億円)の予算を向けるとされている。

歴史の解釈は時代とともに変化し、過去の出来事に対する私たちの認識も変わる。しかし、「アメリカの英雄たちの国立庭園」構想に見られるように、トランプ大統領や保守層はこうした変化を抑制し、特定の歴史観を固定しようとしている。おそらくこうした考えこそが、《Grounded in the Stars》が物議を醸した理由であり、FOXニュースの論説では、「怒れる黒人女性の像を街中にどうしても置く必要があるのなら、せめてセオドア・ルーズベルト元大統領の像を再び設置してもいいだろう」と皮肉を込めて締めくくられていた。論説の著者は、アメリカ自然史博物館の前にかつて設置されていたルーズベルト元大統領の記念碑が撤去されたことに言及していた。ただし、この記念碑の撤去については、同博物館の館長が2022年に「簡潔に言えば、像を移動させる時がきたのです」と述べている

今や私たちは、《Grounded in the Stars》のような作品──その物理的な大きさ以上に重要なメッセージをもち、黒人女性の存在を否定しようとする人々に対峙する彫刻──を公共空間の中心に据える時代を迎えているのだ。(翻訳:編集部)

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