ライアン・ズラー(Ryan Zurrer)
拠点:スイス・ツーク
職業:起業家、ベンチャーキャピタル
収集分野:デジタルアート

美術界では新興分野であるデジタルアートのコレクターは数多いが、この分野の大物コレクターは名前を明かさないか、ネット上のハンドルネームのみ公にしている場合が多い。たとえば、最近ジェネラティブアートのNFTコレクションをロサンゼルス・カウンティ美術館に寄贈したコレクターは、通称「コジモ・デ・メディチ」という人物だ。その中でめずらしく本名で知られているスイスの起業家ライアン・ズラーは、2020年以降、ビープル(マイク・ヴィンケルマン)、レフィク・アナドル、アグニェシュカ・クラント、サラ・メイヨハスなど主要なデジタルアーティストの作品のコレクターとして注目を浴びている。
ズラーの本業は、ベンチャーキャピタルのダイアレクティックとヴァイン・ベンチャーズの創設者兼ディレクター。この2社はそれぞれ、オルタナティブ資産とメンタルヘルス分野への投資を行っている。以前は風力タービンなどエネルギー関連ビジネスを対象にしていたが、2016年以降は暗号資産に注力するようになり、2017年のビットコインブーム時には暗号資産系プロジェクト投資大手のポリチェイン・キャピタルのパートナーになった。その後、ズラーは暗号通貨やブロックチェーン技術、NFTのエバンジェリストとなり、分散型ウェブの研究開発に資金を提供している非営利組織、Web3財団の理事を2年間務めている。
2021年11月、ビープルの《ヒューマン・ワン》を入手したズラーはアート界の表舞台に登場した。これは4枚のLEDスクリーンで構成された高さ約2メートルの箱型の立体作品で、その中ではディストピア的な風景をバックに、宇宙飛行士のような人物が歩いている。クリスティーズで2900万ドル(約42億円)で落札されたこの作品は、イタリア・トリノ近郊のカステッロ・ディ・リヴォリや香港の現代美術館M+を巡回したのち、2024年1月までアメリカ・アーカンソー州ベントンビルにあるクリスタルブリッジ美術館で展示されていた。
2023年、US版ARTnewsのインタビューに応じたズラーはこう語っている。「こうした一流のデジタルアーティストたちがそれぞれの創造性を発揮し、アート界のメインストリームで正当な位置を占めるようになるのを助けたいと思っていますし、それに深い使命感を感じています。私たちはそれを伝える手助けをし、彼らが正当な評論や学術的な論考に値する重要な世代のアーティストであることを美術館に伝えることに注力しています」
ズラーはまた、自身の1OF1コレクティブと、パブロ&デジレ・ロドリゲス・フライレ夫妻のRFCコレクションを通じて、レフィク・アナドルの《Unsupervised - Machine Hallucinations - MoMA》をニューヨーク近代美術館に寄贈した、この作品は2022年11月に初公開され、2023年10月まで数回、展示期間が延長されている。