ジュリア・クレツレスクが合成繊維でセクシーに表現する、身体への眼差しと効率化への反抗【New Talent 2025】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、石油系合成繊維が環境に与える影響を念頭に、車のシートカバーを再利用したファイバーアートを制作するジュリア・クレツレスクを紹介する。

左から《Underneath all traces of comfort》(2024)、《Wound and womb》(2024)。Photo: Courtesy Fragment Gallery, New York
左から《Underneath all traces of comfort》(2024)、《Wound and womb》(2024)。Photo: Courtesy Fragment Gallery, New York

近年、ファイバーアート(繊維素材を用いたアート)をあちこちで目にするようになった。特に、民俗的な伝統を取り入れ、労働集約的な手作業によって制作され、天然繊維を素材とした作品がトレンドになっている。

そんな中、ジュリア・クレツレスクの作品は、より身近な素材である合成繊維を使っているという点で際立っている。彼女は、故郷であるルーマニアのクラヨバ近郊にあるフォードの自動車工場から入手した、安価なシートカバーを再利用しているのだ。こうしたありふれた素材を、シミひとつない状態で見ることはめったにない。しかもクレツレスクの手にかかると、セクシーなものにすら思えてくる。

それは、作品にぶら下げられているいくつものストラップがボンデージを想起させるからかもしれない。それに、大きさのせいもある。壁にかけて展示する作品は幾何学的な形だが、ほぼ人間の胴体の大きさだ。シートベルトやさまざまな付属品を再利用したストラップは、手仕事で複雑に仕上げられている。あまりに見事な職人技なので、クレツレスクの作品では、ファウンドオブジェ(*1)と一から制作された物を見分けるのが難しい。

*1 自然にある物や日常生活で使われる人工物(特にアートに転用されたもの)。

クレツレスクは最近、ブカレスト国立芸術大学でグラフィックアートの博士号を取得した。鎧を思わせる輪郭線をステッチで表現したレリーフのような作品は確かな技術を感じさせるが、ソーイングによる制作を始めたきっかけは、コンピュータを使ったグラフィックデザインが「あまりにスピードが速い」ことに苛立ちを感じたからだった。手作業による制作に「呼吸する間合い」を見つけた彼女は、効率化を拒む気持ちを強めていき、ついには機能性のあるものを一切作らないことにした。

フォードのシート地を使い始める前、クレツレスクはピンストライプのコットンを素材に用いていた。その結果生まれたのは、鎧とコルセットとスーツが合わさった衣服のような抽象作品で、両性具有的なものだった。緻密に仕立てられたその作品は、デッドストックの素材、つまり二度と入手できない素材で作られている。

それは意図的な選択だった。クレツレスクは、大量廃棄された衣類が埋立地に溢れ、中でも石油系合成繊維が自然分解しないことを憂慮している。ニューヨークのフラグメント・ギャラリーでの素晴らしい個展を終えてルーマニアに帰国したときに取材した彼女は、「ファッションは大好きですが、これ以上新たな服を増やしたくないのです」と語っている。

ジュリア・クレツレスク《Fuselage, ergonomics of temper》(2024)。Photo: Courtesy Fragment Gallery, New York
ジュリア・クレツレスク《Fuselage, ergonomics of temper》(2024)。Photo: Courtesy Fragment Gallery, New York

自動車産業が盛んな土地で育ち、バイク用のライディングウェアが大好きだったというクレツレスクは、脊髄を保護するパッドが装着できるプロテクターを、「身体に密着するものながら、とてもグラフィックな形」だと表現する。そして、自身の健康上の問題と向き合う中で、そうした特徴に惹かれるようになり、ライディングウェアを現代の鎧として捉えるようになった。やがて中世の鎧にも興味を持ち、解剖学的構造を図形として抽象化できることに夢中になる。

クレツレスクは、まずドローイングで形をデザインし、次に作品の大きさに合わせた型紙を作る。ただし、鎧からヒントを得てはいるが、金属で尖った形を表現したくはなかったという。ケガを防ぐ一方で、身体を傷つける恐れがあるからだ。

制作の工程を見ると、彼女が作品の見た目だけでなく感触も考えながら作っていることが分かる。それは、鑑賞者の視覚だけでなく、身体的な感覚に訴えるような作品を目指したミニマルアートを超えていると言っていいかもしれない。ミニマルアートは、金属でできた四角い形など、冷たく人を寄せ付けないような見た目や素材を使う場合が多かった。それに対してクレツレスクの作品は、触覚に直接訴えてくる。(翻訳:清水玲奈)

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