ミイラの腹から古代文学『イリアス』を発見。考古学史上初の事例、意図に深まる謎

2025年末、古代エジプトの都市オクシュリンコスで発見されたミイラから、ホメロスの叙事詩『イリアス』の一節を記したパピルスが見つかった。宗教的文書ではなく文学作品が埋葬に用いられた考古学史上初の例として、注目を集めている。

オクシュリンコス近くにあるサッカラ遺跡。Photo: Getty Images

2025年末、バルセロナ大学と近東古代研究所の合同調査チームが、カイロの南約160キロに位置する古代エジプトの都市オクシュリンコス(現在のアル・バフナサ)でミイラを発見した。

Live Scienceによるとこのミイラは、ローマ帝国がエジプトを支配していた約1600年前の男性とみられている。防腐処理の過程で、遺体の腹部にはホメロスの叙事詩『イリアス』のギリシア語テキストが記されたパピルスが束ねられ、織り込まれていた。

当時のエジプトでは、魂を導き保護する目的で、呪文や宗教儀礼に用いるパピルスを折り畳んで封入する習慣があった。しかし、古典文学がこのような形で埋葬に用いられた例は、これまで報告されていない。

調査に携わるバルセロナ大学古典語・ロマンス語・セム語学科のイグナシ=ハビエル・アディエゴ教授は、この発見について次のように述べている。

「19世紀末以降、オクシュリンコスでは膨大なパピルスが発見されており、その中には重要なギリシア文学のテキストも含まれています。しかし今回の発見の真の新しさは、文学的パピルスが埋葬という文脈から見つかった点にあります」

ミイラの腹部から見つかった『イリアス』のパピルス。Photo: Courtesy Ignasi-Xavier Adiego

『イリアス』は紀元前8世紀頃に成立したとされる長編叙事詩で、『オデュッセイア』と並び、西洋文学の原点と位置づけられている。物語はギリシア神話に基づくトロイア戦争末期を舞台とし、約10年に及ぶ戦いの最後の数週間を描く。今回のパピルスに記されていたのは第2巻の一節で、「軍勢表(Catalogue of Ships)」として知られる部分であり、トロイアの城を前にギリシア軍の大艦隊が集結する様子が列挙されている。

では、なぜ古代の処理師たちは『イリアス』を遺体の中に納めたのか。この点が、現在考古学者たちの関心を集めている。

オクシュリンコスの発掘調査の共同ディレクターであるエスター・ポンス・メジャードは、Live Scienceの取材に対し、「このパピルスは、故人を来世で守護するために腹部に納められた可能性があります」と語っている。

一方、ZME Scienceは、古代において防腐処理師が遺体を包む際、廃棄された文書を安価な素材として再利用することがあった点に注目し、特別な意図なく『イリアス』がいわば古新聞のような感覚で梱包材として使われた可能性を指摘している。また、故人が『イリアス』を愛し、死後も共にあることを望んだという説もある。いずれにしても、文書は腹部に丁寧に配置されており、当時パピルスが非常に高価な素材であったことを踏まえると、何らかの特別な意味があった可能性は高い。

『イリアス』のパピルスが見つかったこのミイラには、依然として不明な点が多い。研究は現在も続いており、調査の進展によって、この男性の正体や文学作品を遺体に納めた意図が明らかになることが期待されている。

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