「たとえ世界が自分一人になっても模型はつくり続ける」──大森記詩が揺さぶるスケールの感覚
彫刻家・モデラーの大森記詩(おおもり・きし)。その作品群は幼少時からつくり続ける模型からインスピレーションを得ている。今年3月に模型作品をまとめた書籍『MIXINGSCAPE 空想模型モデリングマニュアル』を上梓した大森に、「つくること」について話を訊いた。

大森記詩は、東京藝術大学彫刻科出身の彫刻家でありモデラーだ。ホビー誌にミキシングビルド(既存製品のパーツを組み合わせてオリジナル作品をつくる手法)作品を発表しつつ、彫刻ではプラモデルのパーツを取り入れた作品などを制作。2025年9月13日~10月12日には、福岡の田川市美術館で両領域を横断する個展「大森記詩展 SCALESCAPE:ホビー/アート/ジャパン」が開催された。さらに今年、ミキシングビルド連載をまとめた書籍『MIXINGSCAPE 空想模型モデリングマニュアル』(ホビージャパン)を上梓。アトリエにてその制作の根底にある思考を聞いた。
スター・ウォーズから始まった創作模型

──まず模型と彫刻に興味を持ったきっかけを教えてください。
どっちがいつというのははっきりしていないのですが、私は両親ともに作家で、子どものころから日常的に立体・平面の制作を間近に見ていました。父は原口典之(1946~2020)という美術家なんですが、模型好きで飛行機や戦車などのスケールモデルをよくつくってくれたりスケッチを描いてくれました。なので私もガンダムなどのロボットものよりもスケールモデルが好みです。
そんな環境で自分が芸術分野に興味を持つのは自然で、美術高校に進みました。スケールモデルのモチーフに使われる金属素材への関心もあって、彫刻を専攻しました。
──ミキシングビルドを始めたきっかけは?
特撮やSFが好きで、母によく映画に連れて行ってもらっていました。「スター・ウォーズ」シリーズに代表されるSF映画では特撮用のプロップモデルをつくります。支持体に様々なパーツを切り貼りして組み上げるんですが、これが今私がやっているミキシングビルド、またはキットバッシングと呼ばれる創作模型の源流です。子どもながらにそんなプロップモデルをつくる人になりたいと考えていました。
しかし中学生の頃に見た、『スター・ウォーズ エピソード1 / ファントム・メナス』でCGが一段と導入され、プロップモデルが急減しているという印象を持ちました。公開に合わせて国立科学博物館で開かれた「スター・ウォーズ サイエンス アンド アート」展には今までのシリーズで使用されたプロップモデルがたくさん展示されていました。とても感動して、プロップモデルをつくりたいという気持ちはより強くなるのですが、時代的にプロップメーカーはだんだん減っていくのだろうと少し寂しい気持ちもありました。
そうしたこともあって、今は自分で擬似的にプロップモデルをつくっているようなものなんです。ずっと完成しないひとり製作班ですね。現在意識的にミキシングビルドをやっている直接の契機は、イラストレーター・造形作家の横山宏(よこやま・こう)さんによって80年代に模型誌発でスタートした「SF3D(後のマシーネンクリーガー)」と出合ったことからです。
スター・ウォーズ的なプロップモデルのつくり方を取り入れながら、それを独自に解釈し、自分の思い描く世界観を模型でつくり上げた人が日本にいると知って感銘を受けました。自分も横山さんのようにいろんなパーツやイメージを組み合わせて自分の求める形を実現させたいと思って、マシーネンクリーガーに傾倒していきましたね。
──ミキシングビルドはどんなプロセスでつくるのでしょうか?
大まかにシルエットや手足のバランスを決めたらつくり始めることが多いですね。パーツとなるプラスチックモデルや容器などは普段から集めています。また、日常的にラフスケッチを貯めこんでおいて、そこから選ぶこともあります。ミキシングビルドでは精緻なスケッチはあまり描きません。ラフのラフ、フォルム程度です。詳細に描いてしまったらプラ材や樹脂粘土でフルスクラッチする方が良いですから。そういった方法で造形物をつくることも多々ありますが、ミキシングビルドの醍醐味は既存パーツを組み合わせて新しいモデルをつくることだと思っています。
シルエットが定まれば、プラ材の角棒同士をアルミ線で繋げてフレームとなる芯棒をつくり、そこにパーツや容器、自作した部位を足していきます。基本的にプラモデル用接着剤で接合可能な素材は必要に応じて何でも利用します。
リアリティは模型やその断片にある
──彫刻と模型はどう関係しあっていますか?
子どもの頃は特に考えていませんでしたが、大学に入ってお互い交わる部分もある、と思うようになりました。元々アートが上とか特別であるという思いはありませんでしたが、藝大で彫刻をアカデミックに掘り下げ、「自分にとってのリアリティとは何か」を問い詰めたとき、手元にあった模型やその断片的なパーツのあり方にリアリティがあるのかもしれないと至ったのです。模型の断片的なパーツを組み合わせて、設定されたスケール(縮尺)で、想定された形を再現する。こうした模型の視点や日本における模型の独特な変遷といった背景を彫刻の素材や要素として取り入れたらどうなるか興味を持っていきました。

私の彫刻は「スケール」「断片」が常にキーワードとなっています。例えばこのブロンズ像は、プラモデルのパーツをコラージュした原型を消失鋳造して、形を精密に一塊の別の存在へと置き換えました。異なるスケールのプロダクトの断片が混在する像を介して、作品そのもののスケール、鑑賞者の身体スケール、展示空間とその外側にある世界のスケールがどのように関係し、変性してきたのかを探っています。
また父の影響も大きいです。彼の作品に「スカイホーク」「ファントム」「クルセイダー」など実在の戦闘機の尾翼を1/1スケールで再現するシリーズがあり、一部は制作にも関わったので、その印象は今も強く残っています。形をコラージュしたり配置することは、より身近に見てきた母の制作から学んできたところが大きいです。
──個展や書籍に共通する「スケープ」という言葉について教えてください。

スケープ、すなわち風景も重要な概念です。ミキシングビルドは色んなパーツを使うので、制作途中にカラフルな表徴が現れます。この状態も非常に魅力的なんです。今はすっかり手段と目的が逆転してきたというか、この風景を見たくてつくるようになりました。さらにサーフェイサー(下地材)を吹いたグレー一色のソリッドな状態、そして筆で形に触れていく塗装後の状態と、制作過程の中で少なくとも三度風景が変化する。その推移自体も楽しんできました。これは彫刻を含め自分の全般に共通することなので、スケープを節目の言葉としてここ数年意識的に使用しています。
彫刻は仮説を立て続ける手段
──今後、彫刻とミキシングビルドをどのように展開していきますか。
彫刻は私にとって外を見る、観測しながら仮説を立て続ける手段です。外界からの影響があり。外界へ向かって出すことで、そこに生じる僅かな変化を集めていくような感覚です。時にはリサーチやアカデミックな掘り下げも行いながらアウトプットする、そこには多くの制作者と同様に葛藤や切なさがあります。
引き続き相互の要素を往還させながら深めていきたいと思いますが、自分自身が模型やプラモデルをアートにする、というようなつもりはありません。
──外界とは具体的に何を指しますか。
主に現在進行している世界の状況です。前述のブロンズ像の作品で言えば、例えばBBCをはじめ世界のニュースを手にするスマートフォンやタブレットで見ると、小さな端末に映る風景や人間、そこで現在進行形で起きている事象のスケールが自分と乖離して感じられる。自分のスケールは何に依拠しているのか? そういった感覚そのものを大小問わず彫刻として実在化させることができたら、今の時代で顧みられなくても、この先、今の時代のスケールを巡る感覚がどのようなものであったかのヒントになるかもしれない。そう考えれば、自分が今、彫刻という手段をやっている意味が多少なりともあるかなと考えています。
一方、ミキシングビルドには葛藤や切なさはありません。純粋に「つくりたい」というシンプルな気持ちや、先ほどお話したSFプロップモデル製作を擬似的にでも行いたいという欲求に基づく行為であり、いわゆる「アート作品」として売買するようなことは積極的には考えていません。今もまだ、常に過去の作品を振り返りながらどんどんつくっていたい、見たい時に見たいからです(笑)。いわばライフワークとして、彫刻以上に評価とは無関係につくり続けていくつもりです。たとえ世界が自分一人だけになってもつくっていると思います。
大森記詩(おおもり・きし)
1990年東京都生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科美術専攻彫刻研究領域博士後期課程修了。金属鋼材の断片性に着目した彫刻や、日本の近代彫刻とプラモデルという二つの輸入文化を独自の解釈で読み解き作品を制作。主な個展に「MIXINGSCAPE」(ギャラリーHIROUMI、2023年)、「DENATURE」(ギャラリー小暮、2023年)など。主なグループ展に、「ラブラブショー2」(青森県立美術館、2017年)、「生誕100年|ロボットと芸術 〜越境するヒューマノイド〜」(苫小牧市美術博物館、2020年)、「Public Device – 彫刻の象徴性と 恒久性」(東京藝術大学美術館 陳列館、2020年)などがある。2025年、福岡・田川市美術館で彫刻と模型作品を披露する「大森記詩展 SCALESCAPE:ホビー/アート/ジャパン」開催。



