異例の呪術文が示す、エジプト魔術の広がり──ローマ帝国時代の呪詛板を解読

オランダ南部ヘールレンで発見された約1800年前の呪詛板には何が書かれていたのか。ハイデルベルク大学の研究者による解読から、ローマ帝国下で広がったエジプト魔術の痕跡が浮かび上がった。

オランダで解読された呪詛板。Photo: Elke Fuchs/Institute for Papyrology/Heidelberg University
オランダで解読された呪詛板。Photo: Elke Fuchs/Institute for Papyrology/Heidelberg University

ハイデルベルク大学の研究者たちは、オランダ南部のリンブルフ州ヘールレンで発見された呪詛板を解読した。同校でパピルス学研究所を率いるロドニー・アストによれば、2世紀ごろに作られたとされるこの呪詛板は、北ヨーロッパで見つかる多くの呪詛板とは異なり、ラテン語ではなく、エジプトの魔術様式を反映した古代ギリシャ語で記されていたという。

古代の呪詛板には、人々の欲望や恨み、相手に害を及ぼすための文言などが刻まれることが多かった。また、こうした遺物は鉛で作られていることが多く、当時の人々はこの金属に「呪縛する力」があると考えていた。アストによれば、板に刻まれた言葉は、係争中の相手や競技の対戦相手、恋敵などに向けられ、そうした相手を呪うために地中へ埋められたという。

ヘールレンは、かつてローマ軍の駐屯地コリオウァルムが置かれていた町として知られる。今回解読された鉛板は、オランダの研究チームが市庁舎前広場の地下で発掘したものだ。大きさは約9.3×4.8センチで、パピルス学研究所が反射率変換イメージング(*1)を用いて表面の文字を解析したところ、3種類の異なる文字が使われていることが明らかになった。

*1 さまざまな方向から光を当てて撮影した画像をもとに、文化財や美術作品の表面の凹凸や質感を観察する技法。

「カラクテレス」と呼ばれる魔術記号が使われたこの呪詛板には、神々や霊的存在に働きかけるための文言のほか、男女4人の名前が記されていたという。この4人は「奴隷」と表現されており、この遺物は「4人の奴隷に対する呪い、あるいは4人が匿名の人物へ向けて記した呪い」である可能性があると、アストは推測する。

この呪詛板で特に注目されるのは、神々や悪霊を呼び起こすための呪術に、エジプトの魔術様式を反映したギリシャ語が使われていた点だ。さらに、板にはラテン語名の男性2人とギリシャ語名の女性2人が並んでおり、異なる言語圏の名前が混在している点も異例とされる。パピルス学研究所の研究員ユリア・ルゴヴァヤは、こう語っている。

「2人の女性のうち一方は碑文の作者であり、呪いを通じて神聖な力と交信できるとされる能力をローマ統治下のエジプトから持ち込んだ可能性も考えられます」

こうした推測の背景には、古代エジプト社会で魔術が日常生活や宗教生活に深く関わっていたことがある。ハイデルベルク大学エジプト学研究所所長のヨアヒム・クヴァックによれば、とりわけ加護や治癒に関わる一部の慣行は公的に認められ、宗教生活の一部として受け入れられていた。一方で、他者を犠牲にして自らの利益を追求する呪術は、秘密裏に行われる傾向があったといい、クヴァックはこう続ける。

「紀元後の最初の数世紀には、近東、エジプト、ユダヤ、時にはキリスト教の伝統が融合し、当時のローマ帝国全域へ広がっていきました。ヘールレンの発見は、この流れを見事に裏づけています」

呪詛板は今後、ヘールレン博物館で展示される予定だ。また、ハイデルベルク大学パピルス学研究所による碑文の解読結果は学術論文として公開され、今後は研究者たちがこの遺物の内容や背景をさらに検証できるようになる。

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