「判断することは自由の一形態だ」──カルティエ現代美術財団クリス・デルコンが語る、公共性と批評
美術館は、人々が自由に判断するための公共空間だ──。森美術館での「ロン・ミュエク」展のために来日したカルティエ現代美術財団のマネージングディレクター、クリス・デルコンに、公共性と批評、AI時代の芸術の役割を聞いた。

「私は公共性に取り憑かれている」──2023年、長年カルティエ現代美術財団を率いたエルベ・シャンデスの後を継ぎ、同財団のマネージングディレクターに就任したクリス・デルコンはそう語る。テート・モダン館長、ベルリンのフォルクスビューネ総監督、ベルリン芸術大学教授などを歴任した彼はいま、40年以上にわたる財団の歴史をどのように未来へつなごうとしているのか。
森美術館で同財団が共催する「ロン・ミュエク」展のために来日した彼に、新生カルティエ現代美術財団が目指す未来や、いま芸術機関が果たすべき役割、AI時代における「手でつくること」の意味などについて話を聞いた。
ロン・ミュエクは「センセーショナル」な作家ではない
──今回の展示を見て、ロン・ミュエクが「センセーション」展に参加していたことをすっかり忘れていたことに気づきました。
ロンドンでYBAが台頭し、「センセーション」展が開かれた頃、彼は奇妙な人形をつくる人物として発見され、YBAの文脈に組み込まれようとした。しかし、彼は本当の意味ではそこに属していなかった。むしろ、ロン・ミュエクを語るうえで、ポーラ・レゴ(Paula Rego)との関係を忘れてはいけません。ミュエクはレゴの娘と結婚し、まだ商業的な仕事をしていた頃には、映画やテレビのための人形を制作していました。彼がつくったピノキオを手にしている姿を、ポーラ・レゴが描いた作品もあります。そこには、ミュエクの出発点を理解するための重要な手がかりがあります。
──ミュエクの作品は、しばしば「衝撃的」「挑発的」と表現されますが、それでもYBAの一員というには異質過ぎますね。
そうです。彼は「YBAプラスワン」のような存在でした。アントワープ・シックス(編注:1986年にアントワープ王立芸術学院出身のファッションデザイナー6人がロンドンでショーを開催し、ジャーナリストたちにそう呼ばれた)に対するマルタン・マルジェラのように。
私は、彼の作品を挑発的だとは思いません。彼が扱っているのは、人間の条件です。
第二次世界大戦後、強制収容所の解放を目の当たりにしたヨーロッパでは、それ以前と同じように「普通の人間像」をつくることができなくなった。ジャコメッティをはじめとする作家たちは、単なる人体ではなく、人間の心理や存在そのものを表す彫刻をつくろうとしました。
日本でいえば、河原温の初期の浴室を描いた作品にも、広島以後の人間の条件が表れている。私はミュエクを、そうした戦後彫刻の系譜のなかで見ています。
一方、彼の作品には、YBAと共通する時代性もあります。スティーヴン・スピルバーグの映画や、『スター・ウォーズ』に登場する人間よりも人間らしい怪物、デヴィッド・リンチの『エレファント・マン』を思わせるところがあり、醜さやおぞましさのなかに美しさがある。外見とは裏腹に、とても優しい存在が描かれているんです。
ヴィム・ヴェンダースの映画『東京画』のなかでヴェルナー・ヘルツォークは、眼下に広がるこの街を見ながら、「この世界には、人間の条件を表すイメージがかつてないほど必要だ」と語りましたが、ミュエクの彫刻も、センセーションを狙ったものではありません。それは感覚を通して、私たちが人間であるとはどういうことかを問いかける作品なのです。
歴史を振り返らなければ、未来は理解できない
──カルティエ現代美術財団のこれからについて話を伺います。長く公的な美術機関に携わってきたあなたがマネージングディレクターに就任したことは、運営やプログラムにおいて何を意味しますか?
私自身は美術史家として、1985年から領域横断的な展覧会をつくってきました。絵画や彫刻だけでなく、デザイン、建築、ファッション、音楽、映画、写真、演劇を組み合わせる仕事です。それを、複数の国の美術館や文化機関で実現してきました。カルティエ現代美術財団もまた、設立当初からそうした領域横断的な姿勢を持っていました。
カルティエ現代美術財団が40年以上の歴史を重ね、ひとつの機関として大きくなり、同時にいくつもの歴史を蓄積してきた時期に、長い美術館経験を持つ人間を迎えようと考えたのは、自然なことだったと思います。現在の財団は、組織としても空間としても、以前よりはるかに大きく、複雑になっています。そして新しい拠点は、ルーブル美術館に隣接する、きわめて象徴的な場所にある。財団の未来を理解するためには、まずその過去を正確に振り返る必要があると考えています。
──カルティエ現代美術財団がこれまでに築いてきたものは、ユニークであるだけでなく、非常に大きく、重い遺産ですね。
大きく、重く、そして複雑です。
カルティエ現代美術財団と多くの私設財団、あるいは美術館との違いは、ジャンルのあいだに境界を設けてこなかったことにあります。日本国外では最大規模の石上純也の作品群がある一方、森山大道、横尾忠則、北野武の作品もある。建築家の模型と写真家の作品、映画監督や美術家の仕事を、同時に扱うことができる。
もちろん、それぞれは異なる表現です。しかし財団は、それらをひとつの階層のなかに並べるのではなく、同時並行的に見せようとしてきました。そのことがコレクションを豊かにし、同時に説明するのが難しいものにもしています。
──これほどまでに領域横断的な自由さは、公的な美術機関ではなく私的な財団だからこそ可能だったのでしょうか。
カルティエ現代美術財団という構想には創設者であるアラン=ドミニク・ペランの考えが反映されており、異なる領域で活動するクリエイターの創造性を育むために設立されました。財団のコレクションは非常に特殊であり、基本的には、財団が委嘱し、展示してきた作品を中心に形成されています。市場へ出かけて作品を買い集めてきたわけではありません。
公的な美術館には、国や地域の文化遺産を保存し、国民的なコレクションを形成する役割があります。カルティエ現代美術財団もまた、自らの歴史を守る役割を負っており、作品を委嘱してきたアーティストたちに対する義務があります。
予算を注意深く管理し、何をどのように説明し、異なる要素をどう組み合わせるかを考えなければならないという意味でも、公的機関と私的機関に隔たりはありません。両者が直面する課題にも多くの共通点があります。
つまり私は、公的機関と私的財団のあいだに、それほど大きな違いがあるとは考えていません。私は、公的機関にいたときと同じくらい、ここでも自由だと感じています。同時に、公的機関にいたときと同じくらい制約も感じています。自由と制約は、どちらの場所にもありますから。
「私」より「私たち」

──「公的機関でも自由だった」というのは興味深いです。あなたにとって、自由とは何でしょう。
私は規則を尊重しますし、その規則のなかで自由に動きます。公的な仕事に携わっていたとき、私はとても自由だと感じていました。なぜなら、私は公共性を愛しているからです。物事を説明しなければならないことを、負担ではなく喜びだと感じる。フランス語には「モワ・ジュ(moi, je)」、つまり「私は、私は」と自分を前面に出す言い方がありますが、私は、「私」という言葉より「私たち」という言葉を使いたいと思ってきました。私は公共的な所有という考え方が好きなんです。
──アートの公共性と市場との関係をどう見ていますか?
財団のコレクションは、そもそも市場志向ではありません。しかし、われわれはその芸術的価値については説明できる。
パリで開催した「Exposition Générale(エクスポジション・ジェネラル)」の期間中、アート・バーゼル・パリを訪れていたコレクターたちが展覧会を見に来て、「ここに展示されている作家の多くは、ギャラリーでは見かけない」と言いました。私は、それこそ最大の褒め言葉だと答えました。
私は美術館のディレクターとして市場とも仕事をしてきましたし、それは必要なことでした。しかし自分の立場は、常に市場よりもアカデミアの側に近かったと思います。
「Amazing」という言葉への宣戦布告
──それは、アート界の支配的な価値観に対して、常に批判的な立場を保ってこられたという意味ですか?
そうです。アート界には、5分おきに「Amazing」と言う人がいるでしょう。私は以前、「Amazing」という言葉を使う人々に宣戦布告したことがあります。「あと5分以内にもう一度その言葉を聞いたら、あなたとはもう仕事をしない」とね。それくらい、あの言葉を聞きたくないのです。
──具体的に、なぜ良いと思うのか/あるいはそう思わないかの言語化を怠るべきではないと。
その通りです。アート界は、デザインや建築、オペラ、演劇、文学の世界に比べて、言葉が貧しく、視野が狭くなっているように感じることがあります。そう言うと、知的なスノッブのように聞こえるかもしれませんが、私は「知的」という言葉を嫌ってはいません。アート界には、判断が欠けているんです。なぜ何かが良いのか、なぜ悪いのかを説明することは、とても重要です。「Amazing」という言葉では何も説明できません。私にとって「Amazing」は、一種の異言です。
──わからないものに対してもっと敏感であれ、というメッセージにも聞こえます。
自分には理解できない。だから、きっと面白いに違いない、と私は常々考えてきました。私が興味を持つのは、まだ知らないものだけです。知らないからこそ、理解したいんです。
アート界は観客を真剣に受け止めてこなかった
──公共性に話を戻したいのですが、なぜ、あなたはそれほど公共性に関心を持っているのでしょう。
アート界はあまりにも長いあいだ、観客とともに仕事をすることを忘れてきたからです。私たちは理解不能な文章を書き、「Amazing」と繰り返し口にするだけで、何かを本当に説明しようとはしてこなかった。観客を真剣に受け止めてこなかったのです。
1980年代、著名な美術館長やアーティスト、建築家が参加するシンポジウムで、「美術館の問題は観客が存在することだ」と語られているのを聞いたことがあります。彼らは、人のいない美術館、芸術作品だけが置かれた美術館を望んでいるように見えました。
しかし私は、1985年に社会学者のリチャード・セネット(*)と仕事をしたときから、美術館は一種のアナーキーな経験を生み出す場所であるべきだと考えてきました。人々が関与し、自分もその場所の一部であると感じられる場所です。
だから私はテート・モダンで働くことが好きでした。テート・モダンのタービン・ホールは、外の広場よりも公共的な空間かもしれません。そこでは、地域のコミュニティとともに多くの活動を行いました。ベルリンのフォルクスビューネで働いたのも同じ理由です。演劇は、観客との関与と相互作用によって成立するものだからです。
*ハンナ・アーレントに師事したアメリカの社会学者・思想家。都市や公共空間、共同体をテーマに研究を続け、『公共性の喪失』『クラフツマン』などの著作で知られる。
──私は学生時代、アジア人留学生として肩身の狭い思いを何度もしましたが、美術館に行くと、自分の居場所があると感じられたことを思い出します。美術館は私にとって、公園のような存在でした。
美術館は人々が出会う場所であり、おそらく、いま残されている数少ない公共空間のひとつです。そして私設美術館や財団にとっても、現在の最大の課題のひとつは公共性です。どこまで人々と関わり、どのように参加してもらうのか。
カルティエ現代美術財団も現在、公共性をめぐる新しい仕組みをつくろうとしています。財団には、観客とともに仕事をする義務がありますから。私たちは、世界で最も早く公共に開かれた美術館のひとつであるルーヴル美術館の正面にいます。その前に立ちながら、「観客には関心がない」と言うことは、ルーヴルのような場所が築いてきた歴史を否定することになります。
テート・モダンでウディ・アレンが映画を撮影したとき、彼は「ここはデートをするのに完璧な場所だ」と言いました。たしかに、同じエレベーターにケイト・モスやダミアン・ハーストが乗ってくるかもしれないと考えると、美術館とは官能的な場所でもありますね。
美術館のなかでは、人々は自由でいられる。知らないものに出合い、専門家の話を聞くこともできる。しかし最後には、自分自身で判断することができます。なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのかを考える。判断することは、自由の一形態なのです。
──あなたの公共性への高い関心は、どこから生まれたのでしょう。政治的な意識ですか。それとも、育った環境と関係がありますか。
政治に対する感覚と、父の仕事の影響があると思います。父は都市計画家でした。都市計画とは、公共性を考える仕事です。子どもの頃、家では都市がどのように構成されるべきかについて、いつも話していました。
さらに若い頃から演劇に強い関心を持っていた。人と人との対話を生み出すことへの関心は、そこからも来ているのでしょう。私は公共性に取り憑かれているのです。
AI時代に「手の知性」を考える

──財団では、教育プログラムを強化していると聞きました。
カルティエ現代美術財団のコレクションは非常に興味深い一方、分野を横断しているため、理解するのが難しい。だからこそ、より丁寧に説明する必要があります。しかも私たちは、百科全書的な美術館の典型であるルーヴルの正面にいる。作品を歴史や社会の文脈のなかに位置づけ、財団そのものの物語をつくらなければなりません。
カルティエ現代美術財団は、長く建築と都市に関心を持ってきました。それはジャン・ヌーヴェルとの仕事にも表れています。カルティエというメゾンそのものも、ものをつくる人々によって築かれてきた。だから、物質性や身振り、手による制作という考え方が重要なのです。
一方で、歴代のキュレーターたちは、アーティストと思想家、アーティストと科学者のあいだに、どのような意味のある対話をつくれるかを考えてきた。私たちは、そうした膨大な歴史と素材を引き継いでいます。それらを編集し、結びつけ、観客に伝わる物語をつくることが必要です。
──リチャード・セネットはまさに『クラフツマン』で、効率や市場価値では測れない、素材や技術、試行錯誤を通じて世界と関わる「つくること」の価値を再評価しました。
私は、芸術は手でつくられたものでなければならない、と言っているわけではありません。私はコンセプチュアル・アートの非常に強い擁護者です。しかし現在、「つくること」という行為がますます重要になっていると感じているのも事実です。素材に触れること、手の身振りによって何かを形にすることです。
それは、私たちの生活がデジタル世界と人工知能に全面的に覆われつつあることと関係しています。AIには、まだ倫理がありません。現在のAIは、少数の企業によるビジネスとして動いている。私たちは、AIの倫理を発明しなければならないんです。
そうした時代だからこそ、ものをつくること、物質に触れること、手の知性を考えることが、芸術においてますます重要になっています。陶芸やテキスタイルの展覧会に人々が押し寄せていることが、その証拠です。
人々は、もう一度、何かに触れたいと感じている。だから私は楽観的です。カルティエ現代美術財団のような場所が活動を続け、新しいアイデアが生まれているかぎり、私は未来について非常に楽観的でいられます。
共感や感情だけでは世界を救えない
──最後に、芸術をめぐって、あなたが決して手放したくないものをひとつ挙げるとしたら何でしょう。
語ることです。語ることを学び、自分の考えを言葉にすること。とりわけ、作品の「形式」について自分の考えを組み立てられることです。
芸術は、内容だけで語ることはできません。いま、多くの人が作品について、その背景にある物語やナラティブだけを語っています。しかし、作品の形式を理解し、それについて考えなければならない。
ある絵が何をテーマにし、どのような物語を持っているのかを理解することはできます。しかし、内容を理解したうえで、「それでも、これは悪い絵だ」と言うことも許されなければならない。
──ある映画を見て号泣したけれど、「私はこの映画が嫌いだ」と思うような体験にも似ていますね。
その通りです。共感や感情だけでは、世界を救うには足りません。作品に心を動かされることと、その作品を判断することは別の問題です。だから、判断する能力を手放してはいけない。私たちは作品の物語を理解し、感情を動かされながら、それでもなお、その形式について語り、それが良いのか悪いのかを考えなければなりません。それこそが芸術を見る自由であり、美術館という公共空間が守るべきものなのです。