谷口吉生の美術館10選──MoMAを手がけた「ミュージアム建築の名手」による静謐の美

世界最高峰の美術館の1つ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の設計を手がけて注目を浴びた谷口吉生(1937-2024)。「ミュージアム建築の名手」と称賛されるように、洗練されたその建築は、展示される美術品、そしてそれを鑑賞する来場者双方にとって最良の場となるよう考え抜かれている。光の取り入れ方、動線におけるリズミカルな空間の変化から細部の厳密さまで、品格ある谷口の作品を10館紹介する。

ニューヨーク近代美術館・展示棟の内部から見た彫刻庭園と教育施設棟。Photo: Michael Loccisano / Getty Images

モダニズムの粋と日本的な感性が調和する端正な建築で知られる谷口吉生は、多作な建築家ではない。それは、一度に携わる案件を絞り、自らが陣頭指揮をして完璧を目指す姿勢によるものだろう。ハーバード大学デザイン大学院で建築学修士を取得した谷口は、東京大学都市工学科丹下研究室および都市・建築設計研究所を経て父・谷口吉郎の事務所を継ぎ、谷口建築設計研究所の所長に就任した。父の吉郎は東宮御所や迎賓館赤坂離宮和風別館、東京国立博物館東洋館、東京国立近代美術館、ホテルオークラ東京本館ロビーなどの名建築を残し、1973年に文化勲章を受章している。

代表作には、高さ約20メートルのガラスドームが斬新な東京都葛西臨海水族園、巨大なゴミ処理装置を見学できるガラス張りの通路が壮観な広島市環境局中工場、大規模商業施設のGINZA SIX、海外ではノバルティス社研究施設やアジア・ソサエティ・テキサスセンターがあり、2度の日本建築学会作品賞、2005年の高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)など数々の賞を受賞。2021年には文化功労者に選ばれた。中でも世界的に大きな注目を集めたのが、1997年の国際コンペティションで最優秀賞を勝ち取ったニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築だ。このプロジェクト実施時を含め、長年MoMAの館長を務めたグレン・D・ローリーは、谷口の建築哲学について次のように述べている。

「彼にとって優れた建築とは、『建築そのものが消え去る』ような建築でした。それはつまり、あらゆるディテールが絶妙なバランスと調和を保ち、各部屋のプロポーションが建物全体のプロポーションと見事に呼応している状態を指します。そうした空間では、空間と光が融合する一瞬一瞬の効果から静謐さに満ちた体験が生まれるのです。心身が安らいで初めて、人は芸術作品を、そしてその作品が持つ情感に訴えかける力を『感じ取る』ことができる──彼はそう信じていました」

ローリーが指摘した点は、谷口の手がけた美術館や博物館に共通して見られるものだ。以下、その美意識が隅々にまで感じられる10館を見ていこう。

1. 土門拳写真美術館/山形県酒田市

土門拳写真美術館の外観。周囲の飯森山公園はアジサイの名所でもある。写真:土門拳写真美術館提供
美術館の幾何学的な造形が池に映り込み、美しい景観を作り出す。写真:土門拳写真美術館提供
土門拳の大作が並ぶ主要展示室。写真:土門拳写真美術館提供
作品は年に数回展示替えが行われる。写真:土門拳写真美術館提供
中庭に設置されたイサム・ノグチの彫刻作品《土門さん》。写真:土門拳写真美術館提供
勅使河原宏が手がけた庭園《流れ》は、企画展示室IIから鑑賞できる。写真:土門拳写真美術館提供
池の水面が望めるギャラリー部分。写真:土門拳写真美術館提供

土門拳写真美術館(土門拳記念館から改称)は、昭和の巨匠・土門拳の作品を展示する日本初の写真専門美術館として1983年に開館。1974年に出身地である酒田市の名誉市民第1号となった土門が全作品を同市へ寄贈し、それに応えた市が美術館を創設した。谷口吉生は、飯森山を背にした美術館の敷地の前面に人工の池(拳湖)を配し、花崗岩の外壁が水平に広がる伸びやかな佇まいの建物を設計した。谷口が重視したのは、緑豊かな自然環境や土門作品の芸術性と響き合い、調和する建築だった。その意図通り、正方形の門が連なるような造形が目を引く直線的なデザインが、山や池のやわらかな曲線を引き立てる絶妙なスケール感で実現されている。館内の展示室は、写真作品の褪色や劣化を防ぐために自然光を遮断し、照明で昼光に近い状態に保たれる。建物の一部が飯森山の裾野に埋まるよう作られているのも、外光から作品を守るためだという。

リアリズムを徹底的に追求し、被写体をとことん凝視する妥協のない制作姿勢から「写真の鬼」と呼ばれた土門拳は、報道や人物に加え、寺院・仏像など日本の伝統文化を捉えた写真の基準を作った人物として高く評価されている。ライフワークとなった『古寺巡礼』、川端康成や梅原龍三郎など文化人の臨場感ある肖像シリーズ『風貌』、原爆被害の深刻さを世界に知らしめた『ヒロシマ』などの代表作は、土門の鋭く、深いまなざしを感じさせる。また、土門と親交のあった芸術家たちが同館の建設に協力し、グラフィックデザイナー亀倉雄策が銘板等を、イサム・ノグチが中庭の彫刻《土門さん》とベンチを、華道家・芸術家の勅使河原宏が庭園とオブジェを、詩人・草野心平が銘石を寄贈している。稀代の写真家・土門の作品と、友情の証であるこれらの作品を鑑賞した後は、1万株を超えるアジサイや紅葉などが楽しめる飯森山公園で、自然の息吹を体感するのも良さそうだ。

所在地:山形県酒田市飯森山2丁目13
開館時間:9:00〜17:00 ※入館は16:30まで
休館日:4月〜11月は無休 ※展示替えのため臨時休館あり
12月〜3月は毎週月曜日 ※月曜祝日の場合は翌火曜日休館
年末年始休業

2. 長野県立美術館 東山魁夷館/長野県長野市

長野県立美術館 東山魁夷館の外観。軽快な印象を与えるアルミの外壁は、東山魁夷作品の繊細さとの調和を考慮したもの。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
日が落ちたあとの外観。ラウンジの光が中庭の水盤に美しく映り込む。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
中庭に面したラウンジからは、水盤が広がる静謐な風景を眺めることができる。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
受付と2階へ向かう階段には天窓から穏やかな自然光が降り注ぐ。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
2階の展示室。東山魁夷館のコレクションは現在980余点に及ぶ。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
1階の展示室「創作の部屋」では、東山魁夷の生涯や制作の歩み、愛用の道具などについて知ることができる。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供

東山魁夷館は、昭和を代表する日本画家の東山魁夷(1908-1999)から寄贈された作品や関係図書をもとに、長野県立美術館の前身である長野県信濃美術館に併設される形で1990年に開館した。父・吉郎と親しかった東山の意向で設計を担当した谷口吉生は、作品の鑑賞の妨げにならずに絵を守る額縁の役割を念頭に、「簡潔な意匠と十分な機能性」を持つ建物を目指したという。善光寺に隣接する城山公園内の東山魁夷館に入ると、中庭の水盤に面した明るいラウンジに目を奪われる。晴れた日には深い庇や天井にさざなみがゆらゆらと反射し、横長のガラス窓から見える水面や弧を描いて配された玉石、低い塀とその向こうの木立から感じられるのは寺院の庭のような静けさだ。中庭側から見ると、ラウンジ部分のガラスウォールと屋根に2つの直角が連なるデザインが施され、その精巧なディテールが、軽やかなアルミ壁で覆われたシンプルな外観のアクセントになっている。

皇居新宮殿の壁画や唐招提寺御影堂の障壁画などの大作で知られ、国民的画家として愛された東山魁夷は、1969年に文化勲章を受章。国内外を精力的に巡って自然や歴史的景観を作品にした東山は、信州の風景を描くことも多く、長野県を「私の作品を育ててくれた故郷」と表現している。東山魁夷館には現在980点余りのコレクションがあるが、その中に含まれる名作《緑響く》も蓼科の御射鹿池(みしゃかいけ)をモチーフに描かれたとされ、美しい緑の森に覆われた池の畔には神秘的な白馬が佇む。そのほかにも、《白馬の森》《夕静寂》などの本制作や初期作品、連作「北欧風景」「京洛四季」「白い馬の見える風景」「大和春秋」の習作・スケッチから唐招提寺御影堂障壁画の試作までを収蔵する同館では、清明かつ深い情感を感じさせる東山魁夷の静謐な美の世界を堪能できる。鑑賞後は、おだやかな光に包まれたラウンジで作品の余韻を味わうのもいいだろう。

所在地:長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)
開館時間:9:00〜17:00(展示室入場は16:30まで)
休館日:水曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/28〜1/3)

3. 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)/香川県丸亀市

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)外観。正面のゲートプラザに展示された壁画や彫刻が来館者を出迎える。撮影:増田好郎
MIMOCA外観。夜間、ライトに照らされたゲートプラザは舞台のようにも見える。撮影:増田好郎
1階 エントランスホール。奥には3階までの吹き抜けがあり、その周囲に階段が配置されている。撮影:増田好郎
館内、南側にある大階段。2階踊り場には猪熊の彫刻作品が設置されている(写真右下)。撮影:増田好郎
2階 展示室B。2階では主に美術館が所蔵する猪熊弦一郎作品の常設展示が行われる。撮影:増田好郎
2階 展示室A。常設展示は年に数回、テーマを決めて展示替えが実施される。撮影:増田好郎

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)は、地元ゆかりの現代美術作家、猪熊弦一郎(1902-1993)の全面協力を得て1991年に開館した。谷口吉生は父・吉郎など建築家との協働にも積極的に取り組んだ猪熊から設計依頼を受けて対話を重ね、アーティストと建築家の理念が細部にまで行き渡った美術館を実現している。まず圧巻なのが、丸亀駅前の広場に向いた正面の大きな門型のフレームで、白大理石に黒い石を埋め込んだ壁画や、黄、黒、赤のオブジェが設置されたゲートプラザ自体が1つの大きな絵画のように目に飛び込んでくる。また、エントランスを抜けると3階まで吹き抜けの開放的な空間が広がる動線にも驚きがある。館内は、吹き抜けのトップライトやゲートプラザに面した高窓、3階展示室ではトップライトから降り注ぐ柔らかな自然光に包まれ、1階から3階のカスケードプラザへと続く大階段は陰影に富む表情を見せるなど、光の巧みな演出が印象に残る。

MIMOCAでは、美術館を「心の病院」と呼んだ猪熊から寄贈された約2万点の所蔵品による常設展のほか、現代アートを中心とした企画展を開催し、講演会やコンサートなどのプログラムや子どもの創造力を育むワークショップにも力を入れている。少年時代の多くを丸亀で過ごした猪熊は、東京美術学校(現東京藝術大学)へ進学。その後、渡仏してアンリ・マティスに学び、1955年から約20年にわたりニューヨークを制作の場とした。渡米をきっかけに具象から抽象へと移行し、帰国後は東京ハワイで画業を続ける中で、その作風は具象・抽象の枠を超えたどこかユーモラスなものへと広がっていった。女性や猫、都市、宇宙などをモチーフとした縦横無尽な描写からは、変化することを恐れなかった猪熊の自由な精神が感じられる。

※施設改修のため、2027年3月31日(予定)まで休館中
香川県丸亀市浜町80-1
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日(祝休日の場合はその直後の平日)、年末12月25日から31日、および臨時休館日

4. 豊田市美術館/愛知県豊田市

豊田市美術館の正面外観。写真:豊田市美術館提供
大池越しに見た豊田市美術館の外観。写真:豊田市美術館提供
豊田市美術館の彫刻テラス。ダニエル・ビュレン《色の浮遊|3つの破裂した小屋》 写真:豊田市美術館提供
1階と2階をつなぐ階段部分。左はジョセフ・コスース、正面はジェニー・ホルツァーの作品。写真:豊田市美術館提供
外の景色が眺められる通路。写真:豊田市美術館提供
柔らかな外光が入る展示室。写真:豊田市美術館提供
所蔵品の1つ。エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》 写真:豊田市美術館提供

豊田市美術館は1995年、かつて挙母城(ころもじょう)のあった市中心部の高台に開館した。美術館へと登る緑に囲まれたアプローチはあえて屈曲させてあり、ある地点で美術館の建物が目に飛び込んでくる。来館者をまず出迎えるのは、グリッドが連なる巨大なゲート。落ち着いた緑のスレートがその先の乳白色のガラスの外壁を際立たせ、谷口吉生らしい水平線と垂直線による凛とした佇まいが印象的だ。エントランスを入ると、左手には光が溢れる吹き抜けの階段があり、文字を用いた現代アート作品が展示されている。こうしたメリハリのある展開に加え、展示に適した大空間を内部につくりつつ、ところどころで屋外の景色を楽しめる動線も鑑賞体験に心地よいリズムを与えている。また、2階にある大池の対岸からの眺めも必見だ。水面に映り込む建物と広々とした昼間の空も、日が落ちてから屋内照明が放つ光も、息を呑むほど美しい。

豊田市美術館のコレクションの核となっているのは、クリムトシーレなど19世紀末から20世紀初頭にウィーンで活躍した作家や、ダダシュルレアリスムの作品だ。マグリットダリのほか、同時代の彫刻家ブランクーシジャコメッティなど現代の表現に大きな影響を与えたアーティスト、国内では明治時代に新しい日本画を切り拓いた菱田春草、横山大観、下村観山、洋画の岸田劉生藤田嗣治などの作品を収蔵。ヨーロッパを中心とした現代アートや、戦後日本の「具体」「もの派」をはじめとする優れた作家を網羅している。また、社会、ジェンダー、歴史などテーマ性の高い企画展でも定評があり、屋外の彫刻テラスに加え、世界的ランドスケープアーキテクト、ピーター・ウォーカーが手がけた2段式の庭園など見どころは多い。作品を鑑賞した後には、彫刻テラスや大池、市街地を一望できるレストランや、谷口の設計した茶室でゆっくり過ごすのもよさそうだ。

所在地:愛知県豊田市小坂本町8丁目5番地1
開館時間:10時~17時30分 (入場は17時まで)
休館日:毎週月曜日(祝日は除く)、年末・年始
展示替休館 2026年6月22日(火)~7月17日(金)、9月24日(木)~10月23日(金)、2027年1月25日(月)~2月26日(金)

5. 東京国立博物館 法隆寺宝物館/東京都台東区

法隆寺宝物館 外観。幾何学的な造形と水盤を用いた構成が端正な佇まいを見せる。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 エントランスホール。吹き抜けの空間に垂直のルーバーから穏やかな自然光が入る。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 第1室。国宝「灌頂幡」が展示され。2階へ向かう瀟洒な階段部分には、そのレプリカが展示されている。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 第2室。飛鳥時代の金銅仏や光背・押出仏が並ぶ圧巻の展示。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 鑑賞後の動線となる階段。ルーバーと階段の縦横の直線が、計算し尽くされた美しさを感じさせる。写真:東京国立博物館提供

東京国立博物館の正門を入ってすぐ左へ進むと、緑に囲まれて少し奥まった場所に法隆寺宝物館がある。1964年、同館が所管する法隆寺献納宝物をまとめて保存・展示するための施設として旧宝物館が開館。その保存機能をさらに高め、作品を広く一般に公開することを目的に建てられたのが、谷口吉生の設計で1999年にオープンした現在の宝物館だ。木々の間を抜け、視界が開けると、四角い水盤の向こうに門型の薄いフレームとガラスカーテンウォールが現れる。設計にあたって谷口は、「崇高な収蔵物に対する畏敬の念と、周辺の自然を十分に尊重する方針によって、今の東京には貴重な存在となってしまった静寂や、秩序や、品格のある環境を、この場所に実現することを目指した」と述べている。その言葉通り、水平に伸びる深い軒、垂直方向の細い柱やガラス面のルーバー、鏡のような水面というシンプルさに、不思議と心が静まる。

法隆寺宝物館が収蔵・展示しているのは、明治初期に法隆寺から皇室へ献納され、戦後国に移管された300件あまりの宝物で、そこには天女などの透彫が施された飛鳥時代(7世紀)の灌頂幡や、平安時代の聖徳太子絵伝をはじめとする数多くの国宝や重要文化財が含まれている。これらは正倉院宝物と双璧をなす古代美術のコレクションとして高く評価されており、8世紀の作品が中心の正倉院宝物より一時代古い7世紀の宝物が多いことが特色だという。中でも、保存のために外光を遮断した薄暗い空間に約60体もの小ぶりな金銅仏がずらりと並び、一体一体が照明に浮かび上がる1階の第2室は圧巻だ。2階に展示された工芸品や絵画・書跡・染色を鑑賞した後には、もう1つ谷口建築の見どころがある。それは1階ホールへ降りる階段で、建物正面や側面のルーバーと階段の踏み板による垂直と水平のリズムが、ガラス越しに見える植栽の自然の彩りとの絶妙な調和を見せてくれる。

所在地:東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9時30分~17時00分、※毎週金・土曜日、および、翌月曜日が祝・休日の場合の日曜日は9時30分~20時00分(いずれも入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)、年末休館

6. 香川県立東山魁夷せとうち美術館 香川県/坂出市

香川県立東山魁夷せとうち美術館の外観。アプローチは東山の代表作の1つ《道》を思わせる。写真:北嶋俊治
垂直と水平の造形美が際立つ東側外観。写真:北嶋俊治
明るいエントランスホール。縦格子とその影がアクセントになっている。写真:北嶋俊治
「テーマ作品展」や「特別展」が行われる1階の展示室。写真:北嶋俊治
瀬戸内海と瀬戸大橋のパノラマが楽しめるラウンジにはカフェがある。写真:北嶋俊治

香川県立東山魁夷せとうち美術館は、坂出市の瀬戸大橋記念公園に隣接する海沿いにある。東山魁夷の祖父が同市櫃石島の出身である縁で、没後に遺族から寄贈された版画作品約270点を中心とした美術館がオープンしたのは2005年。現在は、日本画作品が所蔵と寄託を合わせて21点、版画作品292点のほか、スケッチ14点や下図13点を収蔵している。谷口吉生の設計した同館は、小ぶりながらその特徴が凝縮された建物だ。美術館へ向かう白い一本道のアプローチは、戦後の復興期に描かれた東山の代表作の1つ、《道》(1950)をイメージさせ、美術館に対して斜めに敷かれていることで建物の奥行き感が増幅して感じられる。外壁には緑色の天然スレートがグリッド状に貼られ、それぞれ微妙に異なる色合いから豊かなニュアンスが醸し出される。さらに、エントランス部分の庇の水平線と縦格子の垂直線がアクセントとなり、全体を引き締めている。

瀬戸内の穏やかな海に面し、緑の木々に囲まれたこの美術館は、その立地を生かした自然との調和が感じられ、「風景は心の鏡である」(*1)と語った東山の作品世界を静かに包み込んでいる。エントランスから1階の展示室に入ると、そこには天井高6メートルの空間が広がり、2階の東西に長く延びた展示室とともに「テーマ作品展」や「特別展」が行われる。テーマ作品展は、寄贈された版画作品を中心に、季節や画題、取材地などのテーマに基づいて選んだ作品を展示する所蔵作品展で、特別展では東山自身や同時代の作家、現役作家の作品を企画ごとに紹介している。2階からラウンジへ降りると、青い海、そして瀬戸大橋の絶景が目に飛び込んでくる。カフェのガラス越しに見る景観は、横長に広がる障壁画のようで、いつまでも見飽きない。ここで作品を鑑賞した余韻を味わったり、屋外のデッキで行き交う船や島々を眺めたり、思い思いの時間を過ごせそうだ。

*1 東山魁夷『日本の美を求めて』(講談社学術文庫)より

所在地:香川県坂出市沙弥島字南通224-13
開館時間:午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館、翌平日が休館)、年末年始(12月27日~1月1日)、展覧会準備期間

7. ニューヨーク近代美術館/アメリカ・ニューヨーク市

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の展示棟から、オープン直前の教育施設棟を望む(2006年10月撮影)。Photo: Alsandoro/Wikimedia Commons
教育施設棟側から彫刻庭園越しに展示棟を見たところ。Photo: Mario Tama/Getty Images
吹き抜けの大空間、2階のマロン・アトリウム。Photo: View Pictures/Universal Images Group via Getty Images
アトリウムから開口部を望む。Photo: James Leynse/Corbis via Getty Images
フィリップ・ジョンソン・デザイン・ギャラリーの家具セクション。Photo: View Pictures/Universal Images Group via Getty Images

モダンアート作品を収蔵する美術館として、世界屈指の質と量を誇るニューヨーク近代美術館(MoMA)。マンハッタン53丁目にある同館が3人の女性(*2)の発案で産声を上げたのは1929年、場所は5番街沿いのビルの中だった。1939年に現在の場所に美術館がオープンし、以降、1950年代から60年代にかけての規模拡張、1984年の大規模改修・増築を経て、1997年にMoMA史上最大の建設プロジェクトが開始された。展示用のスペースを倍増させ、全体を再構成するための国際設計コンペティションで最優秀賞を獲得した谷口吉生が抱いたビジョンは、2004年秋の展示棟リニューアルオープン時、ニューヨーク・マガジンでこう紹介されている。

MoMAのモデルはマンハッタンそのものです。彫刻庭園はセントラルパークであり、その周囲には様々な機能や目的を持つ建物が立ち並ぶ都市が広がっています。MoMAはマンハッタンの縮図なのです。

*2 リリー・P・ブリス、メアリー・クイン・サリバン、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー

彫刻庭園は54丁目側にあり、ミッドタウンのビル群に囲まれた中でも開放感がある。庭園に沿ってグリッド状のガラスと細い柱によるキャノピーが配置され、向かい合って建つ展示棟と教育施設棟(*3)を結ぶ。2つの棟の外観は、薄いフレームと深い庇という谷口らしいシンプルかつ奥行き感のあるデザインだ。館内では天井高の変化がリズムを生み、特に天井が低めに抑えられた周囲と吹き抜けの大空間「マロン・アトリウム」のコントラストが印象深い。そして、さまざまな開口部から見える都市の景色が、美術館と街が一体となった「マンハッタンの縮図」を感じさせる。そのMoMAのコレクションは現在約20万点にのぼり、セザンヌゴッホをはじめとする19世紀後半〜現在の絵画・彫刻、ドローイング・プリント、写真、フィルム、メディア・パフォーマンス、そしてMoMAの大きな特徴でもある建築・デザイン分野の選りすぐられた作品やアイテムが収蔵されている。また、2019年にも増築が行われるなど、まもなく創立100周年を迎える今も進化を続けている。

*3 展示棟は2004年11月に一般公開開始、教育施設棟は2006年11月にオープン。

所在地:11 West 53rd Street, New York, NY, USA
開館時間:10:30~17:30(金曜~20:30)
休館日:サンクスギビングデー(11月第4木曜日)、クリスマス(12月25日)

8. 鈴木大拙館/石川県金沢市

鈴木大拙館を象徴する「思索空間棟」と「水鏡の庭」の景観。写真提供 :鈴木大拙館
「思索空間棟」の内部。四方に開口部があり、畳敷きの床几が置かれている。写真提供 :鈴木大拙館
白い漆喰壁と庇のシルバーの天井パネル、水面のコントラストが印象的な外部回廊。写真提供 :鈴木大拙館
「水鏡の庭」と外部回廊、正面は犬島産錆石を用いた石積みの壁。写真提供 :鈴木大拙館
水平を基調とした設計に正面玄関の縦格子がアクセントを与えている。写真提供 :鈴木大拙館
薄明かりに包まれた内部回廊を通って「展示空間」へ向かう。写真提供 :鈴木大拙館
本多の森を借景とする鈴木大拙館。秋には「水鏡の庭」の水面に紅葉が映り込む。写真提供 :鈴木大拙館

金沢出身の仏教哲学者・鈴木大拙(1870-1966)は、禅をはじめ東洋・日本の文化や思想を伝える書籍を英語で著し、数々の学者、文化人、アーティストのジョン・ケージからスティーブ・ジョブズのような経営者にまで、広く影響を与えた人物として知られる。その大拙の生誕地に近い場所で、2011年に開館したのが鈴木大拙館だ。ここは、大拙についての理解を深め、来館者それぞれが思索する場所としての利用を目的に建てられた。谷口吉生の設計した同館は、回廊で結ばれた「玄関棟」「展示棟」「思索空間棟」の3つの棟と、「玄関の庭」「露地の庭」「水鏡の庭」の3つの庭から成り、それらを回ることで大拙について知り、学び、考えることが意図されている。谷口によると、「3つの空間を回遊することで、大拙の思想の底流にある『静寂』『自然』『自由』といった概念を体感できる」(*4)という。その言葉通り、シンプルな直線で構成され、研ぎ澄まされた美を感じさせる谷口の設計は、心静かな時を過ごし、大拙の精神に自然と触れられる場を生み出している。

*4 『私の履歴書―谷口吉生』(淡交社)からの引用。

鈴木大拙館に入ると、まず「玄関の庭」の大きなクスノキが見え、薄明かりに照らされた回廊を進むと展示空間と学習空間がある。年に数回の企画展示が行われる展示空間では、書や写真などを通じて大拙を知り、書籍や絵本が置かれた学習空間ではその考え方を学ぶことができる。また、「露地の庭」に仙厓義梵の禅画で知られる〇△▢をモチーフにした谷口デザインの蹲(つくばい)が置かれているのも見逃せない。外部回廊から「思索空間棟」へ向かう途中に広がる「水鏡の庭」は、近隣の本多の森を借景とし、石積や水景を組み合わせた静謐な場所だ。その水面に浮かぶように建つのが「思索空間棟」で、四方に開口部のある内部には畳敷きの床几が置かれている。ここでは大拙の思想に想いを馳せたり、ただ無心に過ごしたり、日常から離れた貴重な体験ができる。

所在地:石川県金沢市本多町3丁目4番20号
開館時間:午前9時半から午後5時(入館は午後4時半まで)
休館日:月曜日(休日の場合はその直後の平日)、年末年始(12月29日から1月3日)
※展示資料の整理等のため休館する場合があります。
令和8年度/展示替等による休館日:8月31日から9月9日、10月5日から10月8日

9. 京都国立博物館 平成知新館/京都府京都市

京都国立博物館 平成知新館の外観。平成知新館は、現在、名品ギャラリー(平常展示)と特別展の両方が行われている京博の中心施設。写真:京都国立博物館提供
平成知新館1階のロビー。半透明と透明のガラスを組み合わせたガラスカーテンウォールからの柔らかな光に包まれる開放的な空間になっている。写真:京都国立博物館提供

京都国立博物館は1897年に帝国京都博物館として開館し、1952年に現名称となった。広々とした敷地には、れんが造りの重要文化財「明治古都館」(旧本館)、茶室「堪庵(たんあん)」、「平成知新館」などがあり、日本と東洋の古美術品や考古資料等、館蔵品と寄託品を合わせて約1万5000件(2025年度末現在)もの文化財を収蔵している。明治古都館は現在、耐震補強を含む保存修復を進めるため展示休止中で、平成知新館で平常展示と特別展示が行われている。その平成知新館は、谷口吉生の設計で2014年にオープン。日本的な空間構成を取り入れ、直線を基調としたデザインが、壮麗ではあるがどこか穏やかな佇まいを見せる。水平に伸びるクリーム色を帯びた外壁と薄い庇、細い柱と雪見障子を思わせるガラスカーテンウォールの垂直線、建物前面の水盤への映り込みなど、谷口建築の粋を集めた外観はこの上なくミニマルで、飾り気のない気品を湛えている。

館内に入ると、吹き抜けの大空間とトップライトから降り注ぐ自然光に迎えられ、透明感のある階段とブリッジがシンプルな構造に抑揚を与えている。水盤に面した開放的なロビーも、半透明のガラスカーテンウォールを通した柔らかな光に包まれ、中央部分の透明なガラス部分からは揺らめく水面や庭園、明治古都館の重厚な姿が眺められる。一方、1階から3階までの展示室は美術品等の保護のために閉じた作りになっており、彫刻、書跡、工芸品、絵画、陶磁から考古資料までの名品ギャラリーを鑑賞できる(*5)。数々の国宝や重要文化財を含むこれらの文化財は、建物全体の耐震構造と展示室・収蔵庫の免震装置で手厚く守られている。帰路に注目してほしいのが、エントランスから南門に向かう軸線が、七条通りを越えて蓮華王院(三十三間堂)の南大門(元は方広寺の南門)までつながることだ。京都の長い歴史を感じさせる設計の妙と言えるだろう。

*5 特別展開催期間中は、名品ギャラリー(平常展示)は休止となる。

所在地:京都市東山区茶屋町527
開館時間:
【名品ギャラリー(平常展示)および庭園のみ展示期間】9:30〜17:00 ※金曜日は20:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
【特別展期間】そのつど定めます
休館日:月曜日(祝日・休日の場合は開館、翌火曜日休館)/年末年始/他

10. 谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館/石川県金沢市

金沢建築館の外観。日没後にはガラス部分から柔らかな灯りがこぼれる。写真:北嶋俊治
寺院群のある寺町通りに沿って建つ金沢建築館のエントランス。写真:北嶋俊治
1階のミュージアムショップは寺町通りに面している。写真:北嶋俊治
犀川に面した側は階段状の構造になっている。写真:北嶋俊治
2階の常設展示室。迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の茶室を再現した部分。写真:北嶋俊治
2階の常設展示室。写真向かって左側に迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の広間が再現され、右側には水庭が配置されている。写真:北嶋俊治
地下1階の企画展示室(写真は過去の企画展示の様子)。写真:北嶋俊治

谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館は、日本では数少ない公立の建築ミュージアムとして2019年に開館した。金沢の名誉市民第1号となった建築家・谷口吉郎の住居があった場所に、息子の吉生による設計で建てられた同館は、展示室や収蔵庫を屋外の温度変化などの影響から守る鉄筋コンクリートの閉鎖的な部分と、鉄骨構造をガラスで覆った開放的な部分で構成されている。暖色系の石で仕上げられた前者の外壁は周辺の歴史的景観に違和感なく馴染み、寺町通りに面したガラス張りのラウンジにはミュージアムショップがあって街に開かれた印象を与える。また、歩道側には簾(すだれ)や庇といった和の建築要素が取り入れられ、周囲に揃えて軒高を低く抑えることで金沢の街並みとの調和が図られるなど、随所に谷口らしい細かい配慮が見られる。敷地北側は犀川へ下る崖地の勾配に沿った階段状の構造で、斜面を緑化して河岸と連続した環境として整備されている。

館内は、2階に常設展示室と水庭、地下1階に企画展示室と内庭が配置されている。常設展示室では、谷口吉郎が設計した現存する国の施設、迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の広間と茶室を原寸大で忠実に再現。木材や土、紙といった自然素材による簡素で繊細な意匠の美と、大工や左官などの優れた職人技を目にすることができる。また、広縁のガラスウォールの向こうには水庭があり、犀川方向に見える木々と相まって四季それぞれの趣を演出している。一方、企画展示室では、建築や都市をテーマとした企画展が行われるほか、講演会なども開催される。それに加え、企画展と常設展を学芸員が解説する館内ガイドツアーも月に1回程度実施されている。谷口吉郎・吉生それぞれの空間を体感することができる金沢建築館は、建築自体が見応えのある展示作品でもある。特に再現された「游心亭」は、金沢の必見スポットの1つと言えるだろう。

所在地:石川県金沢市寺町5-1-18
開館時間:9:30 – 17:00 (入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日 *月曜日が休日の場合はその直後の平日/年末年始 *12月29日から1月3日/展示替期間/その他臨時休館

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