モダニズムの粋と日本的な感性が調和する端正な建築で知られる谷口吉生は、多作な建築家ではない。それは、一度に携わる案件を絞り、自らが陣頭指揮をして完璧を目指す姿勢によるものだろう。ハーバード大学デザイン大学院で建築学修士を取得した谷口は、東京大学都市工学科丹下研究室および都市・建築設計研究所を経て父・谷口吉郎の事務所を継ぎ、谷口建築設計研究所の所長に就任した。父の吉郎は東宮御所や迎賓館赤坂離宮和風別館、東京国立博物館東洋館、東京国立近代美術館、ホテルオークラ東京本館ロビーなどの名建築を残し、1973年に文化勲章を受章している。
代表作には、高さ約20メートルのガラスドームが斬新な東京都葛西臨海水族園、巨大なゴミ処理装置を見学できるガラス張りの通路が壮観な広島市環境局中工場、大規模商業施設のGINZA SIX、海外ではノバルティス社研究施設やアジア・ソサエティ・テキサスセンターがあり、2度の日本建築学会作品賞、2005年の高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)など数々の賞を受賞。2021年には文化功労者に選ばれた。中でも世界的に大きな注目を集めたのが、1997年の国際コンペティションで最優秀賞を勝ち取ったニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築だ。このプロジェクト実施時を含め、長年MoMAの館長を務めたグレン・D・ローリーは、谷口の建築哲学について次のように述べている。
「彼にとって優れた建築とは、『建築そのものが消え去る』ような建築でした。それはつまり、あらゆるディテールが絶妙なバランスと調和を保ち、各部屋のプロポーションが建物全体のプロポーションと見事に呼応している状態を指します。そうした空間では、空間と光が融合する一瞬一瞬の効果から静謐さに満ちた体験が生まれるのです。心身が安らいで初めて、人は芸術作品を、そしてその作品が持つ情感に訴えかける力を『感じ取る』ことができる──彼はそう信じていました」
ローリーが指摘した点は、谷口の手がけた美術館や博物館に共通して見られるものだ。以下、その美意識が隅々にまで感じられる10館を見ていこう。
1. 土門拳写真美術館/山形県酒田市
土門拳写真美術館の外観。周囲の飯森山公園はアジサイの名所でもある。写真:土門拳写真美術館提供
美術館の幾何学的な造形が池に映り込み、美しい景観を作り出す。写真:土門拳写真美術館提供
土門拳の大作が並ぶ主要展示室。写真:土門拳写真美術館提供
作品は年に数回展示替えが行われる。写真:土門拳写真美術館提供
中庭に設置されたイサム・ノグチの彫刻作品《土門さん》。写真:土門拳写真美術館提供
勅使河原宏が手がけた庭園《流れ》は、企画展示室IIから鑑賞できる。写真:土門拳写真美術館提供
池の水面が望めるギャラリー部分。写真:土門拳写真美術館提供
土門拳写真美術館(土門拳記念館から改称)は、昭和の巨匠・土門拳の作品を展示する日本初の写真専門美術館として1983年に開館。1974年に出身地である酒田市の名誉市民第1号となった土門が全作品を同市へ寄贈し、それに応えた市が美術館を創設した。谷口吉生は、飯森山を背にした美術館の敷地の前面に人工の池(拳湖)を配し、花崗岩の外壁が水平に広がる伸びやかな佇まいの建物を設計した。谷口が重視したのは、緑豊かな自然環境や土門作品の芸術性と響き合い、調和する建築だった。その意図通り、正方形の門が連なるような造形が目を引く直線的なデザインが、山や池のやわらかな曲線を引き立てる絶妙なスケール感で実現されている。館内の展示室は、写真作品の褪色や劣化を防ぐために自然光を遮断し、照明で昼光に近い状態に保たれる。建物の一部が飯森山の裾野に埋まるよう作られているのも、外光から作品を守るためだという。
リアリズムを徹底的に追求し、被写体をとことん凝視する妥協のない制作姿勢から「写真の鬼」と呼ばれた土門拳は、報道や人物に加え、寺院・仏像など日本の伝統文化を捉えた写真の基準を作った人物として高く評価されている。ライフワークとなった『古寺巡礼』、川端康成や梅原龍三郎など文化人の臨場感ある肖像シリーズ『風貌』、原爆被害の深刻さを世界に知らしめた『ヒロシマ』などの代表作は、土門の鋭く、深いまなざしを感じさせる。また、土門と親交のあった芸術家たちが同館の建設に協力し、グラフィックデザイナー亀倉雄策が銘板等を、イサム・ノグチが中庭の彫刻《土門さん》とベンチを、華道家・芸術家の勅使河原宏が庭園とオブジェを、詩人・草野心平が銘石を寄贈している。稀代の写真家・土門の作品と、友情の証であるこれらの作品を鑑賞した後は、1万株を超えるアジサイや紅葉などが楽しめる飯森山公園で、自然の息吹を体感するのも良さそうだ。
所在地:山形県酒田市飯森山2丁目13
開館時間:9:00〜17:00 ※入館は16:30まで
休館日:4月〜11月は無休 ※展示替えのため臨時休館あり
12月〜3月は毎週月曜日 ※月曜祝日の場合は翌火曜日休館
年末年始休業
2. 長野県立美術館 東山魁夷館/長野県長野市
長野県立美術館 東山魁夷館の外観。軽快な印象を与えるアルミの外壁は、東山魁夷作品の繊細さとの調和を考慮したもの。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
日が落ちたあとの外観。ラウンジの光が中庭の水盤に美しく映り込む。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
中庭に面したラウンジからは、水盤が広がる静謐な風景を眺めることができる。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
受付と2階へ向かう階段には天窓から穏やかな自然光が降り注ぐ。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
2階の展示室。東山魁夷館のコレクションは現在980余点に及ぶ。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
1階の展示室「創作の部屋」では、東山魁夷の生涯や制作の歩み、愛用の道具などについて知ることができる。写真:長野県立美術館 東山魁夷館提供
東山魁夷館は、昭和を代表する日本画家の東山魁夷(1908-1999)から寄贈された作品や関係図書をもとに、長野県立美術館の前身である長野県信濃美術館に併設される形で1990年に開館した。父・吉郎と親しかった東山の意向で設計を担当した谷口吉生は、作品の鑑賞の妨げにならずに絵を守る額縁の役割を念頭に、「簡潔な意匠と十分な機能性」を持つ建物を目指したという。善光寺に隣接する城山公園内の東山魁夷館に入ると、中庭の水盤に面した明るいラウンジに目を奪われる。晴れた日には深い庇や天井にさざなみがゆらゆらと反射し、横長のガラス窓から見える水面や弧を描いて配された玉石、低い塀とその向こうの木立から感じられるのは寺院の庭のような静けさだ。中庭側から見ると、ラウンジ部分のガラスウォールと屋根に2つの直角が連なるデザインが施され、その精巧なディテールが、軽やかなアルミ壁で覆われたシンプルな外観のアクセントになっている。
皇居新宮殿の壁画や唐招提寺御影堂の障壁画などの大作で知られ、国民的画家として愛された東山魁夷は、1969年に文化勲章を受章。国内外を精力的に巡って自然や歴史的景観を作品にした東山は、信州の風景を描くことも多く、長野県を「私の作品を育ててくれた故郷」と表現している。東山魁夷館には現在980点余りのコレクションがあるが、その中に含まれる名作《緑響く》も蓼科の御射鹿池(みしゃかいけ)をモチーフに描かれたとされ、美しい緑の森に覆われた池の畔には神秘的な白馬が佇む。そのほかにも、《白馬の森》《夕静寂》などの本制作や初期作品、連作「北欧風景」「京洛四季」「白い馬の見える風景」「大和春秋」の習作・スケッチから唐招提寺御影堂障壁画の試作までを収蔵する同館では、清明かつ深い情感を感じさせる東山魁夷の静謐な美の世界を堪能できる。鑑賞後は、おだやかな光に包まれたラウンジで作品の余韻を味わうのもいいだろう。
所在地:長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)
開館時間:9:00〜17:00(展示室入場は16:30まで)
休館日:水曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/28〜1/3)
3. 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)/香川県丸亀市
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)外観。正面のゲートプラザに展示された壁画や彫刻が来館者を出迎える。撮影:増田好郎
MIMOCA外観。夜間、ライトに照らされたゲートプラザは舞台のようにも見える。撮影:増田好郎
1階 エントランスホール。奥には3階までの吹き抜けがあり、その周囲に階段が配置されている。撮影:増田好郎
館内、南側にある大階段。2階踊り場には猪熊の彫刻作品が設置されている(写真右下)。撮影:増田好郎
2階 展示室B。2階では主に美術館が所蔵する猪熊弦一郎作品の常設展示が行われる。撮影:増田好郎
2階 展示室A。常設展示は年に数回、テーマを決めて展示替えが実施される。撮影:増田好郎
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)は、地元ゆかりの現代美術作家、猪熊弦一郎(1902-1993)の全面協力を得て1991年に開館した。谷口吉生は父・吉郎など建築家との協働にも積極的に取り組んだ猪熊から設計依頼を受けて対話を重ね、アーティストと建築家の理念が細部にまで行き渡った美術館を実現している。まず圧巻なのが、丸亀駅前の広場に向いた正面の大きな門型のフレームで、白大理石に黒い石を埋め込んだ壁画や、黄、黒、赤のオブジェが設置されたゲートプラザ自体が1つの大きな絵画のように目に飛び込んでくる。また、エントランスを抜けると3階まで吹き抜けの開放的な空間が広がる動線にも驚きがある。館内は、吹き抜けのトップライトやゲートプラザに面した高窓、3階展示室ではトップライトから降り注ぐ柔らかな自然光に包まれ、1階から3階のカスケードプラザへと続く大階段は陰影に富む表情を見せるなど、光の巧みな演出が印象に残る。
MIMOCAでは、美術館を「心の病院」と呼んだ猪熊から寄贈された約2万点の所蔵品による常設展のほか、現代アートを中心とした企画展を開催し、講演会やコンサートなどのプログラムや子どもの創造力を育むワークショップにも力を入れている。少年時代の多くを丸亀で過ごした猪熊は、東京美術学校(現東京藝術大学)へ進学。その後、渡仏してアンリ・マティスに学び、1955年から約20年にわたりニューヨークを制作の場とした。渡米をきっかけに具象から抽象へと移行し、帰国後は東京とハワイで画業を続ける中で、その作風は具象・抽象の枠を超えたどこかユーモラスなものへと広がっていった。女性や猫、都市、宇宙などをモチーフとした縦横無尽な描写からは、変化することを恐れなかった猪熊の自由な精神が感じられる。
※施設改修のため、2027年3月31日(予定)まで休館中
香川県丸亀市浜町80-1
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日(祝休日の場合はその直後の平日)、年末12月25日から31日、および臨時休館日
4. 豊田市美術館/愛知県豊田市
大池越しに見た豊田市美術館の外観。写真:豊田市美術館提供
豊田市美術館の彫刻テラス。ダニエル・ビュレン《色の浮遊|3つの破裂した小屋》 写真:豊田市美術館提供
1階と2階をつなぐ階段部分。左はジョセフ・コスース、正面はジェニー・ホルツァーの作品。写真:豊田市美術館提供
所蔵品の1つ。エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》 写真:豊田市美術館提供
豊田市美術館は1995年、かつて挙母城(ころもじょう)のあった市中心部の高台に開館した。美術館へと登る緑に囲まれたアプローチはあえて屈曲させてあり、ある地点で美術館の建物が目に飛び込んでくる。来館者をまず出迎えるのは、グリッドが連なる巨大なゲート。落ち着いた緑のスレートがその先の乳白色のガラスの外壁を際立たせ、谷口吉生らしい水平線と垂直線による凛とした佇まいが印象的だ。エントランスを入ると、左手には光が溢れる吹き抜けの階段があり、文字を用いた現代アート作品が展示されている。こうしたメリハリのある展開に加え、展示に適した大空間を内部につくりつつ、ところどころで屋外の景色を楽しめる動線も鑑賞体験に心地よいリズムを与えている。また、2階にある大池の対岸からの眺めも必見だ。水面に映り込む建物と広々とした昼間の空も、日が落ちてから屋内照明が放つ光も、息を呑むほど美しい。
豊田市美術館のコレクションの核となっているのは、クリムト、シーレなど19世紀末から20世紀初頭にウィーンで活躍した作家や、ダダ、シュルレアリスムの作品だ。マグリットやダリのほか、同時代の彫刻家ブランクーシやジャコメッティなど現代の表現に大きな影響を与えたアーティスト、国内では明治時代に新しい日本画を切り拓いた菱田春草、横山大観、下村観山、洋画の岸田劉生、藤田嗣治などの作品を収蔵。ヨーロッパを中心とした現代アートや、戦後日本の「具体」「もの派」をはじめとする優れた作家を網羅している。また、社会、ジェンダー、歴史などテーマ性の高い企画展でも定評があり、屋外の彫刻テラスに加え、世界的ランドスケープアーキテクト、ピーター・ウォーカーが手がけた2段式の庭園など見どころは多い。作品を鑑賞した後には、彫刻テラスや大池、市街地を一望できるレストランや、谷口の設計した茶室でゆっくり過ごすのもよさそうだ。
所在地:愛知県豊田市小坂本町8丁目5番地1
開館時間:10時~17時30分 (入場は17時まで)
休館日:毎週月曜日(祝日は除く)、年末・年始
展示替休館 2026年6月22日(火)~7月17日(金)、9月24日(木)~10月23日(金)、2027年1月25日(月)~2月26日(金)
5. 東京国立博物館 法隆寺宝物館/東京都台東区
法隆寺宝物館 外観。幾何学的な造形と水盤を用いた構成が端正な佇まいを見せる。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 エントランスホール。吹き抜けの空間に垂直のルーバーから穏やかな自然光が入る。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 第1室。国宝「灌頂幡」が展示され。2階へ向かう瀟洒な階段部分には、そのレプリカが展示されている。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 第2室。飛鳥時代の金銅仏や光背・押出仏が並ぶ圧巻の展示。写真:東京国立博物館提供
法隆寺宝物館 鑑賞後の動線となる階段。ルーバーと階段の縦横の直線が、計算し尽くされた美しさを感じさせる。写真:東京国立博物館提供
東京国立博物館の正門を入ってすぐ左へ進むと、緑に囲まれて少し奥まった場所に法隆寺宝物館がある。1964年、同館が所管する法隆寺献納宝物をまとめて保存・展示するための施設として旧宝物館が開館。その保存機能をさらに高め、作品を広く一般に公開することを目的に建てられたのが、谷口吉生の設計で1999年にオープンした現在の宝物館だ。木々の間を抜け、視界が開けると、四角い水盤の向こうに門型の薄いフレームとガラスカーテンウォールが現れる。設計にあたって谷口は、「崇高な収蔵物に対する畏敬の念と、周辺の自然を十分に尊重する方針によって、今の東京には貴重な存在となってしまった静寂や、秩序や、品格のある環境を、この場所に実現することを目指した」と述べている。その言葉通り、水平に伸びる深い軒、垂直方向の細い柱やガラス面のルーバー、鏡のような水面というシンプルさに、不思議と心が静まる。
法隆寺宝物館が収蔵・展示しているのは、明治初期に法隆寺から皇室へ献納され、戦後国に移管された300件あまりの宝物で、そこには天女などの透彫が施された飛鳥時代(7世紀)の灌頂幡や、平安時代の聖徳太子絵伝をはじめとする数多くの国宝や重要文化財が含まれている。これらは正倉院宝物と双璧をなす古代美術のコレクションとして高く評価されており、8世紀の作品が中心の正倉院宝物より一時代古い7世紀の宝物が多いことが特色だという。中でも、保存のために外光を遮断した薄暗い空間に約60体もの小ぶりな金銅仏がずらりと並び、一体一体が照明に浮かび上がる1階の第2室は圧巻だ。2階に展示された工芸品や絵画・書跡・染色を鑑賞した後には、もう1つ谷口建築の見どころがある。それは1階ホールへ降りる階段で、建物正面や側面のルーバーと階段の踏み板による垂直と水平のリズムが、ガラス越しに見える植栽の自然の彩りとの絶妙な調和を見せてくれる。
所在地:東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9時30分~17時00分、※毎週金・土曜日、および、翌月曜日が祝・休日の場合の日曜日は9時30分~20時00分(いずれも入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)、年末休館
6. 香川県立東山魁夷せとうち美術館 香川県/坂出市
香川県立東山魁夷せとうち美術館の外観。アプローチは東山の代表作の1つ《道》を思わせる。写真:北嶋俊治
垂直と水平の造形美が際立つ東側外観。写真:北嶋俊治
明るいエントランスホール。縦格子とその影がアクセントになっている。写真:北嶋俊治
「テーマ作品展」や「特別展」が行われる1階の展示室。写真:北嶋俊治
瀬戸内海と瀬戸大橋のパノラマが楽しめるラウンジにはカフェがある。写真:北嶋俊治
香川県立東山魁夷せとうち美術館は、坂出市の瀬戸大橋記念公園に隣接する海沿いにある。東山魁夷の祖父が同市櫃石島の出身である縁で、没後に遺族から寄贈された版画作品約270点を中心とした美術館がオープンしたのは2005年。現在は、日本画作品が所蔵と寄託を合わせて21点、版画作品292点のほか、スケッチ14点や下図13点を収蔵している。谷口吉生の設計した同館は、小ぶりながらその特徴が凝縮された建物だ。美術館へ向かう白い一本道のアプローチは、戦後の復興期に描かれた東山の代表作の1つ、《道》(1950)をイメージさせ、美術館に対して斜めに敷かれていることで建物の奥行き感が増幅して感じられる。外壁には緑色の天然スレートがグリッド状に貼られ、それぞれ微妙に異なる色合いから豊かなニュアンスが醸し出される。さらに、エントランス部分の庇の水平線と縦格子の垂直線がアクセントとなり、全体を引き締めている。
瀬戸内の穏やかな海に面し、緑の木々に囲まれたこの美術館は、その立地を生かした自然との調和が感じられ、「風景は心の鏡である」(*1)と語った東山の作品世界を静かに包み込んでいる。エントランスから1階の展示室に入ると、そこには天井高6メートルの空間が広がり、2階の東西に長く延びた展示室とともに「テーマ作品展」や「特別展」が行われる。テーマ作品展は、寄贈された版画作品を中心に、季節や画題、取材地などのテーマに基づいて選んだ作品を展示する所蔵作品展で、特別展では東山自身や同時代の作家、現役作家の作品を企画ごとに紹介している。2階からラウンジへ降りると、青い海、そして瀬戸大橋の絶景が目に飛び込んでくる。カフェのガラス越しに見る景観は、横長に広がる障壁画のようで、いつまでも見飽きない。ここで作品を鑑賞した余韻を味わったり、屋外のデッキで行き交う船や島々を眺めたり、思い思いの時間を過ごせそうだ。
*1 東山魁夷『日本の美を求めて』(講談社学術文庫)より
所在地:香川県坂出市沙弥島字南通224-13
開館時間:午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館、翌平日が休館)、年末年始(12月27日~1月1日)、展覧会準備期間
7. ニューヨーク近代美術館/アメリカ・ニューヨーク市
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の展示棟から、オープン直前の教育施設棟を望む(2006年10月撮影)。Photo: Alsandoro/Wikimedia Commons
教育施設棟側から彫刻庭園越しに展示棟を見たところ。Photo: Mario Tama/Getty Images
吹き抜けの大空間、2階のマロン・アトリウム。Photo: View Pictures/Universal Images Group via Getty Images
アトリウムから開口部を望む。Photo: James Leynse/Corbis via Getty Images
フィリップ・ジョンソン・デザイン・ギャラリーの家具セクション。Photo: View Pictures/Universal Images Group via Getty Images
モダンアート作品を収蔵する美術館として、世界屈指の質と量を誇るニューヨーク近代美術館(MoMA)。マンハッタン53丁目にある同館が3人の女性(*2)の発案で産声を上げたのは1929年、場所は5番街沿いのビルの中だった。1939年に現在の場所に美術館がオープンし、以降、1950年代から60年代にかけての規模拡張、1984年の大規模改修・増築を経て、1997年にMoMA史上最大の建設プロジェクトが開始された。展示用のスペースを倍増させ、全体を再構成するための国際設計コンペティションで最優秀賞を獲得した谷口吉生が抱いたビジョンは、2004年秋の展示棟リニューアルオープン時、ニューヨーク・マガジンでこう紹介されている。
MoMAのモデルはマンハッタンそのものです。彫刻庭園はセントラルパークであり、その周囲には様々な機能や目的を持つ建物が立ち並ぶ都市が広がっています。MoMAはマンハッタンの縮図なのです。
*2 リリー・P・ブリス、メアリー・クイン・サリバン、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー
彫刻庭園は54丁目側にあり、ミッドタウンのビル群に囲まれた中でも開放感がある。庭園に沿ってグリッド状のガラスと細い柱によるキャノピーが配置され、向かい合って建つ展示棟と教育施設棟(*3)を結ぶ。2つの棟の外観は、薄いフレームと深い庇という谷口らしいシンプルかつ奥行き感のあるデザインだ。館内では天井高の変化がリズムを生み、特に天井が低めに抑えられた周囲と吹き抜けの大空間「マロン・アトリウム」のコントラストが印象深い。そして、さまざまな開口部から見える都市の景色が、美術館と街が一体となった「マンハッタンの縮図」を感じさせる。そのMoMAのコレクションは現在約20万点にのぼり、セザンヌやゴッホをはじめとする19世紀後半〜現在の絵画・彫刻、ドローイング・プリント、写真、フィルム、メディア・パフォーマンス、そしてMoMAの大きな特徴でもある建築・デザイン分野の選りすぐられた作品やアイテムが収蔵されている。また、2019年にも増築が行われるなど、まもなく創立100周年を迎える今も進化を続けている。
*3 展示棟は2004年11月に一般公開開始、教育施設棟は2006年11月にオープン。
所在地:11 West 53rd Street, New York, NY, USA
開館時間:10:30~17:30(金曜~20:30)
休館日:サンクスギビングデー(11月第4木曜日)、クリスマス(12月25日)
8. 鈴木大拙館/石川県金沢市
鈴木大拙館を象徴する「思索空間棟」と「水鏡の庭」の景観。写真提供 :鈴木大拙館
「思索空間棟」の内部。四方に開口部があり、畳敷きの床几が置かれている。写真提供 :鈴木大拙館
白い漆喰壁と庇のシルバーの天井パネル、水面のコントラストが印象的な外部回廊。写真提供 :鈴木大拙館
「水鏡の庭」と外部回廊、正面は犬島産錆石を用いた石積みの壁。写真提供 :鈴木大拙館
水平を基調とした設計に正面玄関の縦格子がアクセントを与えている。写真提供 :鈴木大拙館
薄明かりに包まれた内部回廊を通って「展示空間」へ向かう。写真提供 :鈴木大拙館
本多の森を借景とする鈴木大拙館。秋には「水鏡の庭」の水面に紅葉が映り込む。写真提供 :鈴木大拙館
金沢出身の仏教哲学者・鈴木大拙(1870-1966)は、禅をはじめ東洋・日本の文化や思想を伝える書籍を英語で著し、数々の学者、文化人、アーティストのジョン・ケージからスティーブ・ジョブズのような経営者にまで、広く影響を与えた人物として知られる。その大拙の生誕地に近い場所で、2011年に開館したのが鈴木大拙館だ。ここは、大拙についての理解を深め、来館者それぞれが思索する場所としての利用を目的に建てられた。谷口吉生の設計した同館は、回廊で結ばれた「玄関棟」「展示棟」「思索空間棟」の3つの棟と、「玄関の庭」「露地の庭」「水鏡の庭」の3つの庭から成り、それらを回ることで大拙について知り、学び、考えることが意図されている。谷口によると、「3つの空間を回遊することで、大拙の思想の底流にある『静寂』『自然』『自由』といった概念を体感できる」(*4)という。その言葉通り、シンプルな直線で構成され、研ぎ澄まされた美を感じさせる谷口の設計は、心静かな時を過ごし、大拙の精神に自然と触れられる場を生み出している。
*4 『私の履歴書―谷口吉生』(淡交社)からの引用。
鈴木大拙館に入ると、まず「玄関の庭」の大きなクスノキが見え、薄明かりに照らされた回廊を進むと展示空間と学習空間がある。年に数回の企画展示が行われる展示空間では、書や写真などを通じて大拙を知り、書籍や絵本が置かれた学習空間ではその考え方を学ぶことができる。また、「露地の庭」に仙厓義梵の禅画で知られる〇△▢をモチーフにした谷口デザインの蹲(つくばい)が置かれているのも見逃せない。外部回廊から「思索空間棟」へ向かう途中に広がる「水鏡の庭」は、近隣の本多の森を借景とし、石積や水景を組み合わせた静謐な場所だ。その水面に浮かぶように建つのが「思索空間棟」で、四方に開口部のある内部には畳敷きの床几が置かれている。ここでは大拙の思想に想いを馳せたり、ただ無心に過ごしたり、日常から離れた貴重な体験ができる。
所在地:石川県金沢市本多町3丁目4番20号
開館時間:午前9時半から午後5時(入館は午後4時半まで)
休館日:月曜日(休日の場合はその直後の平日)、年末年始(12月29日から1月3日)
※展示資料の整理等のため休館する場合があります。
令和8年度/展示替等による休館日:8月31日から9月9日、10月5日から10月8日
9. 京都国立博物館 平成知新館/京都府京都市
京都国立博物館 平成知新館の外観。平成知新館は、現在、名品ギャラリー(平常展示)と特別展の両方が行われている京博の中心施設。写真:京都国立博物館提供
平成知新館1階のロビー。半透明と透明のガラスを組み合わせたガラスカーテンウォールからの柔らかな光に包まれる開放的な空間になっている。写真:京都国立博物館提供
京都国立博物館は1897年に帝国京都博物館として開館し、1952年に現名称となった。広々とした敷地には、れんが造りの重要文化財「明治古都館」(旧本館)、茶室「堪庵(たんあん)」、「平成知新館」などがあり、日本と東洋の古美術品や考古資料等、館蔵品と寄託品を合わせて約1万5000件(2025年度末現在)もの文化財を収蔵している。明治古都館は現在、耐震補強を含む保存修復を進めるため展示休止中で、平成知新館で平常展示と特別展示が行われている。その平成知新館は、谷口吉生の設計で2014年にオープン。日本的な空間構成を取り入れ、直線を基調としたデザインが、壮麗ではあるがどこか穏やかな佇まいを見せる。水平に伸びるクリーム色を帯びた外壁と薄い庇、細い柱と雪見障子を思わせるガラスカーテンウォールの垂直線、建物前面の水盤への映り込みなど、谷口建築の粋を集めた外観はこの上なくミニマルで、飾り気のない気品を湛えている。
館内に入ると、吹き抜けの大空間とトップライトから降り注ぐ自然光に迎えられ、透明感のある階段とブリッジがシンプルな構造に抑揚を与えている。水盤に面した開放的なロビーも、半透明のガラスカーテンウォールを通した柔らかな光に包まれ、中央部分の透明なガラス部分からは揺らめく水面や庭園、明治古都館の重厚な姿が眺められる。一方、1階から3階までの展示室は美術品等の保護のために閉じた作りになっており、彫刻、書跡、工芸品、絵画、陶磁から考古資料までの名品ギャラリーを鑑賞できる(*5)。数々の国宝や重要文化財を含むこれらの文化財は、建物全体の耐震構造と展示室・収蔵庫の免震装置で手厚く守られている。帰路に注目してほしいのが、エントランスから南門に向かう軸線が、七条通りを越えて蓮華王院(三十三間堂)の南大門(元は方広寺の南門)までつながることだ。京都の長い歴史を感じさせる設計の妙と言えるだろう。
*5 特別展開催期間中は、名品ギャラリー(平常展示)は休止となる。
所在地:京都市東山区茶屋町527
開館時間:
【名品ギャラリー(平常展示)および庭園のみ展示期間】9:30〜17:00 ※金曜日は20:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
【特別展期間】そのつど定めます
休館日:月曜日(祝日・休日の場合は開館、翌火曜日休館)/年末年始/他
10. 谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館/石川県金沢市
金沢建築館の外観。日没後にはガラス部分から柔らかな灯りがこぼれる。写真:北嶋俊治
寺院群のある寺町通りに沿って建つ金沢建築館のエントランス。写真:北嶋俊治
1階のミュージアムショップは寺町通りに面している。写真:北嶋俊治
犀川に面した側は階段状の構造になっている。写真:北嶋俊治
2階の常設展示室。迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の茶室を再現した部分。写真:北嶋俊治
2階の常設展示室。写真向かって左側に迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の広間が再現され、右側には水庭が配置されている。写真:北嶋俊治
地下1階の企画展示室(写真は過去の企画展示の様子)。写真:北嶋俊治
谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館は、日本では数少ない公立の建築ミュージアムとして2019年に開館した。金沢の名誉市民第1号となった建築家・谷口吉郎の住居があった場所に、息子の吉生による設計で建てられた同館は、展示室や収蔵庫を屋外の温度変化などの影響から守る鉄筋コンクリートの閉鎖的な部分と、鉄骨構造をガラスで覆った開放的な部分で構成されている。暖色系の石で仕上げられた前者の外壁は周辺の歴史的景観に違和感なく馴染み、寺町通りに面したガラス張りのラウンジにはミュージアムショップがあって街に開かれた印象を与える。また、歩道側には簾(すだれ)や庇といった和の建築要素が取り入れられ、周囲に揃えて軒高を低く抑えることで金沢の街並みとの調和が図られるなど、随所に谷口らしい細かい配慮が見られる。敷地北側は犀川へ下る崖地の勾配に沿った階段状の構造で、斜面を緑化して河岸と連続した環境として整備されている。
館内は、2階に常設展示室と水庭、地下1階に企画展示室と内庭が配置されている。常設展示室では、谷口吉郎が設計した現存する国の施設、迎賓館赤坂離宮・和風別館「游心亭」の広間と茶室を原寸大で忠実に再現。木材や土、紙といった自然素材による簡素で繊細な意匠の美と、大工や左官などの優れた職人技を目にすることができる。また、広縁のガラスウォールの向こうには水庭があり、犀川方向に見える木々と相まって四季それぞれの趣を演出している。一方、企画展示室では、建築や都市をテーマとした企画展が行われるほか、講演会なども開催される。それに加え、企画展と常設展を学芸員が解説する館内ガイドツアーも月に1回程度実施されている。谷口吉郎・吉生それぞれの空間を体感することができる金沢建築館は、建築自体が見応えのある展示作品でもある。特に再現された「游心亭」は、金沢の必見スポットの1つと言えるだろう。
所在地:石川県金沢市寺町5-1-18
開館時間:9:30 – 17:00 (入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日 *月曜日が休日の場合はその直後の平日/年末年始 *12月29日から1月3日/展示替期間/その他臨時休館
安藤忠雄、内藤廣、SANAAらが手がけた日本の名作美術館10選──アートと風土が響き合う建築
日本各地には、その土地の風土や文化と響き合う個性豊かな美術館が数多く存在し、建築そのものも訪れる楽しみの一つになっている。ここでは、日本を代表する建築家10人が手がけた美術館の名作を、全国から厳選して紹介する。
1. 青森県立美術館/青森県青森市 建築家:青木淳
青木淳は磯崎新アトリエで水戸芸術館などのプロジェクトを経験したのち、1991年に青木淳建築計画事務所を設立した(2020年にASに改組)。その後、1999年のルイ・ヴィトン名古屋栄店を皮切りに、同ブランドの国内外の店舗設計や外装デザインの数々を担当。商業・公共建築から個人住宅までを幅広く手がけ、現在は自らが再整備事業に設計から関わった京都市京セラ美術館の館長を務めている。その青木が特に注目されたのは、「動線体」や「原っぱ」という言葉で表される独自の思考だ。これは、あらかじめ決められた目的を達成するための場ではなく、「人々が行動することによって楽しさを発見する空間」を実現しようとするもので、著書の『原っぱと遊園地』や『フラジャイル・コンセプト』などで詳しく論じられている。
Photo: 青森県立美術館提供
青森県立美術館の設計にも、さまざまな方向に展開する可能性がある「原っぱ」の概念が生かされている。着想源となったのは、隣接する三内丸山遺跡の発掘調査で用いられた「トレンチ」という溝を掘る手法。まず、地面をトレンチ状に掘削して凸凹を作り、そこに上の面は平らだが、下が凸凹した白い建物を被せる。そうしてできたのが、ホワイトキューブの部屋と壁や床に土が露出した空間が組み合わさった他に類を見ない展示スペースだ。広さも形状もさまざまな展示室のうち、最も大きなアレコホールは縦横それぞれ21m、高さ19mの大空間で、その四方にある通路から好きなように館内をめぐって楽しめる。ファサードの白い壁面には木とアルファベットのa(青森の頭文字)をモチーフとしたネオンサインが森のようにいくつも並び、日没後に青く光る様子が美しい。Photo: 青森県立美術館提供
ファサードのネオンサイン。「青い木が集まって森になる」成長の様子を表している。Photo: 青森県立美術館提供
美術館のシンボル作品の1つ 奈良美智≪あおもり犬≫ 2005年©Yoshitomo Nara。Photo: 青森県立美術館提供
天井高が19mあるアレコホール。Photo: 青森県立美術館提供
過去展覧会の展示風景。Photo: 青森県立美術館提供
2. 植田正治写真美術館/鳥取県西伯郡伯耆町 建築家:高松 伸
京都大学大学院で工学博士号を取得した高松伸は、1980年に高松伸建築設計事務所を設立。国内外で数多くの設計を手がけるかたわら、京都大学や京都精華大学の教授を歴任し、2013年に京都大学名誉教授に就任した。ポストモダン建築の旗手と言われた1980年代はロボットや精密機械を思わせる彫刻的な作品で注目を浴び、90年代以降は建物が立地する地域の歴史や伝統的モチーフを取り入れ、風景との調和を志向する設計へと変化していった。代表作には国立劇場おきなわ、天津博物館、ジョージア元首相官邸、「仏教のテーマパーク」と言われるベトナムの聖地バデン山の施設などがあり、2025年の大阪万博では曲線構造材による複合的な三次元の形状と西陣織の外装膜が話題を呼んだ飯田グループホールディングスのパビリオンを手がけている。
Photo: 植田正治写真美術館提供
1995年に開館した植田正治写真美術館を構成する4つのコンクリートブロックは、写真家・植田正治の代表作の1つ《少女四態》(1939)に登場する4人の少女の配置やポーズをモチーフにしており、被写体をオブジェのように配置する植田の「演出写真」へのオマージュになっている。また、左右に大きなカーブを描いて伸びる壁に中央の直線的な建物が包み込まれるようなデザインは、抽象的でありながら周囲の田園風景や山陰の名峰・大山の景観との不思議な一体感を醸し出している。打ち放しのコンクリートによる建物の内部に入ると、縦型の開口部から自然光が入る明るい空間が広がる。また、2階の東向きの窓からは、2つのコンクリートブロックの間に大山の姿が眺められ、ブロックに挟まれた水盤には逆さ大山が映る。窓ガラスに貼られているのは、植田を象徴する黒い山高帽のシールで、あたかも大山が帽子を被ったように見えるのが楽しい。さらに、総重量625kgもの巨大レンズを設置した映像展示室では、部屋全体が「カメラオブスキュラ」となり、壁一面に逆さになった大山の風景が投射される。Photo: 植田正治写真美術館提供
植田正治《少女四態》(1939)Photo:植田正治写真美術館
直線と曲線を組み合わせたスタイリッシュな外観。植田正治写真美術館提供
西側から見た外観。Photo: 植田正治写真美術館
映像展示室には巨大レンズが設置され、レンズの反対側の壁に逆さ大山が投射される。Photo: 植田正治写真美術館
3. 金沢21世紀美術館/石川県金沢市 建築家:妹島和世+西沢立衛 / SANAA
1995年に設立された「妹島和世+西沢立衛 / SANAA」は、妹島和世と西沢立衛の建築家ユニット。明るく、クリーンな印象を与える設計の特色は、ガラスやアルミを用いた透明感と軽やかさ、そして美しい曲線にある。ミニマルなデザインや色使いがエレガントで、自然光をふんだんに取り入れた開放的な空間を持つその建物は、周囲の風景にとけこむような穏やかな存在感を放つ。代表作にはニューヨークのニューミュージアム、スイスのロレックスラーニングセンター、フランスのルーブル・ランス、荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)、あなぶきアリーナなどがあり、国内外で幅広い活躍を続けている。主な受賞歴には、2回の日本建築学会賞のほか(うち1回は金沢21世紀美術館が対象)、2004年のヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展金獅子賞、2010年のプリツカー賞などがある。
Photo: 石川幸史、金沢21世紀美術館
2004年に開館した金沢21世紀美術館も、上記の国際賞受賞にあたって作品性や周辺環境との調和などが高く評価されている。「まちに開かれた公園のような美術館」を建築コンセプトとした同館の最大の特徴は、正面や裏側などの区別がない正円形のデザインだ。直径113メートル、360度ガラス張りの建物は、三方を道路に囲まれた敷地に合わせ、どこからでも人々が訪れられるようにという考えのもとに設計された。4つある入り口から中に入ると、外周に沿った部分は誰もが気軽に立ち寄れる街の延長線のような無料の交流ゾーン。中央部はサイズや天井高の異なる14の展示室が並ぶ展覧会ゾーンで、多くの部屋には自然光を採り入れる天窓がある。ところどころに設けられた光庭にも感覚が活性化するような開放感があり、同館ではこのような「多方向性」「水平性」「透明性」が、さまざまな出会いや体験を生む触媒になっていることが感じられる。
Photo: 渡邉修、金沢21世紀美術館
交流ゾーンにあるレクチャーホール Photo: 渡邉修、金沢21世紀美術館
Photo: レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》(2004)金沢21世紀美術館蔵 Photo: 渡邉修、金沢21世紀美術館
ヤン・ファーブル《雲を測る男》(1998)© Angelos bvba 金沢21世紀美術館蔵 Photo: 中道淳/ナカサアンドパートナーズ、金沢21世紀美術館
トイレ内に恒久展示されている作品。ピピロッティ・リスト《あなたは自分を再生する》(2004)金沢21世紀美術館蔵 Photo: 木奥惠三、金沢21世紀美術館
4. 島根県立石見美術館/島根県益田市 建築家:内藤廣
内藤廣は、早稲田大学大学院で建築家、思想家、そして冒険家でもあった吉阪隆正に師事。マドリードのフェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓の建築設計事務所を経て、1981年に内藤廣建築設計事務所を設立した。2001年からは東京大学大学院で教鞭を取り、2011年に東京大学名誉教授、2023年には多摩美術大学学長に就任している。その特徴は、素材が持つ質感を最大限生かすと同時に、柱や屋根などの構造そのものが空間の美しさと力強さを生み出す設計にある。また、「人が居ることが許される空間」という言葉に示されるように、人間中心の考え方を重視し、時代を超えて残る価値を追求している。出世作となった海の博物館による日本建築学会賞(1993年)をはじめ数々の受賞歴があり、代表作には安曇野ちひろ美術館や富山県美術館など美術館も多い。また、JR旭川駅や東京メトロ銀座線の渋谷駅など、都市計画・再開発に関わる駅の設計も手がけている。
Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」提供
2005年にオープンした島根県立石見美術館は、島根県立いわみ芸術劇場とともに、島根県芸術文化センター「グラントワ」を構成している。この複合施設で目を引くのは、なんと言っても建物を覆う石見伝統の石州瓦だ。屋根に16万枚、壁にも12万枚が使われている赤瓦は耐久性が高いだけなく、ガラス質の表面が時間や天候、季節によって表情を変え、赤茶色、金色、淡いブルーなど、さまざまな光彩を放つ。また、壁の瓦は巨大な壁面が均質になり過ぎないよう、6種類の釉薬で風合いを出しているという。400年の歴史を持つ石州瓦は、素材の質感を大切にし、時代を超えて長く愛される建築を目指す内藤の思いを象徴しているようだ。建物中央には回廊をめぐらせた45m四方の中庭広場がゆったりと広がり、周囲にホールやスタジオ、素材や色合いの異なる4つの展示室が配置されている。広場には空や建物を映し出す25m四方の水盤があり、さざなみを眺めながら心地良い時間を過ごすことができる。
Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」
正面エントランスへのアプローチ。芝生の緑と建物の赤い扉が鮮やかなコントラストを生み出している。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」
アーチ型の天井が個性的な美術館ロビー。ミニコンサートやさまざまなイベントの場にもなる。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」
4つある展示室はそれぞれ異なる趣を備えている。写真の展示室Aはカリン材の床がシックで美しい(過去の企画展の様子)。Photo: 島根県芸術文化センター「グラントワ」
Photo: 「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」展示風景 2026年 撮影:小川真輝、島根県芸術文化センター「グラントワ」
5. 下瀬美術館/広島県大竹市 建築家:坂茂
高校卒業後に渡米した坂茂は、ニューヨークのクーパー・ユニオン建築学部卒業後の1985年に坂茂建築設計を設立。代表作の1つ、紙のカテドラル(ニュージーランド)のように、建築構造材として軽量かつ丈夫な紙管を実用化するなど、「紙の建築」のパイオニアとして知られる。その活動は、被災者や難民のシェルター、仮設住宅にも広がり、簡便に設置できる紙の間仕切りシステムが世界の被災地などで活用されている。また、1995年に坂が設立したNPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)では、「令和6年能登半島地震 被災地支援プロジェクト」として、紙管以外に能登瓦や古材、さらには万博リングの木材を再利用した復興住宅計画を進めている。代表作にはほかにも、フランスのポンピドゥー・センター・メス、スイスのオメガ・スウォッチ本社、台南市美術館などがあり、プリツカー賞やアメリカ建築家協会のAIAゴールドメダル(2026)をはじめ国内外で多数の賞を受賞している。
Photo: ⓒSIMOSE
瀬戸内海に面した下瀬美術館も、ユネスコ本部が創設した建築賞「ベルサイユ賞」の美術館・博物館部門で、2024年に最優秀賞「世界で最も美しい美術館」の栄誉に輝いた。その評価の通り、色とりどりのカラーガラスで覆われた8つのキューブ型展示室が水盤に浮かぶさまは、穏やかな海の青、明るい空の青と相まってこの上ない建築美を見せてくれる。また、陽が落ちてライトアップされたキューブがランタンのように水面に映るさまも幻想的だ。8つあるこのキューブ型の展示室は可動式で、展覧会の企画に応じて組み替えることができる。これは坂が瀬戸内海に浮かぶ島々に着想を得たもので、水の浮力で動かす仕組みには広島の造船技術が活かされている。さらに、ミラーガラスに覆われたエントランス棟には遠くの山並みや空に浮かぶ雲などが映り込み、景色の中に溶け込んで見えるのも印象的だ。
Photo: ⓒSIMOSE
下瀬美術館は、建築資材の製造や建築物の構造設計を行う地元広島の企業、丸井産業の創業者である下瀬家のコレクションを保存・展示する施設として2023年に開館した。所蔵品は、京人形・雛人形を中心とする工芸作品、エミール・ガレを中心とする西洋工芸、マティスやピサロを中心とする西洋美術、東山魁夷、加山又造、小磯良平を中心とする日本近代美術が柱となっており、現代アーティストの作品も新たに加えられている。2025年には、自然や環境との共創で知られるサム・フォールズの横幅45mを超える大作や、ニューヨークを拠点に活躍する松山智一、神獣、幽霊、霊魂などのモチーフで知られる小松美羽の作品が新しい収蔵品として公開された。同館にはまた、坂茂の設計によるオーベルジュのヴィラ10棟があり、それぞれ異なるデザインで建築作品に滞在する贅沢な時間を味わわせてくれる。
Photo: ⓒSIMOSE
2つの柱から枝のように梁が広がる構造が特徴的なエントランスホール。
Photo: ⓒSIMOSE
横に並んだ美術館の建物をつなぐ通路のガラスウォールからは水盤と可動展示室が見渡せる。Photo: ⓒSIMOSE
植物学者でもあったエミール・ガレの作品に登場する草花を中心に植栽された「エミール・ガレの庭」。Photo: ⓒSIMOSE
6. せんだいメディアテーク/宮城県仙台市 建築家:伊東豊雄
伊東豊雄は、1960年代にメタボリズムを提唱した菊竹清訓の設計事務所を経て、1971年にアーバンロボットを設立(79年に伊東豊雄建築設計事務所に改称)。都市の「新陳代謝」を指向したメタボリズムの潮流を経験したのち、次第に自然や人間との関係性や環境との融合を重視した建築へと自らのスタイルを発展させていった。その特徴は曲線や不定形な形態を取り入れた流動性を感じさせるデザイン、透明感のある素材を用いて環境と一体化する開放性と軽やかさなどで、特に三次元曲面の連続体で有機的な空間を生み出す「エマージング・グリッド(生成するグリッド)」という概念の追求で知られる。代表作にはアーチ型の大きな窓が印象的な多摩美術大学図書館や、三次元曲面の洞窟のような構造の台中国家歌劇院(台湾)などがあり、2013年にプリツカー賞を受賞した。
Photo: せんだいメディアテーク
2001年にオープンした複合文化施設のせんだいメディアテークは、モダニズム的な均質性から脱した有機的な空間への指向が見られる作品の1つ。一番の特徴は、各階を貫く13本の鉄骨独立シャフトの柱がガラスで覆われたチューブ状になっていることだ。この「チューブ」は、6枚の鉄骨フラットスラブとともに建物を支える構造体であると同時に、階段やエレベーター、配管などが組み込まれ、人やエネルギーが上下する通り道にもなっている。しかも、透明なチューブはうねるような形状で、その多くが斜めにフロアを貫いている。そのため、二重ガラスで覆われた南側のファサードから見える定禅寺通のケヤキ並木や、壁のないワンルームの平面構成と相まって、まるで森の中を散策しているような感覚にもなる。それは、「均質であることを合理的だとするシステムに対して、むしろ不均質なものこそが自然界をつくり出している」という伊東の思考の表れと言えるだろう。
Photo: せんだいメディアテーク
2階ライブラリーの南側に置かれたフラワーチェア。2階では、映像・音響資料や仙台市民図書館の一部蔵書が閲覧できる。Photo: せんだいメディアテーク
チューブの中から上部を見上げたところ。Photo: せんだいメディアテーク
3・4階には広々と明るい市民図書館がある。Photo: せんだいメディアテーク
6階のギャラリー南側。6階は天井高4.2メートルのギャラリースペースで、可動パネルで仕切ることができる。5階は固定壁面で区切られた展示空間になっている。Photo: せんだいメディアテーク
せんだいメディアテークで行われる、市民グループによる「てつがくカフェ」の様子。Photo: せんだいメディアテーク
7. 多治見市モザイクタイルミュージアム/岐阜県多治見市 建築家:藤森照信
日本近代建築史研究の第一人者である藤森照信は、1974年に研究者仲間と「東京建築探偵団」を結成。歴史ある建物や古い街並み、風変わりな建物などを発掘・記録する活動の主唱者として『建築探偵の冒険・東京編』を執筆した。また、前衛美術家の赤瀬川原平やイラストレーター南伸坊との共著『路上観察学入門』や、画家の山口晃と名建築を探訪する『藤森照信×山口晃 日本建築集中講義』など、誰もが楽しめる建築本から専門的な建築史・調査記録まで多数の著書がある。建築家としては1991年に45歳でデビュー。屋根にニラを並べて植えた赤瀬川原平邸・ニラハウス(1997年日本芸術大賞受賞)や木の上に建てられた茶室の高過庵、芝で覆われた草屋根を持つ和洋菓子製造会社の店舗・ラ コリーナ近江八幡、焼杉の黒と漆喰の白のストライプに三角屋根が特徴のラムネ温泉館など、代表作はどれも個性的だ。
Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム
木材や草、石、土などの自然素材で現代建築の骨組みを包み込み、建築緑化にも積極的に取り組む藤森建築は、どこかジブリ風と評されることがある。今年10周年を迎えた多治見市モザイクタイルミュージアムの丸みを帯びた小山のような外観にも、アニメや絵本から飛び出してきたような、ほのぼのとした温かさが感じられる。構造は鉄筋コンクリートだが、採土場をモチーフとした黄土色の土壁に割れた磁器のタイルや食器がはめ込まれた外壁、高さ50cmほどの松の木が屋根の縁に並ぶ様子は、古代の建造物のようにも見える。小ぶりな木の扉を入るとうねるような土壁に囲まれた階段があり、4階まで上ると、藤森の発案で作られた「タイル・カーテン」が設置されている。これは、たくさんのタイルの破片をワイヤーに取り付け、屋根の開口部から吊るした筒型のネット状のもので、青空を背景に眺める色とりどりのタイルの連なりはとても美しい。
Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム
4階は半屋外の展示室で、光や風の入る屋根の開口部からモザイクタイルの破片をあしらった「タイル・カーテン」が吊るされている。Photo: @HAYASHI Masashi、多治見市モザイクタイルミュージアム
さまざまな模様のモザイクタイルを並べた貼板は3階に常設展示されている。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム
体験工房でのタイル工作の様子。Photo: @Akitsugu Kojima、多治見市モザイクタイルミュージアム
所蔵品の1つ、ブルーを基調にしたデザインが魅力的なモザイクタイルの洗い場。Photo: 多治見市モザイクタイルミュージアム
8. 直島新美術館/香川県香川郡直島町 建築家:安藤忠雄
プロボクサーを経て独学で建築を学び、世界最高峰の建築賞であるプリツカー賞を1995年に受賞した異色の経歴を持つ安藤忠雄。1968年に安藤忠雄建築研究所を設立し、個人住宅で頭角を表した安藤の特徴として広く知られるのは、何と言っても打ち放しのコンクリートだろう。そこに光、風、水といった自然の要素を組み合わせることで、シンプルかつドラマチックな空間が出現する。国内外でさまざまなプロジェクトを手がけてきた安藤の仕事には、パリのブルス・ドゥ・コメルスやテキサス州のフォートワース美術館をはじめとする美術館建築も多い。中でも人気が高いのが、瀬戸内海に浮かぶ直島をアートの聖地にしたベネッセハウス ミュージアム、地中美術館、李禹煥美術館、古い民家を改修したANDO MUSEUMで、国内外のアートファンで島が賑わうようになった。
Photo: GION
その直島で2025年5月末に開館したのが直島新美術館だ。本村地区近くの高台に位置する地上1階、地下2階の建物は豊かな緑に囲まれ、丘を登っていくと小石を美しく並べた石積みの塀や美術館が姿を現す。また、コンクリートの外壁には島の家々に見られる焼杉をイメージした黒漆喰が組み合わされるなど、地域の歴史や暮らしを意識したデザインになっている。内部には地下2階まで続く細長い階段室があり、そこに天窓から入る自然光が幾何学的な陰影を作り出しているのが印象的だ。階段の両側に4つのギャラリーが配置されているが、この階段自体も没入型作品のように感じられる。もう1つ見逃せないのが1階にあるカフェからの絶景で、大きな開口部とテラスからは行き交う船や隣の豊島など瀬戸内海の島が望め、自然の光や風を味わいながら過ごすことができる。
Photo: GION
エントランスに続く小石を積んだ塀。Photo: GION
地上から地下まで直線状に続く階段室「ステップアトリウム」。Photo: GION
Photo: 蔡國強《ヘッド・オン》2006 Photo: 顧剣亨
N・S・ハルシャ《幸せな結婚生活》2025 Photo: 来田猛
9. 根津美術館/東京都港区 建築家:隈研吾
1964年の東京五輪で目にした丹下健三設計の国立代々木競技場に強烈な印象を受け、建築家を目指したという隈研吾。大手設計事務所勤務などを経験したのち、1990年に隈研吾建築都市設計事務所を設立し、以来、木材や竹、紙、石、土といった自然素材からガラス、アルミなどの工業製品まで、さまざまなマテリアルと向き合い、その活かし方を追求し続けている。自然素材の場合は建物が立地する地域固有のものを使うことも多く、『負ける建築』という著書が象徴するように、周囲の環境や文化との融合を重視するのが特徴だ。代表作は新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅といった大規模な公共建築をはじめ、出世作となった登米市伝統芸能伝承館「森舞台」(1997年に日本建築学会賞を受賞)、ダラスのロレックスタワー、スコットランドのデザインミュージアムV&Aダンディーなど多彩で、世界各地で膨大なプロジェクトを手がけている。
Photo: 根津美術館
根津美術館は、実業家で茶人でもあった初代根津嘉一郎が蒐集した日本や東洋の古美術品を保存・展示する美術館として、1941年にその長男の二代目嘉一郎によって設立された。しかし、根津家の私邸があった現在の場所に建てられた建物は戦災でほとんど焼失。その後の再建と増改築を経て、2009年に隈が設計した新本館とNEZUCAFÉが竣工した。東京の中心にありながら、明治の面影を残す庭園の緑が目を和ませる同館の設計にあたり、隈は「庭と一体化した、環境と融合したミュージアムをつくろうと試みた」と述べている。その特徴は和風家屋を思わせる瓦葺きの切妻屋根で、軒先に薄い鋼板を用いることで圧迫感のない印象に仕上げられている。特に、深く張り出した軒先を、竹の植え込みに沿ってエントランスへと進むアプローチは、都市の喧騒から離れた美術館への期待感を高めてくれる。
Photo: 根津美術館
10. 横須賀美術館/神奈川県横須賀市 建築家:山本理顕(※改修のため休館中・2026年9月5日再オープン)
東京大学生産技術研究所で原広司に学んだ山本理顕は、1973年に山本理顕設計工場を設立。数多くの公共建築や集合住宅などを手がけ、2024年にプリツカー賞を受賞した。また、複数の大学・大学院で教授や学長を務め、現在は横浜国立大学と日本大学の名誉教授となっている。その設計思想の中心は、縁側や客間など、外から人を招き入れる「閾(しきい)」と呼ばれる空間に着目し、公と私をつなぐことを重視する点にある。さらに、住宅においても、公共建築においても、周囲の環境やコミュニティとどう関係を結べるかを考慮した建築を実践。その姿勢は、代表作の埼玉県立大学や名古屋造形大学、広島市西消防署、中国・天津市の天津図書館、スイスのザ・サークル・チューリッヒ国際空港など、透明感のある外観で外部へと「開かれた」建築に表れている。
Photo: 横須賀美術館
東京湾に突き出た観音崎にある横須賀美術館も、作品展示に必要な閉じた空間を確保しつつ、エントランスホールや吹き抜けのギャラリーが開放感を演出する設計になっている。その第一の特徴は、ガラスと鉄板によるダブルスキン構造だ。外側を覆うのは劣化に強いガラスで、その透明感と内側を包む白い鉄板の組み合わせが爽やかでクリーンな印象を与える。館内には柱を極力なくした空間が広がり、天井や壁のところどころに開けられた丸い穴から覗く風景が心地よいリズムを生み出す。また、「地形を利用して景観と建物とを一体化させる」というコンセプトに基づき、建物全体の高さを抑えることで周囲の自然との調和が図られている。海に面した側にはワークショップやレストランが入る別棟が設けられ、芝生広場(海の広場)のなだらかな斜面が海岸へとつながる。一方、山側からは山の広場・屋上広場を経由してペントハウスから館内に入るアプローチで、二方向から出入りができ、通り抜けもできる自由度の高い作りになっている。Photo: 横須賀美術館
海側から見た美術館の外観。「海の広場」の芝生が広がる。Photo: 横須賀美術館
屋上広場の夕景。正面に見えるペントハウスから館内に入ることができる。Photo: 横須賀美術館
ダブルスキンの内側(鉄板部分)の天井や壁に開けられた丸い穴から自然光を取り込む。Photo: 横須賀美術館
エントランスの丸い穴の向こうに海の景色を見ることができる。Photo: 横須賀美術館
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