ペルーでチムー王国の「ほぼ完全な墓」を発見。盗掘を免れ、38人以上の遺骨と大量の副葬品が出土

ペルー世界遺産チャンチャン遺跡地帯で、インカ帝国以前に栄えたチムー王国の有力者のものと見られる墓所が600年ぶりに発掘された。内部からは約38人分の遺骨や装飾品など大量の副葬品が出土し、遺骨の一部からは赤い顔料も確認されている。

インカ帝国以前に栄えたチムー王国の首都とされるチャンチャン遺跡地帯。その10のシウダデラ(宮殿)のうち唯一公開されているニック・アン(Nik An)の日干しレンガ壁(2018年撮影)。Photo: CrisS Bouroncle/AFP via Getty Images

9月8日、ペルー北西部のトルヒーヨに近い海岸砂漠にある世界遺産、チャンチャン遺跡地帯で、チムー王国の宮殿跡から新たな埋葬施設が見つかったと発表された。この遺跡でほぼ完全な状態の墓が発見されたのは初めてのことだという。

インカ帝国以前、10世紀から15世紀後半にかけてペルー沿岸部の大部分を支配していたチムー王国の首都とされるチャンチャン遺跡では、数十年にわたり発掘調査が続けられてきた。全盛期のチャンチャンはアメリカ大陸最大の都市として栄え、約23平方キロメートルに及ぶ広大なエリアに庭園や広場、倉庫、墓所などがあった。しかし、インカ帝国の征服やスペインの植民地支配、略奪者たちによる長年の盗掘で多くの場所が荒らされている。

一辺が約17メートル、高さが約5メートルある埋葬施設の発掘指揮に当たった考古学者のホルヘ・メネセスはニューヨーク・タイムズ紙にこう語った。

「我われの目の前にある埋葬室が一度も盗掘に遭っていないものなのか、早く確かめたいという気持ちと不安が入り混じった心境でした。そして中に入った瞬間、略奪されていなかったことが分かりました」

大量の日干しレンガでできた遺構の内部には、埋葬室部分の真ん中へ2.4メートルほど下る階段があり、その先には中央の部屋と、それを東西から挟む2つのより大きな部屋で構成される空間が広がっていた。中央の部屋に埋葬されていたのは1人で、東側の部屋がほぼ空の状態だったのに対し、西側の部屋からは大量の遺物と約20人分の遺骨が出土した。さらに、この遺構の他の場所からも18人分の遺骨が見つかっている。

中央の部屋にあった頭蓋骨やその他の骨、埋葬室にあった他の2つの遺骨からは鮮やかな赤色の顔料が確認されており、専門家は辰砂(しんしゃ)由来のものである可能性を指摘している。辰砂は硫化水銀からなる鉱物で、チムー文化においては極めて高い霊的・儀式的価値があり、支配階級の人物にのみ使用が許されていた。

多数の遺物の中には、耳飾り、銀メッキや銅メッキのネックレス、水晶、貝殻、半貴石で作られた装身具があった。さらには大量の金属製の武器や大型のビーズのほか、海鳥や猿の絵柄で装飾された木製の収納箱も見つかっている。中に収められていたのは色鮮やかな織物だった。

また、フロリダ大学人類学部のガブリエル・プリエト教授(チャンチャン遺跡の調査には関与していない)はニューヨーク・タイムズの記事で、墓の構造やチムー文化の芸術的遺物から見て、この種の埋葬室は「開放されることを前提に設計されていた」と述べている。チムー王国の人々は、遺体や供物を収めた後、遺骨を「埋葬場所から出し、広場に安置して先祖として崇拝していた」という。

チムー王国の支配階級と見られる死者への供物として、数え切れないほどの副葬品とともに少なくとも38体の遺体が収められていたこの墓は、約600年の時を経てその姿を現した。建造されたのは、15世紀半ばにインカ帝国がこの地域を征服する直前、あるいは征服の途中の時期だったと考えられている。

現地では今も発掘調査が続けられ、出土した遺物の分析が進められている。今回の発見は、チムー王国の埋葬儀礼や文化的支配層に関するさまざまな情報だけでなく、勢力を拡大しつつあったインカ帝国とチムー王国の対峙というアメリカ大陸における歴史の重要な転換点についての知見をもたらすと期待されている。(翻訳:石井佳子)

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